保護者の真髄 その3
近づけば近づく程、その威容に圧倒される。
またしても大量のフォークに頭を悩ませたこと以外は、つつがなく朝食を済ませることができたケト。
彼女はお気に入りの紺のワンピースに身を包み、またしても馬車に揺られていた。
今日乗っている馬車は、ブランカから乗ってきたものよりも少し小さいものだ。代わりにと言うべきか、華美な装飾が多い。聞くところによると登城専用の馬車なのだそうだ。行く場所によって馬車を変えるのかと、目を真ん丸に見開いたのは内緒である。
「もうすぐだ。内壁を超えれば、我が国が誇る王城の敷地内に入る」
「ないへき?」
「ああ、目の前に見える城を囲む壁のことだ。王都には二重の壁があるから、呼び方を変えていてね。王都自体を囲む”外壁”と、その内側にもう一重、城を囲む”内壁”」
ケトが「ふうん」と気のない返事を返すと、アルフレッドは苦笑した。「おい、ケト」とガルドスにたしなめられ、ようやく目の前の人がとてつもなく偉い人なのだと思い出す。
慌てて視線を戻し、「ごめんなさい」と頭を下げると、アルフレッドは可笑しそうに笑っていた。
「いや、気持ちは分かるよ。壁の上から本城と塔が見えているからな。心ゆくまで見ていると良い」
「ほんと!? ……ですか?」
とってつけたような敬語に、ガルドスまで笑いだす。恥ずかしくて顔を赤くしながら、ケトは隣の姉の様子を窺った。
エルシアはここまで来て何故か、ギルドの職員の制服を身にまとっていた。確かに似合ってはいるが、お城に行くときの格好ではないのではと、流石のケトも不思議に思う。
唯一のおめかしと言えば、普段は背中に流している髪を後ろで一つにまとめていることくらいだろうか。ただ、これをお洒落と言えるのかどうかは微妙なところだ。むしろ幾分地味に見えるくらいである。
しかし何よりケトを不安にさせるのは、エルシアから漏れ出る緊張と警戒心だ。
普段、猫を被っているときの姉の心は、ケトの力をもってしても視通すことが難しい。恐らく今もそれは変わらないはずなのに、隠しきれない感情の波を感じ取れる。それはつまり、エルシアが酷く緊張しているということ。
これから会う相手に対して、ケトは挨拶以外何も喋るなと言われている。話は全てエルシアとアルフレッドがするから、口を開かずそこにいれば良いと、姉はケトに微笑んでくれた。
ちなみに服装については一瞬で許しを得ることができた。そのせいでお召し物を着込んでいたガルドスがまたしても普段着に着替える羽目になったのは予想外だったが。
その後からは、エルシアとアルフレッドがひたすら話し込んでいた。
どうやら、二人はこれから"ケトに力なんてありませんよ"と嘘をつくらしい。その嘘がバレないための打合せなのだそうだ。
二人に迷惑をかけているような気がして申し訳なく感じるのも事実だが、さりとてケトには内容がさっぱり理解できない。ガルドスと二人、話が終わるのを大人しく待つことしかできなかった。
「アイゼンベルグ家、アルフレッド様と確認しました。お通りください」
「ありがとう」
馬車の外からそんな声が聞こえ、ケトは意識を馬車の外に向けた。いつの間にか城の正門にたどり着いていたようだ。立派なフルプレートメイルを身に着けた衛兵が、御者の差し出す身分証を見ていたのだと気付く。
隣には徒歩でやってきたであろう人の長蛇の列。先頭まで待った後、衛兵たちの手によって、荷物の中までくまなく見分がなされている。
ガルドスがこそっと呟いた。
「本当はさ、あの列に並んで検査を待たないと入れないんだぜ? 俺たちは領主様の家の関係者として、今回は特別に免除なんだと」
「ふうん」
確かに、あの列に並ぶのは骨が折れそうだ。先頭の商人らしき人は、兵士に体をぺたぺた触られているし。あれは武器を隠し持っているかどうかの検査なのだそうだ。
