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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
終章 少女は看板娘を拾う
163/173

傾く国を翔け抜けて その1

 相変わらず、少女の狙いは正確だ。


 何も言わずとも大男の意思を察してくれたことと言い、やはりケトには敵わない。

 だが、ことエルシアに対して言うならば、ガルドスだって譲るつもりはないのだ。


 手を離した少女が、更に加速をかけながら大男の斜め下方へと飛び込んで行く。その小さな背中を見送りながら、支えるもののない空中でガルドスは己の向かうべき方を見定めた。


 尖塔の上に一人取り残された死神。その視線は身を投げ出した看板娘に向けられ、右手には既に展開された魔法陣が輝いていた。

 奴は撃つ気だ。あれを撃って、為す術のないエルシアを撃ち抜くつもりだ。


 ケトと知り合ってからというものの、ガルドスは魔法が展開されるところを嫌と言うほど見てきた。大抵、それは魔法の使えない自分への不甲斐なさが伴っている苦い記憶。けれどその経験は決して無駄ではなかったのだと、彼は胸を張って言える。


 死神が魔法を撃ち放つタイミングが、今この時、彼にもちゃんと分かるのだから。


「撃たせるかッ!」

「ッ!?」


 だからその一瞬前に、腹の底から怒鳴り散らす。

 ほんの短い間だけ、死神の注意を自分へと逸らすために。少女が看板娘を拾う時間を稼ぐために。


 空中から浴びせた怒声、流石に予想外だったのだろう。驚愕を浮かべた”十三番(ディクトリ)”と視線を合わせたガルドスは、知らず口元に笑みを浮かべた。


「おおおおおらあああああッッッ!!!」

「なっ……!?」


 雄たけびと共に突貫。

 看板娘を射抜くはずだった光槍。それが大男の魔防壁に当たる耳障りな音を聞きながら、しかし勢いのついた巨体ごと、ブランカの腕利きは死神に飛びかかった。


 盾を前に。敵が体を逸らして躱そうとするのは彼の予想の範囲内。引き金を引き、敵の回避先を潰す。飛び散った屋根の破片が日差しにきらめく中、苦し紛れの剣筋に向かって、彼は魔導盾を叩き込んだ。


 ぐらり、と。死神の姿勢が揺らぐ。それは足場の心許ない急勾配では致命的だった。

 ”猫の徽章”があしらわれた黒ローブ。その裾を靡かせたガルドスの突撃を回避しきれず、教徒が虚空へと放り出される。


「き、貴様ッ……!」

「やらせねえと、言ったはずだ、死神ッ!」


 自らも勢いのあまり空中に放り出されながらも、ガルドスは勢いのままロングソードを抜き放つ。不安定な剣筋であっても、受け止めた”十三番(ディクトリ)”の顔が歪んでいた。再び光槍。度重なる衝撃にとうとう耐えきれなくなったように、着弾した魔導盾の端が割れ、金属の破片がガルドスの頬を切り裂いた。


「保ってくれよ!?」


 白ローブの体を蹴り飛ばして、姿勢の回復を図る。ぐんぐんと近づく地面。あんなものに叩きつけられたらたまったものではない。


 魔導瓶に起動を促す。壊れかけの盾が歪んだ魔法陣を描き出し、何とか揺らぐ防壁を展開してくれた。地面に向けて障壁を撃ち放ち、どうにか減速を試みる。一撃、二撃、地面に当たった魔法の壁が、美しく整えられた芝を耕しながら大男の落下を遅らせる。


