第九話「番外個体」
タイトルからネタバレしていくスタイル。
そもそも、ただのテロリスト集団が四十五万という大兵力をゲットできていること自体がなかなかにおかしい事態だ。四十五万と言えば、東京オリンピック中止の署名数であり、金沢市の人口よりちょっと少ないくらいである。県庁所在地になれる市が一つできるくらいの人数と考えれば相当多いことが理解できるだろう。
「連中は、それだけの兵力をかき集めるのにある禁忌を用いた。しかも、その禁忌を実用化したうえで量産態勢まで整えた」
「クローンだな」
俺が言うと禱が頷いた。禱と司の二人は元々内部の人間であるため、非常かつ異常に詳しい。
「実際に製造に成功したのは二〇〇五年。そこから技術の発展もあって、今では四十五万体のクローンを準備するまでになった。空軍まで合わせれば五十万を超すんだっけ?」
「そうだな、こっちの兵力総覧によればそうなってる」
俺は持ち去ってきた資料の一つを見ながら言う。PDF形式で保存されていたものを印刷して持ってきたのだ。毎年改定されているもので、俺が持っているのは最新版だ。空軍を合わせた兵力は五十二万。この数を以って今回の攻撃に臨んだのだ。負ける予定はないだろう。
「そのクローンは、おおむね十三歳前後の見た目をした少年と少女だ。なんで少年と少女の見た目をしているか、わかるか?彩とやら」
司は彩にそう問題を投げかけた。
「あ!?え、えーっと……」
質問されると思っていなかった彩は驚いてから考え始める。
「映え?」
「んなアホな」
俺は思わず呟いた。答えは禱が言った。
「正解は、相手を油断させるため。それくらいの年恰好なら社会集団に紛れ込みやすく、相手の同情を誘いやすい。殺すのにも躊躇する。私も同じ目的で作られた」
最後の一言に、トラック中がしんとなる。
「作られたというか、こうなったというか……まあ、連中に私みたいな力はない。十三歳にしては強い程度で、なんかものすごい超能力を持っているとか、そんなことはない。代わりに数だけは多い」
「お、おう、そうか……」
誠が何とか空気を戻そうとしている。やめておけ、無理だと思うぞ。
「連中は上からの命令に従って生きているだけの人形に過ぎない。メタンフェタミンをキメて小銃持って突撃することだけが生きがいの人形だ。グルのために死ねと俺らが口頭で命令したら喜んで自分の頭を小銃で撃ち抜くような連中だよ」
司が言う。
「さすが、倫理観を間違えて粗大ごみに出しただけあるよ」
「その倫理観に二年間も付き合わされたお前が言うな」
秋山が言った冗談に俺は突っ込んだ。よくそんな冗談を言える精神状態にあるもんだ、尊敬するよ。
「まあ、たかが人間のクローンを四十五万も用意して捨て駒に使うくらいなら気にならない倫理観なんだけど、連中さらにメタンフェタミンキメさせてるから……」
「だな」
ヒューマンクローン、麻薬、テロ組織と数え厄満もいいとこの存在なのだ。そもそも国家として認められる類のものでもないし、国連の条約などが一切通じないため、何でもかんでもやりたい放題だ。大量破壊兵器をいくら製造して使用しても国際社会の顰蹙を買うだけだし、ヒューマンクローンを実際に製造して人間扱いしなくても一切の問題がない。無法地帯が最強だとか何とか、秋山は昔言っていたが全くもってその通りだ。
「え、クローンってどうやって作るんですか」
彩は質問する。
「誰か知らないが人間の精子と卵子をくっつけて作っているらしい。実際に成功したのが二十年前、実際に開発を始めたのは三十年前らしいから、原本となった人間はそれなりに年行ってるんじゃないかな」
禱が答える。
「どうやっているのかは知らないけど、原本となった男性の精子を用いて卵子を受精させ、それを羊水を模した液体で満たしたカプセル内に入れ、どういう技術かは知らないけど相当な速度で発育させ、一年以内に使えるだけの身体に育ててる。ホムンクルスを夢見た錬金術師の夢を叶えてるね」
「へ、へえ……」
何かとんでもないことを聞いてしまったと感じているらしい彩は気後れしたような表情をしている。
「遺伝子は色々操作されてるらしくて、生まれた瞬間から服従するように設計されてる。そこでこいつの話に繋がってくるわけだ」
司はそう言うと、ずっと無言の少女の方を指さした。少女はこちらをじっと見つめているだけで口を開かない。緑色の左目が暗闇でもよく見える。相変わらず闇の中である右目は見えない。
「こいつはそのクローンの中から生まれてる」
「嘘だろ、この集団ロクな奴いないじゃん」
「今更かよ」
言われた内容の衝撃から逃げようとしてボケたのか、あるいは本当に今更気が付いたのかはわからないが、今更感強いセリフを言う誠に俺は突っ込んだ。
「歩留まり率って知ってるか?」
司は秋山に訊く。
「知ってるよ、製造業などで原材料の投入量に対して実際に得られた生産数量の割合のことでしょ?」
「その通り。今回の場合、実際に生産されたうち”良品“として扱えるものの割合としよう」
その場にいるほとんどの人間は話の内容を理解できていたが、ただ一人、彩は首をかしげていた。数少ない一般人枠である彼女には少々難しいかもしれない。普通、日常で生きていて歩留まり率とか聞かないしな、仕方ない。
「連中のクローン生産の歩留まり率はおおよそ九十五パーセント。現在稼働している四十五万体の陸軍兵士を用意するためには、実際には四十七万四千体くらい生産する必要がある。そして、そのうち二万四千体に何かしらのエラーが出る」
禱が言う。
「エラーって言うのは、具体的にどういうもの?」
