神様見習い奮闘記~天位の塔徒然日記~
こんにちは、神です。
・・・いえ、すみません見栄を張りました、正しくは神様見習いです。
冒頭から乱文ですみません、整理整頓が苦手な私が文をおこそうとしている気概を買ってください。
何故でしょうねー、ちゃんと下書きして、内容も順序も考えに考えて準備したのですけど・・・。
いざ清書っていう頃には、子供の落書きでさえもう少し意味があるだろうという代物に・・・。
・・・取敢えず自己紹介を済ませてしまいましょう。
私の名はイェル。
笹葉の様な長耳が特徴の血族で、光沢の良い鈍色に先端だけ勿忘草色の髪を持つリェルハルメル氏族の娘。
身長は149.9㎝で、あまりこう主張の激しくない体系が悩みと申しますか・・・詳細は秘密・・・いえ機密事項です。
因みに長い名前も有りますが、無駄に長いうえに絶賛『声に出して噛まなかった人居ない歴最長記録』更新間違い無しの長さと音の連なりですし、機密事項を知りたければ相応の犠牲を強いりますが、知りたいですか?
まぁそのうち嫌でも記述しますから、それまでお預けです。
っと、これ以上脱線しないうちに・・・現在の状況を説明いたしましょう。
私が今存在しているのは『天位の塔』と呼ばれている『箱舟』のなか、『術理回路』と呼ばれる空間です。
『箱舟』というのは私たち神見習いを含めた神族が存在し、活動する為に定義付けされた空間のなかで更に何かしらの機能や役目ごとに境界を定め区切られた空間の事です。
で、『天位の塔』と呼ばれている『箱舟』に与えられた機能は、私たち神族の位階を定める、という物。
そしてその中で『術理回路』という回廊は神様見習いが位階を得る為の修行空間です。
ちなみに神族と名乗っていますが私達を創造した神様が更に上位存在として存在します。
寿命はありませんが肉体を持ち、精神体でも活動できますが・・・あまり肉体から離れたくありません。
疲れるんですよね、あと物凄くそわそわして落ち着かないです。
でもって神様見習いである私は修行中な訳ですが・・・ちょっぴり行き詰っています。
修行の内容は『箱庭』の創造と育成をすること。
『箱庭』というのは、創造神様から与えられた神族の固有能力である創造力で創り出す空間の事で、そこでは様々な形で世界を創造し、生命を紡ぐ事が出来るようになっています。
目的は信仰心を集める事。
正確には集めた信仰心が創造神様の神力となり、その御業で『箱舟』の維持や神族の固有能力を賜ることができるのです。
そして『箱庭』の規模は神族としての位階によって決まります。
特位を頂点として6位までの7階級があり、特位以外はさらに上級・下級に別れているので実質13階級に分かれています。
このうち3等級から正式に神として認められ、それ以下は見習いと見做されます。
ちなみに3等級から『箱庭』以外の固有能力を賜ることが出来ます。
そして私の位階は現在下級6位。
最底辺です。
ま、まぁ今まで独学で修行していたので位階が付いていないだけで、これから本気を出しますよ?
ただその、なんでか私が創造した『箱庭』がちょっとアレなだけで・・・
さて、今日も1日頑張って修行と参りましょう。
「なんて日記を書きつけている場合でもないのでしょうけど・・・」
パタン、と嫌に頑丈そうな革の装丁に鍵まで付いた日記帳を閉じながらイェルは大きく溜息をついた。
そしてぐったりと円卓に上半身を預けて体の芯まで脱力する。
薄っすらと開いている瞼から実にやる気の見えない、ハイライトの消えた深緋の瞳が周囲をぼんやりと写している。
視界に映るのは、自分と同じ様な見習い達が各々気儘に修行に耽る姿と明らかに暇つぶしをしている様にしか見受けられない正規神がちらほら…と、そのひとりが此方にふと視線を向け、実に嫌そうな顔をした。
「・・・あー、その見えてるのに見えてないような視線と死んだ魚の様な瞳は幾つになっても変わらんようだな、イェル」
軽く口元を引き攣らせながらそう挨拶を掛けてきたパッと見「いかにも中間管理職で我儘上司と脳筋部下に日々翻弄され萎れ切った風体がすっかり板に付いている薄幸な叔父様ではないですか」
「心の声というのは口に出さないからこそであって、聞こえよがしに垂れ流すものではないよ・・・」
盛大に口元を引き攣らせた私の叔父にして上級2位の正規神であるヴァル・リェルハルメルはブツブツと文句を言いながらすぐ隣の椅子へ腰かけた。
「そもそも、小生が中間管理職じみた有様になっているのは、我が姪殿が大いに寄与していると思うのだがね」
