圧倒
五年前のトラウマ。それに最も貢献しているのは、やはり一角の魔獣だ。
ラグナを執念深く追い回し、一度生を諦めるほどに追いつめた。
あの時の恐怖は一度たりとも忘れたことは無い。
だから――
「今日、ここでトラウマを克服させてもらう」
〈魔力探知〉を解き、その魔力を身に纏って防御に回す。体は変に構えず自然体。それがラグナの基本戦闘スタイルだ。
目の前にいる一角の魔獣はおそらく、五年前とは別の個体。しかし、魔獣の強さは同じ種族同士だとほとんど差が生まれないため、個体は違えど五年前と同程度と考えていい。
「ブゥ!」
「っぶね!」
一角の魔獣の突進。ラグナはそれを目ではなく、直感で回避する。
目で見てから避けるのはほぼ不可能。それほどの速さ。
「やっぱり、とんでもない速度と威力だな……」
振り返れば、幹に風穴を空けられて倒れる一本の木が目に入った。それが一角の魔獣の突進の威力を物語っている。
ただ、不思議なのは木に空けられた穴の大きさだ。
一角の魔獣の角の太さは、一番太い付け根のあたりでも直径は精々五センチ程度。だが、木の穴はどう見てもその十倍以上の大きさがある。
「……なるほど。魔力の『属性』は風か」
ラグナはその一見不可解な現象に、一つの当たりを付けた。
――属性。それは、生物の持つ魔力にのみ付与される特性のこと。
属性には、例えば、火属性や氷属性といったものが挙げられる。
火属性の魔力は熱を持ち、氷属性の魔力は触れると冷たい。
そう言ったように、属性が違うと同じ魔力でも性質は全く異なる。
一角の魔獣が持つ魔力の属性は風。肌に微かな風を感じることから、それは間違いない。
突進の際、背後へ魔力を放出することにより推進力と速度を獲得。そして角を高密度の魔力で覆うことで風の刃を発生させ、その威力を大幅に上げている。
それが、一角の魔獣――ホーンラビットの不可解な攻撃の正体のようだ。
「ブ」
ホーンラビットは再びラグナの方へ向き直ると、その小さな黒い双眸をさらに細める。
あたりに吹く風が徐々に強まり、そして――
「ブッ!」
突進。ホーンラビットの攻撃はそれしかないらしい。
ラグナはそれをまたもや回避。一度目の大袈裟な回避とは違い、動きは最小限に。
少し服の端が風で切れたが、体に傷は無い。完璧に見切れた証拠だ。
ホーンラビットは突進の直前、助走のために体をわずかに後退させる。それが、今分かった。
それさえわかれば、もう、ラグナに負けは無い。
「でも、違うんだよなぁ」
木が倒れる音と同時、ラグナは誰に聞かせるでもなく呟いた。
トラウマの克服、それには勝利が絶対条件。
このままホーンラビットの突進を避け続けて、一方的に攻撃を浴びせれば勝ちは確実だ。
しかし、それじゃあ生ぬるい。欲しいのはただの勝利ではなく、圧倒的な勝利。何をされても負けない自信。
なら、やるべきことは一つだ。
「来いよ、次は避けねぇ」
ラグナは右手を前に出し、クイッと人差し指を動かしてホーンラビットを挑発。
「ブブ!」
それがしっかりと伝わったらしく、ホーンラビットは怒りの声を上げた。
風が強まり、木の葉はザワザワと音を立てる。
これまでにない強風、そして突き刺すような殺気。今までのはまったく本気ではなかったということだろう。
あれを生身でまともに受ければ命は無い。リアルなイメージが頭によぎり、恐怖で体が震える。
「……なんてことはねぇ。師匠の攻撃と比べればそよ風みたいなもんだ。完全に防ぎきってやるよ」
決意し、ラグナは体の中心からさらに魔力を引き出す。
それを全身に纏い、主に前方へと集中させ、分厚い魔力の鎧を作り出した。
「来い!!」
「ブゥ!!」
瞬間、ブレる視界。激しい衝撃が走り、体は後ろに引っ張られるように飛ばされ、背後にあった木を突き破る。
一本の木を倒すだけに止まらず、二本、三本と突き抜け、尚も勢いは止まらない。
「~~っ」
浮いた両足を地に着け、踏ん張りをきかせる。
視線を下に向ければ、腹の前には角を突き出したホーンラビットの姿が。
魔力の鎧により、体は貫かれていない。
しかし、木にぶつかるたびに伝わってくる衝撃により、内臓が揺さぶられる。
「う、おおおおおおお!」
足で地面を削り、木々をなぎ倒し、森中に轟音を響かせながら突き進む。
飛びそうになる意識。それを、声を上げることで何とか持ちこたえさせる。
「止まれええええええ!」
体の内からさらに魔力を引き出し、両手に集める。
それで風属性の魔力で覆われたホーンラビットの角を強引に掴むと、踏ん張りの力もさらに強め――
「――――」
そうして、どれほどの距離を突き進んだのだろうか。
速度は徐々に弱まり、最後に気にぶつかってようやく停止した。
「はぁ……はぁ……。どうだ、受けきってやったぜクソッタレ」
「プゥ……」
ラグナが角を掴み、持ち上げると、ホーンラビットは力なく項垂れていた。
どうやら今の一撃で魔力をすべて使い切ってしまったらしい。
