失くしてわかる
「それでさ、この前の練習試合は調子がよくて、すごい活躍したんだ!」
「……へぇ」
私は今日も学食で昼食を食べながら、少し離れた席に座る日向と倉木を見ていた。
私の前には、気分よく自分の試合での活躍を自慢している彼氏がいる。よほど活躍したのだろうか、自慢話は止まらない。
いい加減鬱陶しい。
昼食を教室で一緒に食べようと誘いに来たこいつは、断った私の事情も考えずに学食まで付いてきた。少しは気を遣うということを知らないのだろうか。私は倉木が何かした時のために日向を見守らなければならないのに、こちらの事情も気にせずに話し続ける目の前の男は、はっきり言って邪魔でしかなかった。
「あのさ、食べてるときは静かにしてくれないかな」
「え、あぁ、わかったよ……」
自分の自慢話を中断されたからか納得いかないような表情になりながらも、しぶしぶ話を止めて食事を始める彼氏。
別に不満ならどこかに行って別の人に話せばいいだろうに、面倒くさい。だいたいこの男が勝手に付いてきたのだ。私に合わせられないなら邪魔なだけ、日向ならしっかり私の気持ちを考えて行動してくれるのに……。
思い返してみれば、この男はいつもそうだ。自分の野球の話を聞いてほしいばかりで、いつも自分の自慢話。私から話を振ってみても野球以外には興味がないようで、あまり話を広げようとしないし、話によっては不機嫌になることもある始末だ。
日向とはえらい違いだ。日向なら、私の話に合わせてくれるし、知らないことでも興味を持って聞いてくれる。私が集中したいときは、それを察して黙っていてくれるし、私の興味がありそうな話題なら調べてくれたりまでするのだ。
自分の興味のあることしか話そうとしない目の前の男とは大違いだ。こちらをチラチラと見ながら不機嫌そうな顔をして昼食を食べている。
まるで、私から話を振ることを求めているようだ。結局、私はその後話をすることなく、ふたりの監視を続け、ふたりが学食を出るのと同時に学食を後にした。
放課後、最後のチャイムがなるのと同時に彼氏が教室にやってきた。珍しく甘い物でも食べに行こうという教室での堂々とした誘いに、盛り上がったクラスメイトたちが寄ってくる。その間にも日向は倉木と教室を出て行ってしまった。追いかけようにも人に囲まれていて、とても追いかけるどころではなかった私は、結局そのまま彼氏とカフェに行くことになった。
私の時間が拘束される。なんて邪魔なんだ。
「それでさ、明日、土曜のクリスマスイヴは俺の家にこないか? 最近、しっかりと話せなかったから誘うの遅くなったけどさ……」カフェの窓から外を眺め、日向が今どうしているのか考えていた私の思考を遮るように彼氏が話を始める。
「え? クリスマスに?」
「そう。付き合って初めてのクリスマスだろ、一日中一緒に過ごしたいじゃないか」
冗談じゃない。クリスマスは日向と毎年一緒に過ごしているのに、この男の家に行くなんて言ったら日向は遠慮して付いてきてくれないじゃないか。
「いや無理だよ。家だと流石に日向は付いてこれないじゃん」
「日向って、幼馴染さんは関係ないだろう」
「なんでよ? 関係あるでしょ。私、クリスマスは日向と一緒に過ごすんだから」
「え、何言ってんのお前。前から言おうと思ってたけど、おかしくないか、向こうはただの幼馴染で彼氏は俺だろう」
「……ただのっていうの止めてくれる。私と日向は生まれてからずっと一緒にいるの、ただの幼馴染じゃない。一緒にいるのが当たり前の共同体なの、これからもずっとね」
「お前の彼氏は俺だろ! なんだよ、いつも幼馴染の話ばかりして! 俺とそいつどっちが大切なんだよ‼」
そんな彼氏の言葉に私の中で何かが噛み合った。
私の大切なもの、
それは日向だ。
そうだ。日向は幼馴染。生まれてからずっと一緒、今までもこれからも。
幼馴染のままでいいと思っていた。けれど、これからも一緒にいるためには彼氏、夫、そういう肩書に変わっていく必要があるのだ。
日向は幼馴染という私のこれまでの価値観が邪魔していたけれど、それに気づいた。
そのためには――
――日向に彼氏になってもらおう。
そう決めた私には、目の前の男はもう邪魔でしかなかった。
「日向に決まってるでしょ、何言ってんの?」
「……え、は?」
私の返答に意表を突かれたかのように、戸惑っている目の前の男。何をそんなに驚いているのか、もしかして自分の方が大切だとでも答えてもらえると思っていたのだろうか。
あぁ、そうだった。そもそもこんな男と付き合っているのが間違いなのだ。少し人気があるからと調子に乗って、この男と付き合いだしてから、日向との時間はなくなるし、そのすきに倉木が日向にちょっかいを出してくるし、いいことなしだ。日向にもだいぶ寂しい思いをさせてしまった。
「な、何言ってんだ⁉ お前俺と付き合ってんだぞ! わかってんのか?」
「だから何? 嫌なら別れる?」
「は? い、いいのかよ。あとから後悔しても遅いぞ!」
「別にいいわよ。それじゃあね」
「あ、おい!」
呆然とする彼氏を置いてカフェを出る。
初めからこうすればよかった。
日向が遠慮する原因を取り除けば早い話だったのだ。
これでもう日向があの男に遠慮することはない。家に着いたら日向に電話しよう。直接家に会いにいってもいい。そうしてクリスマスの予定を立てるのだ。ふたりで一緒に。
最近イライラばかりしていた私だが、今は少し晴れやかな気持ちだった。