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フローラル・ファンタジアの真実


 その後、私と太陽さんは紆余曲折を経てリビングのテーブルを挟み座っていた。


 目の前には2つのマグカップ。コーヒーと言う異国のお茶に、上質なクッキーが添えられている。いつの間にお菓子などを焼き上げたのかと思えば、彼はそれを戸棚の中から箱に入った状態で取り出していたに過ぎなかった。


 その頃にはもう、私の置かれた状況が大分詳らかになっていた。


「おや? このゲーム製作サークル、もしかして……」


 彼が持つスマホによって、私の存在がとあるゲームに登場する悪役令嬢であること、現在の私の立ち位置がゲーム終盤の破滅後であることが判ったのである。


 ショックが無いと言えば嘘になる。


 私が生まれて育った世界が、私自身が作り物であったことは元より、私の視点からは窺い知ることも叶わなかった友と思っていた者達の裏切り、そして自分自身の運命。


 更にはその世界の全てを総称して、この世界ではクソゲーと称されていたことなど。


 私は察していた。


 夢の中で痩せこけた男性が何度も何度もゴミ捨て場に運んでいたのは、私達の全てが詰まった世界の円盤を、不要な在庫として処分していたのだ。


 私があのゴミ捨て場に生れ落ちた時、すぐそばにダンボールの箱が幾つも落ちていたことから考えるに、私はその在庫が形を成した姿であったのだろう。


 だとすれば、私をこの世界に生み落としたものは、怨念以外の何であるのだろうか。


 だが、既に私の中では、それを怨念と呼ぶのを拒む気持ちが育まれていた。


 それは、私が言葉を発することが出来るようになるまでの長い間、彼がずっと黙って待ってくれていたからに他ならない。


 その彼の気持ちに報いるためにも、私は、自身の中に怨念という言葉を宿してはいけないという思いがあった。


 それから私と太陽さんは少しずつ言葉を交わした。


 多くの時間をかけて、様々な情報交換を行った成果もあって、私もそれなりにこの世界の仕組みを理解することが出来たし、この世界には魔法が存在しないことや、代わりに機械という文明が発展していること。姓だと思っていた太陽という名が彼の名前であったことなど、実に様々なことを知ったのだった。


「信じられないけど、信じざるを得ないみたいだ……」


 太陽さんはそう言って、やっぱり困ったように笑った。





 決め手になったのはやはり魔法だった。


 きっかけは太陽さんが私の着ていた衣類を洗濯しようとしてくれたことだった。


 彼が濡れたドレスを洗濯機に入れようとしていたのを見て、私は改めてこの世界の人々が魔法を使えないことを認識した。


 ただ、衣類の汚れを落とす程度の生活魔法であれば私達の世界においては極々常識的なものであり、私はそれを何ら躊躇うことなく彼の目の前で使用してしまった。


「シンデレラ・ドレス」


 彼の手を離れたドレスは淡い光の球体の中で踊るように回り、汚れと水分を分離した上で取り出された。


 それを見て、太陽さんは開いた口が塞がらなくなっていた。


 その後、私の出生に何か心当たりがある等と言って、彼は何処かに電話を掛けた。


 正直なことを言えば、この後私を売りに出すための算段をしているのだと少しだけ考えてしまった。


 だけれども、それが杞憂であったことはすぐに解った。


「小泉氏ぃー。流石に心配になったので来てやったでござるぞー」


 彼が呼んだ友人が、すぐにこの部屋を訪ねて来たからであった。


 その友人こそが、私をこの世界に生み出した創造主、あの夢の中で見た痩せこけた姿の男性だったのである。


 玄関を開け、私と目の合った太陽さんの友人は、まず始めに手に持った紙袋を落とした。


「こここ小泉氏、せせせ拙者を裏切ったでありますかっ!?」


 等と意味の解らないことを言って太陽さんを見ていた。


 彼は身長こそあれ、やつれた身体にくぼんだ頬、青白い肌で少し不健康な印象をしていた。夢で見た通り髪も乱れ、目はくすみ、かけた眼鏡も少し傾いていた。


「いらっしゃい山田氏。こちらはアルテイシア・ローズ・ミラーレイクさん」


「それくらいは流石に。拙者、創造主であるからして」


 山田さんは太陽さんの紹介もそこそこに、私を品定めするように見回し始めた。私がその時少し寂しく思ったのは、創造主である山田さんが、太陽さんのそれとは違って、まるで私を物のように見ていることを感じ取ったからだ。


