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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第一章 看板娘は少女を拾う
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毎日が大冒険 その4

「シア、ただいまー」

「あらミィ、随分と早いじゃない」


 あくる日のこと、エルシアはミーシャにケトの付き添いを頼んでいた。

 ミーシャは、エルシアと同じ孤児院を出た娘だ。同い年でしかも女性というのは、冒険者としても、エルシアのおしゃべり友達としても、貴重な存在でもある。


 孤児院にいたころは、エルシアとガルドスとミーシャの三人でよく遊び回ったものだ。互いに”シア”、”ミィ”などと呼び合うくらいには仲が良く、彼女は今日だってケトのお守りも快く引き受けてくれていた。どこぞの大男とは大違いだ。


「ケトちゃん、今日は町の外に出てすぐに薬草見つけたよ。きっちり十枚採って帰ってる途中。きっとすぐ来るはず」

「それじゃあ、あの子もお昼には帰ってきそうね。……はい、これ報酬のチケットね。ちょうどお昼だし食べていったら?」


 エルシアは手書きの定食無料券を渡した。さすがに子供のお守りで金銭的な報酬を用意できないので、代わりに準備したお礼だ。

 下の食堂を切り盛りしているマーサという名の先代受付嬢に協力してもらって、ケトの付き添いを頼んだ人に渡していたりする。

 ミーシャはニコニコしながらチケットを受け取ると、荷物を下ろして足元に置いた。ついでに背負っていた弓と矢筒も足元に置く。時間があるときに長話をする、彼女のお気に入りの体勢だった。


「おーいいねえ。というかさ、本当ケトちゃんは薬草採りしかしないね」

「危ない依頼をばんばん受けられても困るから、紹介してないだけなんだけどね。依頼用紙の内容も読めないみたいだし、当分は薬草採りだけね」

「……やっぱり本格的に誰かに頼んじゃったほうが良いんじゃない? 付き添いって言ってもあたしが何か教えるわけじゃないし。多分あの子この職業のことほとんど分かってないよ」

「うーん、でも冒険者である以上、過干渉もよくないと思うのよね。マスターに相談してみるかな」

「もう大分過干渉だと思うよ。ホントにシアは面倒見いいよね」


 しばらく話し込んでいると、立て付けの良くないドアが開いた。噂をすればなんとやら。ケトが帰ってきたようだった。


「ケトちゃん、お帰りなさい」

「おかえりー」


 少女がカウンターまで歩いてくる間に、ミーシャが踏み台を準備してくれていた。踏み台に登ったケトの頭がカウンターの上にちょこんと飛び出る。


「どうだった? 薬草ちゃんと採れた?」

「うん」


 ケトがいつも持ち歩く麻のカバンを開く。しばらくごそごそと中を探っていたが、お目当ての品を見つけると、一枚ずつ机に並べ始める。


「はい、やくそう」

「ちょうど十枚あるわね。ありがと」


 エルシアは、カウンターの内側にある鍵付き引き出しを開けて、大銅貨を1枚取り出した。


「それじゃあ、これ。報酬の十ラインよ。なくさないようにね」

「ありがと」


 大銅貨を受け取ったケトは、それをそのまま鞄の中に押し込んだ。

 様子を見るに、どうやら彼女は財布の類をもっていないらしい。それを眺めながらエルシアはふと思い立って声をかけてみる。


「ねえケトちゃん、お昼ご飯は食べた?」

「ううん、たべてない」


 記憶にある限り、この子は食堂を利用したことがないはずだ。

 毎朝何を食べたか聞くと、だいたい木苺という返答が帰ってくる。そもそも木苺なんてこの時期はまだ酸っぱくて食べられたものではないのではないはずだが、少女はきちんと食事をとっているのだろうか。


「こうやって毎日お金稼いでいるんだし、たまには食堂で何か食べていったらどう?」

「……でも、たのみかたわかんない」


 眉をへの字に下げてぽつりと呟いたケトを見て、エルシアはミーシャは顔を見合わせてから、聞いてみた。


「じゃあ、私と一緒に行かない?もうすぐお昼休憩だし」

「いっしょに?」


 しばらく目をぱちくりさせていたケトだったが、やがてこくりと頷いた。


―――


 辺りには昼飯時の良い匂いが漂っている。エルシアは、食欲を誘うこの空気が好きだ。


 ギルドの地下食堂には初めて来たのだろう。

 少女は興味深そうに辺りを見回していた。冒険者が主な利用者のため、食堂も大してしっかりした造りはしていない。表通りまで出れば店だっていくつかあるから、近隣の人がわざわざ来る必要もなく、特に繁盛している訳でもない。


 エルシアとミーシャに倣って椅子によじ登ったケトだったが、やっぱり少し身長が足りていないようだった。椅子のサイズはただでさえ大柄な男達に合わせてあるのだから当たり前だ。

