スタンピード その4
「スタンピード その1」から「その4」まで本日一括投稿です。閲覧の順番にご注意ください。
「とりゃあ!」
気の抜けるような子供の掛け声が響く。しかし、その小さな体から繰り出されるのは紛れもなく破壊の嵐だ。
ダガーの刃がゴブリンをぐしゃぐしゃにして吹き飛ばす。体の小さな魔物は巻き込まれるだけで大惨事だと言わんばかりに逃げ惑っている。
その後ろで、エルシアは無我夢中だった。右手のショートソードで突き刺して、左手のダガーで受け止めて。
もしかしたら。
もしかしたら、生き残れるかもしれない。そんな希望だけが体を突き動かす。後ろのケトから離れないことだけ考え、突き刺しすぎて切れ味の落ちた剣を振るう。
「右から二匹、ウルフから潰すわ、ガルドス!」
「了解だ!」
隣のガルドスと息を合わせる。
踏み込んできたウルフを突き刺し、飛びずさった。前足の付け根にレイピアの傷をこしらえたウルフが、一拍遅れたガルドスの剣で足を切り飛ばされて転がる。
小さな女の子の影を探すのを忘れないように。自分の動きに隙ができないように。
「……動け、動け、動け!」
自分を鼓舞するように、エルシアの口から呟きが漏れた。ゴブリンが三、その後ろにまたウルフ。本当にきりがない、と内心歯噛みした時。
「怯むなっ!押し返せえええ!」
町の方からひときわ大きな雄たけびが聞こえた。
振り向けばこちらに向かって突き進む、慣れ親しんだ人たちの姿が見えた。
先頭を走るのは門の守備に就いていたはずのエドウィンだ。もはや衛兵も冒険者も関係なかった。ただ生き延びるために、動ける者が戦場を駆ける。
魔物たちは混乱しているようだった。
あれだけいた魔物も、いつの間にかかなり減っている。その上、剣を振りかざし向かってくる集団に、魔物たちは自らの命の危険を悟ったようだった。
直後、最後まで残っていたオーガが、ケトの魔法で跡形もなく消え去ったことが拍車をかけたようだった。
後方で、ゴブリンが棍棒を放り出し逃げ出しはじめる。
一匹ずつギャアギャアと喚きながら、ゴブリンが、コボルトが後に続いた。背を向け、銀色の悪魔から少しでも遠ざかろうしているようだった。
「攻撃が収まる……?」
「マジか。油断するなよ、エルシア」
目の前の魔物が迷った素振りを見せ始める。距離を取って、辺りをそわそわと見回し始めた。
そうして初めて、援軍が迫っていることに気付いたのだろう。群れの数匹が慌てて背を向けて、逃げ出したのがとどめになった。
魔物の包囲が崩れる。少女の存在に恐れをなし、援軍の存在に気勢を削がれた群れが、町から退こうと試みていた。
散り散りになって逃げだす魔物たちは、まとまりがない。町の方へと逃げ出す魔物たちもいたが、弓兵隊の矢によって射止められていく。
「無事か、ガルドス!?」
「あ、ああ……。俺は大丈夫だ」
駆け付けたエドウィンに、ぜえぜえ息を切らしたガルドスが答える。
エルシアもその隣で肩を上下させながら、逃げていく魔物たちを見つめた。
駆け付けた援軍が左右に展開し、魔物の追撃に移っていく。それもまた、魔物たちにとっては逃げ出す理由になったのだろう。目の前に広がる光景を見て、エルシアは呟いた。
「魔物が、退いてく……」
自分の目が信じられなかった。
一度進みだしたら何物にも止められないはずの魔物の暴走が、今は散り散りになって森へと消えていくのだ。同じく呆然とした表情で、ガルドスも答えた。
「……生きてる、よな? 俺たち」
「ええ……、町も守りきれた? 嘘じゃないよね……?」
夢ではないかと、二人して顔を見合わせる。あれほどまでに絶望的な状況から、自分たちも、町も生き延びたことが嘘みたいだ。
呆然と立ち尽くす二人に被せるように、周囲から歓声が聞こえた。
駆け付けてきた冒険者たちが、剣を構えていた衛兵たちが、壁の上の弓兵隊が、武器を放り出し、互いの手を取って喜びの声を叫んでいた。
すぐ近くでエドウィンが叫ぶ。ふらつきながら門の外まで出てきたオドネルが腕を突きあげようとして傷に悶絶しているのが見える。
エルシアにもようやく実感が湧いてきた。
生きている。自分たちは生きているのだ。エルシアは確かめるように呟かずにはいられない。
「やったわ……」
「おう……」
ガルドスのダークブラウンの瞳と、再び目が合った。二人して、徐々に目が輝きだす。
「やった、私たち生きてるわ!」
「おう!」
胸からこみ上げる安堵と喜びの衝動に駆られて、エルシアはガルドスに飛び付いた。ガルドスも普段は見せない笑顔のまま、エルシアを抱えてぐるぐる回る。
お互い泥まみれで、ガルドスに至っては全身に小さな傷をこしらえていたが、そんなことはもうお構いなしだった。町にも魔物撤退の知らせが伝わったのだろう、壁の内側から滅茶苦茶なリズムで鐘の音が鳴り響き、ガルドスと二人で笑いあった。
「そうだ! ケトちゃんは!?」
浮かれていたエルシアは、慌てて振り返った。ケトはその小さな手に短剣を握りしめたまま、ぼんやりと逃げる魔物を見つめていた。
急いで彼女の傍に駆け寄る。
彼女の見せた異常な力など、今ばかりはどうでもいい。正しく彼女のお陰で助かったようなものなのだ。まずは怪我がないか調べなくては。
「ケトちゃん! 怪我はない?」
「……」
返事がない。ぼんやりしたまま視線を彷徨わせているケトに、膝をついて視線を合わせる。急速に不安が沸き上がって来て、肩を掴んで揺さぶる。
「ケトちゃん? 大丈夫? ケトちゃん?」
「うん……?」
呼びかけていると、移ろっていた視線がふっとエルシアを捉えた。
どうにか大きな傷はないようだとエルシアが息を吐いた途端、ケトの小さな体がくらりと傾く。倒れる小さな体を、慌てて抱きとめた。
腕の中で、ケトは小さく呟いた。
「あつい……」
「ケトちゃん!」