列の真横をすり抜けていくのは、ちょっと得したような、ズルしたような不思議な気分だった。
壁の下をくぐると、ケトの視界が一気に開けた。
「ふあああ!」
ケトは思わず大きな声を上げる。ガルドスも隣で「すげえ……」と呟いていた。
二人の視線の先に、巨大な宮殿がそびえ立っている。白亜の外壁に翡翠色の屋根。最も高いドームを中心に左右対称のシルエットを刻むその姿は、まさしく国の中心に相応しい姿だ。
周囲を見渡せば、統一された色彩の尖塔があちこちに突き出している。
「ここが、お城……!」
「真ん中にある一番大きな建物が本城だ。国王陛下の御座す場所だな。その両脇に東と西の支城。周りに一から六の塔が配されていて、本城の裏手には練兵場や……」
ケトはアルフレッドの解説など聞いていなかった。その視線はあちこちを見て回り、口が半開きなことにも気付かなかった。
この間買ってもらった絵本にもお城は登場するけれど、その挿絵よりもずっとすごい。
建物の装飾に、石畳が敷き詰められた道。庭園には美しく整えられた草木が出迎える。ケト達が通ってきた正門の前をはじめとして、あちらこちらに噴水が設置され、秋の日差しをキラキラと反射する。
「すごい! 見て見てシアおねえちゃん、お城すごいよっ!」
風景に目を奪われながら、エルシアを呼ぶ。
お城にも、お姫様にも、絵本を読んだ時から憧れていたけれど、正直ここまでだなんて思っていなかった。
だから、その時のケトは気付くことはなかったのだ。
ケトの肩越しに城を見つめるエルシアの瞳に、隠しきれない激情の炎が渦巻いていたことに。
―――
王城に入ったケトは、先程とは打って変わって静かに控室のソファに座っていた。エルシアの隣で姿勢を正して、声がかかるのをまんじりともせず待つ。
「そこまで緊張する必要はないのだが……、そうは言っても難しそうだな」
対面に腰かけるアルフレッドは苦笑して茶をすするが、ケトはもうそれどころではない。ドキドキが最高潮に達していた。
当たり前だ。これから会う人はすごく偉くて怖い人。それが何故かケトと話をしたいと言っているのだから。
隣のエルシアが手を握ってくれていたが、その表情もやはり硬い。
ケトの全身がピリピリする。比喩でもなんでもなく、ケトには姉の緊張が、肌を刺すように感じられた。
王都に来てから、いやアルフレッドがブランカのギルドを訪れた時から感じる、怯えと敵意の入り混じった何か。ブランカにいるときには全く感じなかったその雰囲気を、エルシアからずっと感じているのだ。
自分の服の裾を引っぱる。紺の地に白い刺繍の入ったワンピース。ケトが持っている洋服の中では一番良いものだが、城の廊下ですれ違う人々は皆、こちらに視線を向けてきた。
こうして見ると、今朝の侍女の申し出をどうして断ってしまったのか不思議だ。王城の中の様子までは、流石のエルシアも想像がつかなかったのかもしれない。
アルフレッドが侍従の一人と何事かを話した後で、こちらを見る。いよいよ来たのだとケトは気を引き締めた。
驚くほど高い天井を見上げながら歩く廊下には、何故か妙な圧迫感があった。蝋燭は全て消えているにも拘わらず、全く暗く感じないのは大きな窓のお陰だろうか。いや、天井が薄ぼんやりと光っているようにも見える。
あまりキョロキョロする勇気も持てず、大人しく続く一行。
向かっているのは騎士団長の執務室だった。先導する侍従がドアの前で止まり、一行を振り返る。
複雑な飾りが施された、重厚な樫の扉。ノッカーも凝っていて、馬蹄を象ったそれを、アルフレッドが打ち鳴らした。
「入れ」
中から声が響く。アルフレッドは振り返り、エルシア達を見回してからドアをゆっくりと開けた。
豪奢な絨毯、シミ一つない壁。それは他の部屋と変わらない。
だが、調度品の類はほとんどなく、代わりに鎮座する机や棚は、どれも武骨で頑丈そうなものだ。壁に飾られている剣と盾はどう見ても儀礼用ではない。きっとガルドスが使うロングソードよりずっと上物なのだろう。磨き上げられた刀身には、まるで鏡のように、部屋の様子が映し出されていた。
