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雪の道へと  作者: 雨慮
2/12

雪の道へと2


 町から続いてきた道が森の中に入る。林床の緑は鮮やかで道には馬車の轍が残っている。

ティセは轍の深くなった所を見つけると、気紛れに足で周りの土を被せ踏み固める。

「ハルラは、この道を通ったのかな。」

 キリがないので途中で止めて先に進むと、その緑の向こうに馬の姿が見えて立ち止まる。道を外れて身を屈め近づいてみると、沢に掛かる木橋の上で荷馬車が立ち往生しており、眼鏡を掛けた若い女性が馬を宥めている。

「どうどう。これは置いて行った方が良いかな。」

 馬、頭を地面まで下げる。

「よしよし、そうだよね。でも置いてくとボスに怒られるよ。それでも良いの?」

 馬、身震いをする。

「うんうん、いやだねー。誰か通らないかな。」

 馬と目が合う。

「でもでも、盗賊とか出たら―誰か居るの!?」

 咄嗟に草木に隠れる。

「ま、まさかね。ちょっとペケ、静かに。」

 馬が嘶く。隠れて居ても仕方が無いので勢い良く立ち上がると、女性は驚いて腰を抜かしてしまった。



「はぁー、びっくりしたぁ。」

 女性は尻もちをついたまま大きく息を吐き、ティセに話しかける。

「こんにちは。ごめんね、驚き過ぎちゃって。」

「うん。」

「ところで、君一人?」

 頷き、荷車の方を見る。

「もしかして手伝ってくれるかな? …こらペケ、今話してるの。」

 馬が女性に顔を近付け、話を遮る。

「馬と話せるみたい。」

「え、いや、ちょっと、うん。少しだけ。少しだけね。」

 女性は笑いながら眼鏡を直して早口になる。

「ほらほら、この子、ペケって言うんだけど、生まれてからずっとお世話しているから。

あ、私はフタネ。君は?」

「…ティセ。」

「ティセね! 可愛い名前。いくつ?どこへ行くの?困ってる事は無い?」

「…これ。」

 荷車を指差す。

「あはは、困っているのは私だった。ご覧の通り動けないし。」

 ティセは「うん」と小さく返すと、荷車を押してみる。荷車の片輪が朽ちた木橋を貫き容易に抜けそうにない。

「無理しないで。私もやってダメだったし。いっそ橋を壊したら抜けるかも…待って、本当に壊しちゃダメよ。」

 フタネが四つん這いになって、石を手にしたティセを制止する。

「冗談。」

「とぼけちゃって、冗談には見えなかったよ。」

 フタネは座り直すと橋の下へ足を垂らした。

「はぁ、何だかお腹が空いたし、一緒にご飯食べない?」

 昨晩から何も食べずにいたティセは腰を抜かした彼女の提案に乗ることにした。



 馬がそこらの草を食んでいる…

 橋の上の陽だまりでフタネと少し離れて座っていたティセはリュックを開ける。

「何か持っているの?」

 豆の入った缶を取り出して蓋を開ける。

「それ今から煮るつもりじゃあ無いわよね? 私のパン、食べない?」

「…それでもいい。」

「それでもて。」

 フタネが寄ってきてパンを貰うと質問が飛んできた。

「ねぇ、どこに向かっているの?」

「北の、街。」

「北って言うと…」

「シヴァス。」

「え? 一人で?」

「うん。」

「それって、当てはあるの?」

「あるんじゃあ、ない?」

「へぇ…そっかぁ。そうなんだ。」

 そう言って黙した彼女の横で邪魔されずパンを食べ終える。

「この後、手伝ってくれるんだよね。」

「え、うん。」

「ほら、もっと食べていいよ。お腹を満たせば力も出るでしょ。」

 彼女は自分の食べていたパンをティセに押し付け、また喋りだすとティセがパンを食べ終えても質問が続いた。



「ほらほら、まずは挨拶だよ。この子はペケ。」

 フタネが馬を引いて来てティセの前でお辞儀をさせた。

「ティセも挨拶して首の辺りを撫でてあげて。馬車を引くのをお願いするの。」

「よろしく、ペケ。」

 言われた通りに馬の首を撫でる。

「さて、まずは二人で持ち上げてみようか。」

 二人で荷車を持ち上げると車輪に折れた木片が引っ掛かる。それを取り除いているとフタネが真剣な表情で言う。

「壊そう。さっきの石持ってきて。」

「え?…どっか行った。」

「さっきのじゃなくて良いから!」


 

