"自称"最強の魔法使い
「さて、お互いに腹ごしらえも済んだところで自己紹介といこうか」
皿の中が空になり、シンとしたタイミングで女性が場の進行役を買って出た。
ラグナの涙はすでに止まっている。
「まずは私から。私の名はウィズ、またの名を『頂の魔法使い』。自他ともに認める世界最強の魔法使いだ」
「世界、最強……?」
薄らと笑みを浮かべ、自信満々に世界最強を自称したウィズ。
それに対し、ラグナは訝しげな視線を送る。
「む、疑っているだろ少年」
「そりゃ、まあ……」
なにせ初対面も初対面。いきなり「私は世界最強です」なんて言われたら疑うのが当たり前だ。
それに、『世界最強』というものがいまいちピンとこない。
「こう見えて私は世界的に有名なはずなんだがな……。名前を聞いたことくらいはあるんじゃないか?」
「……いや、無い……かな」
「そ、そうか……。そう言われると自信がなくなってきたな……」
しょんぼりとした様子のウィズに、ラグナは若干申し訳ない気持ちになる。
でも、仕方のないことだ。日々を生きるのに精一杯だったラグナに、他人の名前を憶えている余裕なんてなかったのだから。
「まあ、有名になりたくてなったわけじゃないし、別にいいか」
「いいんだ……」
「そんなことよりも少年、次は君のことを教えてくれ」
「……俺の名前はラグナ、家も金もない貧民だ」
冒険者から盗んだ袋は魔獣から逃げている最中に何処かに落としてしまったらしく、今は手元にない。
無一文で行く当てもなし、いつものことだ。
「ラグナはどうやってこんなところまで?」
「……冒険者から盗んだ魔道具に森の中に飛ばされて、魔獣に襲われて……気づいたらここにいた」
「なるほど……死にかけていたのはそういうことか」
「……死にかけ?」
聞き捨てならない言葉が聞こえ、ラグナは額に汗を浮かばせながら疑問を口にする。
思い返せば確かに、死んでいてもおかしくない状況ではあった。
上空に投げ飛ばされたのだ、むしろ死んでいない方が不自然。
「そうだ、君が私の家の庭で倒れていたところを偶然見つけてな。それはそれはひどい状態だったが……聞くか?」
「……一応」
「両腕と両足は骨折、あばら骨も半分以上折れ、頭蓋骨にはヒビが入っていた。右腕なんかは骨が飛び出して、折れた骨で内臓も損傷していたな」
「うげ……」
リアルに想像してしまい、全身に鳥肌が立つ。
聞かなければよかったと後悔した。
だが、そんな状態だったラグナが今、無傷で生きているということは、
「俺の怪我を治してくれたのは、やっぱりあんただったんだな」
「ああ、私が魔法で治しておいた。念のため聞いておくが、まだ痛むところはあるか?」
「……いや、大丈夫。ありがとう、助かった」
「礼は不要だと言ったろ? 何事もないならそれでいい」
そうは言っても、ウィズは命の恩人だ。命の恩人に礼の一言も言わないのは、ラグナのプライドが許さない。
「そろそろ本題に入ろう」
「本題?」
「これは提案なんだが……もし行く当てがないのなら、私の弟子にならないか?」
胸の下で腕を組みながら、ウィズはそんな提案を持ちかける。
『世界最強』を自称する魔法使い、その弟子になるということはつまり、
「俺に、魔法の使い方を教えてくれるってことか……?」
「正確には違うが、まあそんなところだ」
はっきりとしない返答。しかし大体の考えはあっているようだ。
「魔法使いの……弟子、か……」
目を瞑り、そうなった未来の自分を想像する。
思い浮かぶのは、魔法でバッタバッタと魔獣を薙ぎ払う自分の姿。
想像力の乏しさは一旦置いておくとして、悪くない。
「どうだ、私の弟子になる気はあるか?」
確かめるような、再びのウィズの問い。
正直、とてつもなく胡散臭い話だ。
命を救われたとはいえ、初対面の、ましてや『黒髪』の子供に「弟子にならないか」なんて、何かしら裏があると思わない方がおかしい。
それに、
「……俺は、人からモノを盗むような奴だぞ。そんな人間を弟子にしていいのかよ?」
「ラグナが育った環境を考えれば、モノを盗むのは仕方のないことだろう。私だって君と同じ立場に立った時、生き抜くために同じことをするだろうさ」
「でも……」
「あまり自分を卑下するな、辛くなるだけだ。……それともなんだ? 君は私から学んだことを悪用するつもりなのか?」
「そんなつもりは無いけど……」
「ならいいじゃないか」
「……」
こちらの言葉を信用しきったウィズの態度に、ラグナはあっけにとられる。
どうして初対面の人間をそこまで信用できるのか、ラグナには理解しがたいことだ。
