前編
※遥彼方さま主催「夏祭りと君」企画参加作品です。
「ひゅー、夏休みンなったら、長岡の花火行かねえ?」
期末テストも終わって夏休み目前の開放感の中、片貝樹が誘ってきた。
樹とは、去年の体育祭であたしが足を挫いた時、おんぶされたのがきっかけで付き合い始めた。
「高校生にもなっておんぶなんて!」と騒ぐあたしをひょいっと、本当にひょいっとおんぶしちゃって、そのまま保健室に猛ダッシュ。
周りから囃し立てられて、あたしは恥ずかしいやらかっこ悪いやらで、ほとんど涙目だったけど。助けてくれたのは確かだし、背中は広くてたくましかった。
「ひゅー」っていうのは、とっても不本意だけど、あたしのあだ名だ。というか、樹とアキだけがそう呼ぶ。“笛吹日向”で、笛の音と“日向”を“ひゅうが”って読めるのを引っ掛けて「ひゅー」なんだそうだ。意味わかんない。わかりたくない。
元々樹は同じクラスで、春先からずっとあたしにモーションかけてきてたし、だから、転けたあたしに誰より早く気付いて駆け付けてくれたんだと思う。
なんか頼りがいのある背中だなって思って、なんとなく断りづらくって付き合い始めたんだけど、付き合ってみればとっても楽しくて。
クリスマスにキスして、一緒に初詣に行って。柄にもなく“ずっと樹と一緒にいられますように”ってお祈りなんかした。
2年になってクラスは別になったけど、それでも休み時間には時々遊びに来てくれるし、放課後は一緒に帰ろうと呼びに来てくれる。
樹の部活のない日だけだから、毎日じゃないけど。
「長岡の花火って?」
って訊いたら
「8月頭に長岡で花火大会あんじゃん。
あれ、一緒に見に行かねえ? 俺、去年見たけど、すげえぞ」
って言ってきた。
そういや、毎年8月の頭になると、新聞の一面にでっかい三尺玉の写真が載ってるんだっけ。え? それ見に行くの? 新潟から?
「行くのはいいけど、どうやって? 夜だよね?」
「俺、去年バイクの免許取ったじゃん。そんで、兄貴のバイク借りれんだ。メットも、兄貴の彼女のがあるし」
バイクに2人乗りするってことかな。
「花火って、終わるの何時頃だっけ?」
「最後のが9時」
「長岡から帰ってくると、どれくらい掛かるの?」
「ん~、2時間くらいかな」
「2時間!? ずっとバイクの後ろで?」
バイクは乗ったことないけど、自転車の2人乗りならしたことある。2時間も乗ってるのは無理じゃないかな。
「もちろん、時々休憩は入れるし。途中、コンビニとか結構あるし、大丈夫だ」
「…考えとく」
結局、あたしは“彼氏と一緒に花火”という誘惑に勝てなかった。
でも、樹と付き合ってることはお母さんには内緒にしてるから、アキと高速バスで行くってことにしておいた。ラッキーなことに、アキも彼氏と花火を見に行くことになったそうだから、お互い言い訳にできる。
長岡の花火は8月2日と3日の二日間やるらしいけど、3日は金曜日だから混むだろうし、2日に行こうってことになった。
2日は晴れてくれた。バイクに乗るし、2時間も外で花火見てることを考えて、なるべく動きやすくて涼しい格好ってことで、リネンのシャツとコットンのキュロット+スパッツにした。バイクに横座りする度胸はないけど、デニムとかだと暑そうだし、蚊とかいるだろうから足は出せないし。デイパックには、念のために着替え一式を入れて。あ、だって、汗かいてびしょびしょになりそうだし。
せっかくのデートだし、本当はもっと可愛い格好にしたかったけど、樹から、ひらひらしたのを着てると風になびいて危ないって聞いたから、なるべく羽織る系のものは着ないようにして。
やっぱり高速バスにすればよかったかなあ。でも、樹もアキも、電車もバスもめっちゃ混むからやめた方がいいって言ってたし。
待ち合わせ時間の午後2時きっかりに、樹はバイクで現れた。
Tシャツにジーンズっていう、デートらしからぬ格好で。
「ちょっと、何そのTシャツ?」
樹のTシャツには、大きく「長岡花火」という文字と、大輪の花火の絵が描かれていた。
「いいだろ。今日のために買ったんだぜ」
自慢げに言うけど、そのTシャツの隣を歩くのは、度胸がいるよ。
ともあれ、バイクの後ろに乗って。2人分のデイパックは、あたしが跨った後ろにくくりつけて。
いざ走り出すと、前は見えないし、風の抵抗とかすごいし、必死になって樹にしがみついてた。胸を押しつけるみたいに、ぎゅっと。もしかして、樹、これを狙ってた? でもやっぱり、樹の背中は広くて好き。
国道に乗ってからは割とまっすぐだったけど、それまでは曲がるたびに体を放り出されそうな感じがして、すっごい怖かった。
「どうよ、バイクっていいだろ」
途中、コンビニで休憩した時に樹がドヤ顔で言ってきたけど、どこがいいのかわからない。冗談抜きで、落っこちて死ぬんじゃないかと思ったよ。おまけに、樹も汗とかすごいし。別に臭くはないけど、仮にもデートなんだから、もうちょっと気を遣ってくれてもいいと思う。
「まっすぐ走ってる時はいいけど、曲がる時、もうちょっとなんとかならないかな。すっごい怖かったよ」