 しばし考えてから、エルシアは食堂の端に積み上げてあった空の木箱を取って、ケトの椅子に乗せた。元々は食材を入れて運ぶための木箱だが、少しくらい良いだろう。


「ケトちゃんは、食べられないものある?」

「ニンジン。おいしくない」

「そっか、じゃあお昼ご飯はニンジンいっぱい入れてもらおう」

「やだ」


 ミーシャがケトをからかっていると、食堂の主が厨房からやってきた。


「みんな揃って、お昼休みかい?」

「ええ、マーサさん」

「おや珍しい。今日はケトちゃんもいるんだね」

「今日はお使いが早めに終わったみたいなの。せっかくだから一緒に食べようと思って」


 マーサは恰幅(かっぷく)のいい顔ににっこりと笑顔を浮かべた。

 彼女は先代の受付嬢で、エルシアの先輩にあたる女性だ。三年前エルシアに受付の仕事を譲ってから、自分は地下の食堂を切り盛りしている。


「なるほどねえ、いらっしゃいケトちゃん」

「こんにちは」


 ケトはきちんと挨拶を返していた。丁寧に、頭をチョコンと下げている。


 エルシアはその様子を眺めながら、改めて不思議に思った。

 前々から感じている謎の一つ。彼女は挨拶がしっかりできる子なのだ。

 たかが挨拶と侮るなかれ。それが意外と難しいことをエルシアはよく知っている。孤児院のチビッ子達だって、口酸っぱく教えてやらないと中々癖がつかないのに、ケトは誰に言われるでもなく挨拶を欠かさない。彼女の周りに大人の存在を感じられないというのに、一体誰に教えてもらったのだろう。


「マーサおばさん、今日の日替わりは何?」

「ほうれん草入りのオムレツだね。ヨシュアのとこからほうれん草がたんまり入ったから」

「ヨシュアって誰よ」

「ダンの嫁さんの兄貴さ。ほれ、去年町の東に畑を開いたろ」

「ダンって誰さ」


 ミーシャとマーサが話す横で、ケトはメニュー表とにらめっこしていた。心なしかその表情が険しい。


「ケトちゃん、何食べるか決めた?」

「うーん……。よめない……」


 そう言われてやっと、エルシアは、少女が字を読めないことを思い出した。慌ててメニュー表を受け取りながら、なるほど頼み方が分からないというのはこういうことか、と今更ながら納得する。


「ああ、そうだった。ごめんごめん。えっと、これがオムレツで、こっちはポトフ。色々な料理があるんだけど、私のおすすめはこれかな。豚のロースト」

「ろおすとってなに?」

「オーブンで焼いた料理のことをローストって言うのよ。だからこれは、豚肉を焼いた料理ね」

「……おにく!」


 エルシアの言葉に、女の子は目を丸くしていた。


「おにくはごちそう」

「そうねえ、普段なら私たちには中々手が出ないわ。でも大丈夫。ここは冒険者からそのまま買い取っているから、ケトちゃんがさっきもらったお金で十分食べられるわ」

「うん?」

「ケトちゃんにはちょっと難しかったかな? 大丈夫、味は保証するわよ」


 庶民にとって肉は高級品だ。そう簡単に手が出るものではない。

 だがこのギルドの食堂は特別だった。依頼に出かけた冒険者がついでに狩ってくる動物を、ギルドで買い取っているのだ。だからこそ、破格の値段で料理を提供できる。

 聞くところによると、農場で育てられた豚より味は落ちるそうだが、元よりそんな上等な舌を持っている人間はこのギルドにいない。安く肉が食べられる、エルシア達にはそれこそが重要なのだ。


「おにくにする」

「分かったわ。マーサさん、注文してもいい?」


 注文しながら、ケトの顔を見たエルシアは、思わず微笑んでしまった。

 普段あまり表情を変えないケトが、珍しくそわそわしていた。心なしか瞳をキラキラさせている少女を見て、連れて来て正解のようだと胸を撫で下ろした。


 それから十分後、エルシアは豚肉を切り分けながら、自分が一緒で本当に良かったと心の底から思った。


 ケトはナイフを全く使えなかったのだ。

 湯気の立つ豚のローストが目の前に置かれた途端、少女は「おおー」と声を上げたが、すぐに酷く不安そうな顔を見せた。

 それ以上は特に何も言わなかったのでしばらく様子を眺めていると、女の子はやがて何かを決心したような顔つきになり、あろうことか、テーブルナイフを両手で構えて振り上げた。

 エルシアが慌てて止めなければ、まるで魔物に切りかかるかのように全力で切り付けていたはずだ。


 エルシアは、切り分け終わった料理をケトの前に戻してやった。フォークを渡してあげると、やはりきちんといただきますをしてから、右手に握ったフォークで食べ始めた。

 ナイフは使えないのに、フォークは大丈夫なのか。ケトの謎がまた一つ増えた。


「おいひい!」


 一口食べたケトがキラキラした顔で言った。よかったねー、とミーシャが答えるのを聞きながらエルシアはオムレツを口に運んだ。色々とハードルはあったものの、どうやらケトを連れてきたのは正解だったようだ。