部屋に足を踏み入れると、油と松脂の入り混じった匂いがかすかに感じられた。なるほど、これは確かに騎士の部屋だ。
その部屋の奥、大きな執務机に男が一人佇んでいた。
金の飾緒が目立つ、濃紺の礼装。白髪交じりの髪を丁寧になでつけて気品を感じさせる一方、その体は服の上からでも鍛え上げられた戦士のそれだとわかる程だ。
後ろに直立不動の姿勢を取る若い騎士を二人付き従え、男はじろりと入ってきた四人を見た。
「お待たせいたしました、グレイ侯爵閣下」
「よく来てくれた。……やはりお前がついてきたか、アルフレッド」
「我が領民ですから当然のことです」
値踏みするような視線を受けながら、ケトは隣のエルシアに倣ってぎこちなく頭を下げる。騎士団長だという男から、痛いほどの視線を受けるのを感じていた。何とも居心地が悪く、もぞもぞと体を動かす。
「ほう、例の少女というのはその銀髪の娘のことか?」
「はい。名をケト・ハウゼンと申します。後ろの者はその関係者です」
「そうか。そこの者達、面をあげて良いぞ」
横目でエルシアを窺えば、彼女も顔を起こしていた。
大丈夫だと判断したケトが顔を上げると、騎士団長の鋭い目と視線があって、ピクリと肩を震わせる。許されるならすぐにでもエルシアの影に隠れたい気分だ。
「見た目は本当にただの娘なのだな。噂からは筋骨隆々なオーガのような姿を想像していたのだが」
「閣下。曲がりなりにもレディにそのようなお言葉は……」
「ふむ、女性に向ける言葉ではなかったな。非礼を詫びよう」
騎士団長はマントをなびかせて立ち上がると、つかつかと歩み寄ってきた。皺交じりの強面の男に覗き込まれ、思わず一歩後ずさりしたくなるのを、ケトはぐっとこらえる。
「ケトとやら、まずはご苦労だった。アルフレッド卿の護衛に着けた隊から、道中で襲撃を受けたと報告を受けている。大事なかったか?」
「えっ、あっ……、えっと……」
どう答えていいか分からず口ごもった少女だが、すぐに騎士団長は続けた。
「そうか、まだ名乗っていなかったな。私はグレイ・バッセル・フラジェールと言う。この騎士団の長を拝命している者だ」
「え、ええと……、ケト、です。こうしゃく様」
つっかえながら答えたケトの頭のてっぺんからつま先まで見て、グレイ侯爵はアルフレッドに問いかけた。
「それで? この者は噂に違わぬ力を持っているのか?」
「検査はこれからですので、今はまだ何とも申し上げられません。まずは王都到着のご挨拶で伺ったのです」
「そうは言っても、例のスタンピードでの活躍が本当かどうかくらい、分かるだろう?」
「無用な先入観はできるだけ排した方が良いかと思いまして。それこそ今回の話も噂が発端なのですから」
「……あの、少しだけ発言をお許しいただけますでしょうか」
たじたじになったケトに助け舟を出してくれたのは、やはりエルシアだった。強面の視線がケトから離れ、少女は密かにため息を吐いた。
「君は?」
「この子の姉をしている者です」
グレイ侯爵は眦を上げた。
「姉?」
「はい。ケトには身寄りがありませんから。私が姉妹の契りを交わして、ケトの保護者を」
値踏みするような視線がエルシアに注がれる。その視線をまっすぐに受け止めた彼女は、軽く頭を下げた。
「ふむ、では君に聞こうか。ケト・ハウゼンについて、並外れた力を持っているという噂がある。その真偽について、近しい者から話を聞きたいのだ」
「畏まりました。……その、どこから話せば良いか」
しばし悩む様子を見せたエルシア。やがて一つ一つ確かめるように、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「ケトは、確かに同じ年頃の子よりも力の強い子です。水汲みだっていとも簡単にこなしますし、冒険者に貸してもらった木剣を振り回して怒られたこともありますし……」