秋山が訊く。
「人間でも起き得るものだよ。身体の一部が欠損してたり、そもそも育たなかったり、あと服従させる遺伝子がぶっ壊れて反抗するようになる」
「まるで自我を持ったアンドロイドみたいな話だね。完全に人間に服従している分には人間の形をしたロボット扱いできるが自我を持たれると人間扱いせざるを得ないわけだ」
「まるで私が連中を人間扱いしていないみたいな言い分だね。実際そうだけど」
禱はあっさりと秋山の言うことを認めた。
「その二万四千体ってどうなるんだ?」
誠が訊く。隣で彩が興味深そうにしている。まあ、元々なんでもない一般人だったのに急に巨大な陰謀に巻き込まれているんだもの。映画の主人公の気分を味わえていることだろう。
「まあ、少なくとも使えないようなのは処分してるだろうね。使えそうなもの、戦闘用途じゃない別の用途に使うもの……セクサロイド的な扱いになってたりするらしいよ」
ずっと隅で縮こまっていた未黒が俺の肩をつつく。
「あの、セクサロイドってなんですか」
「人間とのセックス機能を付けたロボットのことだ。性欲の捌け口だな」
「ヒッ」
俺の答えを聞いて未黒は引きつったような声を出した。かなりドン引きしている。一般的な倫理観でも普通ロボットをそんな目的で使うっていう発想はないもんな、仕方ない。
「ただまあ、はっきりした自我を持っているわけだからそこから逃げ出すのも一定数いる。こいつもそのうちの一体だ。俺らは今のところ番外個体って呼んでる」
俺は改めてその少女をよく見た。先ほどまでは見えなかった右目は藍色で、先ほどから見えていた左目は明るい緑色。紺色のボブカットの髪を持っている。表情に乏しい雰囲気があり、確かに連中らしさはあるなと思った。
「命令に絶対服従するわけでもなく、まともに感情もある。今無表情に見えるのは年相応なやつだ」
「中二病か!オッドアイだし!」
秋山が一人で盛り上がっている。勝手に盛り上がるな。
「いや別に中二病とかじゃ……」
その少女が初めて口を開く。思ったより明るめの声だった。もっと落ち着いた暗い感じかと勝手に思っていた。
「大丈夫、私は何もかもを許容するよ、安心して」
「何に安心しろってんだよ。俺はお前にハラハラしっぱなしだよ」
秋山の言葉に俺はそう食らいついた。
「ちなみにだけど、ここにある仕様書によれば、髪は黒で長髪、目も黒色と定義されてるんだよね。男女ともに」
「なんで仕様書なんて持ってるの!?」
禱が分厚い仕様書をどこからともなく取り出してきた。どこかの誰かの四次元ポケットみたいな仕組みなのか知らないが、唐突に出てきたので思わず結構な声量で突っ込んでしまった。隣で闇に同化する未黒がびくっとしていた。
「最新版。ネットに落ちてたよ」
「誰だよ落とした」
「え、君じゃないの」
「違うよ」
「え」
「え」
「え?」
流れでとんでもないことが判明してしまった。なんと最高機密であるはずのクローンの仕様書がネット上に流出していた。これはマズい、俺ら以外にこの組織を裏切りたくてたまらない人間がいる。
「ちょっと待て」
俺は大急ぎでカバンからラップトップを取り出すと、起動して即座にハードディスク内に保存した覚えのあるその仕様書を探し出した。
「ちょっとそれ見せて」
俺は禱から奪うように仕様書を取ると、保存したそれと必死に見比べた。
「……本物だ、これ。マジかよ。まあ漏洩してるところで迷惑被るのは向こうだしどうでもいいけど」
俺はそう言うとラップトップをシャットダウンし、仕様書を禱に返した。
「ていうか古いの使ってるね」
「幸いなことにこのラップトップのOSは使ったことがあるから操作には困らんかった」
そう言いながら俺はラップトップをカバンの中に仕舞った。
「で、話を戻すけど」
司がそう言って話を本筋に戻した。
「この番外個体に発生している遺伝子上のバグは、仕様書からもわかる通り髪と目の色、あと服従関係の遺伝子情報の欠損だね」
「なるほど、だから目と髪の色が違うのか」
「さらに認識しやすいようにロングだったのをショートヘアにしたりした」
そう言って番外個体は紺色の自分の髪をくるくると弄っていた。ニコニコしている。こうしてみると元々クローンだったとか言われても信じられないな。まるでただの人間だ。ああ、でもそうか。自我を持ったアンドロイドとか普通に感情持つらしいし、何の違和感もないことなのか。
「まあ、ロングだったはずの少女がショートで、しかもオッドアイなら見間違えないか……」
「それに表情も豊かだしね」
誠の言葉に禱が補足した。よかった、無表情キャラがさらに増えるところだった。少女が六人いるのに未黒、禱、そしてこの番外個体と、半分が無表情では困る。番外個体に表情があって安心していたところ、運転席から
「とりあえず県境は越えたぞ。この先から、最悪敵に襲われる可能性があるからちゃんと警戒しろよ」
との忠告があった。
「了解」
各々が適当に返事をした。
ところで、未黒はずっと隅っこで黙って目立たないようにしている。ほとんど何も言わないのでちょっと心配になってきた。
「腹減ってるか?」
と俺は訊いてみた。
「だ、大丈夫、です」
未黒はどもりながら返答した。どうにも、この少女とはどういう風にやり取りをすればいいのかわからない。なんとか心を開いてほしいものだが、難しいのだろうか。俺にとっては乙女心は難解そのものだ。この少女が特段難解なのか、それとも少女というのはみんなこうなのか。
「うん、わかった」
俺はとりあえずそう返して、周囲の警戒に戻った。