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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
終章 少女は看板娘を拾う
169/173

看板娘は少女と共に その2

 ひたすら叩き込まれる光槍。防御魔法を展開しながら小刻みに動くケト。

 振り回されながらもエルシアは鋭く叫んだ。


「低空から近づく! 瓦礫を使って!」


 一気に高度を下げて戦場へ。広間の中央、瓦礫がうず高く積み上がる場所に飛び込む。


 騎士と教徒の間をすり抜けながら、瓦礫の山を回り込んだ。ステンドグラスの端がへばりついたままのアーチを横目に速度を上げる。後方から光、”近衛”だけではない、二人の乱入に焦る”番付き”までもが少女に向けて攻撃を開始しているのだ。

 周囲が砕け散る轟音で、かすかな耳鳴りが止まらない。左から二条、後方から三条、瓦礫の向こうの部隊から衝撃波も飛んで来る。前方には”近衛”、数は六。軸線をずらして飛翔する二人の周りで十字砲火が荒れ狂う。


 ケトは焦りながらも、エルシアの指し示す方へ衝撃波を撃ち込んだ。瓦礫の隙間にもぐりこませて膨張。砕け散った石の欠片が鋭い矢じりとなって周囲を襲う。


「あの障壁、破るには時間がかかるよッ」

「かいくぐって接近、上から近づいて基部に光の槍を叩き込む。正面から突破する必要なんかない、それで潰せる!」

「でもそれじゃ、いっぱい撃たれちゃう!」

「だからこうして攪乱(かくらん)しているんでしょ! まずは狙うわよ、防壁!」


 屋根を支えていたはずの大柱。

 少女の長距離狙撃によって溶断されたそれは今、無残にも横倒しになっている。あちこちが割れて、崩れたその影を二人で突き進む。光が顔のそばを通る度にチリチリとした熱を感じながら、エルシアは叫んだ。


「その角からなら射線が通るわ! 防がれても良い、霧ッ!」


 瞬間、少女の手から猛烈な勢いで霧が噴出した。怒涛の勢いで広がる白煙が、玉座までの視界を一気に妨げる。


「仕掛けるッ!」

「了解ッ!」


 エルシアの指示に従い、ケトは全力で羽ばたいた。光が踊り狂う中を一気に上昇。前に伸ばした自分の手すら煙る真っ白な視界を突き抜ける。


 煙幕を抜け、舞い上がった瞬間、王女と少女を青空が照らし出した。

 一瞬の間、エルシアはケトと視線を合わせて。


 お互い汚れて、あちこち傷だらけ。それでも二人で頷き合う。エルシアは小さな声で呟いた。


「後ろを、お願い」

「任せて」


 二人、ちゃんと向かう場所を見定めて。


「私を、どうかあの人のところまで!」

「うんッ!」


 少女は空を、蹴りだした。


―――


「直上、迎撃ッ!」


 濃霧すらも防ぎきった設置型魔防壁の内側、そこから声が響いた瞬間、ケトが張った防壁に、光の束が突き刺さる。

 しかしそれすらも注意に値せず、王女はただ一点を見つめた。


「ケト! 魔法を同時展開、右手は収束光槍、狙ってッ!」


 その指が示す先、防壁基部。それは開口部から光を漏らす、平べったくて大型の箱だった。上に様々な金属管が張り巡らされた歪な形をしたそれに、少女は右手を向けた。


「奴め、魔導防楯を!」

「撃たせる隙を与えるなッ! 衝撃波、攻撃を集中させろ!」


 エルシアがケトから渡されていた魔導瓶の全てをあちこちに放り投げて、間髪入れずに少女の首に縋りつく。背中に回して支えてくれていた小さな手が外れた途端、猛烈な風と三次元の機動がエルシアを襲い始めた。


「左手、起動式だけで良い! 撃って!」


 少女が一閃。

 落下し、地面に到達する直前の魔導瓶に、起動式を叩き込む。


 瞬間、その場にいるすべての人間が、放たれた閃光に目を、轟音により耳を一時的に潰された。悲鳴が上がっているはずなのに何も聞こえない。しかし確かに二人を狙う射撃はその勢いを衰えさせていて、目を閉じたままのエルシアが間髪入れずに”今!”と思惟を送った。


