もう遅い
彼氏との会話で本当に大切なもの、日向という存在。ただの幼馴染ではなく、自分になくてはならないものに気付いた。
大切なことに気が付かせてくれたことには感謝しているが、そうなってしまうと彼氏はもう邪魔でしかなかった。
怒った彼氏を捨て、家に帰ってきた私は、さっそく日向に連絡をとる。
クリスマスは明日だ。まだ、間に合う。クリスマスは日向とふたりで過ごすんだ。ふたりで水族館に行ってデートして、少しの間、かまってあげられなかったことを謝って、告白して、これからも幸せなふたりの生活を送っていくんだ。
日向に電話をかける。コール音が続く、日向は電話にでない。もう、仕方ないなぁ。時間をあけて再度電話をすることにする。
電話をかける。日向は電話に出ない。時間をあける。
電話をかける。日向は電話にでない。時間をあける。
電話をかける。日向は電話にでない。
電話をかける。日向はでない。
電話をかける。でない。
電話をかける。でない。
でない。
でない。
でない。
なんで、でないの。
もう何度電話をしたかわからない、それほどかけたのに日向は電話にでてくれない。いつもの日向なら何よりも私を優先してくれるのに、なんで? もしかして、何か危ない目にあっているのか、それともあの女、倉木に何かされているのだろうか、許せない。
やっぱりあんな危ない女と関わるべきじゃないのだ。直接探しに行こうと立ち上がった瞬間、私のスマホに着信が入る。画面を見ると「日向」の表示。一瞬で電話にでる。
「日向⁉」
「うわっ⁉ 涼香? どうしたの慌てて?」
「日向、よかった。無事なのね?」
「え、何が? 別に何もないよ。それより、着信すごい入ってたけど、なんかあったの?」
「そうよ! なんであんなに電話したのにでないの! 心配したんだからね」
「え、そうだったの。ごめん。鞄に入れてたから気付かなくて」
「あ、いや、ごめん。それより今どこ? ひとり?」
「もう家に着くとこだけど、一人だよ」
よかった。あの女と一緒じゃない。もう家の近くにいるんだ。日向の言葉を聞いて安心した。もし、倉木が一緒にいたら、飛んで行って別れさせるところだ。
「それより、何でそんな心配してたのさ?」
「え、あぁ別に大丈夫。そんなことより大事なこと、明日!」
倉木の話は出したくなかったので、さっそく本題に入ることにする。予定は早く決めておくことに越したことはない。
「明日、クリスマスイヴでしょ。ほら、水族館に行く話してたじゃん。ふたりで行こうよ!」
「え? 涼香と僕で?」
「ん? 当たり前じゃん。日向も楽しみにしてたよね?」
「いやいや、流石に遠慮するって涼香、彼氏さんも来るんでしょ? 邪魔しちゃ悪いよ」
「あぁ、そのことね……」
私の誘いに戸惑っている日向。これはもう想定内だ。優しい日向なら、私に気を遣って断るはず、そこにもう別れたことを伝えて驚かせてあげる計画だ。日向も私に彼氏がいなくなって、前のように一緒にいれるようになれば嬉しいに決まっている。私は驚く日向を想像して内心楽しくなった。
「彼氏なんだけどさ、実は……」
「それに、僕ももう別の人と予定入れちゃったから無理だよ」
「……は?」
私の言葉を遮るようにして日向が言った言葉の意味が理解できなかった。
別の人と?
クリスマスイヴを過ごすの?
私じゃなくて?
「あぁ、男子会みたいなの? そんなのいいじゃん、私と水族館行こうよ!」
「え、違うよ。倉木さんと買い物に行くんだ。約束しててさ、今日もどこ行くか話をしてたんだよね!」
楽しそうに話をする日向。
そんな楽しそうな声で他の女との予定を話してほしくない。よりにもよって倉木だ。あの女、やっぱり日向にちょっかいを出していたんだ。
先ほどまで日向をビックリさせてあげようと考えてウキウキしていた私の心は、一瞬で黒く染まっていく。
「……倉木と遊ぶの?」
「そう、最近仲良くしてくれてさ、明日一緒に遊ぶの結構楽しみなんだよね!」そうウキウキした声で話を続ける日向の声に、私の中でこみ上げていたイライラが噴き出す。
「やめておいたら……」
「……え?」
「だって、倉木って昔から悪い噂多いじゃん。危ないって」
「あぁ、でも実際に話をしてみるとすごくいい人だよ。やっぱり噂に振り回されてちゃダメだよね」
「演技してるだけだよ。あの女、質悪いよ。日向も騙されてるんだよ。見るからに男遊びしてそうじゃん。身体売って金稼いでるような最低な女だよ! 男のことなんて金をくれる存在としか思ってないんだよ。付き合うだけ無駄だって、日向も目付けられたんだよ。騙されてるんだって!」
「……涼香、何でそんなに倉木さんのこと悪く言うの?」そう言う日向の声には怒りの感情が込められていた。今までかけられたことのないような感情の言葉に理解が追い付かない。何で、私より倉木を庇うの?
「だって、あんなヤツ、日向だって、遊ばれてるだけだよ! 私は心配して……」
「もう、いいよ!」
「…え?」日向が怒鳴った? この私に?
