ケト招集 その5
襲撃を受けた後で、予定していた進路をそのまま使う馬鹿はいない。
当初、進路上の宿場町で手配していた宿は使わず、アルフレッドは一行に野営の準備を命じた。
もちろん夜襲の危険こそ増えるが、それも考慮した上でこちらはかなりの戦力を連れてきた。土地勘のない町で暗殺や誘拐を警戒するよりも、野営の方がいくらかマシというものだ。
田舎町から少女一人を連れてくる。その目的からすれば過剰ともいえる物資を積み込んだ荷車の中には、野営道具の一式だってある。
夕日が照らす中、てきぱきと準備を進める部下を横目に、アルフレッドは一人で一行から離れ、野営の水源として目星をつけた小川に向かった。護衛隊長の目を盗んでの行動だ。あまり時間はかけられない。
敵襲に備え、見晴らしの良い草地を野営地と定めたせいで、一行の目から隠れるのも一苦労だ。もっとも、アルフレッドがこれから会う男にとっても、潜みにくいという点で苦労を掛けることになるのだが。
延々と広がる緑の中、ようやく川べりまでたどり着いた彼は、ため息を吐いた。
そうだ、先程の戦闘で馬車に搭載しておいた防御魔法を起動したのだった。容器に水を補給しておかなければならない。精製した浄水ではなく、川の水をそのまま補充すると魔法の効率が著しく悪くなるが、背に腹は代えられない。
周りを注意深く見渡す。近くに人影がないことを確認してから、アルフレッドは呼びかけた。
「コンラッド、いるか」
「はい」
気付いた時には、アルフレッドのすぐ後ろ、何もない場所に滲み出るように一人の男が佇んでいた。初秋とは言え日中はまだまだ暑いというのに、黒ローブのフードを目深に被るその姿は、紛れもなく”影法師”のものだ。
金髪の青年は、突然現れた隠密にも驚くこともなく問いかけた。
「……どこから出てきた?」
「そこの茂みに。今夜は潜むのに苦労しそうです」
確かに黒ローブが指し示す方には小さな低木があった。先程アルフレッドがすぐ隣を通った場所だ。全然気付かなかった。その腕は流石と言う他ない。
「苦労をかけるな。それで、どうだ?」
「待ち伏せされたと見て間違いないでしょう。ただし、襲撃者の死体からめぼしいものは何も。襲撃位置、練度、連携から推測するに、敵にとって、今回の我々の動きは想定外だったようです。慌ててかき集めた寄せ集めの集団でした」
アルフレッドは不機嫌な顔で足元を見つめた。
「……寄せ集めとはいえ、待ち伏せくらいのことはして見せるのだから侮れないな。我々があの娘に接触してから、まだそう時間が経っていないのにこれだぞ? 死体の身元は分かっているのか?」
コンラッドと呼ばれた男は、フードで表情を悟らせない。報告する口調も感情を悟らせない淡々としたものだった。
「全員が冒険者でした。”銀札”が二名、”銅札”が一名。他は”鉄札”以下です。ギルドカードの所有も確認しています。複数の町から集められているようですが、共通点としては……」
「スタンピードの被害を受けた町や村から来ている、だろう? ならば、彼らは本当に捨て駒に使われたに過ぎん」
フードの下で男が頷く。アルフレッドは考えをまとめるように続けた。
「やはり情報が洩れているな。王都か、ブランカか。いずれにせよ、我々がケト・ハウゼンを確保した今、状況が大きく動き出したと見た方が良さそうだ。王都に近付くほど敵も手出ししにくくなるからな。今夜襲撃がなければ、少しは安心できるだろう。正規の護衛も連れてきたが、所詮は騎士団長からの差し金、信用しきれる訳ではない。”影法師”達には、改めて野営地の護衛と偵察を頼む」
「かしこまりました」
コンラッドが頭を下げたのを見ながら、アルフレッドは一つの顔を脳裏に浮かべた。何となく不吉な予感のする女。そう、こちらも命じておかなければ。
「ああ、それと……」とアルフレッドが言いかけた時だった。
コンラッドに突然緊張が走った。彼は腰のロングソードに手をかけ、低い声で囁く。
「アルフレッド様」
「どうした」
「何者かがこちらに。単独です」
サクサクと草をかき分ける音が、アルフレッドの耳にも聞こえた。ちらりと茂みの向こうを窺ったコンラッドが再度呟いた。
「敵ではなさそうです。あれは、……エルシア嬢?」
「”白猫”の保護者か。何しに来たんだ?」
噂をすればなんとやら。話題にあげようとしていた女が近づいてきたと聞いた青年は、訝しげな表情を浮かべて命じた。
「……コンラッド、一度下がれ」
