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キル・ゾーン  作者: 鴻江駿河
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第六話「陀」

 さて、勢いで名前と年齢が判明したまではよかったが、そのあとの会話が続かない。偶然にも彼女と会話が一瞬でもできたし、声が聞けたことはかなりの安心材料ではあるが、それだけではいけない。なぜか知らないが、涼風 未黒(すずかぜ みくろ)という少女には付いていないといけないような雰囲気がある。こう、見ていて心配になるような。それは決して、未黒が十二歳にしては小さく、死にかけているほどに痩せているからではないだろう。

 さて、どう話しかけたものか。俺は自分のデスクで、彼女は俺が置いたちゃぶ台で昼食をとっている。別にコミュ障というわけではないという自信があるから、別にこれは俺のコミュニケーション能力不足がもたらしている会話不足ではないだろう。というか、そう信じたい。先ほど、話しかけようとして首絞められた相手にどう話しかけるかというものは、恐らくどれほど偉大な精神科医であっても悩むところだろう。偉大でもなんでもない、ただの一人の少年である俺がどう思案したって答えにはたどり着けなさそうだ。ここで黙って、未黒について考察を重ねたっていい。しかし、それでは意味がない。未黒について考察しようにも、未黒についてのデータが足りなければその考察は不十分なものになってしまう。結局、俺は彼女に話しかける以外の選択肢を失っているわけだ。


「未黒はハンバーグ、好きなのか?」


 未黒の昼食を見ていると、ハンバーグだけが他と比べて減るのが早い。今は最後のひとかけらを口に運んでいるところだった。俺が今まで見た中で、彼女が最も大きな反応を示したのがハンバーグなのだ。俺はそこからハンバーグが好きなのではないだろうかという予想を立て、穏やかな口調で訊いた。


「うん」


 未黒は小さく頷く。若干表情をほころばせたように見えた。そう見えただけかもしれないが、感情の変化を捉えられたのは嬉しい。


「なんで?」


「好き、友達と食べたから」


 なんとなく幼さのある返答だった。どういう友達と、どういう状況で食べたから好きなのかという情報が全く伝わってこない。よほど国語が苦手だったのだろうか。もしかしたら、給食で出てきたから好きだったのかもしれない。まあ、とりあえずハンバーグが好きだという情報は伝わった。ハンバーグから広げられる話で、なんとか彼女についての情報を得よう。


「友達って言うのはどういう友達?」


「小学校の友達」


「男子?それとも女子?」


「女の子」


 どうやら未黒には小学校時代、同性の友達がいたらしい。ちゃんと友人がいるという事実を知ってなんだか安心した。もしかしたら学校で虐めにでもあっているんじゃないかと思ったが、さすがになさそうだ。


「どういう友達?」


「優しい。私と一緒に下校したり、話したりしてくれる。大事な友達」


「いい友達だね」


「うん」


 少しは会話できるようになっただろうか。そう己惚(うぬぼ)れたいところだが、未黒は相変わらず小さく震えた声で、若干怯えたように会話しているので、まだ仲良くできる段階にはないのかもしれない。

 二人とも昼食を食べ終え、いざ片付けようとなった時である。俺が未黒の器に手を伸ばすと、彼女は不意を突かれたように反射的に俺から離れた。手をついて後ずさりをするような感じだ。先ほどから、俺に対する警戒心が強い気がする。いくら警戒心が強いとは言えども初対面の少年の首を絞めるのはさすがにやりすぎだと思うが、むしろ唐突にそんな行動をとるほどには彼女が俺を警戒しているという左証になるのだろう。


「休んでいたかったらそこのベッドで休んでていいぞ」


 俺は未黒にそう言うと、二人分の器を盆に載せ、それを持って部屋を去った。扉をノックすると、扉が開いて外から手が伸びてくる。回収に来た人間の手だ。


「頼むぞ」


「ほいよ」


「夕飯はいらん」


「俺もそうだ。久しぶりにラーメンすすりたいな」


「まったくだ」


 小声でそう会話し、少年は盆を取っていった。しっかりと戸締りをして。ここの扉は外側からは開けられるが内側から開けることは出来なくなっている。腹の立つ仕様だ。爆薬があったら吹き飛ばしてやるというのに。俺は軽く首を振りながら部屋に戻る。扉を軽く開け、未黒が俺のベッドの上に座っているのを確認する。


