第七話「脱」
書き納め。よいお年を。
未黒を俺の体の後ろに隠した状態で扉を開けた。Cz805のフォアグリップを握り、銃口を下に向けた状態で歩く。扉がドンと開き、誰かが入ってくる。俺は相手が誰であるかを確認するよりも早く、現れた相手の頭部めがけて二発銃弾を放った。何もすることができないままバタンと床に倒れたその死体を無視し、外に出る。久々の外だが、ここから先はあまり快い場所ではない。年齢制限をかけずに世間の皆様方に提供するにはここの部分を丸々カットする必要があるくらいには不適切コンテンツだ。だが今回はノーカットでお届けしよう。
さて、その肝心の不適切コンテンツだが、どう不適切かと言えば放送倫理委員会あたりに叱られそうな不適切さなのだ。そもそも、この地下五階に及ぶ施設の、地下四階から下は人体実験など様々な不適切コンテンツを扱う場所なので、恐らく地上波で流すことは出来ないだろう。気分を害するようなものがたくさんあるのだ。たとえば、人体実験の被検体を生体解剖する場所だとか、死体を処分する焼却炉だとか。幸いなことに、出てすぐのところにあるのは被検体の一部をホルマリン漬けにしたものを保存している場所なので、ぎりぎり大丈夫だろう。
最初の振動、もとい襲撃があってから五分程度が経過した。上ではどうせ大激戦が繰り広げられているだろうが、こちらはほとんど敵らしい敵もいない。だが、さっき一人殺したので確実に相手もこちらに敵対意思があることは理解しているだろう。ということは、しっかり攻撃される可能性があるということだ。それに備えて警戒を怠ることは出来ない。ただ、もし敵が攻撃してくるにしても恐らくここを出た後だろう。ここは最重要区画であり、ここで下手に銃撃戦をして機材をぶっ壊してしまったら一体どうなることか。
後ろに心配そうについてきている未黒が、ちょんちょんと脇腹を小突く。
「どうした」
俺は小さい声で訊いた。未黒はすっとある部屋を指さした。その部屋は、確か人体実験に用いる部屋だったはずだ。まだ詳しくはわからないが、未黒はそこに突っ込まれた後なのだろう。そして、恐らく彼女は中で誰かが人体実験をされている最中だと考えているのだろう。まさか襲撃されている最中までやっているとは考えていないが、もしややっているのか。どういうメンタリティでやってるの?
「見にいけばいいのか?」
未黒は無言で頷く。俺は銃口を正面に向け、しっかり警戒しながら扉をそっと開ける。入口のセキュリティが異常に硬いため、ここら辺は割とガバガバだ。人体実験用の部屋なんだからもっとちゃんとしろ。
中はちょうど実験中だった。未黒の勘がよほど鋭いのか偶然なのか、なかなかいいタイミングだった。俺は迷うことなく白衣姿の人間に向けて二発ずつ撃った。ちょうど五人だったので十発使ったことになる。四十発入りの弾倉で、最初二発使ったのでこのマガジンに入っている残りの弾は二十八発になる。まだ大丈夫だろう。俺は実験台にされて手術台のようなものに金属製の拘束具で拘束されている少女に銃を向ける。手と足、あと腹の部分についている。未黒が目を見開いて俺の服を引っ張る。恐らく撃つと思ったのだろうが、俺はそんなことするタマじゃない。素直に手足の拘束具に向けて一発ずつ撃ち、接近して腹の拘束具を外そうとした。だが外れない。
「あれ」
ある程度その拘束具の周りを見回ってみたところ、何やらボタンがあった。ボタンがあったら押してみたくなる性分、とりあえず押してみた。ボタンは三つあり、そのうち一番右のものを押した。カチカチと音がして、拘束具がさらに締まった。
「ああ、いかん」
