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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第一章 看板娘は少女を拾う
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毎日が大冒険 その1

 エルシアには、最近気になるお客さんがいる。

 カーネルを追い払った看板娘が窓の外をちらりと見れば、太陽は大分高く昇っていた。”気になる客”がもうすぐ来る頃合いだ。

 

 ”気になる”とは言っても、残念ながら、相手は男性ではない。


 エルシアは花も恥じらう十八歳。同年代の娘たちが結婚を考え出し始める中で、幸か不幸か、彼女にはそういった相手はまだいない。できる予定も特にない。


 冒険者ギルドと言うだけあって、お客さんはむさくるしい連中ばっかり。

 こんな田舎町では、"男性"なんて呼べるような小奇麗(こぎれい)なお方はとんとお目にかからない。容姿の整った、それでいて優しい凄腕冒険者などおとぎ話にすぎないのである。

 常連さんの呼び方なんて”野郎ども”で十分。そんな男達に囲まれていては、色恋沙汰とは無縁だった。


 カランコロンと、ドアに付いているベルが鳴った。カウンター越しに入口を見れば、件のお客さんがぴょこりとそのお客さんが姿を現す。


「こんにちは」


 鈴の鳴るような小さくて高い声。

 そこに立っているのは、何度見てもこの場に不似合いなお客さんだった。


 荒くれ者どもと比べると驚くほどに小さな背丈。真ん丸で小さな顔にくりくりとした大きな瞳。何より目立つのはその髪だ。まるで細い絹糸のような、サラサラのアッシュブロンド。冒険者ギルドには似つかわしくないその姿は、どこからどう見ても、小さな女の子のものだった。


 ロビーで思い思いに過ごす男たちは、明らかに異色なその訪問者にちらりと視線をやったものの、すぐに興味をなくしたようにそれぞれの話に戻っていく。

 彼女が初めてギルドに来てから一か月。最初こそ荒くれ者を驚かせた風景であっても、ここ最近では日常になっていた。


 とてて、と受付まで歩いてきた女の子は、壁際に置いてあった低い踏み台を引きずって来て、それに乗っかった。ここまでしてようやくカウンターに顔を出せるのだ。踏み台は、少女の身長に対して机が高すぎるからと、エルシアが倉庫から引っ張り出してきたものだった。


 まるでモグラのようにぴょこんと顔を出した少女に、エルシアは笑いかけた。


「おはよう、ケトちゃん。朝ごはんはちゃんと食べた?」


 小さな頭がこくりと頷く。 


「うん、きいちごたべた」

「この時期じゃ、まだ酸っぱくない? 大丈夫?」

「だいじょうぶ」


 女の子は特に表情を変えなかった。

 人見知りなのか、はたまた警戒しているのか、彼女はとても無口だ。エルシアはまだ、少女が笑ったり怒ったりするところを見たことがない。


「今日も薬草?」

「うん。やくそうやる」


 澄んだ声でケトが答える。エルシアは頷いて、「じゃあ」と話を続けた。


「いつも通りマグワートの葉っぱを十枚取ってきてね。いい? あんまり森の奥まで入っちゃだめよ」

「うん」

「よろしい。じゃあ最後に、ケトちゃんのカード見せて」


 エルシアが手を差し出すと、ケトは肩から掛けた大きなカバンをごそごそと探り出す。

 カバンといっても、冒険者たちが使うような革製の頑丈なものではなく、麻でできた簡素なものだ。

 まるで農家の娘が採れた野菜を放り込む大袋のようだと、エルシアは思う。お世辞にも綺麗とは言えないそれは、少女が毎日持ち歩いているせいか、端がほつれてきはじめていた。


 中に何をそんなにため込んでいるのか。がさごそと探すことしばし、ようやくお目当てのものを見つけたケトは、小さな手でギルドカードを渡してくれた。

 手のひらサイズの木のカードは、ランクと名前、年齢が書かれているだけの簡素なものだった。

 ちなみに、”ケト”や”九歳”と書かれた流麗(りゅうれい)な筆跡は、エルシアによるものだ。ランクはもちろん”木札”。冒険者なら誰しも通る入門編だ。

 名前も年齢も、本来であれば登録時に本人が書かせるはずのもの。エルシアが代筆したのは、ケトが読み書きできなかったから。”ケト”という名前をエルシアが知ったのはその時だ。


「夕方までには帰ってこなくちゃダメよ?」

「わかった」

「よろしい。はい、”木札”を返すね」


 カードを返すと、ケトが鞄の奥底に手を突っ込んで仕舞い込んだ。それをのんびり待ってから、エルシアは両手でケトの手をとる。


「さて、それじゃあ最後におまじない」


 紡ぐのは無事を祈る言葉。冒険者ギルドに代々伝わる、冒険者送り出す際に必ずかけるおまじないだった。


「貴女に幸運のあらんことを。行ってらっしゃい」

「うん。いってきます」


 手を離して顔を見れば、ケトは大人しくされるがままになっていた。

 初めて依頼を受けた時、彼女はこのおまじないにびっくりしたような顔をしていたものだが、流石にもう慣れたようだ。最近、行ってきますと返してくれるようになったのが、エルシアには結構嬉しい。


 ぴょこんと踏み台から飛び降りて入口に駆けていくケトに、エルシアは手を振った。


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