「俺はもうしばらく部屋の外で作業してるから」


 俺はそう言うと、扉を閉めて部屋の中に彼女一人だけにした。俺とて、少女相手に気配りができない人間ではない。いや、別にそのためだけに何の用もないのに部屋の外に出たわけではない。しっかりと用事がある。いうて、その用事も未黒に関係することなので……結局未黒のためである。

 さて、前の話でも説明した気がするが、この独房の前の廊下には部屋が二つある。左右に一部屋ずつだ。右は俺が色々と使いそうなものを雑に押し込んでいる部屋で、左はそれ以外のなにそれを詰め込んでいる。主に服なのだが。俺は一応ここを出てすぐの風呂に入ること程度は許されており、一応清潔ではある。服も洗濯してるしちゃんとアイロンがけもしているので、臭いということはないはずだ。あの少女はハンバーグと俺以外に一切の反応を示さなかったので、俺の体臭がどうなっているのかがすごく気になる。さっき吐いたのが俺があまりに臭いからだった場合、俺は恥ずかしさのあまり四四マグナムで頭を撃ち抜きかねない。サバイバルしてると自分の体臭に慣れて、臭くないと感じるようになるらしいから不安だ。

 まあ、それはいいとしよう。全然よくないけど。左の部屋は半分程度がクローゼットのような空間になっており、もう半分が洗濯機と乾燥機と、あと一応ついているシャワーとなっている。クローゼットの方には、古めのタンスが並んでおり、その中に服が入っている。一応虫よけのビーズか何か入れているので虫が湧いているのを見たことがない。そもそもこんなところまで虫は入ってこないのでなくても変わらないだろう。いたら驚愕だ。俺はそのタンスの中から適当に服を見繕(みつくろ)う。未黒に似合いそうなもの、という基準で考えて適当に選んだ結果、上下とも黒になってしまった。やはり、俺にファッションセンスとかないのだろうか、ないんだろうな、やっぱり……黒い長そでのシャツとパーカー、さらに黒のカーゴパンツ、というセットになった。まあ、とりあえず着れるからいいだろう。まともな服はもうちょっとファッションセンスのある人に任せる。虫が湧いていないことを確認し、ある程度はたいて、ついてもいない埃を落とすと、丁寧に畳み直して抱える。

 扉をノックし、


「入ってもいいか?」


 と訊く。中から返答がない。声が小さすぎて一切聞こえないという可能性もある。これでは入っていいかどうかが分からん。意を決して扉を開けると、未黒はちょうどベッドのところに戻ろうとしているところだった。


「おお、ちょうどよかった」


 何がちょうどいいんだか俺も知らないが、とりあえずそう言っておく。


「お前、いつまでもその格好なのも嫌じゃないか?」


 俺は彼女に問いかけた。彼女は小さく頷いた。


「そういうわけで、服を持ってきた。サイズ合うかわかんないけど、とりあえず着て欲しい」


 未黒は左右を見て、続いて俺の方と抱えている服を見て何となく不安そうな表情をする。あ、ちゃんと表情の変化がある。


「着替える部屋はあるぞ」


 不安そうな表情が消えた。


「ついてきて」


 俺はそう言って扉を開けた。未黒は俺の後に続いて左側の部屋に入る。


「ここで着替えてくれ。着替え終わったらまたさっきの部屋に戻るよ。OK?」


 未黒は小さく頷く。左側の部屋にも一応白熱電球が吊るされている。独房に比べて光度は低いので、部屋全体を照らすことは出来ない。俺は未黒の反応を確認すると微笑みかけ、扉を閉めた。彼女はちゃんと着替えてくれるだろうか。着替えてくれるとありがたい。あの格好で一緒にいると、少々不安になる。あの検査着、ノースリーブな上に丈が短いので腕は完全に出るし足も七割くらいは出る。視力は上がりそうだがあんまりして欲しい格好ではない。彼女が着替え終わるまで、俺は虚無のまま待った。