少女の表情が苦悶に満ちてきた。これ、どうやら拘束している人の腹を圧迫してぐちゃぐちゃにする程度の威力は持っているらしく、放っておくと少女が死んでしまう。では、次のうちどちらが元に戻すボタンで、どちらが拘束具を開放するボタンでしょう?残っているのは中央のボタンと左のボタン。俺は何となくの考えで中央のボタンを押した。こういうボタン配置で、右側が締めるボタンならば左が緩めるボタン、中央が開放するボタンだろう。この拘束具も銃で破壊可能だろう。だが、それで彼女の腹を銃弾がえぐってしまってはマズい。
結果を言うと、中央のボタンはあたりだった。火薬式の分離ボルトが爆音を立てて拘束具の接合部分を開放した。少女は呻き声をあげて手術台の上で力なく溶けている。
「大丈夫か」
扉のところから声がかかる。俺は何も考えずに拳銃をホルスターから抜いてそちらの方向に撃ってしまった。
「あ、すまん」
その声には聞き覚えがあった。味方側の人間だ。
「つい衝動的にな」
「衝動的に人を殺そうとする。危うく右の耳たぶがもげかけたぞ」
そこに立っているのは東堂 誠。俺のところに毎回飯を届けに来る人間であり、この基地にいる数少ないまともな人間である。他がまともじゃないのかと聞かれれば多分その通りで、他の人間は人間扱いするのを憚られる程度には人間として見たくないタイプだ。今回の脱出にかかわる施設内部に関することの手助けをしてくれた。例えば、あの部屋に残っていた電話線を用いてダイヤルアップ接続で外部とのやり取りを可能にしたのは彼だ。あと、どこで見に付けたんだかわからない医療知識があり、応急処置くらいになら役に立つ。
「えっと……」
誠が俺の後ろに視線を向けている。そちらを見ると、未黒が俺の後ろに隠れるようにして縮こまっている。どうやら、完全に男性恐怖症になっているらしい。今いる人間の中で一番信頼のおける俺を盾にしているようだ。
「大丈夫だぞ、あいつは味方だ。俺にとってもお前にとっても」
俺はそう言って未黒を安心させようとした。どれくらい安心したかはわからない。ずっと俺の陰に隠れて動こうとしないからだ。
「あー、誠、ちょっとコイツ見てくれ」
「どっち」
「今くたばってる方だ」
「なんで」
「操作ミスったせいで肝臓の二個や三個潰れてるかもしれん」
「もし潰れてたらお前のをこいつに移植するからな」
「やめてくれ」
誠は手術台の上に載っている少女の方に歩み寄る。その背中にはちゃっかりショットガンを背負っていた。コイツもコイツでどういうルートからだか銃を手に入れ、弾もある程度準備したらしい。ウィンチェスターM1912、百年も前の老兵だが、どうやらところどころの材料をプラスチックにするなど現代化改修がなされているようだ。とはいえ、変わっているのはせいぜい材質と色くらいで、他は全く変わりなさそうだ。
「で、どうだった」
「みんな慌ててたぜ。まさか哨戒ラインを突破して襲撃してくるやつがいるとは思ってなかったんだろ」
「だろうな」
上の階では、俺らを救出しに来た六人前後の人間が戦っているはずだ。圧倒的に遅いダイヤルアップでのやり取りに文句すら垂れなかった連中であり、俺もどういう人間なのかは知らない。だが、本人たちの弁によれば「ランボー主演のコマンドー」みたいな連中が集まっているらしいので安心してる。これで全員ガチムチボディの肉密度千パーセントの男が来たらいよいよもって未黒の忍耐力が切れそうだ。今でこそ俺の陰に隠れてやり過ごしているが、銃持った元コマンドーが六人もいたら恐らくまた吐いてしまうだろう。頼むからまともな人間であってくれ。
「こいつに関しては問題ないと思うぞ。若干内出血を起こしてそうだが内臓の損傷とかはないと思う。詳しくは病院についてから」
