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雪の道へと  作者: 雨慮
11/12

雪の道へと11




 また、雪の大地に放り出された。

針葉樹の森で何者かにつけられている気がして時折振り返るも、そこに何かの姿は無い。



 雪の上に血痕を見つける。血痕は山側の僅かな崖の上から転がり落ちて来て、木の陰へと続いている。ティセはそのまま進んでみて、ふっと木の陰を見やるとそこに血塗れの兎を見つけた。

「どうしてやろうか。」

 白い冬毛は血で汚れ、近付くと小刻みな荒い呼吸を感じる。ティセは逃げもせぬ兎を抱え、休む場所を探した。


 ティセ、洞穴の奥で焚き火の前に座っている。

「どうする。」

 拾ってきた兎は火の側に転がっている。

「どうしたらいい?」

 洞穴の壁に浮かぶ自分の影に話し掛ける。すると影が揺らめき答える。

『すくう

 ほうむる

 じぶんのおもいによって』

「どうなの? 知らない。放っておく。」

『そうしたいの

 たすけよう

 まにあわなくなる』

「どうやって? できもしないのに。」

『ほらいきたえた

 またつぎもおなじ

 だれかきたの』

 振り向くと洞穴の入り口に狼が立っていた。黄みがかった白い毛は汚れて体は痩せている。

「つけてきていたのはあなた? 獲物を追って来たの?」

 狼は洞穴の中へ数歩入って来ると入口付近で寝そべった。

「外の寒さに負けたのね。」

 火を挟んでティセも横たわる。目の前に転がる兎。誰も動かずに影だけが揺れている。

何の合図も無くティセが起き上がると狼も首を擡げる。ティセは目元を拭い、動かぬ兎をつまみ上げると狼の方へ歩み寄り、それを投げ与えた。飛び退いて警戒の色を見せる狼はティセが洞穴の奥へと戻り寝転がるのを見て、兎の足(それとも耳か)を咥えて引き寄せる。

「後はお願い。」


 次に目を覚ました時、洞穴にはティセ以外何者も居なかった。




 木々が疎らになった森の端。ティセは何度も振り返りながら進んでいる。

「それじゃあ日が暮れるな。」

 進む先に練色の髪の少女が木を背にして立っていた。

「誰?」

「…誰だと思う?」

「誰でもいいけど、何かつけて来てるの。」

「うーん、何も見えないな。」

「そんな筈無い。」

「怖いなら付いて来いよ。」

 少女は開けた林道ではなく疎らな木立の中へと走りだし、ティセから見えなくなる度に立ち止まってはまた走っていくのだった。



 盆地の雪原にぽつんと立った家に辿り着く。

「ここはあなたの家なの?」

「いいや? でも好さげだろ。」

「どこか変。そう、あの屋根の上に何か飛び出しているもの。」

 雪の積もった屋根から空に向かって空中線が伸びている。

「そうだな。いっちょ雪を下ろすか。」

 少女、屋根に登る。

「気を付けて。」

「下に居るなよな。うわっ。」

 少女が雪塊と共に屋根から落ちる。

「だから言ったのに。」

 少女は雪の中から腕を突き上げ、無事を知らせていた。



 家屋に入り、二手に分かれて室内を物色する。目ぼしい物は無く、二人は落ち合った部屋の椅子に腰を下ろした。部屋の壁際に置かれた机には、たくさんのつまみや硝子の管球が付いた機械や喇叭形のスピーカーがずらっと並んでいる。

「なんだ? どうやったら動くんだ、これ。」

 少女は機械に付いたつまみを適当に回している。ティセも機械に付いたボタンを押していると、指に微かな振動を感じてスピーカーが小さな雑音を吐き始めた。

「おー、動いた!」

 少女は立ち上がると、落ち着き無くダイヤルを回す。

「それ、楽しい?」

「さあなー。もう少しやってみないと。」

 ティセは機械に夢中な少女を置いて外に出ると、広い雪原で一人鍬を持って雪を掘り返していた。


 

