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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第二章 看板娘は旅をする
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繕いものは真夜中に その6

 そんな訳がない、と受付嬢は言った。


「そうは言ってもねえ。事実だもの、シア……」


 答えたミーシャも、()に落ちないと言う顔をしている。

 いつもの定位置から少しだけ身を乗り出す。カウンターを間に挟んで向こう側にいるミーシャは、背負った矢筒をよっこらせと下ろすと、カウンターに寄り掛かって長話をするときの体勢に移った。


「その話、もっと詳しく聞かせて?」


 依頼書に書き込んでいた手を止めて、エルシアはミーシャの報告に耳を傾ける。


「依頼通り、北西の水車小屋に行ったわけよ」

「うんうん」


 スタンピードの際、少しでも魔物の狙いを逸らそうと囮に使った水車小屋の確認。それがミーシャが受けた依頼だった。

 大量の小麦と肉。それを町から少し離れた水車小屋に置く。肉の匂いで魔物を引き付ければ、小麦の量で魔物を水車小屋に引き付けられる。ゴブリンは何でも食べるから、魔物の襲撃の際にはよく使う手の一つである。


「そしたらね、水車小屋は手つかずだったわけよ」

「……手つかずというと?」

「小屋も全く壊れていないし、小麦も肉もそのまま。いや、肉の方は腐り始めていたけれども。ミドと一緒に荷車引いて行ったとは言え、持って帰ってくるの大変だったよ……」

「足跡は? 周りに残ってなかった?」

「きれいさっぱり」

「そんなことって……」


 看板娘が眉間に皺を寄せて考え込む間に、ミーシャが続けた。


「確かにさ、元々こんな時期に襲撃なんておかしいとは思っていたのよ。スタンピードって、冬場の食料不足が原因のほとんどだって言うじゃない? でも今回の襲撃は暖かくなってからだし、しかも食料には手つかずだし」

「何か他の要因があったってことよね……? そうとしか考えられないけれど、心当たりがないわ」

「私だってさっぱりよ……。誰か魔物の恨みを買ったやつがいるんじゃない?」

「そんな話は聞いてないわ。少し前にずっと西の方でスタンピードが起きたらしいって噂なら知ってるけど」


 ミーシャの話をメモした藁紙を眺めながら、エルシアは羽ペンを置いた。

 これは後で、ギルド長に相談すべき案件だろう。スタンピードの原因が食料不足でないなら、その原因をつぶさない限り、また襲われる可能性があるのだから。


「……山脈の大規模な調査依頼、出した方がいいかもね」

「依頼にするなら、あたしにも声かけて。原因が気になるし」


 ミーシャと二人顔を見合わせる。エルシアはそこでようやく、言い様のない不安を覚えた。

 いずれにせよ、今すぐどうこう出来る話ではない。然るべき人に相談して、然るべき手順で進めるべきだろう。そう考えた受付嬢は、カウンターの奥に置いてある水差しからカップにお茶を注いで、ミーシャに手渡した。

 今は待っているお客さんもいないし、もう少しおしゃべりしていても大丈夫なはずだ。


「そういえば、聞いた?」


 ミーシャがカップに口をつけながら、もごもごと口を開いた。


「衛兵隊のところに教会の人が来て、支援を申し出たって話」

「ああ、それならこのギルドにも来たわよ?」

「わぁお! いつのこと?」


 エルシアも自分のカップにお茶を注ぎ足しつつ答える。


「つい昨日。丁重にお断りしたわ。あの人たち『見返りなどはいりません』なんて言ってたけど、どこまで信用できるか」

「なんだあ、撃退済みかあ」

「タダより高いものはないってね」

「貧乏根性沁みついてるねえ、シアは」

「うっさい」


 自分もカップに口をつけながら、エルシアはため息を吐いた。


「それに撃退なんて言わないであげてよ。多少下心があるにしても、きっと向こうも善意なんでしょ。実際今は隣町からの援軍のお陰で、人手は足りてるからねえ。胡散臭(うさんくさ)い連中の手は借りられないわ」

「必要なのは神官より商人かあ。龍神聖教会(ドラゴニア)って、進んで人々を助ける人気集団なんて聞いたけど、実際のところよく分からないよね」

「このあたりに教会がないから、あまり知られてないだけよ。元々はこのカーライル王国の南側を中心に活動しているそうよ。向こうでは結構人気があるみたい」


 北に山、南に海。それが大まかに見たこの王国の地理だ。ブランカは最も北に位置するのに対し、教会は南の海沿いが本拠地なのだとか。この町で知名度がないのも当たり前だった。