 キインと響く耳鳴りのせいで、自らが放つ撃発の音は聞こえず、振動だけが少女の手を震わせる。恐々と目を開くエルシアの背に手を回し直し、ちらつく視界の中で狙撃の軌跡を追った。


 床に設置させた防壁発生装置、その根元に備えられた出力部に光槍が突き刺さる。収束させた光と熱が、薄い金属製の箱をあっという間に貫通し、内部の融解を促した。異常な熱に回路を焼き尽くされたせいで、開口部から一斉に火を噴きだす。

 その損傷は、装置の中枢部にまで致命的な被害を与えた。熱で暴走を始めた機関部とその力を外へと出す術を失った出力部。力の源である水自体は供給を止めることもできず、一気に灼熱そのものと化したそれは、自らが生み出す力に耐えられなくなった結果、内部から崩壊を開始する。


「陛下を守れッ!」

「た、退避、退避を……!」

「目を焼かれるぞ!?」


 何とか聞こえ始めた悲鳴を背に、エルシアが上空へと駆けのぼった一拍後。


 ”玉座の間”が、先程のものとは比べようもないほどの閃光と爆音に包まれた。


―――


 エルシアは知っている。閃光による被害が、見た目ほど大きくないことを。


 精々が、周囲にいた”近衛”を昏倒させた程度のはずだ。そもそも大掛かりな装置の熱暴走による被害自体が副次的な効果でしかない。あの男を守る壁の一つを壊しただけ。

 立派な鎧に身を包み、手に槍を持ち、玉座からゆっくり立ち上がった男。彼に剣を届かせるため、霧を割り、光を割り、道を作り上げただけだ。


 父親。この国の王。

 そして、エルシアの敵。


 国王の周りを取り囲んでいた”近衛”、最後の一隊。

 彼らから間髪入れずに放たれた光の暴風をかいくぐり、急降下したケトが力強く着地。玉座の前の床を叩き割りながら、小さな足を滑らせる。

 そのまま”近衛”たちに向けて突き進む少女の手を、エルシアはそっと離した。


 少女が”近衛”の中心に突っ込む。立ちはだかった男を弾き飛ばし、隊列を乱す。


 見えた一筋の道、そこにエルシアは突っ込んだ。

 自分の足では御しきれない速度、それすらも自分の勢いに変える。一度だけ右足をついて、体勢を整えて。


 よく似た亜麻色で、癖のある髪。

 一気に近づくその姿を見据え、エルシアは腹の底から叫んだ。


「国王陛下、覚悟ッ!」


 荘厳な鎧に身を包んだ男。

 玉座からようやく立ち上がった国王が、装飾の施された長槍をかざしていた。体の前で構えられたその刃目掛けて、エルシアは全力で突っ込む。


「あああああッ!」

「この、愚か者がああッ!」


 大きな金属音。すでに刃こぼれだらけのショートソードが更に欠け、ヴィガードの長槍と火花を散らす。

 交わした刃越しに、エルシアは怒りに震える王の瞳を睨みつけた。


「貴様がここまで大馬鹿者だったとは思わなかったぞ、エルシア!」

「今更父親面!? もう遅いわ!」

「貴様はもっと早くに殺しておくべきだった!」

「我儘で産んでおいて、いらなくなったら殺す。はっ、随分と良いご身分ね!」


 力任せに押し込んで、エルシアは自分より大きな男をよろめかせる。そのまま今度は流れるように力を抜き、更にもう一撃。


「貴様は今、自分が何をしようとしているのか本当に分かっているのか!」

「私を指して”傾国”と笑ったのは陛下、貴方よ! 私は私の役割を果たしているだけ!」

「……役割だと?」


 一際低くなったヴィガードの声。

 すかさず下がり、横なぎに振るわれた槍を避けたエルシアに、ヴィガードは鋭く叫ぶ。


「貴様は役割など何も気にしていない! 子供の我儘で国一つを傾けているだけだ!」

「それを言うなら、貴方こそ! その我儘で、一体どれだけの人を歪めてきたの!」


 剣を構え直し距離を取る。基本の構えとは言いつつ、これがエルシアが唯一できる剣の型。

