保護者の真髄 その8
ケトがびっくりしたように自分を見ている。ガルドスが呆れたような視線を自分に向けている。それでも、今ばかりは周囲の視線を気にしてなんていられなかった。
「ここが……!」
エルシアは、目の前に立つ建物の端から端まで目を凝らす。
ずっと前からどんな所か気になっていたのだ。自分は絶対に訪れることもないと思っていたから、尚更に。
周囲の建物に馴染んだデザインだが、隣の建物よりも一回り大きい。窓も一つ一つが大きく、その張り出しに小さな花壇が据え付けられているのがなんとも都会的だ。
ブランカのそれとは違い、巨大な中央扉は両開き。先程から大勢の人が出たり入ったりしている。
「ここが……、王都の冒険者ギルド!」
エルシアは両手をぐっと握りしめた。流石はこの国の冒険者組合の中心地と言うだけあって、その佇まいは壮観の一言である。
「シアおねえちゃん、楽しそう」
「あいつはしゃぎすぎだろ。そんなにすごいか、あれ?」
「ガルドスも、さっきの武器屋さんであんな感じだったよ?」
「嘘つけ!? あそこまで酷くはないって!」
後ろで二人が何やかんや言っているが、エルシアは今それどころではないのだ。田舎ギルドの制服をひらりと靡かせ、エルシアは向き直って言った。
「さあ、さっそく入るわよ!」
―――
王都のギルドは、ベルの代わりに扉のきしむ重厚な音で出迎えてくれた。
完全にお上りさん状態のエルシアだったが、どうやら基本的なつくりはブランカと変わらなさそうで一安心だ。
特筆すべきはその規模で、壁際に配された掲示板は全部で七枚。それぞれ、順に”金札”から”木札”の札が掲げられいるところを見ると、ランクごとに依頼書が分けられているようだ。
受付は全部で五レーンもあるにもかかわらず、その前に冒険者が長い列をなしていた。どうやら相談事に応じて受付が違うらしい。受付カウンターの上には、”受注”とか”納品”などと書かれた看板が吊り下げられている。
「で、エルシアはここで何をしたかったんだ?」
腕組をしながら田舎ギルドの受付嬢を見やる田舎冒険者。その言葉を聞いて、エルシアはピクリと肩を揺らした。
「エルシア?」
「……えっと」
「……さてはお前、単純に見てみたかっただけだな」
思い切り図星だった。王都を自由に散策できると聞いて、どんなところなのか見てみるまたとない機会だと思っただけなのだ。
王都から届く報告書や連絡の類。同じ書類と言えども、紙の端の処理一つ取ったところで、ブランカで用意するそれと、王都から届くそれとでは明確な差がある。そういうちょっとしたことが積み重なると、どんどん興味が湧いてくる。せっかく王都まで来たのだ。この機を逃す手はない。それだけ考えていたのであった。
気まずくなって黙り込んでいると、ガルドスは柔らかく笑った。
「お前、本当にギルドの仕事好きなんだな」
「ま、まあね……。コホン、とりあえず受付に行って案内してもらいましょ?」
「そうしようか、我らが受付さん?」
―――
そのすぐ後のこと。
何故こんなことになったのだろう、とエルシアは遠い目をした。こちらはただギルドを案内してもらおうと思っただけなのに。
「どうして俺が、こんなくだらない依頼しか受けられないんだよ!」
「ですから、先程も申した通り、貴方のランクでこの依頼は……」
「申したもこうしたもねえんだよ! 大体”錫札”に降とされたのだって、お前らが好き勝手言ってだな」
「ですから、禁猟区域での活動は禁じられているんです。それを破ったのだから、当然の処置でしょう?」
一つ前の冒険者がやけに時間を食っていると思っていたら、職員に難癖をつけていたのだ。困り顔の女性職員が宥めているが、男はどんどんヒートアップするばかりだ。