「準備は良い? よし!」

 フタネの合図で荷車を持ち上げ、大きくなった穴から車輪が抜け出る。

「ペケ行って! ハイッ!」

 フタネの声で馬車は進み、橋を渡り切った。

「やった、うまくいった。ティセ、ありが…ちょ、ペケ止まってー!ドォー!」

 フタネはうっかり離した手綱を声を出しながら追いかけ、ティセは動く荷車に飛び乗った。

馬車が止まってペケがブルルと鳴く。

「もう! 冗談には、見えなかったよ!」

フタネは馬と会話するように叫んで、その背を叩いた。




 高く伸びた針葉樹が増え森の天井が高くなる。はっきりとした道、轍の上を馬車が進む。

「ねぇねぇ、後ろに居ないで前に来なよ。」

 フタネに誘われ、荷車の前方に座る。

「手綱持ってみなよ。やり方教えてあげる。」

 ティセに手綱を握らせ、手解きをしながらフタネは楽しそうに笑っている。

「簡単でしょ。馬は賢いから手綱ひとつで分かってくれる。」

 分かれ道が見え、目の端でフタネを見る。

「そこは右に。行きたい道を向いたら後はペケに任せておけば大丈夫。」

 馬車は問題なく道を曲がり、横でフタネがあくびをする。

「疲れたから後は任せて寝てようかな。あはは、ダメか。ダメだよね。」

 彼女は伸びをして空を見上げる。

「この先の村に着いたらね、仲間が居るのだけど―」

 ティセは体を丸め、馬の揺れる背を見る。 

「御者の仲間でね。ボス…お父さんやペケの兄弟も居るんだ。それで私が戻ったら荷物を積んで西に向けて出発する予定だったのだけど…私の所為で遅くなるかもね。あはは。」

「それでね、」

 ペケの頭が上下している。

「ティセも、一緒に行こう。」

 フタネは唇を結んで馬車の上で初めてティセに向き合った。

「行かない。」

 ティセは前を向いて答える。

「そっか。友達に会いに行くんだよね。」

「わたしは賢くないから。」

「顔の向いている方へしか行けないわよ。ねぇねぇ、友達ってどんな子なの?」

「ハルラは…よく悪戯する。」

「もしかして悪い子だ。悪戯と言えばペケのお姉さんもね―」

 そうして二人話しながら、馬車に揺られた。




「じゃあ、私は報告して食料とか持って来てあげるから。その辺をぶらぶらしていて。」

 村の端でフタネは馬車を停め、ティセを降ろした。

「あ、でもでも、馬車や馬の周りをうろついていると怒られるかも。気を付けてね。」

 フタネと別れて一人で村を散策する。ティセの住んでいた山村よりずっと大きいが、この村の端には人気が無い。中心部に近付くと幌馬車が何台も停まっており、酒場の前にはこれまで乗って来た荷馬車が見えた。

 細い通路の陰から酒場の方を窺っていると不意に後頭部に温かい息を吹き掛けられる。飛び退き、壁に張り付いて見返すと馬が塀から身を乗り出していた。

「なあに? 変な顔して。私の髪は食べ物でないし。」

 後頭部のめくれた髪を直していると馬がじっと見てくる。

「ひょっとしてペケの兄弟だったりする? んぅ!」

 近づくと鼻息を浴びせられて息を止める。憎き馬は歯を剝き出しにしている。

「…。」

 気が付くと通りの方が賑やかになり、人が出て来て馬車に荷物を積んだり馬を引いて来たりしている。その大人たちに交じってフタネも酒場から出て来ていた。

「もう出るんだ。」

 誰かの気配が近付いてくる。ティセは塀の向こうの馬に声を掛ける。

「ペケによろしく、悪いお姉さん。」

 ティセはその場を離れた。



 また北への道を振り返らず進む。空に雲が薄く広がり眩い白になる。

 村がやたらに騒がしい。馬の走る音につい振り返ると塀の中に居たあの馬がティセの視界を横切り、それを馬に乗った人達が追い掛けて行った。

「ふふっ。」

 ティセが笑った所に、見覚えのある馬が眼鏡の少女を背に乗せ駆け寄ってくる。

「ティセー! ごめん、すぐに出発することになって、もう会えないかと。」

 フタネは馬から降りるとティセの背後に回ってリュックに何かを入る。

「でねでね、聞いてよ。みんな頭硬くて時間も無いから。あ、これ食料ね。説得する暇も無くて、くすねてきたの。内緒よ。」

 彼女はリュックを閉めると笑いだした。

「それで、ふふっ。どうしようかと思っていたらオジュが脱走してね。」

「ペケのお姉さん?」

「そうそう。会った? 鼻息掛けられた? やっぱり。だからペケで追い掛けるフリしてティセを探しに来れたのよ。」

 そこでフタネは深く息を吐き、静まった村の方を向いた。

「早く戻らないと。」

「私も、もう行く。」

「ペケも挨拶して。」

 ペケが額を合わせて来る。

「じゃあね、ペケ。」小声になって言う。「あの憎い馬によろしく。」

「今度会ったら乗馬を教えてあげる。約束。」

「うん。」

「じゃあ、気を付けて。」

「うん。」

 馬に乗り去っていく彼女は途中で止まるとティセに向かって手を振った。ティセはそれに小さく応えた。

「バイバイ。さよならフタネ。」

 


 

 森の中、分かれ道の間に葉を散らした大木が大きく枝を広げ立っている。

 道の分かれ目に向かって枝を投げると、枝の先は来た道へ向いた。その枝を踏みつけると大木の上から小鳥が舞い降り、より細い道へと消えていく。

 小鳥の後を追い、踏み入った道は若く細い木々がトンネルの様になっていた。先を往く小鳥は羽ばたいては降りてを繰り返し、先へ、先へ行ってしまう。

 木々のトンネルを抜けると小鳥を見失った。分かれていた道はまた繋がり、北の大地に続いていた。



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