 王の動きは鈍かった。随分変わった形の槍だから、振るいづらいのかもしれない。更には美しくとも重い鎧に阻まれているのだと気付く。


「魔法、魔法って、そればかり気にして、皆の事を考えもせず! 教会を唆し、北の町が暴動を起こすのを待つ、それが本当に王のすること!?」

「国を傾けるしか能のない女と、(まつりごと)を語り合うつもりはないと言ったはずだ!」

「それが国の主だと言うのなら……っ!」


 再び踏み込む。手元を狙った剣が、鋼鉄のガントレットに受け止められた。飛び散る火花を気にも留めず、エルシアは再び剣を繰り出しながら叫んだ。


「貴方は王で在り過ぎたッ!」


 その言葉が、何かに触れたのか。王の表情が歪むところを、エルシアははじめて見た気がした。


「それがッ!」

「……!」


 一転、今度は繰り出される刃がエルシアを狙う。一つ一つの動作は鈍くとも、ヴィガードの攻撃は闇雲と言うには明らかに訓練された動きだった。

 国王は冷静だ。どこまでも冷静に、しかし燻らせていた感情を今だけは爆発させて、異なる意思を貫こうとする王女に向き合っている。バトルドレスの裾を浅く切り裂かれ、エルシアはその刃から逃れることに必死になった。


「王の何たるかも知らぬ小娘の言うことかッ!」


―――


 相対する王と王女。その二人の周囲には、魔法と剣の嵐が渦巻いていた。


 手持ちの魔導瓶を接近時の目くらましとして全部使った以上、ケトには自分の中の水を絞るか、敵から奪うしか魔法を使うことが出来ない。

 そもそも敵はこれまでの人生のほとんどを騎士道に費やして来た者たちだ。つい昨年までただの子供だった少女には、到底届かない領域にいる精鋭だ。


 正面に迫る男。剣を受けたら足が止まる。そうしたら後方で佇む相棒の騎士から光の槍で狙い撃たれることは間違いなく、ケトは一瞬でおしまいだ。

 紙一重で避けて、間髪入れずに跳躍。足の下を光の飛沫が通り過ぎ、パチパチと革のブーツが焦げる音が聞こえる。着地点にも既に別の敵。奴らはケトの動きを読み切っている。


 あえて”近衛”が待ち構える場所に突っ込む。小さな体とすばしこさ、龍の目で最適な動きを組み立てて、ブンという風圧に銀の髪の数本を散らしながら、背中を取って魔法陣を展開。

 光槍数回分の水を得ながら、触れた男の背に衝撃波を叩き込む。誤射を恐れた布陣が動く。少女の後ろを取ろうと、”近衛”がほんの少しだけ固まった箇所を、ケトはすかさず狙った。


「ハッ!」


 伸ばした魔導剣で一閃。横っ面で、次々に男を薙ぎ払う。

 二人を吹き飛ばしたものの、驚異的な反射神経で姿勢を下げ、剣の軌道を回避した男が突っ込んで来た。魔剣を引き戻すのは間に合わないと判断。歯を食いしばって空気中の水を温めて。

 何もない空間が震え、少女の姿が揺れる。一瞬だけ狙いを定めそこなった騎士剣を回避し、ケトは何とか体勢を整えた。


 強かった。

 戦士たち一人ひとりの練度はもちろんのこと、それを作り上げた国王の力に、少女は恐怖する。


 これこそ”近衛”、国王の剣。

 一部の隙もなく、互いが歯車のように噛みあい、一つの戦術を生み出す装置。


 けれどもケトには想像が出来るのだ。こんな感情のない冷たい装置であっても、無から産まれた訳ではないのだと。家に帰れば家族がいて、友達がいて。みんな一人で生きている訳ではないのだと。


 そう思えるのは、ケトが”影法師(シルエット)”を知ることができたから。

 国の裏で蠢く隠密。監視、裏切り、扇動はお手の物。

 けれど彼らもまた、暖かく、血の通った人間だ。コンラッドに撫でてもらった手の感触、機械仕掛けのからくりではなく、一人のおじさんのごわごわした手の感触を思い出したケトは、腹の中でくすぶる熱を押さえられなくなっていた。


