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あなたに素敵な恋人ができますように


 山田さんが帰られた後、私と太陽さんは向き合って座っていた。


 彼の表情からは困惑と、焦燥と、逡巡が伝わってくる。


 マグカップを手に取ってみてもそれに口をつけず、ただテーブルに置き直したりと落ち着かない様子だった。


 私に、話したいことがある様子なのは解った。


 逆に、私の方も彼に話さなければならないことがあった。


 けれどそれは恐らくお互いに別の方向を向いていて、折外がつかない問題であろうことを察しているからこそ、両者ともに切り出せずにいるのであった。


 ここはお願いをする私の方から切り出さねばなるまい、そう思って大きく息を吸い込んだ時、先に彼の方が口を開いた。


「僕達は、まず自己紹介から始めませんか?」


「え?」


 私は驚いた。その言葉の裏にある彼の優しさにである。


 私は太陽さんの厚意によって暖を頂き、飢えまで満たして貰ったところで、とうとうこの見知らぬ土地で独りに戻る時が来たのだと覚悟をしていた。


 そしてこの世界の様々な情報を得たからこそ、余計にそれが困難だろうことを感じていたのである。


 例えば戸籍や身分証明等といったものが私には無い。これは生活の糧を得ることの妨げになるばかりか、安定した寝床の確保にも影響するだろう。場合によっては春を鬻がねばならないところまで私の想像は達していた。


 そしてそれを避けるための方法を模索した結果、浅ましくも私に手を差し伸べてくれた太陽さんに縋ることが最も手軽であるとも考えてしまったのだった。


 ただ、彼の立場に立ってみればそれは何らメリットがある訳でも無く、厄介者として追い出してしまうのが最善であることも私は承知している。


 確かに、私をここに留める見返りとして、彼が私を求める可能性はある。しかしながら、ここまでのやり取りを経てなお彼を疑うような気持ちを抱くのであれば、私はどうしようもなく悪役令嬢であると言える。


 むしろ、彼は見ず知らずの私のために良くぞここまでと賞賛されるべきであって、ここで私を放り出したとて何ら非難を受ける立場にはない。


 だから私達の関係はここまでであり、互いにこれ以上を知る必要は無いはずだった。


 それを、あたかも私達の関係に続きがあるかのように、彼は言ったのだった。


 きっと、彼の言葉の裏にある優しさは霞み過ぎて、多くの人には届かないのだろう。


わたくしは、アルテイシア・ローズ……」


 彼は口元を綻ばせてゆっくりと首を横に振った。


「僕達は名前の他にホンの少ししか互いのことを知りません。だから、ここでお互いに取るべき最善の行動が、今2人の脳裏にある行動で本当に良いのか、解りません」


 私の韜晦など見透かされている、と思った。


「だから、貴女のことをもっと良く知ってから判断するべきだと思いました。もちろん、僕の方だけ話さないのは不公平だから、必要であれば僕のことも話します」


 私はまた、目頭が熱くなるのをぐっと堪えて、ひとつ頷いた。


 そうすると彼はまた嬉しそうな顔をして屈託無く笑い、自分のことを話し始めた。


「僕は小泉太陽、25歳です。大学卒業後、プリンター関連のプリントテックと言う会社に勤めており、今年で4年目になります。趣味は漫画やゲームで、実のところ、アルテイシアさんと会った時もスマホゲームをしながら歩いていたんです。雨の日にですよ? オタクって言うんですかね、見ての通りパッとしない風貌なので、彼女なんか出来たことはありません。仕事の成績も良くないですし、上司からは良く叱られています。同僚からも笑われてるくらいで、何やってるんでしょうかね?」


 下手な自己紹介とでも言うのだろうか、過剰な自虐を挟みながらも、それでも自分なりに一生懸命自分のことを伝えようとしてくれているのが解った。


「父は早く死んでしまったので一人っ子で、先月までは母と暮らしていたのですが、不幸が重なって亡くなってしまい、僕はとうとう天涯孤独の独り者になってしまいました。ようやっと母の遺品整理も片付く頃で、このアパートも古くなったものですから、丁度今、綺麗な物件にでも引っ越そうかと考えていたところなんです。こんな古いアパートじゃ女性も呼べませんしね……なんて、そんな当てもないんですけど……って、すみません! こんな汚いところに貴女を招いておいて言うのは可笑しかったですね……」


 私は思わずクスリと笑ってしまった。


「とんでもない。男性の一人暮らしとは思えない程綺麗ではありませんか。掃除も行き届いているし、洗い物だっていきなり尋ねて来た時から綺麗に水切りされてましたよ? 冷蔵庫の中もスッキリと必要な物だけが入っている様子ですし、関心してしまいますわ」


