繕いものは真夜中に その7
町の復興が進むその日、しかしブランカの冒険者ギルドは、重苦しい空気に包まれていた。
怪我をしたベテランも、家の片付けの手伝いに駆り出されていた若者も。手の空いた者は全員、その日ばかりはそろって仕事の手を休めてギルドの建屋に足を運んでいた。
エルシアは、定位置であるカウンターに佇んでいた。
受付業務も今日だけはお休みだ。ギルド職員の制服である素朴なエプロンドレスの代わりに、今日は黒いワンピースを着ていた。
一緒に連れてきたケトには、服を用意する時間がなかったので、黒いマントでくるんでいる。
いつもは服装に無頓着な冒険者達も、揃って黒い服装で集まっていた。普段の見慣れたギルドを考えると、かなり異質な雰囲気が漂う。
流石のケトも、その空気を感じ取ったようだった。
何が始まるのかとキョロキョロしているが、静かにしているように言い含めたので、特に声を上げることはなかった。ちんまりと、エルシアの隣に用意した椅子に座っていた。
遠慮がちなベルの音が響き、その場にいる者の視線が一斉にそちらを向いた。扉を開けたオドネルは、後ろにまだ小さな男の子を連れている。
「よく来た、ジェス」
静まり返った建物の中で、ギルドマスターであるロンメルが、ゆっくりと男の子に近付いた。
「こちらへ」
丸テーブルと椅子が綺麗に片づけられた中を、少年が進む。その先には、白木で作られた大きな柩。そこまで少年を導いたロンメルは、厳かに告げた。
「では、始めよう」
エルシアはケトを促して、椅子から立ち上がらせる。静まりかえったギルドで、ロンメルが口を開いた。
「皆、まずは忙しい中集まってくれたこと、感謝する。これより、先日の襲撃で勇敢に戦い、そして命を散らした、カーネルの送葬を執り行う」
ギルドマスターの言葉に、冒険者たちは静かに目を閉じた。
冒険者が冒険で死んだら、葬儀はギルドが執り行う。昔からのしきたりだ。
その日だけは、全ての業務を休みにして、冒険者全員で弔う。送葬の儀が終わった後は、墓地に葬るのが、ブランカの冒険者達の習わしだった。
”銀札”のオドネルも、普段は荒くれ者で子供に怯えられているロジャーも、冒険者になりたてのミドも、ギルドの長の言葉を聞きながら、ゆっくりと頭を垂れる。
去った者のことを思う時間が流れる中で、柩の前に立ちつくす少年は、青白い顔でただ父親が入った棺を見つめていた。
残されたカーネルの一人息子。彼は一体これからどう生きていくのだろうか。それ以上見ていられなくて、エルシアも目を閉じた。
カーネル。
酒を飲めば手が付けられないし、エルシアにちょくちょく手を出そうと声をかけたり、大雑把すぎてギルドへの報告を怠って怒られたり、本当にロクな人じゃなかった。
そして、誰よりも息子思いで、誰よりも仲間思いな人だった。奥さんに先立たれた彼は、一人息子を何よりも大切にしていた。
子供の誕生日に何を上げればいいのか他の冒険者に相談したり、息子のやんちゃが過ぎると愚痴をこぼしては、いつの間にか惚気になっていたっけ。
畑が一角兎に荒らされたと言って、ほとんど利益にならない依頼を受けていたことも。スタンピードをいち早く知らせるため、必死に駆けてきたことも。みんなエルシアの記憶に色濃く残っている。
断じて、こんな形で死んでいい人ではなかった。
貴方、子供を一人残して本当どうするのよと、エルシアは心の内で呟いた。ジェスと呼ばれていた子供は、まだ十二歳にもなっていないはずだ。先程見えた彼の頬には涙の流れた後が残っていた。
ロンメルによって粛々と述べられていた弔いの言葉が終わった。その視線がエルシアに向けられる。
彼女は冒険者たちの視線を浴びながら、ケトをカウンターの中に残して、ゆっくりと前に出る。
ジェスの前で頭を下げた後、カーネルの入った棺の前でひざまずき、看板娘は目を閉じた。
これもまた、代々伝わる風習だった。先代から教えられた言葉を、心を込めて紡ぐ。
「我ら時を生きる者。永久に生きること能わず。なれば、永久に記憶に留めよう。いつの日か約束の地にて、再び相見えるために。
我ら時に残された者。もはや姿見ること能わず。なれば、子に語り伝えよう。そなたの時を忘れ得ぬために。
我ら時を歩む者。そなたの友にして、そなたが半身。なれば、我らは祈ろう。そなたの歩む道に加護があらんことを」
静かに目を開けて、エルシアは最後に口にした。いつもと同じ言葉を、いつもと違う意味を込めて。
「願わくば、貴方に幸運のあらんことを」
気が付けば、外には雨が降り出していた。まるでジェスの目から零れ落ちた涙のようだと、そんなことをエルシアは思う。
故人と馴染みの深かった冒険者たちで柩を持ち上げる。彼らはこれから町はずれの墓地まで行き、カーネルを埋葬するのだ。
看板娘は、彼らを先導するようにギルドのドアを開けた。柩を通す間ドアを押さえてから、深々と一礼する。
勇敢な冒険者の、最後の出発を、ギルドから見送る。
それもまた、ギルドの看板娘の役目だ。
―――
その日、結局雨は止まなかった。
帰り道、一枚のマントに二人でくるまって雨を避けながら、ケトはエルシアの隣で「今日のは何をしたの?」と聞いた。
送葬の儀の間、真面目な顔をしていたから、彼女だってある程度は理解しているはずだ。それでもあえて聞いたのは、きっと今日のことを自分なりに消化しようとしているのだろう。真っ直ぐな瞳で見つめるケトに視線を返し、エルシアは答えた。
「亡くなった人を送り出していたのよ」
「……しんじゃったひと?」
「……カーネルさんって人がいてね。この間のスタンピードの時に、町を守って亡くなったのよ。その人が、あの世でも幸せでいられますようにって。私たちはあなたのことを忘れないよって、皆でお見送りをしたの」
「みんな、かなしそうだった……」
「そうね、お別れだもの……」
二人の足音が、湿った地面に響く。
ケトは何か思うところがあるようで、俯くと考え込む素振りを見せた。
「しあわせでいられますように……、わすれないよ……」
「ケト?」
うん、と答えたケトは、歩きながらほんの少しだけエルシアに身を寄せた。雨が少女にかからないように、エルシアはケトの肩にかけられたマントを直してやった。