 この国の王は、国全体を一つの歯車にしようとしているのかもしれない。そうして酷く効率的に進ませることで、より良い明日を築くつもりなのかもしれない。


 それ自体はすごいと、ケトは思う。

 だってお城の魔導灯はすっごく明るいのだ。水だって、蛇口をひねるだけで、井戸に汲みに行く必要がないのだ。それを作り出したと言うならば、この国の王様はすごい。


 少女の後方から感じ取れる国王の思惟は、まさしくその先を望んでいるだけ。手段を問わず、次へと進もうとしているだけなのだ。


 ではエルシアはどうなのか。思惟に感覚を向けてみる。

 エルシアが許せないのは、そこから外れた者は見捨て、必要ないと割り切る考え方なのだろう。たった一人に存在価値を決められて、その生の根幹を左右される、その思想を貫かせてはいけないと、彼女は抗っているのだ。


 感じ取れるエルシアの思想、感じ取れる国王の思想。

 どちらもケトには難しすぎる。すんなりと心の中に落ちてなんてくれないし、説明だってできやしない。突き詰めて考えると、どちらの考えが正しいのかケトには分からない。


 けれどこの国の王は、ブランカを、エルシアを、殺そうとした。

 それに抗い、二度とこんなことを起こさせまいと戦う。そんなシアおねえちゃんを助けるのが、ケトの意思だ。


 必死になって”近衛”を押さえながら、ケトは後ろの姉の叫びに耳を澄ませた。


―――


 ”近衛”がエルシアに近付こうとしては、人ならざる力を有する少女によって阻まれる。彼女が後ろにいてくれるから、王女は目の前の男に集中できるのだ。そのことに感謝しながら、エルシアはひたすら王と向き合う。

 必死になって剣を振るう彼女には余計な事を考える余裕など持てる訳がなく、取り繕えない想いが、その口から叫びとなって発されていることに気付く。けれど彼女自身、今ばかりは猫を被るつもりもなかった。


「どうして! どうしてそんな風に、人の幸せを踏みにじれるのっ! 技術の発展で暮らしが良くなっても、幸せが遠のいたら意味がない!」

「より多くの民を導くには必要な犠牲だ! 全てを掬い上げようなど、愚か者が見る夢に過ぎぬ!」


 エルシアの剣技なんて、所詮は”木札”の冒険者程度。お世辞にも胸を張れるようなものではない。

 だが、それは王とて同じ。一通りの型を学んだくらいでは、稚拙な刃しか振るえない。そもそも、王と言う立場の人間が武器を取ることなどまずないのだから。


「それは、王が言って良い言葉じゃない! 王は現実を思い知って、その上で夢を見るべきでしょッ!」


 言葉を叩きつけながら、エルシアは剣も振り下ろす。


「他の人がただ、海への進出と言うならまだ良かった。でも、貴方がそれを言うことだけ駄目! 絶対に許しちゃいけない!」


 手がビリビリと震えるのは、果たして打ち付けた剣のせいか、それとも腹の底から震わせる声のせいか。


「最初は上手くいくのかもしれない。孤児が飢饉で苦しまず、幼子が紙に落書きできるような国で居られるかもしれない。だけど必ず、貴方は次の欲望に目を向ける。この国の皆にしたように、戦火を外に広げることにたどり着くッ!」