隣のカウンターから気の強そうな受付嬢が助っ人に来たが、男は全くもって退こうとする気配がない。周囲の視線も集まるばかりだ。
「おお! これが冒険者の諍いってやつか。初めて見たぞ」
「何言ってるのよ、冒険者さん。……ケトの事、ちょっと見ててもらっていい?」
能天気なガルドスに突っ込みを入れて、エルシアはカウンターへ近づいた。
「また面倒事に首突っ込む気かよ」と後ろから聞こえた声は無視して、騒ぐ男に歩み寄る。左手で髪を結ぶ紐をほどいて軽く頭を振ると、亜麻色の癖っ毛がふわりと靡いた。
「まずは話を……」
「こっちはツケがたまってるんだ! そうやって稼ぎを減らされちゃあ、たまったもんじゃねえんだよ!」
ブランカの常連さんはまともで良かった。傍若無人な言動に呆れつつ、エルシアは男の肩に手を置く。ツンツンと髪を立たせた男は意外と若い。勢いで押し切ろうとでもしていたのだろうか。
「ね、冒険者さん?」
「ああ!?」
お仕事モードの笑顔を全面に。威圧するような言動に怯える筋合いはないが、殴られでもしたら敵わない。すぐに飛びのくことができるように警戒しながら、明るい声で話しかける。
「取り込み中にごめんなさいね。話の中身が聞こえちゃって……」
「割り込んでくるんじゃねえ! 何だよ姉ちゃん!?」
「そうカッカしないでよ。ドンと構えてる方が女の子からの受けがいいわよ?」
「ケンカ売ってんのか、お前!?」
殴りかかってこないことを確認して、ずいと顔を近づけると、気おされたように男がたじろいだ。間髪入れずにまくし立てる。
「きっと貴方にも事情があると思うの。でも、ここであんまり騒ぐと悪い意味で注目を集めるわよ。せっかくなら部屋を準備してもらってゆっくり話を聞いた方が良いと思わない?」
「そりゃ、そうかもしれないけどよ」
「よし決まりね。受付さん、裏の空き部屋か何か、貸してもらえない?」
目を瞬かせている職員にそう告げる。「おい、勝手に決めんな!」という男の怒鳴り声は耳に蓋だ。
「え、……あ! す、すぐに準備します」
突然の乱入にしばし戸惑っていた職員たちだが、何かに気付いたように目を丸くしてからは早かった。困り切っていた一人がバックヤードに駆け込む。
きっとギルドの職員としても、渡りに船だと気付いたのだろう。別室に連れて行ってしまいさえすれば、後はギルドマスターなり、強面の職員なりを呼んできて叩き出してしまえば良い。
うぬぼれ半分かもしれないか、エルシアは自分がどういう風に見られているのかそれなりに自覚しているつもりだ。たじろく男にウインクを一つ。よし、この場の主導権は取った。
「突然何なんだよ、あんた!」
驚きから立ち直った男がエルシアにくって掛かる。「まあまあ」と宥めていると。先程助っ人に来ていた職員がカウンターから外に出てきた。活発そうな瞳に、編み込まれた髪。愛嬌のある女性だ。
「部屋を用意しますから、詳しい話はそこで。いいですね?」
「ったく、分かったよ」
エルシアも頷いてバックヤードへ。ブツブツとぼやく冒険者を宥めすかして廊下を歩くと、先に見るからに大柄な男が立っているのが見えた。
「げっ! 何で”用心棒”がいるんだよ!」
「何でもなにも、お話を聞くんですよ、お客様?」
「ふざけんな、よくも騙しやがったな!」
途端に身を翻した冒険者が、脱兎のごとく元来た道を駆けだす。殿を歩いていたエルシアを突き飛ばし、まっすぐに入口へ。
「うわっ! まったく、往生際の悪い!」
慌てて男を掴もうとした手は空を掴み、エルシアが思わず歯ぎしりする。しかし途端に、冒険者がその場にすっ転んだ。
「そこまでにしとけよ、まったく」
エルシアの視線の先。男に足払いを掛けたガルドスが機嫌の悪そうな顔をして、倒れた男に悪態をつく。大男の影からケトがぴょこりと顔を出していた。