「今は人目がないと判断したのかもしれません。危険です」
「お前が偵察していた間、妙な動きはしていなかったのだろう? 非力な小娘相手であれば、私であっても遅れは取らんさ。……それに恐らく用件は別にあるはずだ」
その可能性には気付いていたのだろう。黒ローブは渋い顔をして忠告した。
「……うら若き乙女と二人きり、などと広まれば、格好の噂の種になることもお忘れなきように」
「ああ、それは非常に困るな。注意しよう」
隣の男が音もなく消えたのを確認して、アルフレッドは襟元を引き寄せてから、わざと音を立てて歩み出した。
―――
「何かお探しかな、レディ」
突然横から声をかけられて、エルシアは心臓が縮み上がる思いをした。
思い切り身をすくめ、バッと声のした方を振り向く。
そこには美丈夫が立っていた。夕日に照らされて輝く金髪が眩しい。なんだかとても嬉しくない。
いずれにせよ、探し歩いていた人間が見つかった。
理由は分からないが、あれほど身分の高い人間が一人で出歩くなんてことは早々ない。話をするにはまたとない機会だった。
「お、驚きました……」
「失礼、野営地から離れているのに姿が見えたので、思わず声をかけてしまった。どうかしたか?」
整った顔に柔和そうな表情を浮かべ、アルフレッドが甘く微笑んだ。
女性なら誰しもくらりと来そうな微笑みだが、エルシアには分かる。あれは相手からどう見えるか計算しつくした表情だ。
一時期、自分も同じような表情ができるよう、実践しようとしたことがある。当時は鏡なんて貴重品も手元になかったから、雨上がりの水たまり相手ににやにや笑いかけていたっけ。ガルドスに見られたのは思い出したくない過去だ。
深呼吸を一つ。さっさと本題に入ろう。
「アルフレッド様。その、お聞きしたいことがありまして。妹の前でできる話ではなかったので、このような無礼を働きました。どうぞお許しください」
「君は言葉遣いこそ柔らかいのに、口調にはいつも棘があるな。……それで? 聞きたいこととは?」
その言葉に、アルフレッドは苦笑を返した。
エルシアだって計算しているのだ。あえて棘があるように見せて、まずはアルフレッドの甘い仮面を引っぺがさないと話にならない。
「王城は、ケトをどうされるおつもりなのでしょうか」
「……それはまだ分からないと伝えたはずだが?」
いきなりの質問に、返されたのは予想通りの答え。エルシアは間髪入れずに畳みかける。
「そのような建前ではなく、本当のところをお聞きしたいのです。私にだって、先程の賊がただの野盗の類ではないことは分かります。王都の皆様が、ケトの力についてある程度の確証を持っていることも想像がつきます。その上で話がしたいのです」
そこまで言って、ようやくアルフレッドの雰囲気が変わった。完璧な笑顔を消し、エルシアをじっと見つめてくる。
「こういう言い方は、あまり好きではないんだがな……。一応、私は貴族で君は平民だ。敬意を払えとまでは言わないが、そこまで敵意をむき出しにして話されるのは気分が悪い。私が何かしただろうか。相手によっては罰されても文句は言えないぞ」
しかし、「だが」と続けるアルフレッドは何故か楽しそうだった。エルシアの背中に冷や汗が浮かぶ。
「君はどうやら頭が切れるようだ。良いだろう、今この場でなら発言を許そう」
人前ではやるなよ、と付け加えた貴公子。彼は鋭い視線をエルシアに向けた。
「……ありがとうございます」
警戒しながら答えるエルシアに、アルフレッドは笑った。
「私も庶民の赤裸々な意見を聞く機会は少ないからな。アイゼンベルグの家名の前では皆取り繕ってしまう。その点君は遠慮がなさそうだ。……ただし、これだけは言っておく。私はあくまで話を聞くだけだ。検討するかどうかは別問題として捉えてもらおう」
夕日が徐々に陰りだす。もうすぐ日の入りだ。普段は嫌いな暗闇だが、この時ばかりは感謝したい、とエルシアは思った。お陰で顔色を悟られずに済む。
こちらはアルフレッドが来る前から、ずっと考えていたのだ。
エルシアの目的は、目の前の青年に話を聞いてもらう程度では果たされることではない。だが、自分が願いをかなえるためには、何よりもまず、権力と言う力が必要なのだ。
それには最初に、目の前の青年に自分の考えを認めてもらう必要がある。エルシアの思考に、一考の価値ありと思わせなくてはいけないのだ。
そのための論理を、この青年の前で展開すること。それこそがエルシアがなすべき唯一のことだった。