 最後に残った少ない浄水を使い切り、ガルドスは魔防壁ごと受け身を取った。


 鈍い衝撃。体が幾度も飛び跳ねるのを感じ、痛みと共に地面と空がぐるぐる回り。

 最後に何かが割れる嫌な音が響かせて、ようやく巨体が止まった。


「げほっ、ごほっ、いってえ……」


 目が回る。肩と背中に鈍い痛み。だけど。


「……さ、流石に死ぬかと……」


 その痛み全てが、すかさず飛び起きて剣を構え直せる程度のもの。ざっと見て判断を下す。致命的な怪我はなし、ガルドスはまだまだ戦える。


 未だグルグルと回り続ける視界の端に、魔法の盾の残骸が映った。思わず息を飲んでしまったのは、盾が変わり果てた姿を見せていたから。

 後ろの起動回路が滅茶苦茶に破れている上に、元々盾としては薄いことが災いしたのだろう。大きな亀裂が入り、あちこちがべっこりとへこんだ金属の塊に、思わず苦笑が漏れた。


 やっと慣れてきたところだったのに。随分な高級品を一瞬で駄目にしてしまった。


 けれど、十分だ。この先の戦いには、きっと必要ないだろう。

 なんたって、今やケトの傍にはエルシアがいるのだから。


 目線を上げると、死神がふわりと地面に降り立つところだった。

 目を凝らすと、塔のあちこちに糸状のものが引っかかっているのが見える。どうやらあれで減速したらしい。そびえる尖塔から落ちたとは思えない程、その身のこなしは軽やかだった。


 以前見た感情のないガラス玉のような目など、もうどこにもない。

 怒りにその瞳を燃やし、敵として認めた大男を睨みつける一教徒がそこにいた。


「本当に、貴様らは何度も、何度も……!」

「はっ、残念だったな、”十三番(ディクトリ)”!」


 揶揄するように口元を歪め、ガルドスはロングソードを両手で構える。教徒もまた、光らぬ剣を構え直した。


 二人の間に、邪魔するものはなくなった。


「……身の程知らずの冒険者が。王女を守る騎士にでもなったつもりか」


 苛立ちを隠そうともしない”十三番(ディクトリ)”に思わず苦笑を漏らしてしまった。なるほど、傍からだと、どうやら今の自分はそう見えるらしい。


「騎士様だぁ? 何馬鹿なこと言ってんだ、あんた」


 なんだか少しばかり嬉しい気もするが、残念ながら自分と彼女はそんなに高尚な関係にはないのだ。

 自分の装備を確かめつつ、ガルドスは考える。自分にとってのエルシア。一言であらわすなら、なんだろうか。


 手に持ったいつものロングソード。腰元には予備の騎士剣。投擲用のショートスピアは残り一振り、スローイングナイフはたんまり。盾がもうないから、腰のポーチに一つだけ残った魔導瓶は宝の持ち腐れだ。


 好きな女。彼女を指してそう言うのは簡単だろう。

 だが、自分は好意を彼女に伝えられていないのだ。残念ながら、そう言うにはまだ早いような気がする。


 ではなんだ?

 冒険者とギルドの看板娘? 友人? かつての冒険者仲間? どれも正しいが、何かしっくりこない。自分と彼女の関係。そう、一言で言うなら。

 答えなんて悩むほどのことではなかった。


「逆だ逆。あいつは俺の子分だぜ?」


 いたずら小僧だったころの自分を思い出す。服の裾を掴んでいた怖がりの彼女を思い出す。


「子分が危なくなったら、親分が助ける。当たり前のことだろう?」


 いい加減、自分も彼女も大人なんだ。そろそろ次の段階に進んでも良い頃合なのだけれど。

 今はまだそれしか言えない。この関係を変えるには、彼女との未来が必要だ。


 できるだけ真剣に答えたつもりだったのだが、どうやら相手は馬鹿にされたと感じたようだった。纏う殺気が一層強く感じられる。


「……そのふざけた口、二度と聞けないようにしてやる」

「やれるものならやってみろ、死神」


 魔法の盾はもうない。敵は手練れで、こちらは既に連戦続き。

 だが、それがなんだというのだ。ガルドスは元々力自慢の冒険者だったのだ。戦い方だって、力で押し切ることを得意としてた。最近は少女の盾になることを第一に考えていたけれど、今ばかりは気にする必要もない。

