第一章1節 プロローグ
私の名は、ミルス・アルカラム。裏社会を飛び回る名の知れた殺し屋だ。殺し屋というのは依頼を受ければその依頼者の代行として対象を殺害する言わば、殺意を具現化させたような存在だ。私はどんな依頼も遂行してきた。ある政界の人間から政敵を殺してほしいと言われれば殺したし、敵組織の頭を消してくれと頼まれれば組織その物を潰して見せた。私が殺し屋として活動するときはいつも感情を殺した。対象がどんな人物だろうと関係なく屠った。そんな仕事の仕方もあってか、裏社会では殺戮マシーンだとか死神だとかで呼ばれている。依頼達成率100%な為に依頼してくるやつも沢山いる。そんなこんなで今日も依頼をこなし、依頼者と組織に依頼達成の連絡を送り、事務所に戻ろうとした。路地裏に入ると目の前から強烈な光が私の視界を遮った。私は咄嗟に後方へ下がり体制を整える。敵対組織からの刺客か?しかし殺気はおろか、人の気配すら無かった。だとするとこの光はなんだろうか。よく不意打ちに使うフラッシュライトなどがあるが比べてみてもこの光は一瞬で全体を覆った。だとすればフラッシュライトには到底できない芸だろう。そんな思考を巡らせているといきなり空気が変わった。この空気は街中の空気とは違う。どこか森の中のような空気だった。次の瞬間光が弱まり景色が露呈する。「は?」。私は困惑しながら素っ頓狂な声を発する。さっきまで私は街中に居た筈なのに今私が立っているのは森の中であった。よく分からない。都市伝説にドライバーがドライブ中に強烈な光に襲われて気づいたら何百メートルも先に居たなんて話もあるがそれだろうか。考えていても仕方ない為私は足早にその場から去る。森を抜けるとそこは一面緑の世界だった。果たして此処は何処なのだろうか。分からない。色々な場所を転々としてきたがその何処にも該当しない景色である。スマホで位置検索をかけるが圏外だ。まあこんな青々とした場所なら電波が届かないのにも納得だ。こんな所で立ち尽くしていても埒が開かないので移動しようと歩を進めようとした瞬間空気が変わる。強烈な殺気、ドス黒く澱んだ空気。その気配は私の方へと近づく。何度も戦場を見てきたからわかる。これは殺戮者の気配だ。こんなにハッキリとした殺気を肌に感じたのは何ヶ月ぶりだろうか。私は身構える。その気配はやがて姿を表す。その姿を見て私は絶句した。そいつは人間ではなく、紛れもない化け物だった。私は雑念を消し戦闘モードに入る。奴がどんな攻撃を仕掛けて来るか分からない以上下手に動かない方がいいが、時間を掛けても何が起こるか分からない為速攻で倒すことにする。生憎と私の身体能力は人間離れしている。奴の図体はでかいためそこまで俊敏な動きは出来ないだろう。腰に掛けてあった得物を手に取り足に力を込める。次の瞬間私は疾風のように風を切り奴との距離を縮める。奴も負けじと手から生える長い鋭爪で私を切り裂こうとするが、速度が遅い。この程度のスピードなら余裕で躱せる。その攻撃を躱し化け物の腹を掻っ捌いた。化け物が倒れ込み、傷口から血と体液を流す。そこから人間と思わしきものの骨が出てきた。成程、こいつ人間を食っていたのか。それにしてもこんなのが森の中から出てくるなんて現実ではまず有り得ない。となると私は空間転移ではなく異世界転移をしたことになるのだろうか。考えていてもどれも正解には行きつかない。とりあえず私は一息つくことにした。すると今度は違う方向から新たな気配が接近してくる。その気配からは殺意などは無く感じられる闘気もそこまで無い。一応警戒はしておくことにしよう。気配の主は姿を見せる。なんと空から巫女装束の少女が降ってきた。もうこれはなんでもありだなと心の中でつぶやいていると此方に視線を飛ばし口を開いた。「この妖怪を殺したのは貴方?」その問いに私は「その通りだ」と答えた。その少女は少し驚いた顔をした後にその化け物を見ながら話し出す。「この妖怪ね、ある一つの集落を崩壊させたの。そこにいた人は全員喰われたそうよ。農民から腕の立つ剣士まで。そんな奴を倒す貴方は何者なの?人間?」確かに普通の人間ならばこんな化け物を殺すことは出来ないだろう。まあでも私はそこら辺の平和呆けした人間とは違い数多の死戦を潜り抜けてきた人間だ。こんな奴を殺すことくらい造作もないことだった。ここが普通の世界では無いと仮定するならこう言うのが適切だろう。「人間だよ。ただし外の世界から来たね」