ケトはエルシアを見上げる。確かに彼女の言うことに間違いはないが、何だろう。どことなく子供のいたずらについて話をしているように聞こえるのは口調のせいだろうか。
「スタンピードの時ですが、確かにこの子は言いつけを破って戦場に出たと聞いています。私はその時、ギルドの職員として町の人の避難に当たっていました。実際のこの子を見ていないので、あまり自信を持っては言えないのですが……」
「魔法はどうだ? 人によっては、山を穿つ程だと言う者もいるが」
「……少なくとも私は、山を穿つところを見たことはありません。その……、実は今ギルドマスターにお願いをして、この子に魔法を教えてもらっています。護身術として使えるのではないかと考えたのと、後は単純に私の興味本位で魔法と言うものを見てみたかったこともあり……」
嘘と本当を織り交ぜて、エルシアは語る。核心に触れない理由を自らの無知に押し付け、自信がなさそうに、緊張を表に出して、自分の言葉を確かめるように。最後には少し恥ずかしそうに俯く。その話の流れは、朝の席でアルフレッドと話し合っていたものだろう。
「ギルドマスター? ブランカの冒険者ギルドは誰が担っていたか……」
「ロンメル・ウッドフォードです。元王国騎士団の」
アルフレッドが口を挟むと、グレイは得心がいったように頷いた。
「そうか、北方遊撃隊の翁だったな。一線から引いた後は故郷に戻ったと聞いていたが。……なるほど、奴なら魔法を使うことも、教えることもおかしくない」
ガルドスが目を瞬かせた。ケトもびっくりして目をぱちぱちさせる。まさか、ロンメルが元騎士だったとは。ブランカに帰ったら、色々と聞いてみたいものだ。
「スタンピードの迎撃は、マスターが指揮を取っておりました。ブランカで唯一魔法を使える方ですから、襲撃時にも先頭に立って戦っていましたし」
「スタンピードの時の報告には私も目を通している。その節は援軍が間に合わず、すまなかったな。南に兵を取られているとは言え、民を守る騎士として情けない限りだ」
「いえ! そ、そんな謝っていただくようなことでは……!」
エルシアの補足を聞いて、意外にもグレイ侯爵は謝罪を口にした。彼女が驚いたように目を丸くし、アルフレッドがその後を引き継ぐように、ケトを見やった。
「話を戻しましょう。私もこの娘に話を聞きましたが、彼女が力を振るう場面を見たことがない、と言うのが実情です。であるなら、これを機にきちんとした検査を行い、余計な先入観なしに結論を出すべきでしょう」
「ふむ、言いたいことは分かったが……」
口を引き結んで何事か考え込む素振りを見せたグレイ侯爵は、やがて目線を上げて視線を隣に移した。
「……そこの君、冒険者かね?」
「え? あ、俺、いや私、ですか?」
まさか自分に話を振られるとは思わなかったのだろう。それまでボケっと話を聞いていたガルドスが慌てて背筋を伸ばす。
「そうだ、君の事だ」
「そ、そうです。ブランカで冒険者をやってます。”銀札”の」
「それでは、スタンピードの時にも前線にいたな?」
「はい、いました」
ケトは、緊張のあまりプルプル震えるガルドスを見た。可哀想に、目が泳いでいる。目の前の強面に直接睨まれれば、きっとケトだって同じ気持ちになるに違いない。
「ならば、戦場でこの娘を見たのではないか?」
「俺、じゃなくて……、私は殿にいたし、あ、あの時は無我夢中だったし……」
しどろもどろになりながら答えたガルドスに、訝し気な視線を向けるグレイ侯爵。
彼が口にした言葉は、朝の席でエルシアから言われた台詞そのままだ。嘘にはならないから普通に言えばいいのよ、などとエルシアには言われていたが、大男には荷が重かったのではなかろうか。
