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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
終章 少女は看板娘を拾う
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エピローグ 町のギルドの看板姉妹



 それからしばらく時間が経った、春の終わりのとある一日のこと。


 王城では、アルフレッドが深々とため息を吐いていた。


「ここも通れないのか……」

「被害甚大、ですわね。ついでに(わたくし)たちはまた会議に遅刻ですわ」

「時間通りにたどり着ける人の方が少ないかもしれませんよ」


 隣でエレオノーラが苦笑する。二人の視線の先では、二階の渡り廊下が崩落して見る影もない。

 瓦礫の撤去はまったく追いついておらず、廊下のあちこちに崩れた壁が積みあがっている。別にここに限ったことではない。王城のあちらこちらがこんな有様である。


 しかしながら、城は活気に包まれていた。

 使用人が、侍女が、文官が、騎士が、何なら暇を持て余していた諸家の令嬢たちまで、手の空いた者は全て駆り出されているのだ。皆、文句を言いながらも完膚なきまでに壊された城の復旧に当たらねばならない訳で、げっそりしながらもとにかくわあわあ騒ぎながら進めるしかない。


 彼らの傍を使用人が令嬢と駆けていく。長いマントを放り投げた文官が、鎧を外した騎士と埃まみれになっていた。


「我が国の外洋進出、おそらく五年は遅れますわね」

「二十年の圧政を容認するよりはマシでしょう?」


 まあね、と気の抜けた微笑みを返した婚約者に、アルフレッドは続ける。


「それに、城がなくとも(まつりごと)はしなくてはいけません。とりあえずは被害の少ない西支城を使うとしてね」


 アルフレッドは崩れた壁の隙間から除く、春の青空を仰いだ。


「そして何より、我々は貪欲です。元陛下とは異なる方法で、次への一歩を踏み出さずにはいられない。立て直すまで、きっと五年もかかりませんよ」

「……それを喜んでいいのか、悲しめばいいのか」

「やるしかありません。この不格好な城でも、それくらいはやってみせます。それが我々の責務です」

「……まったく」


 苦笑を浮かべたエレオノーラは、「で……」と目線を貴公子の腕に落とした。


「あなたが後生大事に抱えているそれは?」

「読みます?」


 紙の束を受け取ったエレオノーラは、パラパラと不揃いの書きつけをめくり始めた。一瞬目を丸くした彼女は、すぐにその目に真剣な色を湛えて、ぎゅっと口を引き結ぶ。


「ちょっと、何てものを……」

「すごいでしょう?」


 しばし黙り込んだ後、王女は我慢しきれなくなったように声を上げた。


「……どこもかしこも罵詈雑言の嵐じゃないの! あの子、真面目な顔しておいて、腹の内でこんなこと考えていたの!?」

「いくら従妹殿でも、一から十まで信用などできません。ですから”影法師(シルエット)”に頼んで、こっそり持ち出しておいたんです。従妹殿は考えを紙に書き出す癖がありますから。お陰で考えが読みやすかった」

「はあ……。ヴァリーに言いつけてやろうかしら」


 胡乱な目でアルフレッドを見上げたエレオノーラは、肩をすくめてみせた。


「……先程の会議で言い出した、騎士団撤退による南方の混乱予測。大本はこれね?」

「ご名答。この短時間でポンポン考え着くことじゃありませんよ。……もっとも従妹殿はこの書類、全部処分しようとしていたようですけどね」

「当たり前よ、こんなもの!」


 国の重鎮たちが普段のいがみ合いも忘れ、心を一つにして"傾国"に対する罵詈雑言を一通り交わした後で、王都の被害や戦後処理に頭を抱えた臨時会議。そんな中での彼の発言の正体にようやく気付き、緩やかな癖っ毛をゆらゆら揺らしたエレオノーラ。


「北の都市群への支援方策。南の騎士団撤退とそれによる混乱。龍神聖教会(ドラゴニア)本体の再編交渉。……この革新的すぎる議会構造は流石に使えませんが。いずれもとっ散らかっていますし、見当はずれの政策もとにかく多い。ですが、整理すれば一考の価値はあります」