 結局ケトは大の大人が腹いっぱいになる量の食事をペロリと完食し、「おいしかった!」とのたまったのだった。


―――


 やはりケトがよくわからない、とエルシアは思案する。


 ケトが受けた薬草採りの依頼請負書に、結果と担当欄へのサインを書き込んでいる最中だ。

 ケトは食事が終わった後、眠そうな顔をしながらギルドから出ていった。きっと家に帰るのだろう。その家がどこにあるのか、エルシアは知らない。いつも聞こうと思っているのに、また聞きそびれてしまった。

 

 彼女は他人と礼儀正しく接することもできるし、毎日決まった時間にギルドに来るところを見ると、規則正しい生活もしている。

 大人にきちんと躾けられた節が随所に見えているのに、読み書きも、料理の注文方法も、日常的なナイフの使い方すら全く分かっていない。エルシアには、いまいち彼女の境遇が掴みきれなかった。


 最たる例が、彼女の金銭感覚だろう。

 彼女は豚肉が高級品であると知っていたはずなのに、料理の値段を聞いても「安い」という反応が返ってこなかった。それもそのはず、値段の計算ができていなかったのだ。


 豚のローストが五ラインだと聞いても、彼女はいまいちピンときていないようだった。どう支払えば良いか分からずオロオロする彼女を見かねて、エルシアは懇切丁寧に貨幣について教えてあげたのである。


――いい? 銅貨一枚が一ライン。で、こっちの大銅貨が十ライン。

――うん。

――この銅貨十枚、つまり十ラインは、さっきケトちゃんに渡した大銅貨一枚と同じになるのよ。

――うん?

――さっきの料理は五ラインだから、この大銅貨一枚出せば、五ライン分、つまり銅貨が五枚帰ってくる。分かったかな?

――うーん……。


 あの短時間で、実に多彩な「うん」が聞けたように思う。

 ケトはきちんとお釣りの銅貨五枚を持って帰っていったが、きっといまいち分かっていないのだろう。


 つまるところ、彼女に対する教育は非常に中途半端なのだ。

 孤児院の子だったらこうはいかない。貨幣の価値は生き抜くために身に着ける初歩中の初歩であるし、ナイフがロクに使えなければ、困る状況は沢山ある。皆知っていて当然の知識だ。

 ケトはその知識がちぐはぐだ。フォークは使えても、ナイフが使えない。まるで料理を切ってくれる保護者がいたかのように。

 基本的な習慣こそ身についていても、分からない所は親に頼っているような、ある意味でとても普通の女の子。それがエルシアのケトに対する評価だった。


 それがなぜ、年端もいかないころから、こんな冒険者ギルドなどで仕事をしているのだろうか。もし自分に子供がいても、こんな危険な真似はさせないだろうに。

 更には彼女の服だ。裾や袖のほつれが日に日に酷くなっている。

 まともな親ならこんなものを着せたりしない。どちらかといえば、エルシアやガルドスのような孤児院育ちの者の子供の持ち物だという方がしっくりくるほどだった。


 新たに作った依頼用紙を抱えて、エルシアはスイングドアを押し開けた。掲示板に向かいながらフロアをちらりと見やれば、ロビーの椅子に腰を下ろしたガルドスが目に入る。


 彼はハードレザーに蝋を塗り込んでいた。

 先程話を聞いたところ、蝋を塗り込むことで革が傷みにくくなるのだそうだ。エルシアはあんなにごつい鎧を持っていないから気にしたことはなかったが、冒険者たちにとって防具は必需品。こういった知識では敵わない。


 昨日西の平原にウルフ狩りに行っていたから、彼は今日はオフなのだろう。

 ガルドスにだって、ケトの付き添いをよくお願いしていることを思い出す。彼なら自分とは違う意見を聞けるかもしれないと思い立った時だった。

 

 入口のドアが、壊れんばかりの勢いで開いた。ドアの内側に括りつけられたベルがチャリチャリとけたたましい音を立てる音に驚きながら、エルシアは振り返った。

 

 飛び込んできたのはカーネルだった。「ドアが壊れる」と文句を言おうとした受付嬢は、明らかに焦った表情を浮かべた彼を見て、途中で言葉を飲み込んだ。


「ちょっと、カーネルさん。一体どうしたの……」

「おい、カーネル。そんなに血相変えてどうしたんだよ」


 エルシアをはじめ、ロビーでくつろいでいた冒険者たちが口々に声を掛ける。


「たっ、大変だ!」


 突然の大声に、ロビーの男たちが何事かと振り返る。あまりの勢いに飲まれ、エルシアはのけぞりながら聞き返した。


「どうしたの。そんなに慌てて」


 カーネルの視線がエルシアに向けられ、真っ青な顔で、カーネルは叫んだのだった。


「やばいぞ! スタンピードだッ!」

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