ケトが心配そうに見上げていると、アルフレッドの纏う空気がふっと柔らかくなった。
「ガルドス、そこまで固くなることはない。グレイ団長は寛大なお方だ」
その言葉に何を思ったのか、グレイ侯爵も口の端を吊り上げた。いまいち分かりづらいが、どうやら笑っているらしい。
「別に取って食おうという訳じゃないさ。もし目撃していたら、と思っただけだ」
「す、すみません……」
「曲がりなりにも”銀札”なのだろう? もっと自信を持つべきだと思うがな」
「……はい」
大男が肩を縮めて萎縮する様を見て、ケトはモヤモヤする。ガルドスは断じて偉そうにお説教される人なんかではない。スタンピードの時だって、人攫いの時だって、皆の盾になって、あれほど勇敢に戦う人なのに。
「……いずれにせよ、準備が出来次第、検査に入ります。結論はその後に」
「相分かった。しかし、いいのかアルフレッド。元は我々が言い出したことだ。検査ごとき、こちらで行っても良いのだが」
「彼女たちは我が領民です。領主一族として、領民に関わる責は当家にあります。もし何の力もないのであれば、些事で皆様の手を煩わせる訳にも参りませんから」
気負いなくアルフレッド公爵家嫡子と、悠然と構えるグレイ侯爵。交わされる言葉は穏やかでも、その目は全く笑っていない。
ケトはふるりと身震いして、エルシアの袖を引っぱった。
「アルフレッド卿もお父上に似て大概強情だな」
「いいえ、侯爵閣下には負けますよ」
短い言葉で火花を散らした後、グレイ侯爵はケトを振り返った。
「話の通り、検査はアイゼンベルグ家に一任する。しばし、アルフレッド卿の指示に従って検査を受けると良い。騎士団としても、私個人としても、今は人手を欲しているのだ。アルフレッド卿、厳正な判断を期待しよう」
「はい、グレイ侯爵閣下」
アルフレッドが再度頭を下げ、エルシアが続く。ケトも姉に続いて頭を下げながら、話の流れから、ようやく謁見が終わることを察した。
「お任せください。検査結果は改めてお伝えしますので、本日はこれで」
「ああそうだ、最後に一つ」
ようやくこの部屋から出られる、とケトが安心したと言うのに、出口に向かい始めた一行の背中に騎士団長の声が掛けられた。
「いかが致しました?」
「大した話ではない。そう身構えるな。ケトの保護者の娘、名を聞いていなかったと思ってな」
ほんの一瞬、エルシアの両肩が強張った。それに気付くことができたのは、ケトがエルシアと手を繋いでいたからで、傍目に見たら気付く者はいないはずだ。
「私、ですか……?」
恐る恐る振り返って、エルシアが問いかける。彼女も顔合わせが終わると思って、緊張が緩めていたのかもしれない。
「他に誰がいる?」
「そ、そうですよね、あはは……」
ケトは首を傾げる。エルシアの返答が妙にぎこちない。ケトとしては、立っているだけで疲れるこの部屋から一刻も早く出たいのに。別に考え込むほどの事でもないだろう。先程ガルドスをバカにされたせいでちょっと怒っていたケトは、思わず口を開いてしまった。
「シアおねえちゃんって言うんだよ、こうしゃく様!」
口に出した瞬間、エルシアの動きが止まる。
何か変なことを言っただろうか? あ、シアおねえちゃんはケトだけの呼び方だ。名前じゃなかった。
「も、申し訳ございません、この子ったら無礼な口を……!」
慌てた様子のエルシアに口を押さえられて、更に気付く。そうか、丁寧な言葉遣いで話さなくてはいけないのだった。もしかしたら、強面を怒らせてしまったかもしれない、と少し背筋が寒くなる。
だというのに。
どうして、シアおねえちゃんはホッとしているんだろう?
幸いにして、グレイ侯爵は笑っていた。
「そうか。シアとやら、アルフレッド卿と話をしたのだろうが、中々に頭が回るようだ。お前の名は覚えておこう」
「き、恐縮です。閣下」
そうしてケトは姉に手を引かれて、半ば逃げるように部屋を後にしたのだった。




