第一話「序」
なんだこの木曜洋画劇場みてえなあらすじは
二〇二一年四月七日、午前七時五十分、新宿駅東口。
一人の少女が駅構内へと入っていった。どこかの高校の制服に身を包み、黒いカバンを背負い、同じく黒いボストンバックを肩にかけている。部活で使う何かが入っているのだろうか、角ばった箱が入っているように見える。随分と重たそうだ。ハードケースに楽器でも入れているのだろう。
階段を下りて、地下一階に行く。ほかの通勤通学客と一緒に、改札へと向かう。中央東改札は混雑しているので、多少マシそうな東改札へと向かう。三年前の"とある"事件以降、改札における警備は厳しくなり、改札を通る際にいちいち手荷物をX線検査しなければならなくなった。少女はそれを見ても平然としている。制服の内側に手を伸ばし、何かがあることを確認するとまた元の姿勢に戻る。
毎日のように行われる手荷物検査により、列は思うように進まない。遅々として解消しない行列に客はいら立ち、駅員にクレームをつけたり一人で悪態をつくなどというのは日常茶飯事だ。少女が列に並んでから、改札を通ることができるようになるまでに五分ほどかかった。
「お願いします」
「はいよ」
少女は駅員にボストンバッグを渡し、リュックは背負ったまま改札を通る。改札は金属探知機も兼ねており、もし銃などを持っていたらすぐにわかる仕組みだ。その金属探知機が、少女が通ったことで反応した。
だが少女はそれをスルーする。X線検査機を抜けてきたボストンバッグを手に取ると、足早に立ち去ろうとする。
「おい、止まれ。カバンの中身を見せろ」
取り締まりに当たっている鉄道警察が止めに入る。
「すみませんね、今お見せします」
そう言ってボストンバッグを床に置いた次の瞬間、腰のホルスターから抜いたトカレフを右斜め正面にいた警官の頭部めがけて射撃、ついで左の警官にも撃った。周辺にいた利用客たちが悲鳴を上げ逃げようとして、他の人の足につまづいて連鎖的に転んで、うまく逃げられていない。少女はボストンバッグを拾い上げ、鉄道警察分駐所に向けて弾倉の残り六発をすべて撃ち込んだ。内部で拳銃を持ち、少女を捕まえようと立ち上げていた警官たちが撃たれて倒れる。駅内にガラスの割れる音や拳銃の射撃音が響く中、パトロールをしていたほかの警官が次々に少女の後を追い始める。少女は空になったマガジンを抜き、新しいマガジンを挿入して後退したスライドを戻す。そして一番ホームに向かいながら、後ろから追いかけてくる警官たちに向けて何発か撃ち、威嚇しながら階段を上り、ホームに出る。ホームは電車を待つ人々で溢れ返っており、少女はその間をかき分けかき分け大急ぎで待っている利用客の中に潜む。
「どこいった?」
「探せ!まだそこら辺にいる」
少女は自分のトカレフのスライドが後退していることから弾がもうないことに気が付く。少女は安心した。ボストンバッグの中からスイッチを取り出した。
「グルよ、我が尊師よ、その気高き真理に則り、この世の救済のため、この身を捧げます」
そう言うと彼女はスイッチを胸に押し当て、呟いた。
「ニルヴァーナへ」
そして、スイッチを押した。その次の瞬間には地獄が始まった。ボストンバッグの中に入っていた爆薬は総重量百キログラム。その凄まじい爆発は相当な被害をもたらした。一・二番ホームと三番ホーム半分の屋根がまるごと吹き飛び、鉄骨はひしゃげコンクリートは破砕される。立っていた人は爆発と一緒に血煙として消えるか、別のホームの方向に吹き飛んでいった。四番線に入線してきた電車が吹き飛ぶ人を跳ね飛ばしながら停車しようとしている。少女の持っていた爆弾の爆発からワンテンポ遅れて、他の設置された爆弾も爆発し始める。十三・十四番ホームに設置されていた百六十キロ爆弾は左右の十四・十五番ホームと十一・十二番ホームの外に出ている部分のうち三分の一を完全に粉砕し、ついでにそこにいた人々も粉砕する。五・六番ホームの後ろの方に設置されていた百六十キロ爆弾も似たような被害をもたらした。そして、十一・十二番ホームに設置されていた三百キロ爆弾が最も甚大な被害を生んだ。半径五十メートルの一・二番ホーム以外のすべてのホームをほぼ完全に破壊しつくし、その破片を四方八方にまき散らす。
