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博乱の八咫烏⑤

 その後すぐにも帰りたかったのだが、烏と名乗った一文無しの少年に気に入られてしまい、日が沈む直前まで話し込んでしまった。

 博打が大好きな事。


 射撃が得意で、その腕を買って貰いながら生活している事。

 紀伊国(きいのくに)(現在の和歌山県、三重県南部)の出身である事。


 そして……。


「お金大好き!」


 チロリと舌を出し、親指と中指で輪っかを作りながら、自身の一番好きなものをアピールした。

 本当にお金が好きなのか。


 私は袖から一文銭を取り出すと、烏の頭上で弾いてみせた。


「ワン!」


 ジャンプ一番で一文銭に飛びつく烏。

 鳴き声は犬だったが、その素早い身のこなしは金目の物を狙った獰猛なカラス同様素早かった。


「ワン、じゃねーよ……。そんなにお金が好きなら何で博打なんかすんのよ? あんなの基本お金をドブに捨てるようなもんじゃない」

「チッチッチ、分かってねーなぁ姉ちゃんは。博打ってのは負けもするけど、勝ちもするんだぜ? 負けたら負けたで次に勝ちゃ良いんだよ。そうすれば実質オイラの勝さ!」

 

「典型的なギャンブル依存症……ね」

「ちなみに、さっきの博打もオイラの『勝ち』……だけどね」


 烏は私の目の前にふたつのサイコロを投げた。

 出目は三と四、足して奇数になっている。


 これが何を意味しているのか分からない。

 私の脳内を察してか、烏は袖から再びサイコロを取り出し、私の目の前に投げた。


 出目は二と六。足して偶数だ。


「……このサイコロがなんだっていうのよ」

「姉ちゃん、今オイラが投げたサイコロを振ってみてよ」


 私は烏の指示通り、最後に投げたサイコロを手に取り、彼の足元にサイコロを投げた。

 出目は二と二。合計で偶数である。


 烏は私が投げ返したサイコロを拾い上げると、再び私の足元に投げ返した。


「……は⁉」


 私はサイコロを拾い上げると、自分の足元で何回もサイコロを振ってみせた。

 何回振っても、上から落としても、横から投げても、出る目は全て偶数。当然、全て合計が偶数になった。


 つまり、イカサマサイコロである。


「何でこのサイコロがここに⁉」

「ヒヒッ愛華姉ちゃん、商売ってのは確実に儲からないと意味ないんだぜ。当然、店側はこのイカサマサイコロを使ってるわけよ」


「答えになってないんだけど」

「だからねぇ……店側がイカサマするなら、オイラもイカサマして良いよねって話」


 私はこの話を聞いて壺振りの漏らした言葉を思い出した。

 コイツ、まさか……。


「ご名答。姉ちゃんがぶっ壊したサイコロは元々オイラが用意したイカサマサイコロさ。あ、ちなみに最初に投げたやつはオイラが壺振りから奪ったサイコロね。マジで十連敗してたのには正直引いてるけど」