 少女は今、別の場所に飛び立ったのだから。


 歴然たる技量の差。それは湧き立つ想いと筋肉でできた脳みそで埋めるしかない。それでも、何故か負ける気がしなくて。


 極限まで神経を尖らせ、大男と死神は同時に地を蹴った。


―――


 エルシアは腕の中のケトに微笑む。

 記憶の中にあるものよりもほんの少しだけ大人になった、それでもまだまだ幼い笑顔が帰ってきた。たったそれだけで、心の底から嬉しい。


「ねえ、ケト」

「なあに、シアおねえちゃん」


 大人の世界を見せまいと、必死に遠ざけたこともあった。彼女を狙う運命から守ろうと無茶なことを沢山した。

 だが、それは独りよがりだったのだと、今のエルシアは迷いなく言える。


「私を、助けてくれる?」

「うん!」


 流れ弾の飛び交う戦場を翔け上がる少女。

 向かうは騎士団の真ん前。数、練度共に劣る冒険者たちを、騎士の隊列が追い詰める戦場へ。


「私ね、皆を守りたいの」

「わたしも!」

「じゃあ行くわよケト!」

「うんっ!」


 騎士は極めて合理的に動いていた。一時は東の支城に追い詰めた冒険者や”影法師(シルエット)”にあえて逃げ道を用意し、包囲を固めているのだ。


「皆の様子、分かる?」

「まだ大丈夫だけど……、みんな必死に逃げてる」

「……ガルは? さっき、姿が見えたの」

「戦ってる。でもね、ガルドス言ってたの。自分のことは大丈夫だから気にするな、ちゃんと無事に戻るからって。シアおねえちゃんが不安そうな顔してたらそう言えって」


 先程ケトに抱き留められる直前。エルシアの目に、大きな図体が屋根の上に飛び込むのが見えたのだ。彼がそんなことをする理由なんて、一つしか思い浮かばない。


「”十三番(ディクトリ)”と、戦ってるんだ」

「うん。”それが俺の役目だ”って、そう言ってた」

「……ガル」


 あの暗殺者はガルドスよりも強い。そんなことエルシアとて分かっている。本当だったら今すぐに援護に行きたい。だけど。


「信じるわ、ガル」


 恋をした人が、大丈夫だと言ったのだ。

 ケトとは異なる感情を抱く、ケトと同じくらい大切な人。その言葉を信じたい。


 大丈夫。彼はちゃんと無事に帰って来てくれる。そうしたら思い切り抱き着いて、名前を呼んで、キスをしよう。


「皆はどこ?」

「お城の東側。教会の人はそこまでたどり着けてない」

「……騎士団長の策ね。皆を一か所に集めて、包囲するつもりなんだわ。詳しい状況を教えて!」

「えっと、みんなはまだ建物の中。でも周りに騎士さんが沢山いるの。このままじゃ囲まれちゃう!」


 下がった眉は、彼らの苦境を物語っているのだろう。だが、エルシアはそんなことで取り乱したりしないのだ。


「……好都合ね」

「シアおねえちゃん?」


 ケトの視線を受けながら、エルシアは小さく息を吸った。


「まずはそこ、高度を取って! 騎士が来る、迎撃するわよ!」

「りょ、りょーかい」


 ”六の塔”から離脱した二人を追っていたのだろう。騎士の集団がこちらに向かってきている。

 「止まれ!」という静止の声を振り切って上空へ。すかさず撃ち上げられる魔法を翼の風圧で押し返す傍ら、エルシアは告げた。


「合図とともに衝撃波!」

「う、うん」


 栗色の瞳で戦場を見渡して。


「狙って、隊列の中心! 上から垂直に叩き込むように! ……今ッ!」

「やあッ!」


 騎士が今にも魔法を放ちそうなタイミングに合わせて、ケトは衝撃波を叩き込んだ。あちこちで臨界状態にある魔導瓶が暴発し、圧力と湿度のせいで照準を狂わされた光槍が自陣の暴発と誤射を誘発する。