 すぐに陽が落ち家宅に戻ると、少女は椅子で丸まり寝息を立て、機械はザーザーと鳴っていた。ティセが態とらしく音を立て椅子に座ると少女が目を覚ます。

「んー。どこ行ってたんだよ。」

「その辺。で、このうるさい奴はどうなったの。」

「さっきは音が変わったぜ。ツートト、ツートトってな。」

「それで?」

「それだけ。飽きたな。」

「ふーん。」

 少女は机に足を上げ、鼻歌を歌いながら目を瞑る。ティセは代りに機械を弄り、暗くなると机の上にぶら下がる裸電球の灯を点けた。発光する電球が明るいだけの夜。



「それ、楽しいのかー?」

 雪を掘るティセに少女が声を掛ける。

「この辺、畑みたいだから。」

「それで、在るかも分からないアタリを掘って探しているんだ。それならこっちを掘れよ。」

 ティセは掘っていた場所に何も無いのを見ると少女が示した場所に移る。

「素直だな。」

「別に、こっち掘ってなかったから。あ、ほら、あった―」

 野菜を掘り当て少女の方を向くとその少女に勢いよく押し倒される。雪の上を転がり、少女は立ち上がると悪戯な笑顔を見せた。

「へへっ、油断しただろ。」

「なんのつもり。」

「なにかな。でも楽しいだろ。」

 少女、木立のある方へ逃げ出す。

「ふーん。いいよ、やってあげる。」

 ティセは鍬を雪に突き立て、意味も無く少女を追いかけた。



 夜。ティセは電球の灯りの下で相変わらず機械を触っている。

「よく飽きないよな。」

「あと少しだから。」

 電球が切れたのか少し暗くなる。すると硝子の蕾から橙色の光が浮かび上がり、机に咲く喇叭形の花から雑音に交じって歌が聴こえてきた。

「聴こえたか? いま…」

「しっ。」

 少女を黙らせ、少し経つと音が幾分明瞭になる。

「何を言ってんだろう。外国の歌だぜ。」

「うん…しゃがれたおばさんの声。」

「ひどいなあ。それなら歌って見せてよ。」

「嫌。あなたが歌って。」

 少女はスピーカーからの歌を真似て低い声で歌う。

「ふふっ。なに、それ。」

 少女はなおも声真似で歌う。機械から聞こえる歌が終わるとティセはダイヤルを回す。

「またツートト言っているな。」

「そうね。」

 二人で機械を弄っているうち音が消えた。

「もう、お終い。」

「ええー。」

「飽きたのでしょ?」

「それなら歌って見せてよ。」

「ん。少しだけ、なら。」

「ぬんだー」

「んんっ!」

 少女がまた低い声で歌い出すのをティセは咳払いで掻き消し歌い出す。

「ゆーきやこんこ、あられや…こんこ…。」

 歌うのをやめる。明るさの戻った電球と機械がジーと小さな音を出している。

「どうしたのさ。」

「一緒に、歌って。」

「しょうがないな。行っくよー。」

「せー…」「の、それ!」

 ティセは逸る少女に合わせて歌い出し、少女は一節待ってティセに合わせる。歌が終わるまで夜は待っていた。




 雪深い雪原、少女の後姿が離れていく。また後ろに気配を感じティセは見返るが何も居ない。少女が雪の丘を越えて見えなくなる。

「待って。」

 ティセは雪に埋もれる足を引き抜き追いかける。

「きっと、遠くまで来たわ。」

 世界は白銀に包まれている。気配が黒い影に成る。

『―――』

「んぅっ!」

 瞼を固く閉じて頭を振り、丘の上まで走って辺りを見渡すも少女の姿は無い。

 真っ白な静寂に低い音が響く。その音は高い所からやって来て、地響きと共に巨大な雪煙を巻き上げ、急峻な山の斜面を雪原へと迫る。斜面を転がる雪塊が砕け散り、雪崩が山麓に達すると雪の疾風が雪原に吹く。遅れて足元に雪の波が押し寄せ、最後にはティセを飲み込んだ。




 何者かに外套の袖を引っ張られている。光が透ける雪の下から抜け出すとティセの周りを白狼が歩き回る。

「うん、平気。あの時の犬?」

 狼はティセから少し離れ余所を向いている。

「助けてくれたのね。名前を付けてあげるわ。そうね…ハルラ二号。なんだか似ているから。」

 友人を思い浮かべて目の前の狼に語り掛けていると少女が呼ぶ声がする。

「リュックを雪の下に置いてきたから取らないと。」

 雪を掻き分けリュックを引っ張る。それを狼も一緒になって手伝い、引っ張り出すとティセは勢い余って尻餅をつく。

「なんだ。心配したけど大丈夫そうだな。」

「来てくれたの。」

 少女が何事も無かったかの様に近付いてくる。狼の姿は見えない。

「ねぇ、犬が居なかった?」

「知らない。」

「そっ。じゃ、あなた、ハルラ三号ね。」

「誰だよ、嫌だよ。一号と二号はどうしたんだよ。」



 雪崩のあった盆地を抜け、雪原は更に果てしなく目の前に広がる。

「あそこまで行こう。」

 少女の指差す方に小屋がある。ティセは足を引き摺り、少女に手を引かれる。

「助けてくれるんだ。」

「いや、自分の足で歩くんだ。」

「うん。だから、もういい。」

 手が離れて少女を追い越す。小屋の横を通り過ぎると白狼が待っていて、目が合うと咥えていた小鳥をティセの足元に落とす。

「くれるの。」

 白狼が去っていく方に狼の群れが見える。

「お返し、なんだ。」

 不安を雪いで気配は去った。大地の誉を受け少女は消えた。雪の上に道は無い。



 


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