「そしてこれがアルテイシアさんが着ていたドレスだ」


「凄い完成度の高さですな」


「だから言ったでしょ。どうやら本物っぽいって」


「して、魔法の方は?」


 山田さんが尋ねると太陽さんも私の方を見た。それが魔法の実演を求めているものだと解ったので私は手頃に使える生活魔法を探した。


「キャンドル」


 MP消費1。最も手頃な着火魔法である。


「うおおおぉぉ……マジでござるか……」


 何も持っていない私の右手人差し指から蝋燭に灯るような火が発生したのを見て、山田さんは感嘆の声を上げた。


「間違いないでござる。本人でござる」


「製作者が言うのだから、間違いないようだね」


 そんな過程を経て、今度は3人でテーブルを囲むこととなった。


 太陽さんは山田さんに椅子を譲り、自らはゴミ箱の上に座っていた。





 簡単な自己紹介を行い、これまでの経緯を共有した上で私達は製作者である山田さんの見解を尋ねたのだった。


「信じがたいでござるが、確かに拙者が廃棄した円盤こそがアルティ嬢の根幹を成しているとしか思えないでござるな……その理由は解らないにしても」


「でも、それならばどうして私なのでしょう……? 順当に考えるならばゲームのヒロインであるアリシアさんこそが相応しいかとは思いますが……」


「それに関して言えば、間違いなくアルティ嬢が一番人気だったからでござろうな」


「わ、私は敵役の悪役令嬢なのですが……?」


「それがでござるな……話せばながーい訳があるのでござるが……」


 そして山田さんの口から語られた真実は実に呆れた内容であった。


 私達が存在していたゲームの名は「フローラル・ファンタジア」。


 この世界の女性用に開発された同人の恋愛シミュレーションゲームで、主人公はフローラ王国に存在する貴族学校に魔法の才能を見い出され特待生として入学した女生徒アリシア・ヴァン・ベルク。


 彼女は庶民という立場から様々な障害に晒されて学校生活を送るが、実は彼女の出生には重要な秘密があり、最終的には攻略対象となる美男子貴族の協力を得ながら幸せを掴み取っていくことになる……と言う王道の乙女ゲームであるはずだったのだが。


「これがフローラル・ファンタジアの真実でござる」


「それはおかしいですわ……何故ならば、私はそのような虐めには何一つ関わっておりませんもの」


「そりゃそうでござる。何せアルティ嬢は無実でござるからな」


「「はい?」」


 私も太陽さんも揃って呆気に取られてしまった。


「だから、アルティ嬢は、正真正銘、ピュアな、イノセント令嬢でござる」


「それならばどうしてアルテイシアさんはこんな酷い目に合わなければならないの?」


「何も知らない無垢な令嬢が知らぬ間に、嘲られ、裏切られ、絶望の淵に追い詰められる様を表現したかったからでござる。そしてそれを無自覚に行っていた真の悪役女優こそがプレイヤー視点となる主人公であることを表現したかったからでござる」


「「なんというクソゲー……」」


「何がクソゲーなものか。このゲームの口コミを見たでござるか? 主人公が傲慢、あざとい、他人を見下す、アプローチが執拗、脳内お花畑……おいおい、ブーメラン乙でござる! 現実の無自覚女共こそが真のクソゲーなのでござる!」


 私には、山田さんがこの世界の女性からどんな扱いを受けてきたのか想像すらできなかったが、察するところはあった。


「山田氏……そんなクソゲーで本当に破滅した悪役製作者はいったい誰なんだい?」


「拙者でござる~……」


 太陽さんに優しく窘められて、山田さんはわざとらしく目に腕を当てて泣いた真似をしていた。


「あの、アルテイシアさん、元気出して? ……ほら見てください」


 言葉を失っていた私に、太陽さんがスマホの画面を表示させて見せてくれた。


「アルテイシアこそNo.1ヒロイン、アルテイシアちゃん神、アルティちゃん以外滅べばいい……どうやら、アルテイシアさんは凄く応援されているみたいですよ?」


 本当のことを言えば、私は自分自身の存在を全否定されたような気分に打ちひしがれていた。だけれど、そんな私の機嫌を伺うような、その困ったような太陽さんの微笑みに、私は頷かざるを得なかった。


「大丈夫ですわ太陽さん。私はもう、過去は気にしておりませんもの。前を向いて歩いていきますわ」


 そしてそれは多分、太陽さんのお陰だったのだと思う。


「凄いや……流石はNo.1ヒロインだ」


 太陽さんに言われて、私は照れくさくも誇らしくもなって、困ったのに笑ってしまう。


 そんな様子を山田さんに訝しげに見られているのに気付きもせずに。


「なーんか、2人とも怪しいでござるな?」


 そう言われて、どうしてか私は太陽さんの顔が見られなくなって、瞬時に彼に背を向けた。そして頬が火照って仕方がないので両手を当ててやり過ごした。


「んん? もしかしてアルティ嬢、照れているのでござるかぁ~?」


「ち、違いますわ!」


 山田さんがどんなにニヤけた顔で私を見ているのかと思うと、私の顔は更に赤くなった。


 だけど違った。


「ま、そうでござろうな」


 その一言を発する時、山田さんの声は一気にトーンダウンしてシリアスな雰囲気を纏っていた。


「破滅後のアルティ嬢は呪われているからして」


 場の空気が一気に凍りついた。


「山田氏、それは一体どういうこと?」


 太陽さんが恐る恐る聞くと、山田さんは淡々と答えた。


「アルティ嬢は追放時に罰として、人を一生愛せない呪いを掛けられたでござるよ」


 私の赤かった顔は、瞬時に青褪めていたのだと思う。


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