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いただきます


 太陽さんに恋人ができるようにする代わり、太陽さんには私の生活保障をしていただく。


 このシンプルな契約によって、私は無事に雨風と糊口を凌げることになった。


 ともあれ私自身がこの世界の常識を知らないことには彼を導くことすらできないため、その日、私は太陽さんのパソコンをお借りして様々な情報を集めた。


 驚きや戸惑いが多くあったものの、何より私という存在自体がこの国の文化から生まれたこともあり、当初の想定よりもすんなりとこの世界の歴史、文化、嗜好、トレンド等を吸収できたと言って良い。


 とは言え、この世界の情報量には驚かされる。きっと一生読み続けても読み終えることの出来ない文字が存在しているのだろう。


 結局、その日は情報収集のみで日が暮れてしまった。


 私がパソコンの画面から意識を戻したのは、とても懐かしい香りが私の前に漂ってきたからだった。


「アルテイシアさん、そろそろ夕食ができますよ」


 たっぷりのお野菜、お肉をローレルの葉とともにじっくり煮込んだであろうその料理の香りは、私の食欲を刺激し、彼に対する返事よりも先にお腹を鳴らせた。


「はは、公爵令嬢でもお腹が鳴るんですね」


 彼は屈託無く笑っていた。


「そ、それはその……とても美味しそうな香りでしたのでつい……私ったら、はしたないですわ……」


「そんなことないですよ。それにこれから一緒に暮らすんだし、そんなことを一々気にしていたら気が休まらないですよ?」


 その言葉を聞いて、私は彼との同棲生活を意識せずにはいられなかった。


 良く良く考えてみれば未婚の、それもまた今日初めて会ったばかりの男性に、こともあろうか私から、しかも高圧的な態度で交換条件を叩き付けて居座ってしまったのだ。


 同棲。


 その時の私は、きっと魔法でもないのに顔から煙を出していたであろう。


「アルテイシアさん?」


 彼が心配そうに私の顔を見ていたのに気付いて、私はとうとう顔から火すら噴き出しそうな熱さを感じ、彼の前で顔を両手で隠した。


「大丈夫ですか?」


 私は早まる呼吸を深呼吸で整え、ゆっくりと両手を膝の上に置いた。


 私も少しあざといとは思ったが、座っていたのを良いことに彼を上目遣いで見て言った。


「取り乱してしまい申し訳ありません。その、少しばかり、男性と同棲するという事実を意識してしまい、緊張してしまいましたの……」


「えっ!? いや、その……うわ、どうしよう? そんなんじゃないのに……」


 どうやら今度は太陽さんに私の緊張が移った様子だった。


 私達はお互いに、初めてで予想外の状況に戸惑っていたのだった。


「は、腹減った……」


 太陽さんが視線を逸らし、頬を掻きながら言った。


 そんな彼の様子がどうにも可愛く思えて、私はつい意地悪をしてみたくなった。


「うふふ。私、学びましたわ。その言葉は男女間の微妙な空気感に困った男性が口にしやすいセリフNo.1ですわね?」


「うええっ!? そ、そうなんですか!?」


「私調べ、ですけれども」


「今日一日でそんなことまで? 凄いですねアルテイシアさんは」


「私、文字を読むのは得意ですのよ? こうやって魔法で……妖精物語の図書館員フェアリタル・ライブラリアン……一瞬で読めてしまいますの」


「凄い、本当に凄いですよ……僕なん、ん」


 太陽さんは私の視線を気にしてか、口にしようとしたセリフを不自然に飲み込んだ。


 私が提案した彼の改造計画その1。自虐用語を使わない。


 あまり自虐を多用すると周囲から自信が無いように思われてしまうからだ。


 それだけはフローラ王国でもこの世界でも共通と言って良いだろう。


 だから私はまず始めに、彼の癖になっているだろう自虐を禁止していたのだった。


「そうでした。禁止ワードでしたね……」


「太陽さん、今のは良く思い止まりましたわね。偉いですわ」


 私も、彼が良く出来た時は褒めてあげるべきだ。


 そうすると太陽さんは物凄く照れて困った顔をするのに、嬉しそうにするのだ。


 私はその時何故か、屋敷で飼っているふっくらとした愛犬ソレイユを思い出していた。


 か、可愛いですわ~!