「了解」
誠が少女を立ち上がらせる。その少女は、恐らく未黒に比べると身長は高い。恐らく百五十センチくらいだろう。髪と目は両方とも赤色で、長髪。
「名前は?」
誠が訊く。
「楠 彩、十一歳」
「どうしよう敦司、俺ロリコンになりそうだ」
「フフッ」
俺は思わず吹き出してしまった。未黒は首をかしげている。
「すいません、ロリコンってなんですか」
「……知らないほうがいいと思うよ。とりあえず、今はまだね」
俺はある程度笑うと、元の姿勢に戻る。
「よし、今はここから脱出することを考えよう。誠がロリコンになるか否かはまたあとで考えればいい」
「よくねーよ」
俺は先頭に立って部屋を出る。やはり敵はここで戦闘する気はなさそうだ。この最重要区画は奥に行けば行くほど重要度の高い部屋が並ぶような形になっている。そして、その重要度を区切るかのようにいちいち分厚い鉄の扉が置かれている。この扉を開けるのに必要不可欠なのが、誠という存在だったのだ。こいつは天才的なほどに面従腹背が得意で、散々抵抗しまくった俺と違ってへこへこと向こう側に媚びへつらってそれなりにいい立場をもらっている。化学が得意であったこともあってここら辺に配属され、一番奥のエリアで働いていた。
「まあ、倉庫整理だけどな。だが倉庫整理はどのエリアにも行く必要性がある。だからこそのこのカードキーだ」
誠はそう言って扉の横に備わったカードリーダーにカードキーをかざす。すると鉄の扉をガチガチに固定していたボルトが外れ、扉が左右に開く。
「いちいち重厚だな」
「そりゃそうさ、もし相手が二十ミリ機関砲にタングステン徹甲弾を突っ込んで撃ちまくっても食い破られない程度の厚さにはなってる」
二十ミリ口径のタングステン徹甲弾の貫通力が如何程のものかは知らないが、少なくとも七十年くらい前の戦車の装甲くらいの頑丈さにはなっているようだ。その頑丈かつ重々しい扉を動かしているモーターには頭が上がらない。崇め奉って電力をお供えしないと。
こんなペースで次のところ、次のところと扉を開けていき、最後の扉があるエリアまで到達した。
「ここで終わりか」
「だな。だがちょっとまだ用事がある」
とやり取りを交わした次の瞬間、その扉が開く。その向こうにはこちらに銃口を向けている敵兵士が並んでいた。だいたい、二十人くらいだろうか。
「おいマジか」
俺は呻いた。相手が引き金に指をかけていざ引くぞとなったと思った次の瞬間、俺は後ろを向いて背後に立っていた未黒の腰に右腕を、右のわきから左の肩にかけて左腕を通し、彼女を抱えてすぐ隣の扉に向けてジャンプした。隣に立っていた誠も全く同じような動きをして亜耶をかばいつつ部屋の中に飛び込んだ。俺が入ったのは倉庫らしい。大量の試験管やビーカー、漏斗など理科室に置いてありそうなものからぎりぎり置いてなさそうなものまで並んでいた。
「大丈夫か」
俺は未黒から手を放して訊く。未黒は突然のことに困惑しているようだった。
「あ、だ、大丈夫、です……」
「お前すげえ軽いな、体重何キロだ」
「二十五キロらしいです」
「マジか」
俺は未黒の体重に驚きつつ、通路の様子を窺った。居並ぶ敵はこちらに向かってゆっくりと前進してきているようだった。
どうするか。俺は誠に目線を送った。誠はカードキーを示し、後ろを示し、そして次に上を示す。自分の顔の前で指をそろえて両手を広げ、いないいないばあをするように左右に開いた。あー、なるほど。そういうことか。あの部屋は制御室で、誠のカードキーはあそこでも使えるらしい。誠は、カードキーで操作盤のロックを解除して、地下四階以下に入るためのロックがかかった扉を開けるというのだ。俺はそれを理解すると頷いた。恐らく俺の役割は敵がやってくるのを阻止することだろう。よかろう、ならば銃撃戦だ。俺はCz805のセレクターを二点バーストに変更し、扉の縦枠から銃と体の一部を出し、銃撃を始めた。
