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第一章 お家騒動編 第一話 伊達の姫①

挿絵(By みてみん)


「あーあ、やっちゃったぁ……」

 

 少量の声でもここでは響く。明かりなどほとんど無いジメジメした石製の牢の中で、手を縛られ半分自由を奪われた私は天井を仰ぐ。

 

 ここはとある城の地下、自国で謀反や犯罪を犯した者を入れる小規模な監獄。

 中にあるのは、古ぼけた茣蓙(ござ)が一枚に木製の机がひとつ。それ以外は何もない寂しい所だ。


「ずん、もう泣き止んだかしら……」


 私は冷えた足を擦りながら、頭の中で直近の記憶を掘り返す。

 何故私は牢の中にいるのか。どんな罪を犯したのか。


 それ関しては暫し(とき)を遡る必要があるだが、どうせ暇なので思い出しながら時間を潰そうと思う。


 ――――――――――

 

挿絵(By みてみん)



「ごっめん、……痛かった?」

 

 ため息を付きながらそう嘆く。

 ここはとある雑居ビルの間と間にある裏路地である。辺りにはゴミ袋などが散乱しており、お世辞にも綺麗な場所とは言えない。


 そんな所で私が何をしていたのかというと、喧嘩だ。

 私は今、喧嘩を売った男の前髪を握りしめている。その近くには男の彼女らしき怯えた女子高生もいた。


 何で喧嘩をしたのかだって? コイツは私の大事な舎弟(ダチ)に手を出したからだ。

 自分の所有物に無断で触れられたら誰でも嫌な気持ちになるだろ、つまりはそういう事だ。


「アハッ、北高の虎ってのも大した事ないね」

「うう……」


「女ひとりまともに相手出来ないなんて、私だったらここで舌噛み千切ってるかもねー」


 私の名前は陽徳院(ようとくいん)愛華(まなか)

 日本を代表する財閥『陽徳院グループ』の総代表である陽徳院政則(まさのり)の長女として、この世に性を受けた。


 自分で言うのは何だが、容姿端麗、頭脳明晰、運動(スポーツ)万能。更には、茶道や華道などの伝統芸能もこなすハイブリット令嬢。

 桃色の髪のツインテールと小悪魔的な八重歯は自分のチャームポイントだと思っている。

 

 そんな私だが着ている制服はごく一般高、いや県内で一番学費が安く、評判の悪い高校の制服を着ている。

 それに素足でローファーを履いているため、見た目は育ちが良いの女の子にはとても見えないだろう。


 だけどそれが私。陽徳院愛華のステータスなのだ。


「ば、バケモンが……。テメー……、タダで済むと思うなよ……」

「あぁ?」


「……俺が連絡すれば北高の仲間を……もっと集められる。……そしたらテメーは……終わりだって言ってんだよ……」

「…………」


 男の言葉に、私は髪を掴んでいた手を放す。

 すると、男とその隣にいた彼女らしき女は解放されたとホッと息を吐いた。


 許すと思ったのだろうか。私は安心しきっていた男の顔面に回し蹴りを入れる。


「――ごは!」

 

 勢いよく吹き飛んだ男は、奥に設置して鉄製のダストボックスに頭から入ってしまった。

 隣にいた女子高生はあまりの恐怖と驚きに歯をガタガタ鳴らしていた。


「だったら最初から連れて来なさいよ、二度手間じゃない。私だって暇じゃないんだから」

 

 私は震えている女子高生に視線を切り替える。

 

「……それで、アンタもやんの? やるなら早くしてね」


 女子高生は顔を左右にブンブンと振り、続け戦う意思が無い事を示す。

 男がチキンであれば、女はヒヨコだった。つまらんねーカップルだな、おい。


「あっそ。じゃあ用事も済んだことだし、ずん帰るわよ」

「あっ、姫! 待ってくださいッス!」


 そうして私とずんという少女は倒れた男と震えた女の子を路地裏に残し、街灯が照らす街の中に消えて行くのだ。


 ――――――――――


 私と一緒に歩く緑色の髪をした少女の名前は小豆(あずき)打音(うちね)。通称ずん。私の同級生であり、舎弟だ。

 ずんに限らず、私は皆から『姫』と呼ばれている。その名の通り家が金持ちだからというのもあるが、一番の理由はこの辺りじゃ『蹴姫』っていうセンスの欠片も無いあだ名で通っているため、その略称でもあるのだ。


「……姫、さっきはありがとうございましたっス!」

「別にどうって事ないわ、私も最近暴れ足りなかったし。……それに舎弟がピンチなら助けるのは(リーダー)として当然よ」


 すっかり夜になってしまった街で、私と打音は一緒に歩道を歩く。

 少しばかり歩くのが速い私に、時々早歩きで打音が追い付く。


 小さく「……はい」と返事をする打音。

 歩きながら横目で私をチラチラと見ている。言いたい事があるなら言えば良いのにね。


 ここで私という女の金持ち以外のステータスを紹介する。

 私のスペックは家がお金持ちってだけではない。

 