 等と口に出してしまうと逆に太陽さんを傷付けてしまうのでそれだけは出来ないのが辛いところだった。


「そ、それより早く夕食にしませんか? 冷めてしまいますから」


「そうでしたわね。太陽さん、ありがとうございます」


 私は彼に誘われて食卓の前に移った。その日の夕食はポトフだった。


 彼がテーブルの真ん中に置かれた鍋の蓋を持ち上げると、部屋中にハーブの香りが柔らかく薫り立った。


 少し赤ワインでも加えただろうか、濃厚な香りだ。


 彼はポトフをシリコンで作られたお玉を用いて私にも取り分けてくれた。そしてそのお玉は鍋の横に置かれた専用の置き皿に、取り柄を私に取り易い向きにして置かれた。


「僕の勝手なイメージで、アルテイシアさんの国が西洋風なのかなって思ったのと、今日は2人とも身体を冷やしてしまったので、温まりたいなって思って」


 メニュー1つをとっても慮ってくれる方なのだと、私はより一層彼の評価を高めた。


「お料理が出来るなんて凄いですわ! 私の国の男性など、料理など侍女や料理人に作らせれば良いのだ、などと言って作ろうとも思っていませんもの」


「はは……この国では割と普通のことなんですけどね」


「ところで、本当に私は何もお手伝いしなくても良かったのですか?」


「あ、あ……うん、そうですね。料理は僕がしますよ」


 どうやら太陽さんは隠しごとが苦手な様子。顔を逸らし、あからさまに目が泳いでいる。


「そうですの……」


 私には当然申し訳ない思いがあったが、それ以上踏み込めない理由があった。


 私は、料理が出来ない訳ではない。訳ではないと思っている。思っていた。





 元婚約者達に糾弾され、身に覚えに無い罪状を読み上げられている時、その罪の1つに毒殺未遂があった。


 今にして思えば、1点思い当たる節がある。


 学園生活を送る中で、私は一度だけアリシアさんからクッキーを頂いた。


 その時は隣にいた友人がそれを叩き落としてしまったので、私はそれを1枚しか口にすることが出来なかった。


 しかしその時のクッキーのお味は高級菓子店で買った物と比較しても何一つ引けを取らず、それを学友であるアリシアさんから気持ちと言って頂けたことも相まって、私はとても感銘を受けたのだった。


 そのアリシアさんのお気持ちにお応えするためには、軽々しく買ったようなお菓子では悪いような気がして、私も一生懸命にお返しのお菓子を作ったのである。


 もちろんそれは誰が悪いと言う訳でもなく、私が直接手渡しした以上、すり替えられた可能性は無い。


 ただ、何故か、それが後に毒殺未遂事件となっていたようだった。


 私にだって料理の手順は解る。使用する材料や調味料の適量も判断できる。


 何より他の人と同じような味覚を持っているのに、何を作ってもそうなってしまうのであれば最早、それは私に掛けられたもう1つの呪いであると言っても良いのだろう。


 王家に連なる家系の中には、極稀に私のような特徴を持った女性が産まれるのだという。


 なにせ初代国王の妻がそうであったという話は私達の国では有名な話だ。


 それから代を重ね、王家から公爵家へ流れた者もあり、私達へ血は繋がっていく。


 その特徴がたまたま、私に当て嵌まってしまったのだろう。


 もう認めざるを得ない。


 私は、メシマズ設定で作られたキャラクターだったのだ。





「山田さんから、私の料理が劇薬になることをお聞きになりましたの?」


「えっ? いや、そんなこと……わざとじゃないとは……あっ、いや」


 太陽さんは、本当に嘘が苦手なお方だ。


「正直に仰ってくださいな。見え透いたお世辞など、いけ好かないイケメンの台詞だけでお腹いっぱいですわ」


 彼は予想通り困ったように笑っていたけれど、それでもはっきりとこう言ってくれた。


「苦手なことは誰にでもあるんですから、互いに補っていけば良いと思いますよ」


 それは多分、特別な台詞でも何でもない。


 しかし私にとってそれは、この新しい私の居場所をとても居心地の良いところに変えてくれる魔法のような言葉であった。


 私は改めて、太陽さんが素敵な男性であることを認識した。


 のだが。


「太陽さん、1つお聞きしても?」


「はい、なんでしょう?」


「太陽さんは、どうしてそんなに沢山の量をお召し上がりになるのでしょう?」


 2人で囲む食卓の上。


 彼の目の前には私の2倍、いや3倍もの量が並べられていたのだ。


「あ、もしかして足りませんか? おかわりなら遠慮なく……」


「そうではありませんわ!」


 私は察した。


 だから彼はふくよかでいらっしゃるのだ、と。


「私、この国の男性が1日に摂取すべきカロリーが大よそ2,000キロカロリー前後であることを既に学んでおりますのよ?」


 太陽さんの改造計画その2、体型改善だ。


 これは彼にとって、大変な負担を強いることだろう。


「うう……」


 彼は少し悲しそうな顔をした。


 しかし私は心を鬼に、悪役令嬢にしなければならない。


「私、少々厳しくてよ?」


「はい……」


「明日から走り込みですわね」


「はい……」


 それなのに私は、小さくなった太陽さんを見ていると思わず顔が綻んでしまう。


 悪役令嬢になりきれない。


「ま、まぁ今日のところは初日ですから、大目に見て差し上げますわ」


「よ、よかったぁ……」


 それを聞いた途端にまるでひまわりのように明るくなる太陽さんの笑顔。


 私は太陽さんにずっと笑顔でいて欲しいと思ってしまう。


 きっと私は、彼と暮らすことでこの先、困ったように笑う女性になっていくのだと思う。


 けれども、今はそれが嬉しいことのように感じていた。


「それじゃあ、早く食べましょうかアルテイシアさん」


「はい! それでは……」


 いや、やはりそれでも私は悪役令嬢だ。


 あんなに辛いことがあったのに、その日のうちに平然と、しかも他の殿方と幸せそうに笑っているのだから。


「「いただきます」」


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