「あ、呆れた……。逃走用にイカサマサイコロを用意しておくとか、普通そんな事する? 一応聞くけど、仮に私があの場に現れなかったらどうするつもりだったのよ?」


「そん時はそん時でなんとかなるさ。博打と一緒でね」


 烏は笑ってみせた。どこにそんな余裕があったのか分からないが、それがギャンブラーという人種なのかもしれない。

 賭場も賭場なら、客も客だ。どうやら私は時間を無駄にしたらしい。


「姉ちゃん」


 帰ろうとした私を、烏は引き留めた。


「今は文無しだけど、今度会った時にはしっかりお礼させてよ。助けられたわけだしね」

「ギャンブラーにお礼なんて期待してないよ。……でもそうね、私がもしも困ってたら自慢の射撃で助けてもらおうかしら」


「ヒヒッ任せとけ! じゃあな姉ちゃん!」


 いつ達成されるか分からない約束を交わし、私は背中に火縄銃を持った八咫烏の紋が入った少年と別れた。


 ――――――――――

 ●銭虎屋敷にて●


 烏と別れてから三日後、場所は米沢城下にある銭虎屋敷。

 蝋の光に照らされ、ふたりの美女に挟まれ、気分良く酒を飲むひとりの漢がいた。


 この漢の名は銭虎。

 表向きは奥州一の商人として名が通っているが、裏では高利で金を貸し付けて、返せなかったら財産全てを身ぐるみ持っていく大悪党である。


 そんな銭虎は今宵気分が良い。

 それ即ち、また誰かが銭虎の毒牙に引っ掛かってしまった事を意味するのだ。


「あん?」


 銭虎は左側にいる女性を手招きする。もっと近くに寄るように、ねちっこい手招きする。

 確かに銭虎の両隣には美女が座っているのだが、酒を注ぐ右側の女性と左側でオドオドしている女性とでは距離感が違った。


 例えるなら、入って初日の新人とベテランのキャバ嬢ぐらいの距離感、と言えば分かりやすいだろう。

 しかし、ここで働いている以上、銭虎のモノである以上、彼の要求を拒む事は許されない。


 左側の女性は歯を食いしばり、嫌悪の気持ちを抑えながら、スルスルと銭虎に近づいた。


「キャッ⁉」


 銭虎は近づいた女性の背後に腕をまわすと、その手で女性の乳房に触れた。

 急な行動に驚いたのか、女性は手に持っていた酒の入ったトックリを畳に落としてしまう。


「も、申し訳ありません、旦那様! 今すぐ拭きますので!」


 女性はここぞとばかりに銭虎からの拘束を解き、雑巾で畳を拭くと、そのまま部屋から退出してしまった。


「クヒヒヒッ、あの初々しい所が……まためんこいのう」


 銭虎は女性の失態を怒ってはいなかった。むしろ初々しい姿と、胸に触れられた事で上機嫌となる。

 そんな屋敷の主の嫌がらせに、蝋の僅かな光に照らされた、少年とも少女ともとれる子供がため息をついた。


「旦那も好きだねぇ。ここじゃなくて、布団の上で堂々とヤレばいいのに……」

「なーに言っとんじゃ。じっくりと調教し、自分が誰のモノなのか理解させてからいただく、それが一番美味しいんじゃ。それまでの過程もまた楽しいのよ、クヒヒッ」


「はーん面倒くせぇ、オイラには分っかんねぇなー」

「鉄砲屋、お前もお試しで混ざってみるか? 一足先に大人の階段を登るのも悪くねーぞ」


「……旦那と? ハハハ、勘弁してよ」

「ああ、今の言葉で思い出したが、お前ウチの賭場でまた騒ぎ起こしたんだって?」


 銭虎は酒を一気に飲み干し、やや不機嫌そうな目つきで鉄砲屋を睨みつけた。


「な、なんの事でしょうー。オイラには何の事かサッパリ……」

「とぼけんな、支配人の賽五郎(さいごろう)がさっき泣きついて来たぞ。お前……ヒラの勝負で十連敗したんだって?」


「ヒラじゃねーよ。アイツは明らかにイカサマをしてた」

「身内と知って仕込み賽を使うわけねーじゃねーか。それなのにお前は騒ぎを起こしただけじゃなく、店の信用も落としやがって……」


 返す言葉もない。

 鉄砲屋は口笛を吹きながら、後ろにあった鉄砲の整備を始めた。


「……それよりお前、先週渡した今月の給金はどうしたんだ? 払える金がなかったってのもおかしい話だろ」

「スッた」


「スッたって……まさか全部か⁉」

「うん」


 銭虎は頭を抱える。


「ハァ……。前々から言おうと思ってたが、お前博才ねーよ。悪い事は言わねぇ、次からは違う事に銭を使うんだな」

「やだよ、オイラの銭だ! 何に使おうがオイラの自由だし、旦那がそんな事言う資格なんてないよ!」


「そのせいでウチの賭場の信用が落ちてんだよバカ! だったら負け分しっかりと払っていきやがれ!」


 またまた返す言葉がない。

 鉄砲屋は口笛を再開し、鉄砲を高速で磨きだした。


 まるで聞き分けのない子供である。

 そんな態度をとれば再度怒りたくもなるが、銭虎はこれ以上の説教をやめた。


 この鉄砲屋……見た目は幼いが、腕だけはすこぶる良い。

 おそらく射撃能力だけなら奥州一。それ位、銭虎は鉄砲屋の腕を買っているのだ。


 こんな仕事をしているので当然恨みは持たれやすい。

 鉄砲屋はそのためのボディガード。百発百中のその腕は、陰で幾度もなく銭虎の危機を救っている。


 そのため、銭虎も鉄砲屋の機嫌を損ねたくないのだ。

 たとえそれが、雇用主と雇われ人の関係であってもだ。


「……チッ、まぁいい。それより次の仕事だが――」


 銭虎が何かを言おうとした、その時。

 廊下から慌ただしい足音が段々と近づき、銭虎と鉄砲屋のいる部屋の前で止まった。


「旦那――!」


 主の許可なく戸を開けた男の顔は汗だくだ。

 それに顔も青ざめている。先程まで死地にいた、そんな表情を見せる。


「騒がしいな、何があった?」

「だ、旦那早く逃げてくれ! 屋敷の中で変な奴が暴れていて……、とにかくここは危険だ! 早く屋敷からああぁぁ――」


 ゴキゴキゴキッ……。

 最後の言葉も虚しく、男はその場で骨の軋むような異様な音をたてながら倒れてしまう。


 その後ろから現れたのは、ターゲットを見つけ、微かに笑みの零れた喜多の姿だった。

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