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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第二章 看板娘は旅をする
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ただいま その4

 治療が終わるころになると、エルシアもガルドスも、ついでにオーガまで、そろって荒い息を吐いていた。途中から、どうやら傷を治そうとしていることを察したのだろう。オーガの子は少しだけ大人しくなって、じっとギルドの受付嬢を見つめていた。


「こ、これで何とかなるといいけれど……」

「……想像以上に大仕事だったな。孤児院の悪ガキ共を思い出す」

「ガルドスが一番の悪ガキだったでしょうに……」


 妙な達成感を分かち合いながら、二人で軽口を交わす。


「おおー」


 小さな魔物に興味津々なケトは、いつの間にかエルシアのすぐ横で包帯でグルグル巻きになったオーガを覗きんでいた。ぱちくりと瞬く少女の大きな目が、魔物の小さい目と合う。

 「だいじょうぶ?」という問いかけの意味は分からないかもしれないが、目の前の少女もまた、自分を傷つけることがないと分かったのだろう。魔物は唸ることもなく、大人しくしていた。


「最善は尽くしたわ。こいつの縄を解いたら、急いでここを離れるわよ」

「大分時間かかっちまった。急がないと相当危険だぞ」


 布と薬箱を片づけながら、ガルドスが看板娘を睨む。何も聞かずに手伝ってくれた彼に感謝だ。後で事情をきちんと説明しないといけない。


「ええ。取りあえず元の道へ……」

「なにかくる!」


 向かいましょう、と言う言葉は、ケトの小さな叫びにかき消された。切羽詰まった声色にぎょっとして、二人腰を浮かす。


「どっちから!?」

「あっち、いっぱいいるし、すっごくピリピリする!」


 エルシアにもすぐに聞こえた。少女の言葉通り、森の奥から大きな地響きが近づいてくる。ガルドスが「ちくしょう!」と悪態(あくたい)をついた。


「俺が時間を稼ぐ。エルシアはケトを連れて……」

「待って!」


 二人をかばうように前に出た大男を、エルシアが引き留める。

 バキバキと言う音は、木々の枝を折りながら向かってくる音だろうか。怒り狂った魔物に完全に捉えられているのだと、よく分かった。エルシアのこめかみを汗が伝う。


「ガルドス、剣を収めて」

「何言っているんだ!? いいから逃げろよ!」

「逃げたとしても、どのみちすぐに追いつかれる。それよりも……」


 ショートソードは鞘にさしたまま、エルシアは腰の後ろからダガーを引き抜いた。すぐ前に転がっていたオーガの子を引き起こす。


「馬鹿野郎! そいつから離れないと……!」


 ガルドスの声を轟音がかき消した。地面を響かせるそれは、オーガの咆哮(ほうこう)に違いない。直後さらに地面が揺れ、木々の間から巨体が姿を現した。


「ガルドス、剣を放して! ケトから離れないで!」


 現れたオーガは一体ではなかった。森をかき分け、次から次へと数を増やす。


「……四体もかよ」


 冒険者がかすれた声で呟く。エルシアよりも一回り大きいはずのガルドスが、オーガの前ではまるで赤子のようだ。彼はエルシアをちらりと見やってから、ロングソードを鞘に収めた。

 

 エルシアは目の前の魔物をじっと見つめる。一体の脇腹に焼け焦げたような生々しい傷跡を認め、唇を噛む。なるほど、追いかけていた男から魔法か何かを喰らって、慌てて仲間を呼びに行ったのだろう。

 人間には遠く及ばなくとも、彼らにだってある程度の知性はある。目の前の敵に逆上するだけでは、いかにオーガと言えど、この厳しい環境の中では生きていけないのだから。

 彼らの血走った眼は、言うまでもなくエルシアとその前にいるオーガの子に向けられていた。


「こ、これは流石に……」


 エルシアの口元が引きつった。こんなに近い距離で、殺意に満ちた魔物と対峙するのは始めてだ。エルシアが束になったとて、一体も倒せないであろう魔物。それが四体もこちらを睨んでいるのだ。

 落ち着け、と言い聞かせる。正直に言えばへたり込んでしまいたい気分だったが、残念ながら彼女には怯んでいる暇は与えられなかった。


「……お前の家族が、助けに来てくれたよ」


 ダガーをオーガの子に向けると、目の前の巨体たちがギャアギャアと騒ぎ立てる。獣臭さと轟音で、鼻も耳もおかしくなりそうだ。


 奴らが近づいてこないのは、エルシアの目の前にいる子供のお陰だろう。

 いくら魔物でも子に対する情は厚い。もしかしたらオーガには、短剣を持った人間が子供を人質に取っているように見えるのかもしれない。言葉の通じない相手には、説明も交渉も期待するだけ無駄だ。


 オーガの一体が、棍棒を振り回しながら一歩を踏み出した。たったそれだけで、地面が鳴り響いて土煙が舞う。ぐずぐずしていたら、すぐに頭を叩き潰されて終わりだ。


 エルシアは、迫る巨体をまっすぐ見据えつつ、注意深くダガーを動かした。荒縄で作られた粗雑な猿ぐつわが地に落ちる。子供のオーガが、どこかほっとしたように息を吐いた。


「……もう少しだけ、大人しくね」


 間髪(かんぱつ)入れずに刃物を動かす。多少手が震えているのはご愛敬(あいきょう)だ。

 子供の皮膚を傷つけてしまわないよう、最大限の注意を払って、手と足を縛っていた縄を切り落とした。


「グオオオオオ」

「グルアアアアオオオオ!」


 エルシアの目と子供の視線が合う。大丈夫、と言う意味を込めて頷いてやると、子供が雄たけびを上げた。呼応するように目の前の巨体が咆哮する。

 自由になった足を踏み鳴らす子供のオーガを、エルシアは一歩離れて見守った。包帯で固めているとはいえ、振り回された腕に当たって首が吹っ飛ぶなんてことはごめんだった。


 どうだろうか。これで少なくとも子供には、エルシアたちの意図は伝わったのではないだろうか。

 ここまでしてあげたのに、この子に襲い掛かられたら目も当てられない。それなりの自信はあったものの、心臓がバクバク言っているのは隠せなかった。腹に力を込めて声を張り上げた。