 五分後くらいだろうか、ガチャという音がして扉が開いたことがわかる。おっと思ってそちらを見ると、着替え終わった未黒が出てきていた。

 やはり結構似合っていると思う。ロングの髪はパーカーの外側に出ている。


「いいじゃん」


 褒めたが未黒は無反応だ。


「髪は中に入れたほうがいいと思うぞ」


 そう言ってみたら、未黒は自分の髪を雑にパーカの内側に入れ始めた。俺の勝手なイメージとして、女の子は髪を大切にするものだと思っていたが、そうではない女の子もいるものなのだなと勝手に感心した。


「似合ってるぞ、未黒」


 気のせいだろうか。ほんのわずか、表情が和らいだ気がする。









▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽









 時刻は午後五時近くになった。着替え以降、未黒との会話イベは発生していない。悲しいことだが、ある程度仕方がないことでもある。未黒はまた独房の中に戻っていた。

 俺はデスクの引き出しを開けると、そこから自動拳銃を取り出す。チェスカー・ズブロヨフカ-75、ショートレイルモデル。九ミリパラベラム弾を使用する拳銃で、俺は勝手にグロックのマガジンが入るように改造してある。マガジンを三本、そこに弾を詰めていく。


「Si Vis Pacem, Para Bellum(汝平和を欲さば、戦への備えをせよ)」


 マガジンを挿入し、スライドを引きつつ呟く。まさしくこの言葉通り。俺は今まで備えてきた。さらに反対側の引き出しを開ける。そこには一挺のアサルトライフルが入っている。拳銃と同じメーカーのものだ。五・五六ミリNATO弾を使用するもので、四十連マガジン六つを用意してある。既にすべてに弾を込めてある。早速Cz805にマガジンを挿入し、スリングをつける。腰のホルスターにCz75自動拳銃を入れ、Cz805アサルトライフルを前に背負う。既に戦いの準備は整った。時刻は午後六時ぴったり。その瞬間、施設全体が振動した。


「来たな」


 俺は呟く。未黒は一人怯えていた。様々なものを入れたカバンを背負い、未黒に近づく。未黒はやはり俺から離れようとする。


「未黒は、俺のことが怖いのか?」


 俺はそう問いかけた。訊こうと思っていたが、彼女の相当核心に触れる質問になってしまうため、訊くのを憚っていた。だがこの段階になってしまっては訊くしかない。未黒はおずおずと頷いた。


「男が怖いのか?」


 未黒は頷く。


「俺のことはどう思ってる?正直に言って欲しい。なんて言ってくれたっていい、絶対に傷つかないから」


 俺は未黒の目を直視していった。引き込まれそうなほど深い闇を零れそうなほど湛えた目だ。引き込まれるならどこまでも引き込まれよう。俺はもう決めた。


「……怖い。いつ何をするのかわからない。でも、優しい。あなたの名前は何?」


 やはり俺のことは怖いようだった。


岩永 敦司(いわなが あつし)だ。お前より歳は一つ上だ」


「………………………………」


 未黒は黙っている。だが、こちらを見てくれている。多少態度が軟化したと捉えるべきだろうか。


「敦司……さん」


「名前呼んでくれてありがとな。そこで一つ」


 また施設全体が振動する。俺は立ったまま、地面に崩れ落ちている未黒に手を伸ばした。


「死にたくないか?」


 未黒はわけがわからなさそうな呆然とした表情をしている。


「まだ生きていたいか?あと百年、ずっと息を吸っていたいか?」


 未黒はまだ呆然としている。


「死にたくないなら、一緒に来るんだ」


 未黒は俺の伸ばした手を取った。俺はそれをしっかりと握って未黒を引っ張って立ち上がらせる。


 さ、戦いだ。守り抜くぞ。

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