同じ血族であるが故に似た、しかし私よりも濃い鈍色の前髪から覗く深緋の瞳が僅かに険を含んだ視線を寄越す。
「上級2位の正規神であらせられる叔父様ともあろう方が、下級6位の見習いにそのような仰り方はいかがなものかと思いますー」
すぐ隣に腰かけられたので、円卓の上で上半身を捻りながら見上げつつ取り合えず反論しておきます。
実際問題として下級6位の最底辺が何処で何をしていようと、正規神の位階を得ている叔父に影響が及ぶとは思えませんし。
「あと、仮にも愛らしい姪っこ相手になんていう挨拶をしてくださってるのでしょう、可及的速やかに発言の撤回と賠償を求めますー」
「そなた、自分で愛らしいとか言うかね・・・付け加えて現在進行形でその有様でなにを主張されてもまったく響かん、むしろその主張は小生が声を大にして言いたい」
すっかり悟った声で溜息交じりにそう応える叔父に、私は自身の姿を振り返る。
やれ修行などと言われているものの『箱舟』は学校でも会社でもない。
従って(周りが各々の修行に勤しんでいても)修行という行為をせっせとしなければならない、という法はない。
ない、が。
「四六時中修行修行とは言わないが、せめて自前の『箱庭』くらいは自分で維持管理してくれないかね?」
ヴァルは顔を顰めながら円卓の上に水晶で作られた、手のひらに丁度乗る大きさの彫像を置いた。
天地に伸びる枝葉を悠々と茂らせた大樹を象ったそれは、創造神が神族へ与えた神具。
『箱庭』を創造し、管理し、神意を伝え、奇跡を起こし、信仰を創造神へと伝えるモノ。
その名を『世界樹』と呼ばれる神具であった。
「・・・あ、私ちょっと用事があるのでした。失礼しますッ」
「座りなさい」
超速で逃げ去ろうと腰を上げた私の体が叔父の声に縛られ、ゆるゆると元の位置へ戻っていきます。
「叔父様・・・何の躊躇いもなく麗しい女性を縛り付けるなんて・・・」
「人聞きの悪い、そもそもこうでもせねばそなたまた誰某の『箱庭』にでも逃げ込む算段であろうが」
ヴァルは苦々しそうに顔を顰めると嘆かわしそうに肩をすくめ、大きく溜息をついた。
叔父様の正規神として顕現した固有能力である[言霊]。
神力を言葉に乗せることで現象として発現させることができるというもの。
無機物や知性の低い生物、自然環境への干渉は制限があるものの、固有能力としては破格の威力を持ちこと特にこういった状況では非常に強力だ。
「いつ見てもチートですよねー」
「普通であればそうそう使わなく済むのだ。そもそもそなたに説教する度に発現させていたらいつの間にか『天位の塔』で教育係のような役目に付けられてしまったのだぞ・・・」
「まぁ、これ以上ないほど適任だと思います」
なにせ修行とはいえ、どのようにやるという決まりも無いのでかなり自由奔放に正規神から見習いまで、様々な行いが行われているのが『天位の塔』である。
時として『箱庭』の外にまで影響が発現してしまうこともあるし、そもそも『天位の塔』の空間で実験をするような者とている始末。
怪異生物が溢れ出したり重力渦がポッカリその辺に開いていたり、同じような固有能力持ち同士で力比べが始まったり・・・枚挙に暇がない。
そしてその度にヴァルが呼び出され、対象を捕縛したり送り返したり無かったことにしたり暴れたりなさそうな決闘者を『反省房』(仲裁した端から暴れだす連中にキレたヴァルが作り出した『箱庭』)に叩き込んだり・・・。
「はぁ・・・まぁ、ソレはもう諦めもついた。が、そなたのあの『箱庭』については別だ」
「いえ、私もそこは理解していますー、ただ私の手に負えない状態なだけで」
「自分の手に負えないからと小生に丸投げするという事に対して、どのように考えておるのか?」
「叔父様なら大概は何とかしてくださるだろうと信じていますッ(それに何だかんだと身内に甘いですし)」
「徹頭徹尾、他力本願とは・・・」
ヴァルは最近すっかり悪化してしまった片頭痛に頭を抱え、円卓の上に崩れ落ちた。
一方、イェルはのほほんと『術理回路』内に張り巡らされた箱舟協会(主に娯楽に走った神族により運営されている商会)の販売端末にアクセスして軽食を購入していた。
「真面目な視点から言いますと、私自身なぜあんな状態に陥ってしまったのか見当も付かない状況ですし、下級6位の手に負えない、と判断したのです」
「それはまぁ、小生も中身を覗いてみて、手の付けようがないとは思うたとも」
「えー・・・叔父様に手の付けようがないとか言われてしまうと絶望的なんですけど」