「子供の我儘で国を語るなと言ったッ!」


 自らの理想を理解しようとしない王女に、王は目に怒りを宿した。

 彼も理解しているのだ。もはや説得など意味がない。その程度で心変わりすることがない程に、王女の思考は既に傾いている。

 だからこそ国王は反論する。幼稚な王女に諭す段階は過ぎ、ただ叩き潰す勢いで、押しつぶすかのように。


「一歩進めば、その次の目的地を見据える。それが人の摂理だ。邪魔する者がいると言うのなら、それを壊してでも、我らは先に進まねばなるまい!」


 エルシアは槍の軌道を目で追う。痺れた両腕をぶら下げて、必死になって回避。


数多(あまた)の金よりも有用な宝、それが今我らの手元にあるのだ! それを使い、更に多くの富を得ることの何が悪い! エルシア、貴様は何故分かろうとしない!」

「貴方の言葉は正しい、だけどッ!」


 エルシアだって、彼の言い分が理解できない程愚かではない。

 国と家族は違う。歩まぬ国はいずれ滅びる。目の前の現実から目を背け続ければ、その先にあるのは停滞の未来だ。王はそれを憂いている。

 それでも、エルシアは言葉を叩きつけるのだ。


「それを、一人で決めるなと言っているのよ!」


 大きく息を吸い、更に突撃。


「貴方はただの独裁者だ! その時点で、貴方に国を語らせる訳にはいかないのッ!」


 王の長槍を、上からショートソードで押さえつける。そのまま反対の手でダガーを抜いて懐に飛び込んだ。狙いは首元。鎧の施しようのない部分。

 だが次の瞬間、エルシアは失策を悟った。


「……!」


 目の前に浮かんだ、青みがかった薄い壁。ダガーの切っ先が薄青の膜に阻まれ、勢いのついた体がたたらを踏む。


 つかの間止まった動き。その隙に、壁の脇から槍の柄で左腕をしこたま打ちすえられる。頭のてっぺんまで突き抜けた鈍痛に目を見開きながら、エルシアは彼の鎧に刻まれた複雑な文様の正体にようやく思い当たった。

 思わず息が引きつる。よろめいた自分には避ける術がない。一気に膨張する壁が、勢いよくこちらに迫る。魔防壁の真正面で、体を丸めるのが精一杯だった。


「能無しが、逆らうなッ!」


 衝撃、閉じた瞼の裏に火花が散り、華奢な体が吹き飛ばされた。

 宙に浮かんだのはほんの一瞬。真っ白な頭でも、受け身を取らねばと身を捩る。床に叩きつけられたエルシアの口から、呻き声が飛び出た。


「シアおねえちゃん……!」


 どこからか、ケトの声。頭に流れ込んだ、”前を”、という思惟に導かれて、エルシアは無理やり目をこじ開ける。


 ヴィガードが、筒をこちらに向けていた。


 それはもう本能だった。何が、とか、どう、とか疑問は全て捨て置いて。とにかく避けねばという思考が、エルシアを動かした。

 ぐらりと揺らぐ視界の中で、筒から光がチカリと瞬く。突っ込んで来る弾丸は目に見える速さではなく、大きな破裂音と筒の先からたなびく白い煙が、発砲の事実を物語る、まさに一瞬の出来事だった。


「”白猫”が、余計なことをッ……!」


 ヴィガードが唸る。

 左の脇腹をかすめた弾丸は、エルシアが咄嗟に転がらなければ腹のど真ん中を撃ち抜いていたのだろう。酷い火傷をした時のように痛み出した傷を意識の外に、エルシアはもがきながら立ち上がる。


 ダガーがどこかに吹っ飛んでしまった。ショートソードは王の足元。一瞬で丸腰にされたエルシアは、切れた唇の端から血を滲ませながら、ぐらつく視界を叱咤して。


「魔法の鎧に、その槍……!」


 国王は追撃しようとしなかった。代わりに魔導鎧の防壁を展開し直し、金属の弾丸を魔導銃に詰め込むのが見えていた。


「これが銃、これが技術というものだ、エルシアッ!」

「このっ……!」


 魔導銃の照準から逃れるように右へ走る。”近衛”の猛攻で少しずつ追い詰められているケトの方へ、エルシアもまた追い詰められているのだ。


 考えろ、エルシアは自分に言い聞かせる。これまでエルシアはずっと考え続けてきたのだ。そしてエルシアは死ぬまでずっと考え続けるのだ。


――シアおねえちゃん!


「……ケト!」


 少女の呼びかけが聞こえたのは、その時だった。思わず呼んだ声の先で、ケトが力強く頷く。


 そうだ、何を怯む必要がある。

 自分は一人じゃない。皆が支えてくれるなら、ケトが隣にいてくれるなら!