「……その上にでかでかと”くそったれ”って書いてあるけど」

「本当に、とても人様に見せられるものではありませんね」


 エレオノーラは黙り込んでから、少しだけ悔しそうに「でもねえ、これ悪くないわ」と呟いた。同感ですと言わんばかりに、アルフレッドも頷く。


「この混乱の中で、我々は早急に方針を立てなければいけない訳です。もちろん誰もが考えているはずですし、私たちもある程度は道筋を立てて事に及んだ訳ですが」

「あの子ったら(まつりごと)のこと何にも知らないから、ものすごい政策を書き殴ってるじゃない。そのまま使ったら国が崩壊する」

「ええ。ですが、我々には持てない視点で物事を見定めている。彼女は聡明ですから、筋も通っていますし。貴重な資料だ」


 エレオノーラはアルフレッドと、呆れた顔を見合わせて。


「台無しよ。国政に関わらせないって話は一体どこへ……」

「隙を見せた従妹殿が悪い」


 なんだかなあ、ととても王女らしくない声を上げたエレオノーラに、アルフレッドは笑ってみせた。


―――


 王都の名所、噴水広場で。


 町の人に交じって瓦礫を運んでいたロザリーヌは、我慢しきれなくなったように腰を伸ばしたところであった。隣で柱の欠片を持ち上げたローレンが、彼女の気持ちを代弁するように笑う。


「いい加減嫌になっちゃいますね。王女サマ、まさか本当に全部押し付けて逃げちゃうとは」


 きっと鬱憤(うっぷん)が溜まっていたのだろう。まるで水を得た魚のように、ロザリーヌはすかさず騒いだ。


「ほんっとうに、あの人は”傾国”ですわ! 今度顔見たらぎゃふんと……」


 そこで、ロザリーヌは口を噤む。心持ち肩を落とした彼女に、従者は苦笑を漏らしていた。


「寂しそうですね、お嬢」

「お黙りなさい、ローレン!」


 腰に両手を当てて従者を睨みつけたロザリーヌ。そんな彼女に、従者は聞いてみた。


「で? あれはどうするんです?」

「いきなり何の話よ」

「ほらあれ。”影法師(シルエット)”の全権委譲の打診」


 追放される彼女の監視につけた”影法師(シルエット)”は、”白猫”の手によって全て撃退された、そういうことにしようと思う。アルフレッドがそんなことを平然と言ってのけた時、皆が揃って呆れた顔をしたものだ。


 確かにあの娘を再び行方不明にさせたいという思いは誰もが共通して持っていて。だが国を担う者として、表向き放置はできないというのも分かっていて。


 その結果の見え透いた嘘である。

 当然宰相家は叩かれ、”影法師(シルエット)”の運用責任を問われることになるだろう。元々”傾国”の横暴を許していたことと合わせ、宰相家から指揮権を剥奪しようという流れになることに違いない。