「そなたアレを何とかするとなると『箱庭』の『根源』を上書きするしかない・・・が、あの規模で上書きするのであれば再創造した方がよほど簡易であろうよ」
「・・・ソウデスヨネー・・・」
うん、聞きたくなかったですねぇその結論。
『根源』というのは『箱庭』にかくあるべし、という定義付けの事で、生物の発生から進化の法則などあらゆる現象を縛る事で管理者の望む『箱庭』の形を作り出す根幹となる重要な術です。
当然『箱庭』に存在するあらゆる物は『根源』に影響される為、管理者たる神族は細心の注意を払い日々細やかな修正や追加を行っているのです。(この部分が修行の多くを占めます)
しかし・・・
「創り直すのもかれこれ3度目なのですよねぇ・・・」
「そもそも約300年も携わりながら何故あのような『箱庭』ばかり創れるのか、そちらの方が余程興味深いわ」
「一応、創造神様の『原器』を参考にして創っているのですよ?所々私なりの解釈とか術は組み込みましたけど」
「せめて1つは変哲もない平凡な模造品でいいから、創り上げてから創意工夫に走ってはくれぬか?」
『原器』というのは、幾百もの銀河系を内包した創造神様渾身の『箱庭』で、『原初の箱庭』と言われています。
まぁ『箱庭』の創造技術が確立する前の物なので、私達神族には扱いきれない規模になっているので、あくまで手本・見本として扱っています。
また『箱舟』における情報の統合・共有の為に基準単位系としても利用されていて『原器』のなかで発達している銀河系の1つ、太陽系のなかにある『地球』という惑星の単位をそのまま流用しています。
ただ、この『地球』の時間単位系は共有しているのですが、距離やら重さやらは割と適当に流用されているため神族内でも時折揉める原因になったりもするのですが・・・。
「んー(パクリ)・・・極力 (モグモグ)・・・達成できるように(ゴクン)・・・前向きに検討した上で(グビグビ)・・・鋭意努力いたしますー(パクッ)・・・ケプッ」
「完璧にやるきが無いなそなた・・・」
デリバリーされてきた軽食(本日のおすすめ「ジェノバ風香草パン粉焼きステーキのサンドイッチ」とアイスコーヒー、苺のジェラートのセット)をせっせと詰め込んでいるイェルの姿に、ヴァルの額に青筋が浮かび上がる。
が、残念系女子の鏡とでも言うべきイェルはまったく気付かずに舌鼓を打ち続け、新鮮な苺の甘酸っぱさとジェラートの甘さのマリアージュに[言霊]で縛られているにも関わらず身悶えしている始末。
すぐ隣でゆらりと揺れる般若の幻像を背負ったヴァルの怒気もどこ吹く風である。
「・・・イェル」
「なんですか叔父様、今とても大切なトコ・・・あ」
ジェラートの溶け具合に集中していたイェルは、呼びかけに視線をようやくヴァルへと向け、そして深く静かに後悔した。
(ま、まずいですね・・・叔父様完全完璧におキレになられていらっしゃる・・・ッ)
思わず変な言葉遣いで胸中悲鳴を上げながら、急遽この危険を回避すべく思考を開始したイェルであったが、すべては手遅れであった。
表面上は穏やかな笑みを浮かべつつ、額に盛大に青筋を浮かべ背景に実に良い笑みを浮かべた般若を背負いながら、ヴァルはゆっくりと口を開いた。
「・・・そなたはどれほど言の葉を重ねようと[言霊]に縛られようと、その徹頭徹尾他力本願な性根がとうとう治らぬ。小生も叶うことなら手荒な手段は取りたくなかったのだが『天位の塔』を任されている以上、このまま捨て置く訳にはゆかぬ・・・口答えは許さぬ」
「ん~~~~~むぅ~~~~~~っ」
「まずは、創り出すことへの責任というものを自覚してもらうとするか。なに、小生も悪魔ではない、そなたの『箱庭』を少々マシな状態へ変化するよう調整はしてある。大本はそなたの『根源』であるから身をもって修行に励め。以上」
ヴァルはそう告げると、ニッコリと親指を上げながらイェルの『世界樹』へ神力を通すと、彼女を『箱庭』へと転移させる術を一瞬で作り上げた。
「最後に5秒ほど文句を言う時間をやろう、では行ってくるがよい」
「戻ってきたら覚えていやがりませ鬼畜爺ィ~~~ッ」
転移術により姿を薄れさせながらイェルはそう叫び・・・消えていった。
5秒の間に上げた親指を下へと向けつつ、ヴァルは静かに彼女の消えた円卓へと視線を落とし、やがてゆっくりと脱力し突っ伏した。
「やぁれやれ、あんの跳ね返りっ娘はようやっと修行再開かえ?」
心なしか白く灰になりつつあるヴァルの背中にそんな声と共にぽんっと手が掛かけられた。
ヴァルは首だけを回して背後へ視線を向けると、実質上の上司と呼ぶべき相手が微笑を浮かべながら佇んでいた。