「すごい……!」

「今よ、高度を維持して突破!」


 自分で撃ったにも関わらず、ケトは目を白黒させていた。

 これまで何度も使って来た魔法でも、エルシアの指示一つでここまで効果が変わるとは思わなかったのだろう。正面から力で叩き伏せようとするケトには思いつかない戦い方だ。

 怯んだ陣形を眼下に、加速して飛び抜ける。実際には見た目ほど被害は多くないはずだ。あちこちで上がるのは混乱の怒号ばかり。

 だが、魔法の暴発を目にした者が怯むのは当然のこと。バラバラとまばらに撃ち上げられるのはいずれも矢ばかりで、それも統率の伴わない攻撃でしかない。


「いいわよ、ケト! そのまま、みんなの正面に突っ込むわ!」

「うん!」

「次は光槍、さっき”玉座の間”を狙撃した細いやつにしたいんだけど、できる?」

「任せて!」


 二人、目線を正面に。前方に崩落した城の中心を見つつ、高度を下げる。

 ケトはその手に魔法陣を描き始め、エルシアが握るショートソードが日差しを反射してきらりと輝く。

 吹き付ける風に負けないように、ケトは大声を張り上げた。


「いた、みんなだっ!」


 小さな右手で示すその先、少女の声とは裏腹に、最初にエルシアの目に入ったのは冒険者の革鎧でも黒いローブでもなかった。


 統一した金属鎧で武装した騎士たち。多い。冒険者と”影法師(シルエット)”の寄せ集めに比べれば、ざっと見ても四倍以上の人員がいるだろうか。

 馴染みの顔たちが、既に東支城と本城の細庭に追い込まれていた。身を隠すものと言えば、既にボロボロになった城の壁だけ。四方からの攻撃で、殲滅される未来しか見えない状況だ。


「準備は良い?」

「いつでも!」

「よろしい!……三、二、一、薙ぎ払えッ!」

「……っ!」


 撃発。ケトは光を照射する。

 今にも突撃しようとしている騎士たちの真ん前。横一直線に切り裂くように、少女はゆっくりと手を動かした。

 チリチリした熱を頬に感じながらも、エルシアはすかさずケトの背を叩いた。


「続いて防御!」

「分かった! つかまって、着地するよ!」


 舞い上がる土煙の中へ。

 厚底のブーツで、少女が先に芝を耕しながら地に足を滑らせる。緊急時につき魔法を止めたせいか、水の絶えた噴水のすぐ傍へ。続いてエルシアも足をつけた。地面を滑る感覚なんて、早々味わえるものじゃない。爪先を取られそうになったエルシアを、ケトが優しく支えてくれた。