こちらに向かってくる一人めがけて一連射。続いて隣にも一連射。すぐに相手側が反撃してくるので身を隠す。敵がこちらめがけて斉射してくる大量の五・五六ミリ弾がコンクリートの壁をえぐる。
「鼻つまんで、耳塞いでろ」
俺は未黒に向かって叫んだ。あまり広くない密閉されたに近い空間でこれだけの数の銃が発砲してると硝煙の匂いもすごいし銃声の響き方も半端じゃない。正直俺も耳栓が欲しい。だがそんなことは言ってられない。十八挺のアサルトライフルによる一斉射撃を食らい、敵がリロードするうちに素早く身を出して撃つ。これの繰り返しで何とかなると思ったが、これができたのは一回だった。あとはひたすら飛んでくる弾に耐え、たまに空いた時間に銃だけ出してなんとなく撃つというものだった。そんなことをしているうちに、一発の銃弾が俺の手をかすめていった。
「いっづ」
俺は思わずアサルトライフルを手放してしまった。落ちたアサルトライフルを取ろうにまた撃たれるだけだろう。俺は諦めて手を引っ込めた。手を引っ込めてみると、かすめたところから赤い血が流れ出していた。割と深めに行ったらしい。全然かすめてないじゃん。
「大丈夫ですか」
隣の未黒が訊く。この少女、今のところ全く感情が表に出ないので本当に心配しているのかわからないが、たぶん心配してくれているのだろう。
「優しいな、ありがとう。とりあえず大丈夫だ。全然大丈夫じゃないけど」
試しに拳銃を握ってみたが、うまく力が入らない。恐らく連射などしたら照準がブレブレになって役に立たないだろう。
「なあ未黒。一つ頼みがある、受けてくれるか」
「は、はい」
未黒が応じたのを確認すると、俺は今隠れている机の、隣の机に目線を向けた。
「あの机の引き出しのどこかに包帯が入っていると思う。俺が思うに、左側の引き出しだ。取ってきてくれないか。一緒に入っている消毒液と、あと白いテープも頼む」
「わかりました」
「大丈夫だ、撃たれても当たることはない。絶対に机から上に頭を出しちゃいけないぞ」
未黒は頷くと、床に伏せるようにして移動を始める。俺とて自分で取りに行きたい気持ちがやまやまだが、痛みが増しに増してきたので多分無理だろう。ここは未黒に頼むしかない。未黒は上手いこと隣の机までたどり着く。左側の引き出しを上から順番に開けようとする。だが、その際に伸ばした手が机から上に出て、敵がそれを撃った。幸いなことに外れたが、マッハ二・七の爆速で手の近くを通っていった銃弾に驚き、未黒は手を引っ込めた。
「下から探そう」
俺が提案すると、未黒は頷く。銃弾がかすめて言った右手をかばうようにして、一番下の引き出しを開ける。
「消毒液ってどれですか」
「容器に入った液体だ。これかなって思うものがあったら全部見せてくれ」
俺は未黒にそう頼んだ。
「これですか」
「多分違う。それは食用油だ」
未黒は、しっかりとラベルに何であるか記載されているものですら「これは何か」と訊いてきた。俺は嫌な顔一つせずそれにすべて答え、一番下の段にはないことが分かった。もしかしたら未黒は文盲なのかもしれない。だとしたら仕方がないことだ。
「包帯ってこれですよね」
下から二段目のところに包帯があった。未黒はさらにその隣にあったテープを見つける。そして、そこの段に同じように消毒液が入っていた。