「確かに、技術を得た貴方は強い……!」


 国王に向かって、再びエルシアは地を蹴った。


「でも、だからこそ! だからこそ、貴方にその力は渡せないッ!」

「貴様が捨てた力を教えてやろうと言っているのだ!」


 撃ち放たれる防壁。必死に転がり、その範囲外へ。転倒を何とか免れて、それでも前へ。

 後方で、ケトが自らの中の水を絞り出し、一際大きな衝撃波を放った。

 狙いは”近衛”ではなく、少女のすぐ目の前の地面。床が滅茶苦茶に砕け、”近衛”が破片を凌ぐため、すかさず身をかがめたのを視界の片隅に入れ、ほんの一瞬作り出した隙に。


 エルシアに向かって、ケトは何かを放り投げた。


「行ってッ!」

「……!」


 一瞬注意を逸らしたその代償に、少女がとうとう”近衛”の突破を許す。

 彼女に叩き込まれる魔法は、直撃を狙わなくとも少しずつ力を削いでいく衝撃波。幾人もの精鋭が放つ波状攻撃を必死に防ぐ小さな体が、受け止めきれない暴風でもみくちゃにされる。少女が苦し紛れに放った反撃の魔法が、広間を煌々(こうこう)と照らした。


 それ以上は少女の方を見なかった。右手に受け取った魔導剣の柄を握りしめ、左手で拳を握り。

 三度(みたび)防壁を張り直したヴィガードに、エルシアは全力で突っ込む。


 ヴィガードはもう、防壁を撃ち出そうとはしなかった。代わりに、青白い魔法の壁の向こうで、魔導銃を構え直す。


「貴様の夢物語で、未来を殺す気かッ!」

「それは貴方の未来だ! 一人の未来を、他者に無理やり押し付けられては困るッ!」


 華奢な体ごと、防壁にぶつかる。

 もしかしたらエルシアはこの国の未来を妨げようとしているのかも知れない。豊かになる機会を逃そうとしているのかもしれない。

 それでも、エルシアは叫ばずにはいられないのだ。


「私たちは皆、色んな人の手を借りて生きてるのよ! 貴方も私もそう、一人じゃ生きていけない。だからこそッ!」


 光を飛散させ、むなしく弾かれるエルシア。

 直後、ヴィガードが魔防壁を消した。遮るものがなくなった目の前のエルシアに、彼はその銃口を向け。


「その幸せを守るために、力は使うべきだッ!」


 間髪入れずに突き出された魔導剣の柄に、驚愕の視線を向けた。


 エルシアが右手に握った柄の中で、瓶が光った。

 複雑な起動回路を経て、出力部に収束した力が刃を顕現させる。エルシアはそのまま魔導剣を全力で突き出し。


 慌てて張り直された魔防壁が、エルシアの魔導剣と衝突した。


「貴様に使いこなせるものか! 技術を貴様の玩具と思うな!」


 轟音と共に、光の飛沫が飛び散る。バトルドレスを焦がしながらも、エルシアは怯まず輝く剣を押し込み続ける。

 剣と壁を挟んで、互いが互いの目を見た瞬間。エルシアは、ヴィガードの目に浮かぶ苛立ちを読み取った。


「誰にも手を伸ばせぬ男に!」

「己の立場すら見えぬ小娘に!」


 気圧されたヴィガードが、かすかに後ずさった。

 それは果たしてエルシアの気迫に押されたからか、それともその鎧に仕込まれた魔導瓶の水を、とうとう使い尽くしたからか。


「誰かの幸せを語る資格なんて、あるもんかッ!」


 国王を守っていた幾重もの壁。その最後の一枚。

 薄青の魔防壁が頼りなくまたたき、揺らいで、そして消えた瞬間。


 国王ヴィガードは、ただ咆哮をあげた。


「エルシアッ!!!」


 水の切れた魔導剣を捨て、エルシアは床に転がるショートソードに手を伸ばす。


 その視線の先に認める、憤りに任せて銃の引き金に力を込めようとする彼の姿。

 そして、その手に向かって叩き込まれた安物のダガーによって、狙いを捻じ曲げられる銃口。

 それらすべてを、栗色の瞳で真っ直ぐに見据えて。


 発砲。


 銃口から瞬く光、空気を切り裂く鋭い音。

 エルシアの頬を熱い塊がかすめ、それでもなお、前へ。ひたすら、前へ。


 ヴィガードの手から噴き出る血。鋼鉄のガントレットを貫いて、その手に刺さったのは、ケトの短剣。

 かつて少女に貸した、エルシアのお下がりのダガーだ。


「届けええええええッッッ!!!」


 驚愕、憤り、痛み。

 父親の顔に浮かぶ生々しい感情に。


 銃剣の軌跡にバトルドレスを削がれながらも、エルシアはその剣を、王の首目掛けて突き出した。

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