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壊れた日常


涼香が谷口君に呼び出され、一人で家に帰った僕は何をするでもなく、自分の部屋で電気もつけずにボーっとしていた。


谷口君の用件、そんなものはあの雰囲気を見れば誰にでもわかる。残っていたクラスメイトたちの言っていたように告白で間違いないだろう。


谷口君は野球部のエースピッチャーで4番と誰もが認める凄いヤツだった。その肩書だけでなく、しっかりと部活で鍛えられた男らしい身体。洒落っ気のない端正な顔立ちと女子からの人気が高く、告白する子はたくさんいるそうだ。


しかし、彼は部活で忙しいからと今まで誰の告白も受けてこなかったらしい。そこがまた硬派だと人気をよんでいるんだとか……



正直、自分が勝っているところなんて何もないような気がした。



そして涼香。


涼香もかなりの人気者だ。

これまで何度も男子から告白されていたことはあった。


その度にヤキモキしていた僕だったが、涼香も一度も告白を受けたことはなかった。


あとから聞いてみると「う~ん、なんとなくかなぁ」なんておざなりすぎる理由を返されてため息をついたことがある。

涼香がどんな人が好みなのとかが知りたかったが何の参考にもならなかった。


そんな涼香だ。

今回もなんとなく、なんて言って断って帰ってくるだろう。きっとそうだ。


そう思い込みたかったが、谷口君に呼び出された涼香のいつもとは違う表情、少し頬を染めていたあの顔を思い出すと、胸のざわつきは収まってくれなかった。


窓から隣の家の窓を見る。涼香の部屋にはまだ灯りは付かない。あれからかなりの時間が立つが、まだ涼香は帰ってきていないようだ。

それがまた胸のざわつきに拍車をかける。そんな状態では何にも身が入らず、食欲もなくなってしまった僕は親にご飯はいらないことを伝え、部屋でひたすらゴロゴロしながら涼香から何かしらの連絡が来ることを待っていた。



どれくらい経っただろうか、不意にスマホの振動を感じて慌ててスマホを手に取る。画面を確認すると待ち望んだ涼香からの連絡だった。出るのも少しためらったが意を決して電話に出る。


「もしもし、涼香?」

「日向~。いま平気?」

「大丈夫だけど、どうしたの?」

「うん、いや放課後さ、私呼び出されたじゃん。あれなんだけど……」

「うん……」

「なんか告白だったんだよね」

「……そっか、それで、どうしたの?」

「うん、それなんだけどさ」


そこで涼香は一旦間を取るように黙った。もう僕の心臓は嫌な予感がしまくっていて、痛いくらいに早鐘を打っていた。




「付き合うことにしたんだ。谷口君と」

「……」




「前にさ、スポーツ大会あったじゃん。その時に話をしたんだけど、けっこう話があってさ」

ぼくの方がよっぽど涼香と話があうじゃん。


「その時から結構カッコいいなって思ってたんだよね」

結局顔ですか。


「まぁなんとなく感じるものがあってさ、クリスマスも近いし、そろそろ恋人なんていてもいいかなって」

今まではなんとなくで断ってたのに……



「ちょっと日向? 聞いてる?」

「聞いてるよ。本当におめでとう!でも驚いたな涼香は今まで全部告白断ってきたから」

「まぁ、私ももう大人ですから? 日向君も早くお相手を見つけないとね。手伝ってあげよっか?」

「ふふ、なにそれ、余計なお世話なんですけど。涼香の手伝いじゃダメそうだし」

「言ったなぁ。あ、そうだ、それでさ、明日からなんだけど私、朝は駅の方に行くから」

「……もしかして彼氏さんのお迎え?」

「せいか~い! 流石日向。どうしても一緒に登校したいって言われちゃってさ」

「モテる女は辛いねぇ」

「まぁね~。だから、ゴメンなんだけど一緒に登校できなくなる」

「それこそ気にしないでよ。新婚夫婦の間に入るほど神経図太くないって」

「ちょ、新婚って⁉ もう!日向!からかわないでよ!」

「あは、ごめんって。それよりいいの? 駅まで迎えに行くなら朝早いんじゃない?」

「あ!そうだった! 寝坊しないように早く寝ないと!」

「これから毎日頑張りなよ。それじゃ、明日からは学校で」

「うん!あ、そうだ日向、ありがとう」

「……え、何急に?」

「いや、なんか言いたくなっただけ、気にしないで、じゃね」



はは、何だそれ。


電話を切ると同時に我慢していたものが、感情が涙になって目から溢れてくる。


電話は早く切りたくて仕方なかった。あれ以上明るい声なんてだせそうにない。嬉しそうにはしゃいでいる涼香の声を聞くのも辛くて限界だった。


明日からもう涼香と一緒に登校しない。ふたりだけの時間だったのに、もうない。


涼香の隣にいるのは、もう僕じゃない別の男になってしまった。涙が枯れることなんてないんじゃないかと思うくらい泣いた。結局一晩中寝ることはできなかった。




次の日、いつもの時間に家を出る。

涼香の家の前に行き、今日から必要ないことを思い出し、そのまま一人で学校に行く、静かでつまらない道のりだった。


涼香とふたりで登校していたときは輝いて見えた通学路も、今日はどこか色あせて見えた。


学校に着き一人で教室に向かう。僕が教室に入ると何人かが反応するが、いつも隣にいる涼香がいないと「おはよー」と短い挨拶だけして興味を失ったように戻っていく。


ぼくだけだとそんなものだ。ボーっとしながら席について窓から外を眺める。周りのことなんて、まるで見えていなかった。



「今日は、一人なんだ」


不意に前の席から声をかけられた。視線だけ動かして見ると、倉木さんが窓の外を向きながら横目でこっちを見ていた。


「……今日から、かな」

「……」


窓の外を見ながら答える。窓から見える学校の通学路には、大勢に囲まれながらも嬉しそうにふたりで歩く涼香と谷口君が見えた。



教室に着いた涼香はクラスメイトたちに質問攻めにされていた。

そして特に隠すわけでもなく、谷口君に告白されて付き合うことにしたことを公にする涼香。


ざわめくクラスメイトたち。しばらくは祝福や質問をするクラスメイトたちで騒がしさが続いていた。


授業が何コマか終わり、クラスメイトたちの質問攻めが落ち着いた頃になると、涼香は休み時間の度に教室から出ていくようになった。

どうやら隣のクラスの谷口君のところに行っているようだ。


昼休みになると、一度だけ僕のところに来て「今日から隣のクラスで食べるから、ごめん」そう言ってすぐに教室を出て行った。


「日向君寂しいんじゃない?」とはやし立てるクラスメイトに「まぁね~」なんて笑って返すが、正直うまく笑えていたかはわからない。


放課後、いつものように帰りの支度をした涼香がやってきた。

「日向。今日から私、野球部の練習ちょっと見ていくから、帰りも気にしないでね」


甘い物でも食べに行く?なんていつもならそんな話をするところだが、今日からはそれもなくなるようだ。


「りょ~かい。応援しっかりね!」

「もう! それじゃね」


笑顔で涼香を見送り、一人でトボトボと学校を出る。


他の生徒たちの話声が聞こえる。放課後になり解放感に包まれ浮かれている他の生徒たちの中、僕は一人で家路につく。


いつも涼香と一緒に歩いていた通学路を一人で歩き、ふと理解した。


理解してしまった。


涼香と一緒に登校して、涼香と一緒に休み時間を過ごし、涼香と一緒に家に帰る。今までの日常。何もない、平凡な毎日。


何よりも大切だった涼香との時間。


それらはもう戻ってこない。すべて、壊れてしまったのだと。

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