「あ、ありがと」

「どういたしまして!」


 どうしてニコニコ顔なのか。ちょっと聞いてみたいが、とりあえずそれも後回しだ。


 二人の先で、土煙の向こうがぼんやりと光った気がした。


「ケトっ!」

「このッ……!」


 すかさず手をかざした少女。四重の魔法陣で青い防壁が展開し、光槍の嵐を受け止める。エルシアはショートソードを握りなおした。


「シアおねえちゃん!」

「このまま押し込む! ついてきなさい、ケト!」


 ケトの魔法は強力だ。だが混戦になってしまえば、使える魔法もかなり限られる。少しでも間違えば味方もろとも吹き飛ばしかねないのだから。

 だからこそ、今この時がチャンスなのだ。

 包囲されているならば、裏を返せば味方が完全に固まっているということ。そこさえ気をつければ、ケトの力を最大限発揮することだってできる。


 エルシアは、息を大きく吸い込んだ。自らの後ろで手を輝かせるケトが頷くのを感じ取り、悠然と口を開く。


「騎士たちよ! 聞きなさい!」


 次の瞬間、ケトが見えない翼を大きく振るった。

 そのひと振りで、濛々(もうもう)と立ち込めていた土煙が霧散する。視界が晴れれば、魔防壁に当たって拡散する光の粒子と、その向こうに見える騎士が見えると言うものだ。


「エルシアだっ!」

「ケトっ!」


 後ろの冒険者が歓声を上げ、”影法師(シルエット)”がすかさず乱れた陣形を整える。

 彼らに背を向ける形で仁王立ちし、エルシアは声を張り上げた。


「私はカーライル王国が第二王女、エルシア・アリアスティーネ・エスト・カーライルである! 諸君らは今、王族に刃を向けていることを理解しているのか!」


 叩き込まれる魔法に動揺が走る。その中で、エルシアは悠々と一歩を踏み出してみせた。


「どういうことだ、エルシア殿下だと!?」

「撃ち方止め、撃ち方止め! 撃つなと言っているだろう!」

「しかし、エルシア殿下は反乱を起こされたのだろう!? 身柄を拘束しろとの命が……」


 更に一歩。この好機、逃す手はなかった。


「今よ! 叩き込めッ!」

「はああああッ!」


 騎士たちの手前に、少女は巨大な衝撃波を撃ち放つ。その余波で城の窓ガラスを片端から吹き飛ばしながら、強制撃発。悲鳴を上げながら、プレートメイルの男達が吹き飛んだ。ズン、と腹に響くその圧力はすさまじく、地面がごっそりと円形に抉れる程だ。

 ひしめいていた騎士たち。その布陣が一気に崩れていた。


「ケト!」


 それ以上の指示は必要なかった。

 龍の目でエルシアの思考を読み取り、ケトが更に手をかざす。小さな手で出力を調整して。騎士隊の直上、本城の壁に奔流を直撃させた。


 衝撃波で吹き飛ばされた騎士達。壁に叩きつけられた者、地面に倒れ伏した者。悲鳴と怒号に轟音がかぶさる。陣の前方が押し寄せる瓦礫によって壊滅し、後方が慌てて後退を図る。

 その間も、少女の手の向きに従い、奔流がその矛先をゆっくりと変えていた。


 本城と東支城の二階。両者を繋ぐ渡り廊下が少しずつ光に飲まれていく。魔法が放つ摩擦音、壁の崩落音。それらが、一緒くたになって鼓膜を揺さぶる。

 立派な石造りの渡り廊下。それが支えを失って、ゆっくりと崩落を始めた。壁が一気に割れ、バラバラと砕け散りながら。吹き飛ばされた騎士達とエルシア達の間に瓦礫の壁を作り上げる。

 エルシアは崩れ落ちる渡り廊下からすぐさま視線を外した。


「シアおねえちゃん!」

「回避と防御ッ! 位置は任せるわ、お願い!」

「ついて来てねっ」


 少女が翼を広げる。その手をグッと掴んで、二人飛びずさる。

 難を逃れた一部の騎士が撃ち込む魔法を回避しながら、応射の衝撃波で薙ぎ払うケトの隣で、エルシアは東支城の壁の隙間から見える馴染みの顔に向かって叫ぶ。


「北に抜けて! 行政棟、裏手が手薄よ、行って!」

「はッ! 移動だ、移動するぞ!」


 先程、死神に追い詰められながらも”六の塔”の屋根の上から見た景色。そこから次の動きを組み立てて、エルシアは後ろの人たちに命じる。

 指示を聞いた”影法師(シルエット)”が、弾かれたように行動を開始。すぐにボロボロの東支城の奥へと駆け出す。


 冒険者たちもすかさず後に続いた。

 ロンメルが騎士の礼を返し、ランベールがにやりと笑う。オドネルが剣を掲げ、ナッシュが大きく手を挙げて。そうして皆、駆けだしてくれた。

 その中で、一人の冒険者が身を乗り出しているのが見えた。


「シアっ、ケトっ!」


 戦場の風に赤みがかった茶髪を靡かせ、親友が名を呼んでくれる。

 ああ、ああ……! 何て幸せな事だろう!


