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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第三章 看板娘は姉になる
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路地裏の攻防戦 その12

「なあエルシア、いい加減ベッドに連れて行ったらどうだ……?」


 ガルドスの呆れ顔を尻目に、エルシアは食堂の隅のテーブルを陣取る。


「嫌よ。貴方にも感謝はしてるけど、これは譲れないわ」


 エルシアは、すやすや寝息を立てるケトを優しく見つめていた。

 少女の頭はエルシアの膝の上にあって、随分長い間、エルシアがゆっくりと撫で続けているのだ。お陰でケトの髪はくしゃくしゃだ。起きたらきっと寝癖が酷いに違いない。


 昼間の大捕り物が一段落した後で、ギルドに戻った冒険者たちが宴を始めるのは自然な流れだ。

 お代はもちろんエルシア持ち。今回ギルドの冒険者に多くの助けを借りたことを考えれば、当たり前のことだろう。


 ジェス達を孤児院に送り届け、協力してくれたギルドの面々に頭を下げて、宴の準備をして。この短い時間でよくここまで動いたものだ。あちらこちらをせこせこと走り回っていたエルシア。ケトはその間ずっと、姉の手を握って離そうとしなかった。


 二人がようやく地下食堂の長椅子に腰かけることができたのは、つい先ほどのこと。

 昼間の疲れが出てきたのか、ケトはすぐにうつらうつらし始めた。少女を自分の体にもたれかからせながら、それでもエルシアは一向に少女を離そうとしなかった。

 その結果、今のケトはエルシアにくてりと体を預け、小さな寝息を立てている。そしてエルシアは、ベッドに寝かせてやれと言うガルドスの苦言もどこ吹く風だ。


「いいじゃねえか。あんなことがあったんだからな!」


 エールが並々注がれたジョッキを片手に、向こうのテーブルでオドネルが赤ら顔を見せていた。ミドがどことなく羨ましそうにケトを眺め、ミーシャは普段開けない葡萄酒に舌鼓(したつづみ)を打っている。


 できればサニーやティナの孤児院組、特にジェスにもこの場に連れて来てやりたかったのだが、流石のエルシアもダリア院長には逆らえなかった。

 きっと今頃、三人はこっぴどく叱られていることだろう。昼間のケンカもその後の騒動も、小さな子供達には度の過ぎた冒険だ。

 だが、エルシアはあまり心配していない。院長は決して理不尽に怒る人間ではない。叱るとしたら、彼らが大人の付き添いなしに西町に行ったことくらいだろうか。

 そして院長はきっとしこたま叱った後に、同じくらい褒めてくれるはずだ。何と言っても、子供たちこそ今回の騒動の立役者なのだから。


「怖いのは私よねえ……」


 飽きもせずに頭を撫でながら、エルシアはボソッと呟く。隣でガルドスが大きなため息を吐いていた。


「今回は絶対ヤバいぞ、エルシア。きっとお前はお説教からの罰当番コースだ。(かば)ってやらねえからな」

「ガルドスの言うとおりね。シアは今回ちょっとやらかし過ぎだわ」

「うへえ……。ミィまでそんなこと言う……」


 孤児院を出たからと言って、ダリア院長はその辺、妥協はしてくれない。

 今回、エルシア自身もかなり無茶した自覚がある。冒険者だけでなく、子供たちまで巻き込んで大暴れしたのだ。お説教のネタはいくらでもあるだろう。

 エルシアはふるりと体を震わせたが、すぐに苦笑した。まあ、怒られるくらい何だと言うのだ。この腕の中にある温もりを失う恐怖に比べたら、ずっと軽いものだ。


「……助けてくれて、本当にありがとうね」


 へにゃりと体の力を抜いて、心の底から感謝を込めて呟くと、二人が目を丸くしてこちらを見ていた。始めは呆気に取られていたミーシャたちが、やがてニヤニヤと笑みを浮かべる。


「たまーに、シアは可愛いこと言うよね」

「?」

「本人は自覚ないみたいね? ま、ガルドスには効いたんじゃない?」


 幼馴染達のにやけ顔に首を傾げる。ミーシャは笑みを深くして、隣の大男をつついていた。そっぽを向いているせいで、ガルドスがどんな顔をしているか分からない。何となく耳が赤いだろうか。蝋燭の灯りのせいで、よく分からないけれど。


 気が緩んだせいだろうか。一気に疲労が押し寄せてきて、エルシアは片手でケトの頭を撫でながら、反対の手で目をこすった。

 ジョッキにはまだ半分くらいエールが残っていると言うのに、随分と酒が回っている気がする。周囲はぬくぬくと暖かくて、とても眠い。


「シアも上のベッド借りたら?」

「うーん……」


 ダメだなこりゃ、とガルドスが笑う声が聞こえる。そのまま寝たら風邪引くよ、とミーシャが言っている。別のテーブルからどっと笑い声が起こるのを聞きながら、エルシアの意識は落ちていった。


「ケトに、毛布かけてあげなきゃ……」


―――


 かくりと首が傾いだエルシアを、ガルドスとミーシャはジョッキ片手に眺めていた。互いに酒を一口すすって、どちらともなく呟く。


「寝ちゃったね」

「……毛布、上から取って来るか」


 すうすう寝息を立てるエルシアは、普段より少し幼く見える。流石に疲れていたのだろう。癖のある亜麻色の髪が少し乱れていた。

 二人、視線を合わせて苦笑する。彼女が居眠りなんて珍しい。しばらくこのままにしてあげようと、暗黙の了解を交わした。


「エルシアのやつ、最近随分表情が柔らかくなったよな」

「あ、やっぱりガルドスもそう思う?」


 チーズを一切れ口に放り込んで、ガルドスはため息を一つ。


「毎日顔合わせてりゃ、嫌でも分かるだろ」

「まあねえ……。ま、その辺はケトちゃんに感謝かな?」


 こんなにうるさいのに良く寝れられるよ。そう言ってミーシャはワインのお代わりをもらいに席を立った。葡萄酒なんて、おいそれと飲めるものではない。飲める時に飲んでおくのは賢い選択だ。

 戻ってきたらまたおしゃべりが始まるだろう。何となく、幼馴染三人の思い出話になりそうだなと、大男はそんな予感を胸に抱いた。


 だがその前に、とガルドスも立ち上がる。寝入ってしまった姉妹に、診療室から毛布を持ってきてやるつもりだった。


「……良かったな、エルシアも、ケトも」


 ちらりと見た二人の寝顔は穏やかで、思わずガルドスはそんなことを口にした。

 何が、なんて野暮なことは言わない。彼はそのままゆっくりと階段を登って行く。


 にぎやかな喧騒(けんそう)に囲まれて、看板娘と少女は、幸せそうな寝息を立てていた。

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