―――
「助かったわ! 改めてお礼を言わせて」
暴れん坊を”用心棒”さんと一緒に部屋に放り込んだ後、エルシア達はロビーに戻ってきていた。テーブルを一つ借りて腰かけると、すぐさま助っ人受付嬢が頭を下げる。エルシアはニコニコと笑っているが、後ろのガルドスは呆れ顔だ。
「いえいえ、私も職業柄、気持ちは痛いほど分かるから」
「そう言えば、あなたたち見ない顔ね? ……と言うかその服って」
まじまじと観察する受付嬢の視線がエルシアの服で止まる。白のブラウスに紺のアクセント。華美に過ぎず、かといって地味でもなく。独特の雰囲気を醸し出すその服。
「もしかしなくても、どこかの町のギルドの職員さんよね?」
「ああ、ごめんなさい、自己紹介が遅れたわ。私はエルシア。ブランカの町の職員なのよ」
先程男に向けたものとは全く別の、柔らかい微笑みを浮かべてそう言うと、王都の受付嬢は目を丸く見開いた。
「うっそぉ! エルシアってあの!?」
「な、何、どうしたの?」
そんなに驚かれるとは思わなかった。理由に心当たりがなくて反射的に問いかけると、ずずいと詰め寄られて、内心慌てる。
「私よ、私! オーリカ!」
「へっ? オーリカって……」
どこかで聞いたような名前に首を傾げた瞬間。かちりとエルシアの頭の中で歯車がかみ合ったような気がした。
「ああーーっ! 王都のオーリカさん!?」
「やっぱり! ブランカのエルシアさんって、あなたなのね?」
互いに驚きの視線を見合わせる。
ブランカを担当するギルド本部の担当者。
つい最近盛大にやらかして反省文を書いたエルシアに、励ましのメモを送ってくれた顔も知らない担当者。
「ま、まさか会えるなんて思っていなかったわ。でもそっか、王都のギルドならいて当然ね」
「来るなんて聞いてなかったわ。ブランカからだと結構距離あるでしょ? どうして王都に?」
「仕事とは違うんだけれど、ちょっと訳ありでね」
突然盛り上がりだした二人に、ガルドスが度肝を抜かれたような顔をしていた。その背中越しに、ケトがちょこんと顔を出している。ふと向けられたオーリカの視線が、こっそり様子を窺う少女と合う。
「王都のギルドは随分と恐ろしいところね」
「そう? ああいうことはちょいちょいあるのよ。さっきは運悪く新人さんが当たっちゃったからねえ」
もう一度、心の中でブランカの常連がまともな人ばかりなことに感謝する。もしかしてオーリカはああいう諍いに慣れっこなのだろうか。マスターやマーサに良いお土産話ができた、などと考えている向こうで、オーリカは苦笑を浮かべていた。
「特に最近はねえ。あちこち色々と物騒だから、みんなピリピリしてるのかも」
「物騒?」
「ほら、去年くらいからずっと騎士団が南に出張ってるでしょ? そっちの噂が最近すごくて。それに北は北でスタンピードだらけ。ちょっと異常よね。ブランカも大変だったんでしょ?」
「南って……?」
なんだそれはと首を傾げたガルドスと、目を瞬かせるエルシアの顔を見て、オーリカは驚いたようだった。
「もしかして、騎士団の話、知らなかったりする……?」
ガルドスは首を横に振り、エルシアは「う、噂くらいは……」と目を逸らした。ブランカでは旅人から時折噂を聞くくらいしか情報を得る手段がないのだ。何となく流行に乗り遅れた田舎者の気分だ。いや、まさしく田舎者ではあるのだが。
しばし目を丸くしていた王都の受付嬢は、ずいとテーブルの上に身を乗り出した。声のトーンを少し下がる。
「王国騎士団ってのが普段王都にいるんだけどね、今は南の海沿いに派遣されてるの。それ自体はよくあることなんだけど、今回はもう一年近く戻ってきてなくてね。今もマイロって港町にいるはずよ」
