毎日が大冒険 その3
大きな麻のカバン。薄汚れたワンピース。何より特徴的な銀の長い髪。見間違うはずもない、あの白い後ろ姿はケトだ。
遠目に見える少女は、冒険者として依頼を受けに行くというより、畑にお手伝いに行くような恰好だった。あの様子ではちょうど森に入ろうとしているところだろう。
「あの子、短剣なんか持ってたのか」
「私のを貸したのよ。あの子、町の外に出るのに丸腰だったから」
エルシアはため息をついた。刃物を貸したところであんな小さな子が扱えるとは思わないが、それでも丸腰は不安だったのだ。
「それでもあの格好は冒険者には程遠いけどね…」
エルシアは自分の服を見下ろしてみる。
遠くまで行くつもりはないので、ギルド職員の制服である紺のエプロンドレスはそのままだ。
だが、上から革のソードベルトを巻き、細身のショートソードをさしてきた。レイピアをそのまま短くしたような形だが、これだって突き刺すことに特化した戦闘用だ。腰の後ろには左手で持つダガー。ブーツは厚底でしっかりした物を履いてきた。
ガルドスはハードレザーにロングソードといういで立ち。何処から見ても、よくいる普通の冒険者だ。彼曰くこれで軽装なのだそうだが。
―――
厳しい冬が過ぎ、大分暖かくなってきた時期だ。森の中も生命が一斉に芽吹きだしていた。柔らかな新芽の間を縫うように進むことしばし、やがてケトは森の中で足を止めた。
どうやら目的地についたようだ。きょろきょろと周囲を見渡してから、彼女はぴょこぴょこと近くの木の根元まで駆けていく。
じっくりと目を凝らして、木の根元を凝視する。まぎれもなくマグワートだ。せっかく貸したダガーを一切使う素振りを見せず、少女はプチプチと手でちぎっていく。
「なーな、はーち、きゅーう、じゅう!」
葉を一枚ずつ地面に並べて指をさす。木漏れ日の下、のんびりと枚数を数えるケトとは、なんとも微笑ましい姿だ。
ちなみに、エルシアはそれどころではなかった。少女と対照的に小声で騒ぐという器用な真似をしていた。
「うわわっ! こっち来るな!」
「何やってるんだ……。あんまり騒ぐとチビに聞こえるぞ」
途中でアルミラージを見つけたまでは良かったものの、ケトに気付かれないように駆除するのに大騒ぎしていたのだ。うるさくて本末転倒である。
ただのウサギは可愛らしいのに、大柄になって角が付くだけで危険な魔物の仲間入りだ。気性が激しく、作物を荒らす害獣に変わる。
アルミラージなら、丁度町の東でカーネルが狩っているはずだ。どうせならそっちに行ってほしいと、エルシアは心の底から思った。
それほど速くない突進をやり過ごしてからブーツで横っ腹を蹴っ飛ばすと、魔物はようやく森の奥に逃げていった。
「あっち行ってよ、もう……」
まったく出番のなかったショートソードを鞘に納め、エルシアはうんざりとつぶやいた。
アルミラージ程度、駆け出し冒険者でも難なく倒せる魔物だ。
もちろん下手に刺激すればその鋭い角でつつかれる羽目になるが、あまり動きも早くないし、避けるのだって簡単だ。エルシアだって、ただ倒すだけならここまで大騒ぎしない。気は進まないが、必要なら苦戦することもないはずだ。
だが、今回は殺せば良いというものでもなかった。
下手に血を流せば、その匂いにつられて他の魔物が集まってくるかもしれない。この場所を毎日訪れるであろうケトのことを考えれば、できるだけ傷つけずに済ませておきたいと、欲張った結果がこれだった。
「な、なんで手伝ってくれなかったの……」
膝に手を当てて息を整えながら、エルシアは恨みがましい目でガルドスを睨んだ。腹立たしいことに、彼は平然と「お前、最近運動不足だろうと思って」とのたまっている。デリカシーがないにもほどがある、と看板娘は憤慨する。
「本当にお前って、運動はからっきしだな」
「言わないでよ……。それは嫌って程分かっているんだから」
息を整えた後、エルシアが振り返ってみれば、少女の姿はそこにはなかった。
「あれ?ケトちゃんは?」
「ちょっと前にマグワート集め終わってたぞ。もう行っちまった」
「嘘!? どうしてそれを早く言わないのよ! 急ぐわよ、ガルドス!」
「はいはい」
ガルドスが笑うのを尻目に、エルシアは来た道を戻り始めた。
ケトより先にギルドに着かねばならない。どちらかと言えば頭脳派なエルシアは、体を動かすのは苦手なままだ。頑張って走ってみたものの、ガルドスは余裕な表情でついてきていた。
色々と腹立たしくはあるが、久しぶりに幼馴染と出かけるのも悪くない。そんなことを思った。