 その後任に、ロザリーヌを据えたい。それがエレオノーラとアルフレッドからの打診だった。しばし黙り込んだロザリーヌは、やがて静かに答える。


「受けるわ。あの人に国を託された、私の責務だもの」

「……辛い道になりますよ?」

「分かってる。例え王家であっても宰相家であっても、道を踏み外したなら私が容赦しない。それが”影法師(シルエット)”の存在意義だもの」

「……そこで即答できるからお嬢が選ばれたんでしょうねえ」


 そこで従者は口調を変えて、あっけらかんと笑った。


「いやまったく。”傾国”も面倒なものを残していきましたね」

「本当よ! あの人ホントに良いとこ取りだわ!」


 静かな決意に背筋をピンと伸ばし、けれど二人は変わらず軽口を叩く。


 騒ぐ彼らに驚いたのだろう。二人の隣でギルドの制服の袖をまくり上げた女性が、目を丸くして彼らを見ていた。


「あのう……。本当に、ロザリーヌさんはお貴族様なのですか?」

「何よ無礼ね! 私は誇り高きロジーヌ家が長女、ロザリーヌ・ロム……」

「ちょっとお嬢、埃が舞うから手を振り回すのやめてください」

「ローレン!」


 茶化した従者に、騒ぐ令嬢。二人を見ながら女性は笑う。


「この国のお貴族様は、本当に変わった人が多いですね」

「いや、お嬢を基準にするのは良くないすよ? お嬢より変わった人なんかそうそういませんし」

「でもこの間、”傾国”殿下はうちの屋根裏から降りてきましたよ。王女様があんなことするくらいなんだから、何してたってあんまり驚きませんって」

「……”傾国”をご存知ですの?」


 思いも寄らない言葉に口を噤んだロザリーヌ。ギルドの制服を纏った女性はくすくすと笑って胸を張った。


「もちろん! エルシアさんは私の文通友達ですから!」

「はあ?」


 目をぱちくり見開いて、ロザリーヌはローレンと目を合わせたのであった。


―――


 ヴァリーはゆっくりと顔を上げた。


 木漏れ日が柔らかく覆う王城の片隅で。


「ね、リリエラ様」


 振り向いて、彼女の隣で共に景色を見る。

 白亜の壁はあちこちが薄汚れ、屋根はところどころ吹き飛んだ”六の塔”。そこから巣立っていった娘のことを思いながら、侍女はポケットの包みをまさぐった。


「娘さんから、贈り物を預かりましたよ」


 整えられた芝生は掘り返されて、ただ均しただけの土の地面。ゆっくりしゃがみ込んで、ヴァリーはそれを手に取る。


「この間、手紙が届いたのです。娘さんがギルドの中庭で育てている花なんですって」


 丁寧に、丁寧に。一粒一粒真心を込めて。

 ヴァリーは花の種を植える。


「あの子、いつの間に花言葉なんか勉強したんでしょうね。直接言うのは恥ずかしいからって、こんな贈り物を」


 薄青の、カンパニュラの種。それが贈り物。

 母の墓の前。お金の包みを掘り返した時のままにして離れてしまったから。

 できれば綺麗にしてあげたいと、娘が母に選んだ花。


「きっと綺麗な花をつけてくれますよ。水やりはこのヴァリーにお任せを」


 微笑んで、こんなところか。

 ゆっくりと立ち上がり、後ろに佇んでいた男に頭を下げる。


「お待たせしました。コンラッド様」

「よろしいのですか、ヴァリー殿」

「ええ。明日もまた、来ますから」


 侍女は”影法師(シルエット)”と歩み出す。


「……キャラベル様とアキリーズ様の会談、ですか」

「先王陛下と、教皇閣下。お二人が代表代理となったことで、我が国は教会との正式な終戦協定が結べます。……もちろん、問題はまだ山積みですが」

「やることも山積みですね。私も、あなた方”影法師(シルエット)”も」


 最後に少しだけ振り返って。

 ヴァリーは苦笑して、木漏れ日に包まれたリリエラへと呟いた。


「……本当にあの子は、侍女泣かせの主人です。ね、リリエラ様?」


―――


 北の田舎町ブランカ。その北門で。


 ジェスは腰に手を当てて、”金札”を睨みつけていた。


「おう、なんだ坊主。何か言いたそうだな」

「別に」

「ジェス怒ってた。もう少ししたら剣術をランベールさんに教えてもらうつもりだったんだって」

「何!? そういうことは早く言え。よし、今すぐ剣を持ってこい、出発は明日だ!」

「いいから。そういうのホント良いから」


 サニーとティナの茶化しに乗ってしまったランベールを、ジェスは慌てて止める。

 にやにや笑いながら、荷物を背負った”金札”がゆっくりと立ち上がった。


「本当に、世話になった」

「いいや、こちらこそ。……うちの看板娘が随分と迷惑かけたよ」


 衛兵を代表してエドウィンが答え、首を横に振る。


「人助けは程々にな。損するから」

「嫌って程思い知ったさ。だがまあ、悪い気分じゃない、たまにはいいもんだな」


 気負いない顔で笑い合い、エドウィンはコホンと咳払い。


「ランベール・バーネット。この町に尽くした数々の功績を以って、誘拐の罪を償ったこととする。……元々ギルドの我儘で正式な届け出てすら出していなかったから、形だけだけ、な。釈放だ」