「治療はしたわ! 家族の元に帰りなさい!」


 子供のオーガと再度視線を合わせる。ダガーを地面にゆっくり置いてから、大人たちの方を手で示してやると、小さな魔物はよたよたと巨体の方へ向かった。


「生きてるか?」

「……三回くらい死んだわ。喪主はお願いね」

「やなこった」


 ガルドスとケトの隣にじりじりと下がると、幼馴染が視線をオーガからそらさず聞いた。子供を返されたとはいえ、怒りが収まらない様子のオーガ達と睨み合う。


「グルアアアア!」

「……ちくしょう、やばいかも」


 エルシアも思わず悪態を吐く。視線の先で、一体が棍棒を滅茶苦茶に振り回していた。このまま突進してくるつもりだろうか。子供を助けたのだから見逃してくれなんて、虫の良い願いは聞き入れられなさそうだ。

 そもそも様子を見に来たことが間違いだったのだろうか。でもここで放置していたら、更なる惨劇(さんげき)に繋がっていたかもしれない。それが分かった上での行動なら、まだ救われる気分だ。

 

「……ねえケト。貴女空飛べたわよね?」

「う、うん」

「私の合図で飛び上りなさい。貴女のことだから、ブランカへの道は覚えているでしょう? 真っ直ぐ向かって」

「エルシア!?」


 ケトが驚いたようにエルシアを見上げる。その視線に応える余裕は、流石になかった。


「ガルドス、昔私が教えた陣形覚えてる?」

「忘れるもんかよ。”(時間稼ぎ)”で行くぞ」


 戸惑うケトを背に、ガルドスと顔を合わせてにやりと笑う。何もせずに死ぬつもりはない。せいぜい少女が飛び上るくらいの時間は稼いでやろう。


 臨戦態勢(りんせんたいせい)のオーガを睨みつけたエルシアは、そこで目を見開いた。

 包帯でグルグル巻きになった小さな体が、大人たちの間をうろちょろと駆け回って唸っている。子供をかばおうとしていたオーガたちが、戸惑ったように子供を見つめていた。


「グオオ」

「ガオオオ」


 大人に優しく押されて、子供がころりと後ろに転がった。恐らく後ろに下がらせようとしたのだろう。子供は傷が痛むのか四苦八苦しながら起き上がると、再度大人の間を駆け回り始める。

 もしかして、止めてくれているのだろうか。彼らは敵ではないと、自分を治療してくれたのだと訴えているのだろうか。人間には単なる咆哮(ほうこう)にしか聞こえなくても、彼らにの間で立派な会話が交わされている様子が見て取れた。


「何しているんだ、あれ……」

「……!」


 警戒を緩めずオーガを睨むガルドスの横で、エルシアは動いた。この機を逃すつもりはなかった。

 剣の柄の辺りで彷徨(さまよ)わせていた手で、薬瓶をひっつかむ。蓋を壊す勢いでねじり開けると、辺りにはマグワートの軟膏が放つ独特のにおいが漂った。


「そこのチビッ子! 痛くなったら、これを使いなさい!」


 投げつける度胸はなかったので、子供のオーガ目掛けて蓋が開いたままの薬瓶をそっと転がす。別に使い方が分からずとも、痛みが消えるものを渡す意図が伝われば、それで良かった。

 コロコロと転がった薬瓶を避けた大人のオーガを尻目に、子供が飛び付く。


 薬瓶を嗅いだ子供が何事か唸ると、大人たちは再びエルシアたちを睨んでから、のっそりと動きだした。


 棍棒を肩に担ぎあげ、オーガがエルシアたちに背を向ける。

 のっそりと森の奥に消えていくその姿は、来た時と違いゆっくりとしたものだった。一体が元々倒れていたオーガの死体を抱え、もう一体が自分の子を(さら)った愚かな男の遺体をぶん回し、姿を木々の間に紛れ込ませていく。

 親と思しき一体の首に噛り付きながら、子供のオーガがこちらを向く。包帯の隙間からのぞく黄色い目に向かって、ケトが遠慮がちにバイバイと手を振った。


「し、死ぬかと思った……」


 ガルドスが大きく息を吐きながら、ゆっくりエルシアに向き直る。酷く不機嫌な顔でエルシアを睨みつけた。


「おい、ちんちくりん! どうしてあんな馬鹿な真似したのか、しっかり聞かせてもらうからな!」

「わ、分かってるって……」


 流石に無茶をしすぎだ。不確かな推測が元で、ガルドスもケトも巻き込んでしまったことに対して、申し訳なさでいっぱいだ。流石にきちんと誠意を見せなければならない。

 ガサガサと言う音も遠ざかり、エルシアもようやくほっと息を吐いた。肩の力を抜きつつ、先程置いてきたダガーを拾おうと一歩を踏み出すと、何故か地面が傾いた。


「あ、あれ……?」


 ぺたんと尻餅をついて、その場で呆然としたエルシアを見て、ケトが慌てた様子で駆け寄った。


「だ、だいじょうぶ!?」


 不機嫌さを表情に出していたガルドスも、驚いた顔で振り返った。少女の手を握りながら、エルシアは気の抜けた顔で笑った。


「こ、腰抜けちゃった……」

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