って言ったら、樹はちょっと困った顔をした。
「あれがいいんだけどなあ」
その良さは、きっとあたしには一生わからないと思う。
長岡には、5時半ころ着いた。途中で何回も休憩を挟んだせいだ。
バイクは長岡駅の駐輪場に駐めて、そこから会場まで30分くらい歩く。
駅ビルのお店で夕飯を食べる予定だったけど、どこもいっぱいで、とても入れなかった。それで、会場まで歩きながらお店を探してみたけど、やっぱりどこも駄目で。仕方ないから、途中のコンビニでおにぎりとか飲み物を買った。
コンビニの前には店員が出てて、氷水で冷やしたペットボトルとか、プラスチックコップに注いだ生ビールとかを売ってた。縁日みたい。まだ夕方なのに、ビールを買って、飲みながら歩いてるおじさんが結構いる。樹の話では、去年来た時もこんな感じだったらしい。
会場になってる川原は、もう人でいっぱいだった。
まだ6時過ぎだよ? あと1時間近くあるのに。
「よし、あそこ空いてる。ほら、ひゅー、行こう」
え? あそこって、土手? 見ると、確かに大きな敷物がいっぱい敷かれてる。樹が言うには、昼間からこうやって敷物を敷いて場所取りをしてるんだって。
あちこちに敷物があるけど、それぞれサイズが違うから、結構隙間ができてる。
樹が指差したのは、そんな隙間だった。
「ここなら、2人分取れる」
そう言うと、樹はデイパックからシートを出して隙間に敷いて座った。
「よし、あっちにトイレあったから、今のうち行っとけ。始まると、とても行ける状態じゃなくなるから」
今からトイレ? とは思ったけど、行ってみてわかった。簡易設置型のトイレの前には、ものすごい列ができてて、入るのに20分も待たされた。
1時間前からこれじゃ、始まった後はとても無理だね。
花火が始まる7時ころには、敷物の上は、ほとんど埋まってた。隣の大きな敷物には、町内会か何かのおじさん達が座っていて、ビールや日本酒を飲みながら騒いでる。花火を見てないわけじゃないけど、なんか宴会やってるみたい。
花火の方は、やっぱり大迫力だった。新潟の花火も少ないわけじゃないけど、連続して上がる数が全然違う。
時々、空に煙がたまって見えにくくなると煙が流れるのを待ったりもするけど、ほぼひっきりなしに上がり続ける。花火の説明のアナウンスも流れてる。周りがうるさくて全然聞き取れないけど。
「よう、兄ちゃん達も食わねえか」
隣のおじさん達が、お弁当を2つ渡してきた。コンビニとかのじゃなくて、どこかの仕出し屋さんのお弁当。ちゃんと、硬いプラスチックのお弁当箱に入ってるやつ。
「いーの?」
樹が訊くと、
「来れなくなったのの分が余っちまってなぁ、残すと腐るだけだし、食ってくれや。食い終わった弁当箱だけ返してくれりゃいいから」
とか言われた。
「んじゃ、せっかくだから食おうぜ」
なんて樹が言うから、仕方なくあたしも食べた。正直、コンビニのおにぎりだけじゃちょっと足りなかったけど、お弁当1個はさすがに多いよ。
「ほら、ひゅー、あっちの橋とそっちの空と、両方見とけよ」
途中で、樹が、右側の橋と左側の空の両方を見ろなんて無茶ぶりしてきた。
かろうじて聞き取れるレベルのアナウンスが、ナイアガラと三尺玉が同時に上がるって言ってる。ナイアガラっていうのは、橋の側面から川に向かって滝のように落ちる花火だ。
長さ1キロはある橋の側面全体から一斉に落ちる光のシャワーを右に見ながら、左に打ち上がってく三尺玉を見る。「ドォンッ!」って、地響きみたいな大迫力。お腹にも響いてくる。こんなに近くで、こんなに大きな花火だからなんだろうけど、これはわざわざ見に来るだけの価値がある。
「ここだけなんだよ。両方いっぺんに見れんのは」
偉そうに胸を張る樹は、可愛いくらい嬉しそうだった。
9時直前、2つめの三尺玉が単独で上がった。ナイアガラはあれ1回きりらしい。もちろん、明日またやるんだけど。
「よし、混まないうちに帰るぞ」
まだ花火が上がってるのに、樹はあたしの手を引いて立ち上がらせた。
「完全に終わると、一斉に帰り出すからな、道がえらいことになるんだ。今ならそうでもないから、さっさと駅に行こう」
あたし達は、お弁当の容れ物をおじさん達に返して、土手を上った。
川原の砂利道に座って花火を見てる人達を踏まないように気をつけながら、通りまで歩く。
まだ花火は続いてるのに、本当に帰る人で混み始めている。
途中のコンビニでトイレを借りて、あたし達はバイクで駅を後にした。
「う~。結構きついね」
2回目の休憩の時、樹に言ってみた。実際、1回休憩を入れたとはいっても、1時間もバイクの後ろでしがみついているのは辛かった。
「じゃあさ、本格的に休んでくか?」
緊張した顔で、樹があたしを見詰めてる。
ちょっとやめてよ。そんな顔して見ないで。
あたしだって、なんとなく、そうなるんじゃないかなって思ってたんだから、訊かないでよ。
恥ずかしくて樹の目を見らんないけど、あたしは
「うん…」
と答えた。
翌朝、バイクに乗るのは、死ぬほどきつかった。二度とバイクなんか乗るもんか。
後編は、5日(金)夜10時更新です。