「よし、それを持って戻って来い。急がなくていいぞ、隠れていることを最優先にしろ」
未黒は包帯とテープと消毒液を持って床に伏せながらこちらに戻ってくる。敵は未黒がいそうな場所の上めがけてひたすら銃弾を撃っている。向こうの部屋からも銃声が聞こえるので、もしかしたら向こうに対しても撃っているのかもしれない。俺がちらっと制御室の方を見ると、彩という少女がずっと手で丸を作った状態でこちらを見ていた。どうやら、終わったらしい。未黒は頭上に着弾する銃弾が怖いのか、進めないでいる。
「大丈夫だ、俺を信じろ」
俺は未黒に手を伸ばした。未黒は何とか進んで俺に包帯とテープと消毒液を渡した。俺は傷口に適当に消毒液を撒くと、猛烈な痛みに襲われながらなんとか包帯を巻き、八重歯で雑に噛み切るとテープを貼りつけた。
「これでよしっと」
俺は残った包帯とテープをポケットに入れる。再度誠たちのいる制御室の方向に視線を向けると、誠は何やら物騒なものを持っていた。ダネルMGL、南アフリカ製の回転弾倉式グレネードランチャーだ。どうやらあの部屋に隠していたらしい。なんちゅう物騒なもんを隠してたんだ。それにしても、MGLを使っているとは意外だ。てっきり、ロシア製の6Г30を使っていると思っていた。
「ぶち込むぞ!」
「こっちにか!?」
誠が叫んだので俺も軽口を叫び返した。
「なわけあるか!」
誠は叫び返すとグレネードランチャーを構え、三発一気に敵にめがけて撃ち込んだ。それと同時に、彩がこちらに何かを投げて渡す。二つ投げたようだが、一つは途中で落ちて破損した。どうやらガスマスクのようだ。もう一つを何とか回収し、未黒に渡す。誠が撃ったのは催涙弾らしい。白い煙が立ち込め、敵兵士がせき込んでいる。誠はさらに一発そこに撃ち込む。今度のそれは対人榴弾らしく、狭い空間に爆音を響かせ敵兵をなぎ倒した。俺はそれを確認しつつ、未黒にガスマスクを装着させた。
「よしいくぞ!」
俺と誠はほぼ同時に陰から飛び出す。未黒が慌てて後ろから追いかけてくる。俺は通路に落ちているCz805を拾い上げ、まだ苦悶している敵兵士に向けて撃つ。誠もウィンチェスターM1912に装填した十二ゲージのスラグ弾を敵兵士に向けて撃っていた。ある程度撃ち込むと四人で扉をまたぎ、誠がカードキーを使って扉を閉める。閉まる直前、誠は追いうちのごとく催涙弾を追加で撃ち込んでいた。
「ふぅ!きっちくぅ!」
俺は囃し立てた。
「とりあえずこれで一旦の危機は去ったな」
「どこが?」
「死ぬ可能性が格段に低くなった」
「それはそうか」
ここから先にあるのは生活感のあるエリアであり、先ほどまでのガチガチに研究してるような場所ではない。
「着替えいるよな、そっちの子も」
「はい!いります!欲しいです!」
彩は結構元気よく答えた。どうやら、危機を脱したという話を聞いて盛り上がったらしい。あまり、こう、女の子としてしたくない格好ではあるはずだからな。
「ヘイ、ここ近辺に着替えられる場所ってあるか?」
「洗濯所付近の部屋が使えるぞ」
「オーケイ、じゃあ行こう」
ここから先は割と平和だった。とりあえず警戒するだけして、歩いてそこに向かうだけでよかった。
「あ!そういえば未黒、お前靴とか何も履いてなかったな」
俺は今になってその事態に気が付いた。未黒はずっと裸足で俺についてきていたのだ。
「言ってくれればよかったのに」
未黒は外したガスマスクを大切そうに抱えながら後ろについてくる。
「あ、え、いや、でも、迷惑じゃ、ないですか?」
「んにゃ、大丈夫よ。その程度だったら迷惑だと思わんし」
