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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第一章 看板娘は少女を拾う
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スタンピード その1

 スタンピード。


 人々が恐れる”災害”である。

 魔物が集団で暴走を起こし、人里に押し寄せてくることを指す。一度勢いのついた魔物たちは先に何があろうとお構いなしに進み、畑も村も町も、数の暴力で押しつぶされるのだ。


 対抗するには相当の準備が必要だ。

 中には王都から騎士団一個大隊を派遣して、大きな被害を出しながらも何とか抑えたなどという記録も残っている。準備が間に合わなければ、その町は地図から消えるだけ。


「山にものすごい数が集まってやがった! 先頭はもうこっちに進みはじめているぞ! 奴ら、ブランカを襲うつもりなんだ!」

 

 スタンピードなんて、エルシアも話でしか聞いたことがない。思わず状況を聞こうとして、すぐに考えを改めた。カーネルの話が本当ならすぐにでも町が襲われるかもしれないのだ。彼に説明を何度も繰り返させるなんて、まどろっこしいことはやっていられない。


「ちょっと待ってて、すぐにマスター呼んで来るわ! ミーシャ、悪いんだけど下からマーサさん呼んできて!」

「わ、分かった!」


 ミーシャの返事を背に、エルシアは階段を駆け上がった。診察室を通り越して二階の奥へ。所長室と書かれた看板が掛けられているドアを乱暴に叩く。


「マスター! 入るわ!」


 返事を待たず、質素なドアを開けた。

 応接室にもなるギルドの長の部屋だが、お世辞にも綺麗とは言えない。

 真ん中に年期の入った執務机、手前に応接用のソファ。いずれにも書類が山と積まれている。隅には暖炉が備え付けられているものの、温かいこの時期に火を入れる必要はないので埃を被ったままだ。


「どうしたんじゃ、そんなに血相を変えて」


 執務机では小柄な老人が書類に埋もれていた。

 最近めっきり量が減ってきた白髪が目を引く。かつて王都の騎士だったというその面影はあまりないが、この辺境の荒くれ者どもを束ねるギルドマスター、ロンメルである。

 エルシアにとっては幼い頃からの付き合いだ。今でこそ上司ではあるが、どちらかというとおじいちゃんという感覚が強い。


「スタンピードだって、カーネルさんが戻って来たの。かなり近いって」


 ロンメルが眉を上げた。


「スタンピード? この季節にか」

「ええ、詳しい話はこれから聞くところ。私、鐘を鳴らしてから下に行くわ」

「分かった。すぐ行こう」


 外見とは裏腹に、老いを感じさせずさっと立ち上がったロンメル。彼に頷くと、エルシアは隣の倉庫部屋へと向かった。ガラクタだらけの倉庫の奥にある、小さな梯子へ向かう。

 この建物の屋上には大小二つの鐘が設置されている。普段は使うことのないそれは、有事の際の警報として鳴らすためのものだ。この鐘を鳴らすこともまた、ギルド職員であるエルシアの仕事だった。


 屋上に上がったエルシアは北の山々を見渡してみる。三階建ての建物くらいはある防壁が視界を遮っているせいで、町の外はよく見えない。それでも、向こうの山脈にじっと目を凝らした。

 魔物たちはもう森の中に潜んでいるのだろうか。

 見える範囲では魔物の姿を見つけられないまま、エルシアは鐘の横から垂れるロープに手を伸ばした。そのままロープを思い切り引く。


 静寂(せいじゃく)を割って、甲高い音が響いた。

 日常を壊す音だ、とエルシアは思った。小さい方の鐘だけをガンガン鳴らす。町に危険を知らせる合図、冒険者たちを招集(しょうしゅう)する合図だった。


―――――


 しばらく鐘を鳴らし続けたエルシアが一階に降りると、男たちが顔を突き合わせ喚き合っているところだった。ロビーの丸テーブルには地図が広げられ、羽ペンとインク壺があちこちに転がっている。元々そこまで広くないギルドは、人でいっぱいだ。


「連中、もう今頃は北の山小屋のあたりまで着いているはずだ。どんなにのんびり進んだって、ブランカまで一日もかからないぞ」


 戻る途中で負った切り傷に包帯を巻いたカーネルが、無事な方の手での手で地図を指し示していた。エルシアも男たちの間から地図を見ようと頭を突っ込む。


「お前が見たのが奴らの先頭だけだというなら、実際はこの何倍もいるはずだ。それだけの数が進むには、もう少し時間が必要なんじゃないか?」

「だとしても、更に半日もてばいい方じゃないか。王都から援軍が派遣されたとしても間に合ないぞ。オーガだけで十体以上はいるってことになるんだぞ。それまで俺たちだけで持ちこたえられるわけがねえ」

「じゃあ逃げろってのかよ! 畑も食糧庫もやられたら、俺たちは飢え死にするしかないんだぞ!」

「そうは言ってねえだろ。ちょっと落ち着け」

「そもそもなんでこんな時期に来るんだ? もう春だし、山の食料が足りないなんてことはないはずだぜ?」

「ナッシュの言う通りだ。この冬が特別厳しかったって訳じゃない。今ならもう、山でも食いもんは足りるだろうに」


 誰かが主導しなければ、皆好き勝手言い放題だ。その間にも次から次へと人が集まり、言い合いに参加していく。

 

 これでは何も決められないだろうに。エルシアが歯噛みしていると、それまで黙って地図を見つめていたロンメルがドンと杖をついた。そこまで大きな音ではなかったが、その場が静まり返っていく。


 皆がどうすれば良いか分からないのだ。誰かが道を示してくれることを願っている状況。だからこそ、ギルドマスターであるロンメルであれば適任だと、皆どこかでそう思っていたのだろう。