「マイロって、王妃様のご実家がある町じゃなかったっけ?」
この国の王妃は、確か元々港町の男爵家出身のはずだ。
もう十五年以上前の話になるが、貴族の中でもあまり位の高くない娘と国王の身分違いのラブロマンスは結構有名で、エルシアでも知っている。なんならそれを元にした劇も作られた程だ。それこそ、どこまでが本当の話か分かったものではないが。
「そうそう、そのマイロ。でね、それからしばらくたって、どうやらその近隣で不穏な動きがあるんじゃないか、騎士団が戻ってこないのはそのせいなんじゃないかって、噂が出てきたの」
「不穏な動きって?」
ガルドスも興味深々で机の上に身を乗り出した。ケトが静かなのにはもちろん理由があって、今飲んでいる”レモネード”なる飲み物に夢中なのだ。
オーリカはいよいよ声を潜める。
「それがね、さっぱり分からないの。ある人は海の向こうから他国が攻めてきたっていうし、ある人なんか龍が襲ってきた、なんていうのよ?」
「なんじゃそりゃ?」
「でも、一番良く聞くのは、龍神聖教会が国の転覆をもくろんでるって噂ね。教会の本拠地も海沿いの町だし、それこそこの国と教会は昔から仲悪いじゃない? ま、それもみんな想像でしかないけどね」
肩をすくめたオーリカだったが、エルシアは口元に手を当て考える。隣でケトが空になったカップを眺めていた。
「それってホントに噂だけなの……?」
「えっ?」
「それが全部噂でしかないなんて、おかしいわ。何なら南の町のギルド職員から報告書だって届くでしょうに……」
ふと隣から、物欲しそうにチラチラと送られる視線に気付いた。微笑みながら、自分のカップをケトに渡すと、少女はぱっと花開くような笑顔を見せた。
そんな二人を目にしながら、オーリカはどこか嬉しそうに手を組んだ。何だか噂話をするときのミーシャにそっくりだ。
「良く気付いたわね、さっすがエルシアさん。報告書細かいだけあるわ!」
「えっ?」
「ぶふっ」
隣で噴き出したガルドスを睨みつけてから、エルシアは恐る恐る聞いてみた。
「そ、そんなに細かい……?」
「ま、気にしちゃダメよ! それで、さっきの話だけどね、実は情報統制がかかってるんじゃないかって……」
「ちょっとオーリカさん! なんで流しちゃうのそこ!?」
「おいエルシア、オーリカさんが今なんかやばいこと言ってたから、後でな」
ガルドスにたしなめられるのは大変に不本意だが、仕方ない。話を続けてもらおうかと、咳払いを一つ。
「コホン、どうぞ続けて」
「じゃ遠慮なく」
ケラケラ笑っていたオーリカが姿勢を正した。
「少なくとも夏前あたりからかな。マイロやその近辺から届けられた書類は全部、先に城に回すようにってお達しが来たのよ。ギルドの報告書はもちろんだし、その他にも費用申請書とか、登録者名簿とか、いろんな書類のほとんどがね。全然こっちに帰ってこないから、仕事が進まないのなんの」
「それは何とも……」
「きな臭せえなあ……」
エルシアはガルドスと目を合わせた。
そう言えば、春先のスタンピードの後でロンメルがぼやいていたっけ。王都の騎士団は別の場所にかかりっきりで、復興の人手が借りられなかったと。
それを聞いた時に、正直エルシアはほとんど気に留めていなかった。ブランカは隣町から既に援軍を呼んでいたから、実際に人手不足で困るようなことはなかったし、他に考えるべきことが山ほどあったのだ。
けれどもこうも話が重なると、気にならざるを得ない。
「まあでも、あたしたちに関係あるような話じゃないけどね。相手が龍だろうと、教会だろうと、もし本当に戦争になるなら、もっと大騒ぎになってるはずだもの」
表情を曇らせた二人を見ながら、オーリカはそう言ってカラカラと笑ったのだった。