「すまなかった。あの二人にも、そう言っておいてくれ」

「もう十分に伝わっているとは思うが……。今度言っておくよ。あんたも、娘さんを大切にな」


 名残惜し気に町を見回した元人攫いに、ジェスはゆっくりと歩み寄る。俯く彼の上から声が降ってきた。


「坊主も。迷惑かけたな」


 何とも気恥ずかしくて、ジェスは顔を上げられない。


 頑張って、それはもう頑張って、少年は口を開いた。


「……ありがとう」


 顔を真っ赤にしたまま、仏頂面を貫くジェス。そんな彼を目を丸くして眺めたランベールは。

 少しして、何とも嬉しそうに、わしわしと少年の髪を滅茶苦茶にしたのだった。


―――


 ブランカの冒険者たちは、今日も今日とて依頼を受ける。


「ああ、お墓ってのはこれだな……」

「よし、さっそく始めるとするか」

「そうだな」


 北の山脈、中腹にある少しだけ開けた場所に、幾人もの人影があった。

 いつも見かける鎧ではなく麻の服を身に着けたオドネルに、包帯が外れたミドが問いかけ、作業用の手袋をしたナッシュが口を挟んだ。


「あの子も手伝いに来るんでしょ?」

「明日来るってさ。長丁場になるんだ、まずはあの子の寝床を作ってやらなくちゃいけないな。どうせあの子なら半日もかからず来れるだろ」

「いや、あの子の姉さんも一緒だからな。あんまり速いと目を回すぞ、あいつ」


 ガルドスがスコップを片手に、グルグルと腕を回す。左肩の傷も問題なさそうだ。早い所、元の勘を取り戻さなくてはいけない。大きな図体の隣で、ミーシャがぐっと伸びをした。


「うーん、良い天気! 終わったら日向ぼっこね!」

「そのためには、雨季に入る前に片づけちまわないとな」

「よしきた!」


 ”被災地の修補”。


 それが、ブランカの冒険者たちが受けた依頼だった。

 町から徒歩で三日かかる山脈の集落。昨年魔物の襲撃を受けて打ち捨てられたその場所を、少しでもきれいにしたいという、十歳の女の子からの依頼だ。

 ちなみに依頼主である少女にも、姉と一緒に手伝ってもらうことになっている。明日朝一で、二人一緒に”とんでくる”予定だ。


「時にガルドスさんや」

「なんだ? ミーシャ」


 ガルドスの隣で、幼馴染の女冒険者が妙にニヤニヤしていると思ったら、ツンツンとつつかれた。


「どうなんですか? 最近、恋人さんとは?」

「ぶふっ!」

「おお! 俺も気になってたんだ。どうなんだ、”銀札”!」

「なんたってうちの看板娘を落とした腕利きだからな! 泣かせたら承知しねえぞ!」

「ちなみに彼女さんからは、甘々な惚気を延々と聞かされてまーす!」

「うおおおお!」


 一気に湧いた冒険者たち。そのど真ん中でガルドスは顔を引き攣らせた。

 ミーシャの奴、近くに人が集まったタイミングを狙いやがった。これでは口下手なガルドスでは躱すなんかできやしない。


「今更隠すことねえだろ! 看板娘帰還の打ち上げ会で、あんだけ熱い告白をかましたガルドス君なんだぜ?」

「あの時の俺はどうかしてたんだ……!」

「まあまあ、皆さんお静かに。まずはガルドスの報告を聞きましょうや」

「そうだそうだ。で、そこんところどうなんだ!?」


 かあっと顔に血が上った。

 鏡を見るまでもない、自分は今、耳まで真っ赤だ。


「えっと、なんつーか……」


 脳筋とちんちくりんの関係。それはもちろん変わりないけれど。

 互いに一歩踏み込んで、少しだけ見る目が変わって。


「昔から可愛い奴だったけどよ……」


 幸せを隠そうともしない笑顔、秘密を抱えていた辛さをこれでもかと打ち明けてくれる涙、からかう時のちょっと悪そうな顔、キスする時に見せてくれる余裕のない表情。


「……素直なあいつは、ホント可愛い」

「うおおおおおおおおおおおっ!」


 とりあえず。

 明日彼女が来ても、しばらく恥ずかしくて目を合わせられないな。

 ミーシャにバシバシ背中を叩かれながら、ガルドスはそんなことを思ったのだった。


―――


「へっくしゅん!」

「大丈夫? かぜひいた?」

「うーん、違う気がする」


 心配そうに顔を覗き込んだケトに微笑みを返す。エルシアは何枚も着込んだ外套の襟元を引き寄せてみた。


「暑い……」

「お空は寒いよ?」


 春も終わりに近いことを考えれば、二人の恰好は厚着にも程がある。ケトの外套を直してやりながら、エルシアはふと大男の言葉を思い出してしまった。


「この間、ガルもそう言ってたね」

「途中でブルブルしてた。寒そうだった」


 その時のことを思い出したのだろう。ケトはクスクスと笑う。


「どう? きつい所はない?」

「だいじょうぶ!」


 ぴょこんと跳ねると、着慣れた外套が、ケトと共にふわりと靡いた。


 決戦でボロボロになった外套。町に帰って来た後、流石にもう着れないねと苦笑したエルシアに、ケトは絶対直すのだとこれでもかと主張したのだ。


 夜、家に帰った後で、二人で針と糸を持って。暖炉と蝋燭の灯りの元、破れた箇所に継ぎを当てたり。裂けた箇所をひたすら縫ったり。

 それこそ一か月くらいはかかっただろうか。丁寧に、丁寧に。真心を込めて二人は手を動かした。


 ようやく形になった時。

 ケトはじいっと外套を見つめてから、抱えたそれに顔をうずめて泣き出した。最初は慌てたエルシアも、外套を抱えたまま飛び付いて来たケトの頭を撫でているうちに、何だか無性に目が熱くなってしまって。一度しゃくりあげたら、もう止まらなくって。