「大体そろったかの。では始めよう」


 ロンメルは立ち上がると周りを見渡した。


「皆も聞いたと思うが、北の山から魔物が迫っておる。数はどれだけ少なく見積もっても百をくだらない。それが遅くとも明日の昼にはこの町まで押し寄せる計算じゃ。誰しもスタンピードの話は聞いたことがあろう。このままでは町ごと押しつぶされることになる」


 改めて口に出してみれば、絶望的な状況だった。エルシアは唾を飲み込む。

 経験したことこそなくても、スタンピードの記録は各地に残っている。このままでは、自分たちの未来がロクなものにならないことくらい容易に想像がつく。


「だからと言って町ごと逃げ出すわけにもいかんのでな。いくつか策を練ろうと思う。すまんが皆、協力してほしい」


 皆が静まり返って、ロンメルの言葉に耳を傾けていた。


「まずオドネル」

「おう」

「ミドを連れて北西へ向かえ。荷車に麦と肉を積んで、川沿いの見張り小屋に半分を、もう半分をその西の山小屋に置いてこい。いいか、肉は新鮮な物より腐り始める直前のものを選ぶんじゃぞ。この時期じゃから考えにくいが、もし連中が食料目当てだった場合、匂いと量である程度はおびき出せる」


 常連が頷くと、ギルドマスターは首を巡らせた。


「次にナッシュ。お前は早馬を使って隣町に行ってこい」

「俺か?」

「そうじゃ。お前さんには援軍を引っ張ってきてもらいたい。うちの町の衛兵隊にはわしの方から話を通しておくから、衛兵の誰かと一緒に行ってもらえ。あそこにも衛兵隊が駐在しておろう。借りを作ることにはなるじゃろうが、王都に頼むよりもこの方が絶対に早いじゃろうからの」

「分かった」

「残りは二手に分かれて迎え撃つ準備じゃ。片方は壁の外にある倉庫の中身を町に運びなさい。その後で衛兵たちの倉庫に車輪のついた木柵があるはずじゃから、その設置を手伝って来るんじゃ。ガルドス、指揮は任せる」

「了解」


 大男が頷くのを確認した後、ギルドマスターは周囲の面々を見渡した。


「残りの者は矢と石、油、薪を町中からかき集めてくるんじゃ。じゃんじゃん打つことになりそうじゃからの。出し惜しみはなしじゃ。物資は北門の詰め所に置いておけばよい。その後で、周辺の家の扉と窓に木の板を打ち付けて蓋をする必要がある。わしはまず衛兵隊の駐屯地に行ってくるが、その後で指揮を取ろう。それまでは落ち着いた行動を頼むぞ」


 あれほど騒然としていた部屋が静まり返っていた。皆注意深くギルドマスターの言葉を聞いていた。自分の役割さえ決まってしまえば後は動くだけだ。


「すまぬ。突然のことで不安だと思う。皆を危険にさらしたくはないが、今動かなければ町ぐるみで押しつぶされる未来が待っておる」


 他の冒険者たちと同様、話を聞き入っていたエルシアに、ロンメルからアイコンタクトが飛んできた。

 なぜそこでエルシアを見る? 目線の意味が分からずぎょっとして見つめ返すと、隣にいたマーサに小声で囁かれた。


「みんな不安だからね。せめてあんたのおまじないで元気づけてやりな」

「え、あの、マーサさん……?」

「これも職員の仕事だよ。ほら」


 突然話を振られて目を白黒させながらも、そっと背中を押されてエルシアは前へと進み出てた。ギルドマスターの隣に立って、見知った人たちを振り返る。いきなり振られても、一体何を言えばいいのか。


 皆の視線で体に穴が開きそうだ。

 慌てて頭を回転させ始めたエルシアだったが、ふと気づく。

 皆が自分に視線を向けているのに、居心地の悪さを感じない。その視線にすがるような何かが含まれているからだということに気付いて、いたたまれなくなる。


 思わず服の上から胸元を押さえて、シャツの下に入れていたお守りを確かめた。

 

 突然のことに、みんな不安なのだ。

 今の今まで平和だったはずなのに。もうすぐ自分が死ぬかもしれない、町に住めなくなるかもしれない。そんな恐怖の中に突き落とされているのだ。確かにおまじないの一つにも縋りたくもなる。

 緊張で震えそうになる足を踏みしめ、腹に力を込めて、深呼吸を一つ。エルシアはギルドマスターの隣に立った。


「みんな、突然のことで驚いたと思うわ。これから戦わなくちゃいけないのもすごく怖いと思う。私だって足が震えそうなほど恐ろしいもの」


 静まり返ったフロア。皆が自分を見ている。


「でも、私はこの町が好きなの。皆が好きなの。守りたいって思う。一人では難しくても、みんなで力をあわせれば何とかなるって信じてる。私はお世辞にも戦えるとは言えないけれど、何ができるんだろうって考えたら、唯一、いつもと同じおまじないをかけてあげることはできるって気付いたわ」


 ギルド職員になる前、エルシアは冒険者をやっていた。カウンター裏に立てかけてあるショートソードはその名残だ。


「だから、これはみんなが無事に帰ってくるおまじないよ。どうか無事に戻ってきて。上手くいったらマーサおばさんの食堂を貸し切って打ち上げよ」


 息を大きく吸って。口を開いた。


「願わくば、皆に幸運のあらんことを」


 即席にしては上手くまとまったのではないかと、エルシアが息を吐いた途端、ギルドのロビーを揺らす程の、大きな雄たけびが轟いた。

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