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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第二章 看板娘は旅をする
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繕いものは真夜中に その2

 エルシアが住む家は、町の中心から少し離れた場所にある。

 いわゆる集合住宅というやつで、大きく細長い建物を壁で仕切ったうちの一部屋が、エルシアの居室だ。


 孤児院出身のエルシアにとっては、家賃が安く、治安の悪くない地域であることが重要で、住みやすさは二の次だ。午前中に日差しが入るだけマシというものだろう。

 もちろん部屋の中も質素だ。隅には暖炉を兼ねた小さなかまどと、真ん中に小さなテーブル、奥にベッドが一つ。余計な物は全部物入れに突っ込んである。

 一昨日きちんと掃除をしてから家を出た自分を褒めてやりたいと、エルシアは思った。もし部屋を散らかしたままでは、ケトの手前、大人としての威厳を保てない気がする。


 一つしかない椅子に、ケトをちょこんと座らせる。慣れない環境に不安なのだろう。彼女はあちこちに視線を向けて、どことなく所在なさげだ。


「さてと、ケト」


 テーブルを挟んで反対側に置かれたベッドに腰かけたエルシアは、ゆっくりと口を開いた。


「一緒に暮らすにあたって、まずはちゃんとお話をしておきましょう。私は貴女のことをよく知らないし、貴女だってこんなよく分からない女に連れてこられても不安でしょう? 分からないことがあれば、遠慮なく聞いてね」


 こくりと頷いたケトに、エルシアは「でね」と続けた。


「さっきも言ったけれど、とりあえず当分は私についていなさい。薬草採取の依頼も、危ないからしばらくは受けちゃダメ。その代わり、明日からは私の仕事を手伝ってもらうわ」

「おしごと?」

「そう。スタンピードのせいでこれから忙しくなるわ。貴女は力持ちだし、手伝ってもらえれば、とても助かるのよ」


 本来であれば今日だって、ケトを送り届けた後、町の復旧を手伝うはずだったのだ。何の因果か、いつの間にか幼子の世話をしている状況がおかしくって、エルシアは微笑んだ。


「エルシアさんも、おおだすかりなの?」

「私も、この町の人もみんな助かるわ。あ、それと私に”さん付け”はなしでいきましょ。私も貴女のこと、ケトって呼ぶから」

「わかった、やる!」


 勢いづいてぴょんと椅子からピョンと飛び降りたケトを、エルシアは慌てて呼び止めた。


「ちょっと、ちょっと。明日からでいいのよ。今は色々とあなたのこと教えてほしいんだから」


 再度椅子によじ登ったケトは、不思議そうな目でエルシアを眺めて「なあに?」と問いかける。さあ、ここからが本題だと、エルシアは気合を入れた。


「貴女のご両親のこと。ギルドで色々と聞いてみようと思っているのよ。こういうのは一人で探すより、色々な人に聞いた方がずっと効率が良いからね」


 冒険者たちは皆、情報通だ。

 ギルドにいれば、話もたくさん聞けるはず。何ならギルドからの正式な依頼にしても良い。支払う報酬についてはロンメルと相談して、ギルドから出してもらえば良いだけのこと。

 何せブランカは町ぐるみで、彼女に大きな借りがあるのだ、エルシアの収入だと報酬は用意できないだろうが、相談してみる価値はあるはずだった。


 しかし、何のヒントもなく探してくれなどとは言えない。そのための手掛かりを、ケトから聞き出さなければいけなかった。


「そもそもケト、貴女はどこから来たの? この町ではないんでしょう?」

「あっちの方からきたよ。まっすぐ」

「あっちって……」


 ケトが指さしたのは、町の北西の方角だった。


「壁の外の農家のどれかかしら? 銀髪の女の子がいるなんて話、聞いたことないけど」

「うーん、もっとずうっとあっちのほう」

「……? あっちと言っても、丘がいくつかあるだけですぐに森に入っちゃうわよ?」


 こんな子供が徒歩でたどり着ける距離に、村どころか家もない。その返答として、ケトはこう言い放ったのだった。


「えっとね。どっちいけばいいかわからなかったから、とんできたの。とんだらね、すっごくとおくにまちがみえたから」


 少女の言葉が理解できず、エルシアは思わず聞き返してしまった。


「とんだ? すごく急いで来たってこと?」

「あんまりいそいでないよ。あさにとんでいって、おひるごはんはまちでくろパンたべたの」

「うん?」

「うん?」


 ケトと二人顔を見合わせて首をひねる。何だか話が噛み合っていないような気がする。

 こういう時は腰を据えて、ゆっくり聞き出した方がよさそうだ。エルシアはしばし考えた後、ゆっくりと聞いてみた。


「ケトが、大慌てでこの町まで来たってことよね」

「ううん、ゆっくりきたよ? とりさんみたいにパタパタってしてきたの」


 少女の口からまたもや意味の分からない表現が飛び出して来て、看板娘はおうむ返しに口に出してしまった。


「鳥さんみたいにパタパタ?」

「うん。パタパタ」

「……かわいい」


 手でも振り回して駆けてきたのだろうか。想像してみたらちょっと和んでしまった。

 それはそうと、本格的に意味が分からない。魔法を使ったって空なんか飛べるわけがないのだ。ましてやこんな小さな女の子になど……。再び首をひねる。一体、何の比喩だろう。


 そこまで考えたエルシアは、ようやく気が付いた。


「まさか……」


 目の前にいる少女は、ただの女の子ではない。オーガを投げ飛ばし、魔物の群れを(ちり)に返す程の魔法の使い手。まさかとは思うが……。

 エルシアは恐る恐る、聞いてみることにした。


「……ケト。ひょっとして、ひょっとしてだけど。貴女、空を飛べたりするの?」


 質問しておいて何だが、返答は聞きたくないな、とエルシアは思う。しかし、そんな看板娘の内心などどこ吹く風と言わんばかりに、ケトはこともなげに答えて見せたのだった。


「うん。とべるよ」


 思わず頭を抱えたエルシアの前で、少女はぱちくりと目を瞬かせた。

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