こうなってしまえば可愛いものだ。
気づけば、ラグナの体からは震えが消えていた。
「俺の、勝ちだ」
「……」
ホーンラビットは一切の抵抗をしようとしない。
単純に抵抗する力が残っていないのか、それとも五年前のラグナと同じように生を諦めたのか。
五年前とは立場が逆転したのだと思うと、感慨深いものがある。
「次は俺が攻撃する番……といきたいところだけど……」
相手は魔獣、放っておくのは危険だと分かってはいるが、無抵抗の相手にとどめを刺すのは流石に気が引ける。
それに、このホーンラビットは試験とは無関係だ。
「……今回は見逃してやる。今は気分がいいからな」
ホーンラビットの全力を真正面から受けきって尚、余力は十二分にある。いつでもとどめを刺せるこの状況、圧倒的な勝利と言っていいだろう。故に満足だ。
魔力での防御は完璧とはいかなかったが、改善点は見えた。
「プ……!」
角から手を離すと、そそくさと逃げていくホーンラビット。
その後ろ姿を見届けて、次の目標へと意識を変える。
「……さて、そんじゃそろそろ本命の方に向かいますか」
▼△▼△▼△
「〈身体強化〉」
ラグナはそう呟くと同時、体を魔力で覆い、体内に魔力を巡らせた。
〈身体強化〉はその名の通り、骨や筋繊維の一本一本を余すことなく魔力で強化することにより、身体能力を強化するというもの。これにより、人体の限界を超えた身体能力を発揮することができる。
「よっ」
〈身体強化〉により強化された足でその場から垂直にジャンプし、空へ。
「おっ、はっけーん。やっぱりこうすればすぐに見つかったな」
足元に広がる、広大な森。その中にある不自然な場所にラグナは目を付けた。
森の中に出来上がった広間、その中央には巨大な岩が。ギガントロックタートルの縄張りである。
ギガントロックタートルの縄張りは目立つため、〈魔力探知〉で探すよりも、こうして上から見下ろせば一目瞭然だ。
「そんじゃあ一丁、いってみようか!」
背後へと向けた両の手のひらから魔力を放出。その反動で空を飛び、一直線にギガントロックタートルのもとへ向かう。
この空中で推進力を得る方法は、ホーンラビットがやっていたものと同じ。先ほどの戦闘により、インスピレーションを得ていた。
「はああああ!」
足に纏う魔力を増やし、体の強度を上げる。
そして勢いはそのままに、巨大な岩のような甲羅を蹴り砕いた。
――否、蹴り砕くどころか、突き抜けた。
「うおお!? わっ、ととっ、ぶがっ!」
勢いを止められず、何度か地面をバウンドし、茂みの中へ顔面からダイブ。
魔力で体を覆っていたため無傷ではあるが、なかなかの醜態である。
一見硬いように見えるギガントロックタートルの甲羅は、思ったよりも脆かった。
「ギャオオオオオオ!!」
地面が大きく揺れた後、森全体に轟くような咆哮が空気を震わせる。ギガントロックタートルが目覚めた証拠だ。
茂みから抜け出してみれば、十メートルはあるであろう巨体が見境なく暴れ回っていた。
眠りを妨げられたことで怒り狂っているようだ。
「ガアアアア!!」
ギガントロックタートルはラグナを視界に捉えると、それを眠りを妨げた元凶であると認識し、巨大な前足で地面ごと薙ぎ払う。
五年前と同じ。だが、ラグナはもう五年前の非力なラグナではない。
「ガッ!?」
ギガントロックタートルが前足を振り切るよりも速く、ラグナはその懐に潜り込み、顎を思いきり蹴り上げた。
魔力を込めた一撃、その重さは十メートル超えの怪物の上体を上へ反らすほど。
そして――
「もういっぱぁつ!」
「――ッッ!?」
さらに多くの魔力を込めた右腕でギガントロックタートルの胸部をぶん殴り、今度は完全に宙に浮かせる。
ギガントロックタートルはその衝撃に耐えきれず、声にならない声を漏らした。
「体に穴をあけるつもりで殴ったんだが……流石にデカいだけあってタフだな。ま、こんなもんで倒せるとは最初から思ってねぇけど。……これならどうだ?」
体から大量の魔力を放出し、人差し指の先に集中させる。
「これは師匠が唯一真正面から受けずに全力で止めに来た技でな……。果たしてどうなるか……」
拳大の大きさに集めた魔力。それをさらに圧縮、凝縮し、固め、限界まで小さく。
そうして出来上がったのは、超高密度の魔力の塊。
眩い光を放ち、今にも爆発してしまいそうだ。
それを宙に浮かせたギガントロックタートルの方へ向けると、
「〈魔力砲〉!」
方向を前方だけに絞り、一点からその魔力を解き放った。
「ガ――」
強大な魔力の奔流。
ギガントロックタートルは身を守るために体を甲羅の中に収納するが、無意味だ。
岩のような外殻を削り取り、生身を塵に変える。そのすべては一瞬の出来事。叫ぶ暇も与えない。
「……これは流石に……人に向けていいものじゃないな……」
それがすべて終わった頃にはギガントロックタートルの姿は無く、空に浮かんでいたはずの雲は綺麗さっぱり消え去っていた。