 彼は照れたように後頭部を掻いた。


「家事は苦手ではないんです。母と協力して暮らしていましたから料理洗濯清掃……身の回りのことは一通り。独りになって今まで以上に自分の健康に気をつけないといけないから、しっかりと栄養バランスも考えて食事を作らないといけないし……」


 彼は本当に嬉しそうに自分のことを話していた。その中には苦労話も多く含まれていたけれど、それでも彼は本当に真っ直ぐに成長を遂げて来たのだと感心した。


 彼の話を聞いている時、私はその必死で不恰好な身振り手振りが可愛くて、可笑しかった。でもそれは決して悪い意味等ではなく、楽しかったのだ。


 もう解っている。


 元婚約者と話している時は、楽しくなかったことを。


 それは決してその後の嫌な出来事で記憶が上書きされた等ではなかった。


 思い出してみても元婚約者の話しぶりは完璧だった。もちろんその容姿も振舞いも。


 当然だ、彼は将来国王となる。目の前の彼とは、悪いけれども比べるまでもない。


 だがしかしその傲岸で自尊心しかなさげなその態度、私を政治の道具としか考えていないような冷たい眼差し、嘘を塗った仮面のように綺麗な表情……今にして思えば……。


「いけ好かない殿方ですわ」


 思わず口を突いて出てしまった言葉だった。


「えっ!?」


 気分良く自己紹介を続けてくれていた太陽さんの顔が途端に青褪めた。


「ご、ごめんなさい! そうですよね、僕なんか……」


「ちちち、違うんですの! 私が言ったのは太陽さんのことでは無くて……」


 私は必死にその場を取り繕い、誤解を解くようにひたすら謝り通した。


 彼のように必死で不恰好な身振り手振りで機嫌を取ろうとしている自分に気付いた時、私は、少し嬉しかった。


「そうでしたか。元婚約者の方が……」


 太陽さんはようやく誤解を解いてくれた様子であった。


「とは言え、作り話の中の王子ですけれど」


「ですが、アルテイシアさんはそこで育ち、今ここにいるのでしょう?」


「そ、それはそうですが……」


 助けてもらったからだろうか、どうも私は太陽さんの視線に弱い。


「太陽さんの方が、あんな男達よりも100倍素敵ですわ!」


 その言葉は直前の照れもあってか、特に何の意識もせずに出てきた言葉だった。


 だけどもその言葉を発した後、私は確かに意識をした。


「そんな。僕はチビでデブで、モテたことなんか一度も無いんですから……」


 そのせいか、彼の自虐的で困っている笑顔を見た時、私は少し、認めがたいと思った。


「許せませんわ」


「あ、ごめんなさい」


「そうではありません! 私は、こんなにも素敵な太陽さんが周りから評価してもらえないことが許せませんのっ!」


「ええっ!? そんな、僕なんか……」


「そこっ!!」


 私はビシッ! と強く指差して太陽さんを竦み上がらせた。


「まず第一に! 太陽さんは自分に対する自信を全く持っていませんわっ! お優しく、自立されていて、とても立派なお方なのに、対女性攻略にとってはそれが致命的ですのよっ!? とっても勿体無いですわ!」


「じょ、女性攻略って、ちょっと酷くないですか……?」


「甘いっ! まるで紅茶にショコラを落としてしまったかのように甘いですわっ!!」


「は、はいっ!」


 私はその時、彼に提供出来るメリットに気が付いたのだった。


 とは言え助けてもらった恩人に対し、私は何と言う高圧的な態度を取ってしまっているのだろう。俯瞰してみれば私の態度はとても滑稽だった。


 そんな言動に至ってしまった理由は自分でも良く解らなかった。


 ただ、その提供できるメリットを交渉の武器として、何としても獲得したい立ち位置があったのは間違いない。


 もちろんそれが私自身を守るための浅ましさを含んでいることは承知している。太陽さんが押しに弱いだろうことも計算済みだ。幸いにもこの家には空き部屋が1つある。


 私を作った山田さんに言わせれば、私はピュアでイノセントな性格ではなかったのか。


 それでも。


「私、太陽さんに交渉したいことがひとつ、ありますの」


 恐らく私は、この世界の空気に当てられて、少しばかり性格が変わったのだろう。


 私は、太陽さんの隣にいるこの状況を、逃がしたくないと、そればかりを考えていた。


「私をここに置いてくださいませんか? その代わりに、私が貴方をもっともっと素敵な殿方にしてみせましょう」


 私には、呪いで誰かを愛することはできないらしい。


「あなたに、素敵な恋人ができますように」



お読みいただきありがとうございます。


面白そうであれば続きを書こうと思いますが……スミマセン!

今週ゼルダ新作が発売されてしまうため、数ヶ月はハイラル王国に行ってきます。

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