嫉妬
日向が私の誘いを断って倉木と遊びに行ったのを目撃した日から、気が付けば日向と倉木はよく絡んでいるようだった。
日向と倉木は前後の席で挨拶くらいはするが、その程度の仲でしかなかった。小学校から一緒にいて顔見知りではあったけど、倉木はよくない噂があり、日向はあまり接点がなかったはずだ。
そのはずだったのに……
朝、彼氏と別れて教室に行くとクラスメイトたちが集まってくる。だけど、日向は自分の席に座ったままだ。座ったまま、前の席にいる倉木と話をしている。
なんで、なんで私のところに来ないの?
休み時間、彼氏の教室には行かず日向の様子を確認する。ほら、日向。私はここにいるよ。最近はちょっとかまってあげれなかったけど、今日は残ってるでしょ。寂しかったんだよね。前みたいに一緒に話したりして休み時間をすごそう?
そうして待っているのに周りに集まってくるのは他のクラスメイトたちだけ、今日は彼氏のとこ行かないの? とか質問攻めにされるが、それには適当に返答して日向を見る。
日向は相変わらず倉木と談笑していた。おかしいでしょ! なんで! 私が残ってるのに! 周りのクラスメイトもだ、いつも一人の倉木が日向と楽しそうに話をしていて、なんで変に思わないの?
しかもその後、日向は倉木に誘われてふたりでどこかに行ってしまった。次の授業中ふたりが帰ってくることはなく、気が気でない私は授業どころではなかった。心が落ち着かず、何故かイライラがたまっていった。
お昼休み、今日は一度も教室に行かなかったからか、彼氏の方からやってきた。
「今日は忙しかったのか? 昼行かないか?」呑気な誘いにイライラする。こっちはそれどころじゃないっていうのに。
「ちょっと今日は忙しいから、お昼も行けない。それじゃ」
「え、そうか。じゃ……」
今はそんな暇はなかった。日向の動向を確認しないといけない。だけど、邪魔が入ったうちに日向は倉木と教室を出て行ってしまった。
どうやらふたりで学食に行くようだ。私は学食で食べているクラスメイトたちに混ざってふたりを観察する。「彼氏と一緒じゃないなんて珍しいね、涼香」「……まぁたまにはね」そんなことはどうでもよかった。
日向の方を伺う、ふたりは楽しそうに話しながらお昼を食べている。このあたりで私には気付いたことがあった。日向は本当は無理をしているのだろうという事。つまり倉木に無理矢理付き合わされているのだ。そうでなければ日向が倉木なんて危ない人物に付き合う訳がない。
「唐揚げ好きなの?」「うん!」
なんて会話が聞こえてくる。あの女は日向のことを何もわかってない。日向が唐揚げ好きなんて初歩的なことを聞いてるあたり底が知れてる。私なら日向の好きな食べ物から苦手なものまでなんでも知ってる。あの女とは格が違う。
「ハンバーグとかパスタとか好きなんだ!」
「へぇ、アタシさ、意外とけっこう料理上手いんだよ」
「いや、意外じゃなく得意そうな感じするよ」
「お、嬉しいねぇ。今度なんか作ってあげよっか?」
「ホント⁉︎ 倉木さんの手料理食べてみたいな!」
はぁ?
あの女、何ふざけてるの? 手料理とか、日向に色目使ってんじゃないわよ! 不味いに決まってるでしょ、あんなヤツの料理なんて。
私の手料理の方が美味しいに決まってる。日向だってホントは私の料理が食べたいはずだ。
あぁ、日向がかわいそう。無理矢理食べたくもない手料理を食べさせられるなんて、でも私が助けるからね、安心してね、日向。
「でも、ただ作ってもらうだけだと、なんか悪い気がする。何か代わりにして欲しいこととかある?」
「別に気にしなくていいのに、じゃあ今週の土曜、出かけたいから付き合ってよ」
「あ、もしかしなくても荷物持ちだね。お安い御用だよ」
「なら決定ね、荷物持ちかどうかは、当日のお楽しみ〜」
ダメだ。ダメだダメだダメだ。
あの女、きっと本気だ。私にはわかる。本気で日向を狙ってるんだ。ふざけんな。日向は私と何年一緒にいたと思ってるんだ。誰のところにも行かない、今までもこれからも、ずっと私と一緒にいるって決まっているのに、最悪だ。
日向には私がついていないとダメなのにそれがわからないバカがいるとは思わなかった。日向は優しいから、気を遣って言えないでいるだけ、私から言ってあげないとね。
一人になったときに日向には分からないように言ってあげるつもりだったが、あの女、なかなか日向から離れようとしなかった。これまではほとんど一人でいたくせに、日向の優しさにつけ込んで、なんてあつかましい女なの!
けど偶然、私がトイレの手洗い場にいた時、倉木がやってきた。倉木は私を気にする素振りもなく鏡を見ながら化粧を直し始めた。その無神経さにイライラがたまり、私はもう我慢の限界だった。
「あのさ、倉木さん。最近日向と仲良いみたいだけど、もうやめてくれない。日向が可哀想だから」
「は? いきなり何? 意味わかんないんですけど」
「日向は無理して倉木さんに付き合ってあげてるだけってこと。やっぱりわかってなかったんだ」
「いや、別に日向は無理してないでしょ。普通に楽しそうだ……」
「はぁ⁉︎」
「……何?」
「いやいや、おかしいでしょ! なんで日向って呼び捨てにしてんの? 馴れ馴れしくない? 遠慮とかないの?」
「日向にいいよって言われたから呼んでるんだけど、なんか文句あんの?」
「だから、それは日向が我慢してるってことでしょ! なんでわかんないかなぁ! ともかくさ、日向と関わるのは止めてって言ってるの」
「ていうかさ、いきなり何なの? 別にアタシと日向が何してようが自由じゃない? 日向は一ノ瀬さんの彼氏じゃないでしょ? 人の交友関係に口出ししないでよ」
「日向は私の幼馴染なのよ! 口出しするのは当たり前でしょ! 倉木さんみたいな危ない噂のある人と関わるなんて日向に悪影響になるでしょ!」
「ただの幼馴染なのに日向の行動を制限しようとする権利なんてないでしょ。日向は一ノ瀬さんの物じゃないんじゃない?」
「な⁉ なんですって⁉」
「だってそうでしょ、一ノ瀬さんは彼氏だっているじゃん。日向まで彼氏なんて言い出すわけじゃないよね? 一ノ瀬さんは彼氏と遊んでれば? それじゃあね」
そう言って出ていく倉木を私は見送るしかなかった。確かに、日向は私の彼氏じゃない。
私の彼氏は別にいる。だけど……。
「……この、クソ女」