これら爆弾の爆風が届いた周辺のビルの窓ガラスが次々に割れ、通行人の頭に降り注ぐ。あちこちから悲鳴が上がり、助かったホーム上の人々は階段などを使って必死に他のところへと逃げ込む。さらに駅構内にぎっちりと詰まっていたほかの客たちも必死に逃げようとするので大混乱に陥っていた。
「誰か救急車を!」
「助けて!」
「出口はどこだ!出口!」
「救急車呼んで!死んじゃう!」
爆発の影響か体の一部がない人がちらほらと見受けられる。右腕や左腕を失って断面から血を滴らせている人、足を失って転んだがために殺到する人々に踏まれて圧死する人、中には、人の腕を頭に乗せたまま逃げているサラリーマンの姿もある。
そんな中、駅構内に設置されたほかの爆弾が爆発し始めた。二階の七・八番線に降りる階段のすぐそこ、多目的トイレには清掃中の看板が置かれている。その多目的トイレ内に設置された二五〇キロの爆弾が爆発する。二階部分にも結構な人数が詰まっており、またさまざまな店舗も入っている。だが、この爆弾がそれらすべてを吹き飛ばした。コンクリートの壁を破壊し、商品を吹き飛ばし、人も吹き飛ばす。階段やエスカレーターを使ってここに逃げ込んできたばかりの人などをまるごと消し飛ばす。外壁をも吹き飛ばし、通行人に石礫を浴びせる。そのせいで何人か負傷者が、一人死者が出た。
一方、出口付近ではとんでもないことが発生していた。ガソリンを積んだタンクローリーのタンクに穴が空いているらしく、そこから大量のガソリンが漏れている。そのタンクローリーが出口を封鎖するように止まっているのだ。
「逃げろ!」
誰かがそう叫び、みんな一斉に逃げ出そうとする。だがこちらも人が多すぎてうまく逃げられない。人が倒れればその上に人が倒れ、さらに人が倒れることで一番下の人が圧死したり、そもそもほかの出口も同じような状況であり、客たちは実質駅構内に閉じ込められた形になる。ガソリンの匂いが強く漂う中、タンクローリーの運転席に座る男がスイッチを押す。その瞬間タンクローリーが爆発し、その勢いで気化したガソリンに引火し、改札付近は地獄絵図と化した。爆風に焼かれてその場で立ったまま死んでいるものが多く、次いで燃えながら必死に逃げようとする人間の姿もちらほらとみられた。改札付近にいた人はその全員が死亡し、遺体は現地でガソリンによって焼かれた。ついでかのように、誰かが持っていたであろう鞄に入っていた爆薬が爆発し、遺体がまき散らされた。
この惨状を知らないらしき電車が駅に入線してくる。いや、違う、これはわざとだ。ハイジャックしているらしく、運転手ではない誰かが一切ブレーキも踏まずに入線してくる。線路は爆破によって上方向にねじ曲がっている。その男は一切の加減なくその曲がった線路に突撃し、時速九十キロで線路に沿って上に飛ばされる。連結された他の客車は接合部分が外れるなどしてそのまま上に飛んだり脱線したりした。飛んだ客車の一部が駅に突き刺さったり、道路に落ちたりなどしてさらに死者を増やす。駅舎は爆破によって崩れ落ち、生存者をつぶす。
最終的に半壊状態になった駅に、おまけと言わんばかりにジェット大型爆撃機が飛んできて爆弾を落としていった。
「燃料気化爆弾はやめとけよ……」
道行くサラリーマンが呟いた。パラシュートと共に落ちてきた三発の爆弾は地面に落ちる前に炸裂し、小さな煙と共に燃料をあたり一面にまき散らす。そしてその後点火され、爆発。燃え上がった気化燃料がすでにぼろぼろの新宿駅に追撃をかけ、さらに周辺に巨大な爆発音を響かせる。
最終的に、周辺二キロメートルにわたって爆音を響かせ、新宿駅は死体の山を築くがれきになった。そのがれきに埋まるようにして発見された死体は二九八体、行方不明となった人間は百三十六人、負傷者は確認できただけでも二千人を越えていたという。
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