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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第二章 看板娘は旅をする
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繕いものは真夜中に その8

「おやまあ、ケトちゃんじゃないか」

「ケトちゃん? おう、こないだは助かったよ!」

「今日はお姉ちゃんとお出かけ? 良かったねえケトちゃん」


 朝、仕事に向かうエルシアは、目を丸くしていた。

 隣を歩くケトが、あちらこちらで町の人たちから声を掛けられるのである。それも一人ではない。何人もから声を掛けられていた。

 挨拶される度に「こんにちは」と返すケトは、けろりとした顔だ。エルシアは思わず少女に問いかけてしまった。


「いつの間にこんなに知り合い増えたの?」

「うーん? マチルダさんのこと?」


 ケトはキョトンとして首を傾げた。ニコニコ笑いながら少女に話かけていた八百屋のマチルダのおばあちゃんが代わりに答えた。


「こないだねえ、窓をふさいでいた木材を外してもらったのよ。魔物の襲撃があるからって打ち付けたはいいんだけど、深く打ち付けすぎて外れなくってねえ」

「くぎまがってた。とりづらかった」

「……ケト、いつの間にそんなことしていたの?」


 エルシアにはそんな依頼を頼んだ記憶はない。ケトはコクンと頷いているが、いつそんなお手伝いなんかしていたのだろうか。

 その疑問に答えたのはマチルダだった。


「ほれ、あの体の大きい、……ガルドス君だっけ? 困っているところにあの子が声を掛けてくれたんだよ。そんで、隣にいたこの子が板を外してくれたのさ。それにしても、ケトちゃんは随分と力持ちなんだねえ」

「そんなことないよ?」


 少女が平然と答えているが、看板娘は心ここにあらずだった。

 幼馴染の大男の名前を、予想もしない所で聞いた。彼が付いていたということは、もしかして依頼の合間に手伝っていたということだろうか。


「もしかして、ダメだった……?」


 気付けば少女が少し不安そうに見上げていて、エルシアは慌てる。


「まさか、そんなことないわ!」


 頭を撫でてやると、ケトは少しばかり目を細めた。ダメだなんてことはあるわけがない。むしろ良いことをしたのだから、沢山褒めてあげよう。


 それにしても、ガルドスも隅に置けない。普段は脳筋の癖に気が回るではないか。何だかんだで優しい彼のこと、きっと困っているおばあさんを放っておけなかったのだろう。

 口をもにょもにょさせる。意識しないと、口元がほころんでしまいそうだった。


―――


 依頼に出かける冒険者達を送り出した後、エルシアは一枚の依頼書を掲示板に張り付けていた。


 募集するのは冒険者一名以上。予定期間は最長で二週間。依頼人の欄にはエルシアの名前を書き込んである。

 ”山中の集落までの護衛任務”と用紙には書いたわけだが、つまるところケトを故郷に連れていく依頼だ。


 可能な限り、少女の両親、もしくは縁者を探す。もしどちらも見つからなければ、その時はその時だ。

 もちろんエルシアもついて行くが、第一線を離れて久しいエルシアとケトだけでは心許ないのも事実。そのための依頼だった。


 依頼用紙を張り終えたエルシアは振り返って、ちらりと丸テーブルの方を見つつカウンターの定位置に引っ込んだ。これから書類整理が待っている。費用申請にギルドの損害報告書、しばらく放置していたからかなり溜めてしまっていた。


 今日のケトは、ガルドスやミーシャと一緒に丸テーブルを陣取っている。手元には湯気の立つホットミルクのカップ。ガルドスの手元が前後するのに伴って、少女の視線が一緒に動いていた。


「しっかし、これはもう、ダガーとは呼べないんじゃないか?」

「やっぱり、鍛冶屋さんのとこに持って行った方が良いんじゃない?」

「確かに。こりゃ砥石じゃ限界だぜ」


 ガルドスは砥石を動かす手を休めて、手に握った短剣を見つめた。かなり深くまでこぼれた刃を見て、小さく息を吐く。 

 スタンピードの際、ケトが振り回していた短剣を研いでいるところだ。数々の魔物を(ほうむ)ったそのダガーだが、元を正せばエルシアが使っていた安物。お世辞にも良いものとは言えない。

