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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第四章 看板娘は抱きしめる
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大人たち、考える その5

 魔法の鍛錬は難しい。


 コツさえつかんでしまえば、なんてギルドマスターのロンメルは笑うけれど、そんなのはできる人の言うことだ。ケトはそう、声を大にして言いたい。


 そんなある日のことだった。


「……お前さんが?」

「おう」

「いや、おすすめはせんぞ? どうせ、基礎理論なぞやるつもりないじゃろ?」

「一番簡単なやつでいいんだ。ケトの隣で試すくらいいいだろう?」


 ガルドスが中庭でそんなことを言っていた。ロンメルは渋い顔をしていたが、ケトはすかさず口を出す。


「ガルドスもやるの?」

「おう。爺さんが良しと言えばだけどな」

「ホント? やったあ!」


 ケトとしては大歓迎だ。

 ガルドスが昼寝している傍でひたすら練習しなければいけないこちらの気持ちも考えて欲しかったのである。もっとも最近は暇さえあれば素振りをしている彼だから、寝っ転がっているところをほとんど見かけなくなったのだが。


「仕方あるまい。試してみるか」

「そうこなくちゃな!」


 そんなこんなで、魔法講座に臨時の仲間ができたのだった。


―――


 とは言え、魔法はホントに難しい。


「いや、本当に意味が分からないんだが」

「だから言ったじゃろ?」

「起動式? どうやってそんなもの叩き込むんだ?」

「じゃからそこは理論を学ばんとできんと言っておろう。それにまず指向性をつけてやらんと酷い目に遭うぞ」


 魔導瓶を片手に大男が唸る。手に持ったそれはロンメルからの借り物。これ一つでガルドスの革鎧を新調できるお値段だと言うのだから驚きである。


「いや、だけどさ。ケトだってそれ知らないんだろ? なんで使えるんだ?」

「この娘っ子は元々感覚で使えてしまうからの。言うなれば天才と凡人の違いと言う奴じゃ、諦めろ」

「くそ、ランベールはこれ一からやってたのかよ。道理で強い訳だ」


 話の節々から感じ取れる、ガルドスの焦り。

 町のギルドでは”腕利き”と評される彼だが、最近のスタンピードや人攫いの一件でどうやら危機感を覚えたらしい。


「ほっ。どりゃ。出て来い魔法!」

「その掛け声はどうなんじゃ……」

「なんかこう、光れって。……水がどうして光るんだか分からんけど」

「変換時の損失じゃと言ったではないか。魔法はただ水の状態を変えるだけあって、その時に光と熱が……」


 小難しい話を聞いているのかいないのか。ブンブン振るわれる魔導瓶の中でちゃぽちゃぽと浄水が音を立てるのを聞きながら、ケトは自分の魔導瓶に集中する。光を叩きつけるだけではなく、幕状にして自分を覆うことで壁にする魔法があるそうで、ケトは今、それを練習中なのだ。

 一昨日は地面を抉り、昨日は変な噴水もどきをつくったケト。そろそろ何とかしたいものである。


 再度、魔導瓶を見下ろす。少しずつ、少しずつ、飛んでいく方向を調整して……。


「ん?」


 ふと、となりで何かが荒れ狂う気配を感じて、ケトは顔を上げた。


「うおっ、何だこりゃ!」

「バカもん! 起動だけさせる奴がどこにおる!」


 焦った二人の声。ガルドスの手の中で小さな瓶から眩いばかりの光が漏れていた。あれ、とケトは首を傾げる。あの魔導瓶、 ”あっちいけ”と指をさしてあげていない気がする。


「放り投げろ! 暴発するぞ!」

「嘘だろ!?」


 ガルドスの手から離れた透明なガラス瓶。まばゆい光が弾けるまでもう少し。これは危ない。


 ケトは咄嗟に右手を掲げる。既に魔法陣は展開済み。指向性などという言葉はやっぱり分かるはずもないが、ただ防がねばいけないという思いが体を動かした。


 轟音。まばゆい光と共に水蒸気が噴出する。衝撃波が瓶のガラスを粉々に砕き、周囲に破片を撒き散らしていた。ギルドの建物の窓ガラスがギシギシと揺れ、視界が真っ白に遮られる。


「ちょっとちょっと、何事!?」


 ドアを開けて、建物の中からエルシアが飛び出して来る。真っ白な煙に目を丸くしながら、しかし彼女は次の瞬間大きな声を上げた。


「……ケト、貴女!」

「うん?」


 少しずつ霧が晴れ、ケトが自分の腕の先を見ると。


 咄嗟に腰を落として防御姿勢を取ったガルドスとロンメルの目の前に、半透明な薄青の壁が展開していた。朧げに光るその外側で、揺らめく壁に当たって勢いを失ったガラスの破片が、パラパラと地面に落ちていくのが見えた。


「できた!」


 なるほど。ようやく分かった。ようは壁を作れたらいいのだ。

 変に指向性などというから分かりづらくなる。光を撃ち出したければ「あっちいけ」、危なければ「こっちくるな」。少なくとも自分の場合はそれでなんとかなりそうだ。


 ふと見ると、立ち上がったガルドスがロンメルに手を差し出していた。


「……爺さん」

「何か言うことはあるかの」

「すみませんでした」

「ガラスの破片、ちゃんと拾え。それから弁償じゃ」

「分かってる。五百ラインだっけか。それと……」


 肩を落としたガルドスだったが、しかし先程までの態度とは一変し、真面目な瞳でロンメルに頭を下げた。


「爺さん、もう一度基礎から魔法を教えてくれないか」

「お前さん、まだ懲りとらんのか」

「いや、流石に懲りたよ。でも……」


 ガルドスは自分の目の前で揺らめく壁にゆっくりと手を触れた。


「自分でやってみて分かった。こんなに威力が出るものだってことと、使い方によってはこんなに頼りになる壁にもできるってこと」

「……」

「俺さ、もっと強くなりたいんだ。”金札”になったからどうとか、そんなもんじゃなくて。守りたいものを守れるだけの力を持ちたい」


 ケトが魔法陣を閉じると、防壁も揺らいで消える。ガルドスは先程まで壁のあった空間を見つめた。


「最近さ。スタンピードだの、ランベールのことだので、俺よりも強いやつを見る機会が増えたんだ。俺、悔しくって。せめて守りたいものを守れるくらいには、強くならなくちゃいけねえ」


 その目にもはや遊びの色はなく、彼は深々と頭を下げた。


「教えてくれ。魔法を」

「……難しいぞ?」

「分かってる」

「……一年や二年でモノにできるとは思うなよ?」

「覚悟は今、できた」


 ロンメルは大きくため息を吐いて、苦笑した。


「仕方あるまい。明日からも、ケトの隣でやってみなさい」

「ありがとう、爺さん」


 突然殊勝(しゅしょう)になったガルドスと、呆れた表情ながらもどこか嬉しそうに頷くギルドマスター。


 何だかよく分からないと、ケトがエルシアと二人、目を見合わせていたら。

 いつの間にか、魔法講座は翌日以降も二人で受けることになったのであった。

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