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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第六章 看板娘は、
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エルシア その4

 ケトがふと目を開けると、目の前でエルシアが微笑んでいた。


 麻のカーテンの隙間から、朝日が零れ落ちている。

 最近、朝の冷え込みがかなり厳しくなってきた。だからその分、エルシアと二人で布団の温もりにくるまっているのがもっと心地良くなる。


 シアおねえちゃんがのんびりしてるから、まだ起きるには早い時間なのかもしれない。へにゃへにゃと笑って寝ぼけ眼のまますり寄れば、姉は柔らかい腕で包んでくれた。


「えへへー……」


 なんだかとっても幸せで、思わず頬が緩んでしまう。寝癖の酷いアッシュブロンドの髪をゆっくりと撫でてくれるから、少女はうっとりと目を細めた。


「おはよう、ケト」

「んんー……おはよー、シアおねえちゃん」


 少しずつ目が覚めはじめるが、やっぱり離れがたい。エルシアにぐいぐい体を押し付ける。柔らかな花のような匂い。シアおねえちゃんの匂いはケトを落ち着かせてくれる。


「今日は随分甘えん坊さんね」


 ゆったりとした囁き声に、ケトは顔を上げた。エルシアの大きな栗色の瞳が自分を見つめていた。再び目をつむってふにゃふにゃの声で答える。


「えへへ、そんな気分なの」

「そっかあ、じゃあ私も、ちょっとだけ甘えちゃおっかな」


 シーツと毛布が擦れる音。薄目を開けてみると、エルシアの瞳が目の前にあった。寝起きだからか、はたまた別の理由か、潤んだ栗色がゆっくりと近づいて。


 二人でおでこが、こつんと合わせた。


 エルシアの吐息がくすぐったい。心臓の鼓動まで聞こえてきて、顔が幸せにとろけてしまいそう。シーツの上で、ケトの銀髪とエルシアの亜麻色の髪が交じり合った。

 余りの幸福感に、思わず声が漏れたって仕方のないことだろう。


「しあわせー……」

「私もよ、ケト……」


 とろとろと睡魔がやってくる。ちょっとだけ二度寝、いいかなあ。この温もりに包まれて、あとちょっとだけ。

 重たい瞼を持ち上げれば、エルシアも温もりに蕩けきった顔をしていた。なあんだ、シアおねえちゃんも一緒じゃないか。


 えへへと笑い合った二人は、体を摺り寄せて、もう一度まどろみの世界に落ちていった。


―――


「忘れ物はない?」

「だいじょーぶ!」


 部屋の扉に錠を下ろしたエルシアに、元気な返事を返す。

 その場でクルクル回れば、地面に落ちた影も一緒に回ってくれた。外套(がいとう)の裾がふわりと靡けば、影も一緒に風と舞う。


 流石はエルシア。これ以上ない理解者が作ってくれただけあって、誕生日プレゼントはケトにぴったりだった。


 旅人が好んで使うダークブラウンの生地は、ちょっとやそっとでは擦り切れない頑丈なものなのだそうだ。それにしては驚くほど着心地が良いのは、裏地に縫い込んである当て布のお陰だろう。

 内側にはポケットが沢山。腰の後ろにはバックルが縫い付けてある。これは多分、短剣を留めておくためのものだろう。試しにお下がりのダガーを括り付けてみたら、どんなに跳びはねてもずれることがない。


 そして何より驚いたのが、肩甲骨に沿って開いた二本のスリットである。昨日もらった時に、周囲の人が総じて首を傾げた、外套らしからぬ開口部。「王都ではこれが流行ってたのよ」と酔っぱらったエルシアは返していたが、ケトにはそれがどのような目的で設けられたものなのか、一目で分かった。


 袖に腕を通す要領で、スリットから翼を外へと伸ばす。

 人の目には映らないその翼の存在に、いち早く気付いたのもエルシアだった。ケト自身、あまり知られないように縮こまらせて体に巻き付けるのが癖になっていた翼。それが窮屈にならないようにと考えられた切り込みだ。

 たかがスリットと侮ることなかれ。今のケトは、このぶ厚い生地に穴を開けることがどれだけ大変か良く知っている。確かに普段着の背中には、いつからか穴が開くようになっていたが、麻や綿の普段着とこの外套では、根本的にものが違う。


 ケトが知っている限り、こんな至れり尽くせりの外套は見たことがない。

 左胸にはもちろん白猫の刺繍。シンプルなデザインだが、一針一針丁寧に縫い込んである。これなら遠目でも、ケトのものだと一目瞭然だろう。


 朝日の元、エルシアと手を繋いで一歩を踏み出す。

 そうだ。ギルドに着いたら、まず一番にお礼を言って回ろう。昨日も皆に見せたけれど、もう一度この外套を見せびらかすのだ。


 気分が上向く。ちょっとだけスキップしちゃおうか。

 これほどあったかい外套、毎日だって着ていたい。今日も明日も、自分はこうやって、エルシアの隣で外套を着て歩くのだ。


 だから。


 その明日が来ないなんて、その時のケトは思いもしなかったのだ。

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