 ひとつは腕っぷしだ。

 

 県内屈指のヤンキー高にお嬢様が入学している。

 そんな噂が流れていた時には私は学校のトップを倒し、事実上ヤンキー達の頂点に躍り出ていた。


 特に蹴り技には絶対の自信がある。

 

 こんな華奢な身体からは想像も出来ないパワフルな回し蹴りは、学校のトップだった三年を一撃で仕留めるほどだ。

 仲間たちも必死に抵抗してみせたが数秒ともたなかった。我ながら惚れ惚れする。


 それもその筈で、私は護身術を学ぶため各地から有名な拳法家を雇い、日々訓練している。

 その中でも回し蹴りは師範代のお墨付きも貰っている。つまり高校生ながらプロの蹴り技を習得しているのだ。


 ふたつめは自分の洋服ブランドを持っている事だ。

 ちなみに今羽織っているカーディガンも私のブランドだ。

 

 私が立ち上げた新ブランド『ジャンクデビル』は十代から二十代の女性から人気で、私もモデルで雑誌に載るぐらい力を入れている。

 決して親の七光りだけというわけではない。それだけは知ってもらいたい。


 そんな事をしなくともお嬢様なのだからお金はいくらでも出てくるだろう。なんでそんな面倒な事をしているの。

 と思うだろうが、私は物心ついた時から父親の稼いだ金を使うのに抵抗を覚えていた。


 お嬢様故の贅沢な悩みとも言われるが、私はどうしても使いたくないのだ。

 ささやかな反抗期……程度に思ってくれて結構である。


「……ずん、アンタ弱っちいんだから喧嘩なんてむやみに買うもんじゃないわよ。何か言われたら真っ先に私へ連絡しなさい」

「……す、すみません。つい……」


「たまたま他の連中が教えてくれたからいいものの、あと少し遅れてたらアンタ身ぐるみ剝がされてたかもねー」

「――ひぇ⁉ み、身ぐるみ……ッスか⁉」


 今回の喧嘩、元々は北高のヤンキーが私に売ったものだ。

 しかし、その場に私はおらず、代わりに打音が喧嘩を買った。それがあの結果である。


「姫の事チキン野郎って……、アイツ馬鹿にするんですもん……。それでムカついたから……」

「だからってひとりで特攻しなくていいでしょ⁉ 全く……、ずんは中学校の頃から何も変わんないわね」


「アハハ、中学って……。姫、よくそんな事憶えてまっスね」

「だってアンタよく四人組と絡んでたじゃない。……まぁずんには思い出したくない記憶かもしれないけど」


 中学校時代、私達は同級生だった。

 が、当時はほとんど話をした事はない。

 

 全国でも一番のお金持ちが集まるお嬢様学校。

 そこでの私達の出会いは衝撃的だった。


 打音は親の会社の経営が悪く、その噂からイジメを受けていた。

 そこを偶然、私が通りかかった。


 最初は見て見ぬふりをして通り過ぎる予定だったのだが、気づいたらいじめっ子に手を上げていた。

 相手が女の子であろうと関係なく、この拳を振るった。

 

 勿論問題になったが、学園一のお嬢様に文句をつける教師などおらず、いつの間にか静かにもみ消されていた。

 誰にもみ消されたのかは大体想像も出来た。


 その後、打音の親の会社は倒産。

 結果、学校を中退するまでイジメは続いたが、打音はひとりで戦っていた。弱虫だった彼女の姿はそこにはなかった。


 月日は流れ、打音は一番学費が安いヤンキー高に入学する。

 そこで私たちは再び出会うのだ。


「へへ、確かに私って変わらないですよね……。弱くて、貧乏で、姫に迷惑かけて。何も変わってないザコザコッス」

「そうねー」


「うっ……、そこは慰めるところなのでは……」

 

 私の言葉がグサリと刺さったのか、打音の顔色が悪い。


「弱いくせに負けず嫌いで、貧乏だから一生懸命バイトして、私を馬鹿にした奴が許せなくてひとりで戦って。最高じゃない?」

「……っ!」


「中々いないわよ、こんな馬鹿。戦わないでさっさと尻尾巻いて逃げればいいのに……。誰に触発されたんだか」

「へへへ……。内緒ッス!」


 思わず笑みが零れる打音。


「何ぃ笑っちゃって⁉ 私の知ってる人⁉」

「へへへ、秘密ッス!」


「はぁ? ずんのくせに生意気! ホラホラホラァ! 吐け吐け!」

「キャハハ! 姫、(くすぐ)るのは反則っスー!」


 打音の笑い声が周囲に響き渡る。

 私達はふざけ合いながら夜道をゆっくりと歩いて行くのだった。

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[良い点] ヤンキー少女!また生意気そうな所が良いですね!
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