「いずれにせよ、神官だろうが商人だろうが、怪しい連中の手は借りないわよ。もしお願いするにしてもちゃんと身元は調べるし。今回、ただでさえ色んな所に借りを作ったのに、これ以上は増やしたくないわ」

「確か、衛兵隊のエドウィンさんも同じこと言ってた」


 流石にこうも断られると不憫(ふびん)ねえと口では言いつつ、ミーシャは欠片も不憫(ふびん)に思っていなさそうな顔で笑った。


―――


 看板娘は思わず身を乗り出した。つい最近、ミーシャにも似たようなことをした気がする。


「ナッシュさん、それ本当?」

「うおっ! 顔が近けえよ」

「あらごめんなさい」


 エルシアが机の上の作りかけの地図に視線を戻すと、ナッシュがぶつくさ言いながら地図を覗き込む。


 今日のエルシアは、ロビーの丸テーブルを一つ占領していた。

 スタンピードの際、作戦を練るために地図を一枚使い潰してしまったため、新しいものを用意しているのだ。


 そもそも地図は貴重品だ。外部に地図が漏れないように、原本と写しの二枚をギルドで厳重に保管している。

 せっかく写しを作るのだからと、エルシアは顔を合わせる冒険者たちに片っ端から聞き回っていた。ブランカの北、もしくはその周辺に村や集落はないか? 家はどうか? 北の山脈にあれば、ぜひ教えてほしい。

 そもそもこのブランカ自体が、このカーライル王国の中でも北に位置する町だ。さらに北と言えば、森か山脈くらいしかない。エルシアはこれまで、ブランカの北に村があるなんて話を聞いたことがなかった。

 そんな中でもたらされたのが、ブランカの北西にある山中の小さな集落の話だった。これで興奮するなと言う方が難しい。


「地図で言うならこの辺か。途中からは急な山道だし、あのチビの足じゃあ三日はかかるはずだ。正直一人で歩ける距離とは思えないけどな」

「なるほどねえ。その集落、名前は分かる?」


 ナッシュは包帯が巻かれた腕を撫でながら答えた。スタンピードで負った傷もだいぶ治ってきて一安心だ。


「いんや、何年か前にゴブリン退治の依頼かなんかで行っただけだしなあ。実際村って言う規模でもなくて、家が何軒か建ってるだけだったのを覚えてるよ。そもそも小さすぎて名前がついているかも分からんぞ?」


 ケトの話に、住んでいた村の名前は出てこなかった。単純に知らないのか、それとも元々名前がないのか。子供の足で三日以上かかると言う話は当てにならない。ケトの飛行能力なら、ずっと早く着くことができるのだから。


「……確かめてみるのも悪くないかもね」

「まさか行く気か? ケトちゃんを連れて?」

「本人を連れて行かなくてどうするのよ。大丈夫、マスターにはギルドの正式な依頼にする許可は貰っているわ。それに準備もあるから、実際にはもう少し落ち着いてからでないと行けないわ」