ウィズはそんなラグナの様子から察したのか、
「君が根っからの悪人ではないことは、目を見ればわかる。私はこれまでに数えきれないほど多くの人間と出会ってきたからな」
それに、とウィズは続け、
「私はずっと、弟子が欲しかったんだ、私を超える才能を持った弟子が。そんな折に現れたのが君という逸材。私よりも膨大な魔力を持つ君なら、私を超えられるかもしれない。だから信じたいんだ、君を。何より、こんな辺境の地で君と出会えた運命を」
言い切って、ウィズはラグナへと右手を差し出す。
弟子になる気があるならこの手を握れ、と、目でそう言っているのがわかる。
「……あんたは何故弟子が欲しいんだ?」
「私はとある使命を与えられている。それを果たすには、私一人の力じゃ足りないんだ。だが、現状私と同等かそれ以上に強い人間はいない。だから私の手で私を超える弟子を育て、その使命の達成に手を貸してもらいたいのさ」
その使命が何かはまだ教えられないがね、と付け加えるウィズ。
人に簡単に教えられる内容ではないということは、よほど大切な使命に違いない。
その使命を達成できれば、恩返しになるだろうか。
「……私の弟子になってくれる、ということでいいのかな?」
差し出した手を握ったラグナに、ウィズは問いかける。
まだ、疑いが晴れたわけじゃない。
ウィズの言う使命とやらも、本当に存在するのか疑わしいくらいだ。
ただ――
「ああ、俺をあんたの弟子にしてくれ」
思ったのだ。ウィズが信じてくれたように、自分もウィズを信じてみようと。
自分の運命を変えられるのは、今、この時なのだと。
そんなラグナにウィズは満面の笑みで、
「そうか! 弟子になってくれるか! それじゃあ外に来てくれ。私の弟子になった記念にいいものを見せてあげよう」
ラグナの手を両手で掴み、子供のようにはしゃぐ彼女からは、嘘も偽りも感じられなかった。
▼△▼△▼△
「森だ……」
家の外に出ると、目の前には森が広がっていた。
ウィズが「ラグナは家の庭に倒れていた」と言っていたことから薄々わかってはいたことだが、こんな危険な森の中にポツンと一軒家が建っているのは、考えてみればおかしなことだ。
「なんでこんな場所に家が?」
「この家は私が魔法で建てたものだ。ここなら誰の邪魔も入らずに魔法の研究ができるからな。ちなみに家の中心から半径五十メートルに魔獣除けの結界を張ってあるから魔獣がこの家に近づいてくる心配はないぞ」
「へぇー……」
魔法ってのは何でもありかよ……とラグナは内心で思う。
実際、瀕死のラグナを完治させたのも魔法だ。何でもありという認識に間違いはないのだろう。
「上を見ていてくれ、驚いて腰を抜かさないように気を付けてな」
そう言って、ウィズは右の手のひらを空へと向ける。
いったい、何を見せるつもりなのか。ラグナは期待と不安の入り混じった表情で空を見上げた。
すると、
「……え、な、何だ!?」
雲一つない青空、それを暗闇が侵食し始める。
「夜に……なってる?」
太陽浮かぶ明るい空が、瞬く間に星々の輝く夜空へと変わった。
あり得ない現象を前に、ラグナは開いた口が塞がらない。
何でもありとは言ったが、これは何でもありが過ぎる。
こんなものを見せられたら、世界最強というのも信じざるを得ない。
「フフッ、嬉しい反応だな。魔法使い冥利に尽きるというものだ。だが、まだ終わりじゃないぞ」
直後、どこからともなく出現した白い光が、ヒュルルルと妙な音を立てながら夜空へと昇ってゆく。
上へ上へ、昇っていくにつれ少しずつその速度は遅くなり、そして――
「――――」
白い光は大きな音を立てて爆発し、夜空に浮かぶ一輪の花となった。
「すっげぇ……」
神秘的な光景。気づけばラグナは称賛の声を漏らしていた。
「これは東の国の『花火』というものでな。それを魔法で再現してみたんだが……どうだ? きれいだろう?」
「……こんなにきれいなものを見たのは生まれて初めてだ……。魔法ってすげぇんだな」
目にしっかりと花火を焼き付けながら、ラグナは言う。
心はすっかり、魔法の魅力に惹かれてしまった。
「それじゃあラグナ、改めて……」
ウィズは再び右手を差し出すと、ラグナへと握手を求める。
断る理由は無い。ラグナはそれに応じ、差し出された手を今度は躊躇なく掴んだ。
「よろしく頼む、師匠」
「言っておくが……私は厳しいぞ?」
「望むところだ」
斯くして、ラグナは最強を自称する魔法使いの弟子となった。
この出会いが世界の運命を大きく変えることを、まだ、誰も知らない。