「ミィ……! お願いっ!」


 騎士にたった二人で立ち向かおうとしているエルシアとケトをきっと心配してくれているのだろう。眉を下げて、それでも彼女はエルシアの想いを汲み取ってくれた。


「いい、シア!? お土産話、後でしっかり聞かせてもらうからね!」

「とびっきりのを聞かせてあげるわ、ミィ!」


 互いに目を合わせてから。ミーシャが馴染みの顔と共に、視界から消えていく。


 胸の中でうねる感情。エルシアには、彼らにも話したいことが山ほどあるのだ。

 ギルドの地下食堂で、もう一度。皆に囲まれながら、ケトの隣で。


 名残惜しくて思わず目で追ったエルシアに、ケトが警告を発したのはその時だった。


「来るっ……!」

「……!」


 本城の影から放たれた猛烈な光の奔流。かいくぐってケトが高度を下げる。魔防壁を展開したケトが、額に汗を浮かべていた。

 必死の回避に振り回されながら、エルシアはその源に目を凝らす。


「……あの魔法陣、新式だ!?」

「どういうこと!?」

「ケトの二世代先を行ってるってこと! 騎士と同じ魔導瓶使って出力がここまで違うなんて……!」


 キョロキョロと辺りを見渡し、エルシアは問いかける。


「ケト、魔導瓶の残量は?」

「そこの噴水の下から水を借りられる、気にしなくて大丈夫だよ!」

「了解。なら回避はいい、防御に集中!」

「う、うん!」


 強引な着地。少女の小さな足が地を割った。更に叩き込まれる魔法を防壁越しに見つつ、エルシアは立ちはだかる男の名を読んだ。


「グレイ騎士団長……!」

「やはり”白猫”と合流しましたか、殿下」


 魔法が止まった。それを確かめたケトが、ゆっくりと防壁を消したその先。

 本城から、一人の男が歩み出てきた。


 重厚な風格。文様が入った騎士の鎧。髭を蓄えた壮年の男。

 そこにいるのは紛れもなく、この国の騎士の長の姿であった。


「……残念です。まさか、このような日が来るとは思いもよりませんでした。元殿下」

「エルシアでいいわよ。私はただの田舎者なんだから」

「……田舎者?」


 眉を上げて、グレイは周囲を見渡す。瓦礫の向こうで気勢を削がれ、仲間の救出に精一杯の騎士たちを眺め、大きく嘆息する。


「これはただの田舎者が引き起こす事態とは思えませんがな」

「あなたも言えばいいじゃない。”傾国”、と」


 剣の柄の感触を確かめながら、エルシアは息を吸った。


「道を開けなさい。グレイ騎士団長」

「それはできぬ相談です。王殺しを、親殺しを目論む者を通すとでも?」

「王都の市民の避難はまだ完全じゃない。すぐにでも騎士の力が必要よ。役目を果たせと言っているの、騎士団長」

「ご心配なく。殿下に言われずとも対策は取ります。ですが、その前にあなたを排除しなくてはなりません」

「陛下の命令?」


 グレイは答えなかった。

 どこまでも平行線だ。エルシアは教会と同じくらい、この国の権力者と分かり合えない。団長はゆっくりと、騎士剣を抜き放った。


「……そう。仕方ないわね」


 エルシアもまた、ショートソードを持ち上げた。魔導剣の長さを調整しながら、隣のケトが呟く。


「……こうしゃく様、多分、わたしより強い」

「分かってる」


 それでも、エルシアはここを押し通らねばならないのだ。ここで囮になって、”本命”から目を逸らせる必要があるのだから。


「ねえ、シアおねえちゃん」


 不敵な笑みを浮かべたエルシアの横で、ケトは聞いてみる。


「……戦術を教えて。()()()()()?」


 一瞬だけ、目を見開いたエルシア。けれど浮かべた笑みを深くして、彼女は口を開いた。


「……”(突撃)”よ。初手、迷わず突っ込むわ」


 二人、横に並び。

 看板娘は使い慣れたショートソードを。少女は魔導剣を。


 それぞれ真っ直ぐに構えた。

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