 無茶な使い方をしたせいで、刃のあちこちがガタガタになっていた。これがもし長剣だったら、何回折れているか分からない。


「もしかして、へんなつかいかたしたからこわしちゃった……?」


 ケトが恐る恐る聞いていた。どうやら借り物を壊してしまったことを気にしているらしい。しかし、そもそもどんな武器だって、ケト程の腕力は想定していないのだ。


「いっそケトちゃんには鞭とか持たせた方がいいんじゃない? 少なくとも刃物に比べたら、ここまで手入れは必要にならないわよ」

「何という色物武器を……。こいつのことだ、自分の振るった鞭で自分がぐるぐる巻きになるぞ」


 二人の話に、エルシアがカウンターの向こうから割り込む。


「そもそもケトに武器なんか持たせないわよ。普段使いの刃物が一振りあれば十分でしょ。護身用にもなるし」

「ぬお、ケトちゃんのかーちゃんに聞かれてた」

「何か言った? ミィ」

「いえいえ! 何にも申しておりませんとも」


 少女は、再びダガーを研ぎ始めたガルドスに興味津々だ。流石に大きな刃こぼれは消せなくとも、少しずつ輝きを取り戻す刃に視線が引き付けられている。


「よし、これで少しはマシになっただろ」


 ガルドスが研ぎ終わった短剣を渡すと、ケトは目を輝かせて受け取った。


「おお……」

「刃に触るなよ? スパッといくから」

「えっ。わ、わかった」


 おっかなびっくりダガーを受け取ったケトは、見違える程綺麗になった刃を見つめた。覗き込めば、鏡のように少女の顔を映している。彼女は実に端的に感想を述べた。


「すごい」


 鞘にゆっくりとダガーを戻すと、少女は四苦八苦しながら麻紐にくくりつけた。思いっきり傾いていたダガーを、ミーシャが直してあげている。砥石と布を片づけながら、ガルドスがぼやいた。


「旅に出るなら、ベルトもしっかりとしたやつを準備しないとな。それから、カバンも必要だ」

「わたし、カバンもってるよ?」

「あんな袋じゃあ、長旅に耐えられないぞ? 俺が昔使っていた革鞄を持ってきたんだが、やっぱりベルトが長いな……」

「なら、それ私に貸して。旅装と一緒に(つくろ)うから」

「おう、エルシア」

「あれ? 仕事はいいの?」


 いつの間にかエルシアが寄ってきていた。ため息を吐きつつケトたちの隣に腰を下ろす。


「まったく、貴方たちが気になって仕事になりゃしない」

「おやおや、もう休憩ですか、シアさんや」

「いやいや、報告書くらいこっちで書いてもいいかなって。マスターが今朝から王都に報告へ行っているし、これでも私、結構忙しいのよ?」


 ギルドマスターであるロンメルは、今朝方他の町の有力者と共に、王都へと旅立っていった。領主である公爵家に、スタンピードの報告と減税のお願いをしなければならないのだ。