 二人、宝物ごと互いを抱きしめて、わあわあ泣いた。

 繕ったばかりの外套には、早速皺がついてしまったけれど。二人とも、いつしか泣き疲れて眠ってしまったけれど。


 ああ、帰って来たんだ。

 素直にそう思える自分に気付いたのは、心の底から安心している自分に気付いたのは。紛れもなくその時だった。


 ギルドの前、そんな宝物の外套を着込んだケトの隣で、エルシアは振り返る。


「気をつけるんだよ」

「大丈夫よ。村にはもう皆がいるんだし」

「落っことすなよ、ケト」

「むう、そんなことしないし!」


 依頼に向かう二人。その見送りに来た孤児院の院長に、エルシアは微笑み返す。茶化した少年にはケトが膨れっ面を返す。隣で手を振る女の子二人組と白い毛並みの猫には、二人で笑顔を向ける。


「行ってらっしゃい」

「お前さんたちに、幸運のあらんことを」


 ギルドマスターと先輩職員に見送られて。


「行ってきます!」


 エルシアとケトは、二人で空へと舞い上がった。


―――


 ケトはギルドの看板娘だ。


 その肩書が示す通り、彼女は田舎町ブランカで冒険者の端くれをしている。

 とは言え依頼を受けることはまれで、ロビーの丸テーブルを定位置にして、時に忙しそうに、時に暇そうに、彼女は大抵そこにいる。


 銀の瞳に銀の髪。どうやら最近少し背が伸びたらしく、ギルドの片隅の柱に印をつけ始めたのだそうだ。


 彼女は町の人気者で、外を歩けば大人たちに声を掛けられ、孤児院の子供たちと町を駆けまわる姿を見ることも多い。

 この町の冒険者なら、もちろん一人残らず彼女のことを知っていて、挨拶したり、おしゃべりしたり、からかったり。おんぼろギルドにとって、なくてはならない華である。


 そんな少女には、大好きな姉がいる。


 彼女の名前はエルシア。歳は十九。ギルドの職員としてカウンターを陣取る、これまた有名な看板娘だ。ケトは彼女と一緒に住んでいて、二人でお夕飯の支度をしたり、二人でお風呂に入ったり。彼女に抱きしめられながら一緒のベッドで眠るのだって、欠かせない日課だ。


 エルシアもまた、ケトに負けず劣らずの人気ぶりで、若い冒険者は首ったけ。

 本人は、ずっと「白馬に乗った王子様みたいな人が好み」とかなんとか言って告白してくる男をバッサバッサと振った挙句、最近図体の大きな幼馴染とイイカンジなのだとか。



 もしもあなたが、ブランカの町を訪れることがあるならば、何はともあれ冒険者ギルドに寄ってみることをお勧めしよう。

 ちょっとばかり入り組んだ場所にあるので、まずは遠慮なく、北門の衛兵さんに道を尋ねると良い。そうそう、最近またドアの建て付けが悪くなっているそうなので、扉はゆっくりと開けること。


 カランコロンと、ベルの音が聞こえたなら。


 エルシアはカウンターの奥から身を乗り出して。

 ケトは椅子からぴょこんと飛び降りて。


 二人笑顔で、寄り添って。

 町のギルドの看板姉妹は、きっとこんな風に、朗らかな声を掛けてくれることだろう。



「いらっしゃい! 冒険者ギルドにようこそ!」



 (了)



これにて、「看板娘は少女を拾う」完結です。


本作を可憐なイラストで彩っていただいた香音様に、改めてこの場をお借りしてお礼申し上げます。


そして何より、お読みいただいた皆様に心から感謝を。この五ヵ月間、駆け抜けることができたのは、皆様にご覧いただけたからに他なりません。


エルシアとケトの二人に最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


     *


※2022/1/4 追記

本作の三年後を描いた物語を書いています。こちらもよろしくお願いします。

「侍女は少女に負けられないっ!」(https://ncode.syosetu.com/n5551hj/)

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