「涼香がそんなに人のこと悪く言う人だなんて思わなかった。明日は僕は倉木さんと遊ぶから、涼香も彼氏さんと遊びなよ、じゃあね」
「あ、待ってひな……」
私の静止も意味なく、電話は切られた。
日向が私に怒るなんて、これまで一度も無かった。謝らなきゃ、日向に嫌われちゃう⁉︎ 居ても立っても居られなくなった私は家を飛び出して日向の家に向かう。
インターフォンを押すと出てくれたのは日向のお母さん。でも、
「涼香ちゃん、喧嘩でもした? 絶対に今日は入れないでって言ってたけど、あんな日向見たことないし、今はそっとしておいてくれない?」
「そんな……」
家には上がらせてもらえなかった。将来のためにも日向のお母さんの心象を悪くするわけにはいかない。
私はしぶしぶ自分の家に戻る。もう嫌われてしまったのだろうか、日向からの明確な拒絶に思考がまとまらない。
「どうしたらいいの、日向」私の問いかけに、返事はない。私には、繋がらない日向のスマホに電話をかけ続けることしかできなかった。
次の日、気付くと疲れて寝てしまっていた私は、スマホを確認する。日向からの着信はない。私はあれほどかけたのに……。
やはり直接話をするしかないと思い日向の家に向かう。今日は断られても入れてもらわなくては、そう決心する私だったが、出てきた日向のお母さんに言われた言葉は私が想像もしていないことだった。
「涼香ちゃん昨日はごめんなさいね。今日は日向、普通に機嫌戻ってたから、もう大丈夫よ」
「そうですか、よかった」
「明日にでも話をしてみたら、今日はもう帰ってこないしね、あの子」
「え? それはどういう、日向もういないんですか?」
「えぇ、もう出て行ったわよ。男子会があるんでしょう。うちの子も彼女いないから、泊まりで楽しんでくるって……」
そのあたりで私は走り出した。
「ちょ、涼香ちゃん⁉︎」
話の途中で走り出した私に呼びかける日向のお母さんの声が聞こえるが、気にしている暇はなかった。
男子会なんて嘘だ。
昨日、日向はそんなものないと言ったし、倉木と買い物に行くとも言っていた。じゃあ何でそんな嘘をついたのか……。
簡単だ。倉木と夜も過ごすためだ。
女の子と泊まりになんて言えずに嘘をついたのだろう。あの女の方から誘ってきたのだろうけど、かなりまずい。クリスマスイヴに泊まりに誘うなんて、何を狙っているか丸分かりだ。あの女!
純粋な日向の気持ちを利用したんだ。最悪だ。私の日向が危ない。
日向に電話をかけながら走り続ける。二人の居場所に当てはなかった。
「ハァ、ハァ……」
何時間走り続けただろうか、闇雲に探し回っても日向は見つけられなかった。
探しながらも日向のスマホに電話をかけていたが、そちらにも日向が出ることはなかった。もう、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。早く見つけないと、家かホテルに連れ込まれでもしたらおしまいだ。
けど、もう探す場所の見当がつかなかった。近辺のデートで行きそうな場所はあらかた回ったし、闇雲に走り回っても会えなかった。もうどうすればいいかわからない。
すがるようにスマホを取り出して、日向を呼び出す。もう、これしか出来ることがなかった。もう何百回も聞いた無機質なコール音が続く、やっぱり出てくれない、そう諦めかけた時だった。
「涼香? さすがに着信ヤバいんだけど、やめて……」
「日向⁉︎」
「うわっ⁉︎ ちょ、涼香、いきなり大きな声出さないでよ」
「よかった。日向、よかったぁ」
「す、涼香?」
「日向! ごめん。謝る。謝るから帰ってきて」
「謝るって、昨日のこと?」
「それもだし、他の男にかまけて日向を疎かにしてたことも! 私気付いたの! 何が本当に大切だったのか!」
「え? それって……」
「日向と一緒にいない日々で気付いたの、私には日向が必要だって、ごめんね。離れちゃって」
「……そんなこと! 今更言われたって、僕はもう涼香のことは諦めたんだ! いつまでも凹んでたら心配かけると思って、それなのに、今更ッ」
「都合のいいこと言ってるのはわかってる! けど、お願い! 私のところに帰ってきて!」
「そんな……え? あ、ちょっ……」
「日向? どうしたの、日向?」
日向との会話は急に途切れてしまった。
まだ繋がっている電話から、かすかに息づかいとかすれた声が聞こえる。日向ともう一つ、女の声。倉木だ。
聞こえてくる日向の声と息遣いは今までに聞いたことのないような官能的なものだった。電話の向こう側で何が起きているのか、想像してしまった私は気が狂いそうになった。
「日向! 日向‼︎ 電話に出て! 日向‼︎」
悪い想像を振り払いたくて電話に向かって叫び続ける。けれども日向からの返事はない。聞こえてくる日向の声は熱を帯びたように大きくなっていく。
やめて、やめてやめてやめてやめてやめて!
何も出来ずに叫び続ける。すると、音がした。スマホを持って顔に当てたようで近くで息遣いがする。出てくれたんだ。日向が!
「日向⁉︎」
「一度失ったら、もう遅いんだよ。一ノ瀬さん」
「……え?」
倉木の言葉を最後に通話は切れた。
「ひ、日向……?」
「倉木に何されてるの?」
「ねぇ、日向?」
「あ、ぁあ、あぁ、ぅぁああああ⁉︎」
目の前が暗くなり、私の意識はそこで途切れた。