 エルシアとミーシャの掛け合いを眺めていたガルドスは、ふと我に返ったように声を上げた。


「ああ、そうだ。エルシア」

「うん、何?」

「さっきお前が貼っていた依頼だけどな、もう剥がしていいぞ。あれ俺が受けることにしたから」

「さっきって……、もしかしてケトの護衛の話?」


 しばらく目を丸くしてガルドスを眺めていたエルシアだったが、やがて不思議そうに聞いた。


「おう。それだ、それ」

「いいの? 長時間拘束されるし、あんまり報酬良くないけど」

「ケトには危ないところを救ってもらった恩がある。それに、最近よく付き添っていたしな。一緒に旅するなら良く知った顔の方がいいだろう?」

「それは、まあ……。というか、ガルドス。私がこの依頼出すの知ってたんだから、もっと早く言ってよ。依頼書張り出した意味ないじゃない」

「おう、悪いな」


 全く悪びれずしれっとのたまったガルドスに、エルシアは渋い顔を見せた。

 隣のケトが「いっしょにいくの?」と聞いている姿を恨みがましく眺めているエルシアの肩を、ミーシャがちょんちょんとつつく。


「ねえねえシアさんや」

「何よ、ミィ」

「嬉しそうですな」

「バカなこと言ってると、報告書手伝わせるわよ」


 それは勘弁と笑うミーシャを見ながら、マーサに受付の仕事を一時肩代わりしてもらうよう頼まなくては、と考えるエルシアだった。


―――


 ケトはじいっと観察していた。


 午後の暖かい日差しに照らされて、中庭にはケトしかいない。

 少女の目の前には小さな茂みが一つ。こんもりと茂った葉の隙間を、しゃがみこんで覗き込んでいるのである。

 彼女にしてはとても珍しく鼻歌を口ずさんでいるのを、カウンターにいるエルシアが聞きつけたのは偶然だった。バックヤードの裏側の窓を開けていたのが良かったのだろう。


 気だるい時間だ。王都のギルド本部に送る報告書を書くペンも止まりがち。そんな中の鼻歌に、エルシアが飛び付かない訳がない。


「にゃんにゃん。ねこさん、ねこさんやー」

「猫……?」


 歌声に、はてと首を傾げる。もしかして、とエルシアが観察することしばし。


 茂みがガサガサと動いて、ひょこりと小さな影が飛び出した。思わず上げそうになった声を、エルシアは慌てて押さえる。


「みゃー」

「ねこさん!」


 ケトの声が弾む。その手の先に、真っ白な毛並みの子猫が見えたのだ。ケトの方に恐る恐る近づいていく白猫と、嬉しそうに待ち構えるケト。何とも微笑ましい。

 ちょっとだけ猫が羨ましい。ケトはまだ、エルシアの前であそこまではしゃいでくれないから。確かに少しは打ち解けてきたけれど、あんな顔はまだ見せてくれない。


 だが、それはそれとして、エルシアは思うことがある。


「あー……、警戒してるなあ」


 見れば白猫の毛が逆立っている。完全にケトを怖がっている。何なら戦闘態勢に入っている。無理もない。ずっと目線を向けているのだから。

 猫にとって、視線を合わせるのは威嚇と同義である。仲良くなりたければ視線を外せ、これは鉄則。エルシアだって、小さい頃似たようなことをしては猫に何度も逃げられたから、詳しいのだ。

 片やケトは、ニコニコしながらじいっと見つめている。子猫が敵視するのは当然だった。


「おいでー」


 ケトが両手を伸ばす。猫はゆっくりと様子を窺いながら、ケトに近付いて。


「みゃっ!」

「うひゃあ!」


 猫が右手を勢いよく振るう。差し伸べられた手を思い切り引っかいた。

 慌てて尻餅をついたケトを尻目に、子猫はそのまま身を翻す。先程までのゆっくりとした足並みはどこにもなく、しなやかに体をくねらせながら、猫はケトに背を向けた。


 手を伸ばしたまま、その姿を呆然と見送っていたケト。猫の背中が柵の向こうに消えて行く頃になって、ようやく我に返ったように声を上げる。


「ま、待ってえ!」

「みゃー」


 そんな彼女の声もむなしく、猫は最後に一鳴きして視界から消えて行った。


「……あらま」


 未だ驚きから立ち直れていないケトを見ながら、エルシアはよし、と腰を上げた。

 とりあえず、引っかかれた手を洗ってあげよう。その後で、話を聞いてあげたいものだ。


 散々な目にあっていたケトには悪いが、何となくケトとあの猫はお似合いだ。そう思って、エルシアは笑った。

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