「根回し済みかよ。エルシアちゃんは本当にちゃっかりしてんなあ」


 ナッシュは呆れ顔だ。エルシアが段取り良くものごとを進めるたびに、常連さんが呆れた顔をするのはなぜだろう。


 カランコロンとベルが鳴った。ケトが帰ってきた合図である。


「ただいま」

「お帰り、ケト。どうだった?」


 ケトは定位置にりつつ椅子の上によじ登りながら答えた。


「ちゃんとできたよ」

「おう、マチルダのばあさんが感謝してたよ。助かったってな」


 続いて入ってきたのはガルドスだった。

 最近の彼は、ケトのお守り専門になっている。自分で頼んだとはいえ、大男と少女のちぐはぐコンビは少し可笑しい。


「そう。偉いわ、ケト」


 少女のアッシュブロンドを撫でてやる。心なしか目を細めていたケトだったが、ふと我に返ったようにエルシアを見上げた。


「そうだ! あとでガルドスとけっとうやるの」

「けっとう……? 決闘!?」


 藪から棒に、少女の口から物騒な言葉が飛び出て、エルシアは仰天してしまった。思わずガルドスを睨みつける。何がどうしてそんな話になったのだ。お守りはどうした。


「ちょっと、ガルドス! こんないたいけな子に何てことさせようとしているの!?」

「違う違う! せっかくこれだけ強いんだから、模擬戦をやってみたいって言っただけだ!」

「変わらないじゃないの、こんな小さな子に!」


 目を吊り上げたエルシアに、ガルドスは慌てた様子で言った。


「違えって。俺がちょっと打ち合いしてみたいなって言ったら、ケトのやつ、思った以上に乗り気になっちまってよ」


 ケトを見下ろせば、どこかキラキラした表情でケトが見上げていた。その表情を見つつ、ガルドスが続ける。


「どうやら昔話で、騎士が決闘する話を聞いたことがあったらしくてなあ。模擬戦の説明したら、決闘だ決闘だって騒ぐもんだから……」

「それで決闘……」

「もちろん怪我させないように気を付けるからさ。一回だけ、どうだ?」


 ガルドスは困ったような表情でエルシアを見ていた。その中にかつてのガキ大将の面影が見えて、エルシアは言葉に詰まった。

 何やかんや言って、この男も手合わせしてみたいに違いない。どうだろう、ガルドスなら大丈夫だろうかと考えて、エルシアは肩をすくめた。


「いい? ケトに怪我させたら承知しないわよ? 一回打ち合ったら終わりだからね」

「お?」

「何よ、文句ある?」

「いや、まさかお許しが出るとは思わなかったから」


 キョトンとした表情の大男を見ていたら、思わず顔に血が上った。何だそれは、まるで自分がガルドスに(ほだ)されたみたいではないか。


「じゃあ撤回するわ」

「待て待て落ち着け。おいケト、エルシアからお許しが出たぞ。すぐ行こう」

「いいの?」

「いいんだ、お許しは貰ったからな」


 慌てた様子でケトの背中を押すガルドスを見て、エルシアはまた一つため息を吐いた。


―――


 ギルドの建物の裏には、ちょっとした庭がある。

 普段あまり使われることのないその庭に、ケトとガルドスが向かい合って立っていた。二人の手にはそれぞれ木剣が握られている。


 エルシアが様子を見に行くと、ガルドスが少女に剣の構え方を教えているところだった。初めて持つ剣に、どうやらケトは四苦八苦しているようだ。どうやら、決闘をする前に越えなければいけない壁は多いらしい。


「大丈夫か? それ、重くないか?」

「おもくないけど、ながい……」


 少女にどうにか両手で構えさせる。昔話の騎士のように格好良く構えられなかったのが不服なのか、ケトは複雑な表情をしていた。


「その背丈じゃなあ。本当は剣がもう少し短い方が良かったんだが。さてと」


 よし、と気合を入れて、ガルドスも木剣を構えた。


「じゃあ、まずは思いっきり打ち込んでみろ」

「う、うん。分かった」


 ケトは深呼吸して、剣を握る手に力を込めた。

 きりっとした表情とは裏腹に、よく見ると腰が引けていて微笑ましい。少女は自分の身長と同じくらいの長さの木剣を、頭の上まで振りかぶって思い切り打ち込んだ。


「とりゃあ!」


 腰の入っていない、ただ振り下ろした棒切れ。目は(つむ)ってしまっているし、滅茶苦茶な太刀筋だったが、ガルドスは慣れた動きで自分の木剣を合わせていく。流石はガルドス、”銀札”はしっかりしている。

 そう呑気に微笑んだエルシアは、ケトの馬鹿力をすっかり忘れていた。


 馬鹿正直にケトの剣を受け止めたガルドスが、矢のような勢いで吹き飛んだ。がっしりした大柄の男が、塀にものすごい音を立てて激突してべちゃりと落下する。へなちょこの剣筋を受け止めたガルドスの木剣が、真ん中からぽっきり折れて放り出されていた。


「ちょ、ちょっと、ガルドス! 大丈夫!?」

「お、おう……、いってえ……」


 ガルドスに手を貸して引き起こせば、彼はふらふらしながら体を起こした。あれだけ激しくぶつかったというのに、彼はすぐに気を取り直したように立ち上がった。そんな大男に、ケトが慌てて駆け寄ってきてくる。


「ご、ごめんなさい……」


 しゅんとするケトの頭を、ガルドスが大きな手でわしわしと撫でてやっていた。吹き飛ばされたばかりだとはとても思えないタフさだと、エルシアはひそかに感心した。


「いや、思いっきりって言ったのは俺だしな。お前が馬鹿力だって知ってはいたんだが、そんな振り方でまさかこれほどとは……」

「大丈夫よケト。この脳筋が勝手にやらかしただけだから。ふふっ」


 ガルドスが頭を搔きながら、エルシアを見やった。折れた木剣を拾いながら渋い顔をする。


「ちったあお前も心配しろよ」

「おでこちょっと擦りむいたくらいでしょ。自業自得よ。ほら、手当てしてあげるから中入って」


 先んじて建物のドアを開けながら、看板娘はガルドスとケトの方を振り向いた。腰に手を当てて、「それから」と二人に向かって言い放つ。


「当分は、ケトに剣を持たせるの禁止だからね!」

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