数分歩くと、そこにたどり着く。そこは洗濯所、という名前がついている通り洗濯機が置かれ、衣服の選択ができるようになっている。さらに、クローゼットのような役割を果たしており、いろいろ服とか何とかが置かれている。そこに靴の一つや二つあるだろう。
誠は彩と共に着替えを考えている。彩がさっさと選んだものを持ち、誠が着替えるために隣の部屋に連れていく。
「ここで着替えてくれ、終わったらここのスイッチ押して電気消して、戻ってきて」
「わかりました」
彩は応じると、さっさと着ている検査着を脱ぎ始める。
「え」
「未黒の靴のサイズっていくつだ?」
「わ、わかりません」
「お、おっけー」
俺は適当に見繕った靴下を未黒に渡す。靴はサイズ別に意外と豊富にある。俺は遠くから見たサイズから適当に概算し、未黒の足の大きさを二十二センチ程度と見積もった。なので二二・五センチの靴になる。
「やべえ、二二・五センチ全然種類ねえぞ、ブーツしかない」
二二・五センチの棚には、なんとジャングルブーツしかない。人気がないせいなのだろうか。そもそも足の大きさが二十二センチの人がほとんどいないのだろう。それにしてもなぜジャングルブーツを。
「これ履いてみて」
俺はとりあえずそのジャングルブーツを未黒に履かせてみた。未黒は足をブーツの中に入れた。両足ともに入れる。ブーツって結構高身長に似合うイメージがあるのだが、これはこれでいいかもしれない。
「あ、あの、緩いです」
未黒はブーツのひもを締めていなかった。
「結べないのか?」
「あ、はい、そうです、すいません……」
未黒は謝る。
「大丈夫大丈夫、俺だって最初はできなかった。今回は俺が結ぶわ」
俺は跪いて未黒のブーツの紐を結ぶ。未黒は何か不思議な表情でこちらを見ていた。
「え、お、怒らないんですか?」
「靴紐最初から結べる人間なんていないさ。さっきの誠だって、十三歳になるのに靴紐結ぶのへったくそだぜ」
俺はそんなことを言いながら手早く紐を結ぶ。
「どうだ?サイズとか」
「歩きやすいです」
「ならよかった」
未黒を連れて廊下に出る。誠が扉を開けたまま、室内に視線を向けて完全に固まっている。ギャグ的に描写したら真っ白になっているような感じだ。口をぽかんと開けて一切動かない。こいつ、今蹴飛ばしたら面白いだろうな。
「おい大丈夫か?」
肩を叩いたが、目を覚まさない。仕方ないので踵で思い切り小指を踏みつけてみた。
「ぎゃい!」
「おはよう、覗きは犯罪だぞ」
誠は踏みつけられた左足を抱えて床に倒れた。中から彩が出てくる。眩しいばかりの笑顔だ。その格好は、なんとジャージだった。
「おいマジか、お前そのセンスマジか」
俺は驚いて若干のけぞってしまった。ものすごく気に入った感じで持っていったのでさぞ素晴らしい服を見つけたのだろうと思っていたのだが、全然そんなことはなかった。え、ジャージってマジ?どういうセンスしてんの、正気?
「姉がこういう服着てて憧れだったんです!」
「お、そうか……そうか……?そうか……」
まあ、憧れだったんならいいとしよう。元気な娘だ、その元気さに免じて許すとしよう。
「ところで、そのお姉ちゃんは」
「もう生きてません」
「………………」
急に重い雰囲気にしやがって。地面で悶絶してる誠ですら黙っちゃったぞ。
「一緒に登校してるところを襲われました。ちょうど家の前で、その時家も焼けました。両親も一緒です。だから、お願いです。私を養ってください」
「言い方よ」
気にしているんだか、気にしていないんだか。詳しい経緯についてはおいおい聞くこととした。未黒の家族のことも訊かなきゃいけない。彼女がどうしてこんな状態なのか、俺は知りたい。
これから彼女を守って行く者として。