猫の徽章と黒ローブ その3
ロザリーヌ・ロム・ロレーヌは大層ご立腹であった。
「まったく! どうしてこの私がこんなことをしなくてはなりませんの!?」
「口ばっか動かしてないで、手を動かしなさいよ。スコップお嬢」
「はー、えっらそうに! 聞きましてよ、あなたこの間ぴーぴー泣かれたんですって?…… ぴゃあっ! 図星だからって土かけないで!」
「あーらごめんなさい、手が滑っちゃった」
時刻は深夜。
城の敷地の端の端。壁と若木に囲まれた共同墓地で、王女と令嬢は小声で毒付き合いながら土くれを掘り返す。
「……そもそも私を呼ぶ意味が分かりませんわ。しかも、どうしてケルンが伝令役ですの?」
「あれ、顔なじみだと思っていたんだけど」
「いや、そうですけれども」
「ほら、時が来るまで、”影法師”はある程度王城警備に回さないといけないでしょ? 陛下に気付かれたら元も子もないし。人手を借りたくって」
ロザリーヌは振り返って、長身の従者とその隣に佇んでいた似合わぬ騎士の服の男を視界に入れた。
「それにさ。昼間、面と向かって貴女と話す機会なんかないじゃない」
「作ればいいでしょう、お茶会とか」
「貴女にまで監視つけられたくないもの。あと準備めんどい」
「それが本音ですわね!?」
二人が口を閉ざすと、シンとした空気に土を掘る音だけが響く。
周囲は王城警備に向かわせなかった数少ない”影法師”で固めている。城の中でも、あまり人が寄り付かない場所とは言え、警戒は必須だった。
「……ホント、かあさまは一体何考えてるのよ」
「これ、れっきとした墓荒らしですわよ。地獄に落ちますわよ」
ぶつぶつ悪態を吐いた令嬢に、同じくスコップを片手にヴァリーがのほほんと微笑んだ。
「問題ございません。”ここなら誰にも見つからないはず”と、リリエラ様ご自身が選ばれた場所ですし。私も色々言いたいことはありますが、いざという時の為に、という意味ではこれ以上ないと思いますよ」
「一応聞くけど、この下には棺埋まってるのよね」
「はい。リリエラ様の遺骨もばっちり」
「うわぁお……」
ヴァリーの呑気な声を聞きながら、エルシアはスコップを深々と突き刺して墓の前の地面を掘る。芝が掘り返され、のけた土が小山を作った。
「かあさまは一体、どこまで見越していたんだか」
「……分からなかったからこそ、あらゆる準備をしていたのです。自分がいなくなった後も、大事な娘を守れるように、と」
当時を知る侍女は、切なさを滲ませて微笑む。そんな顔を見てしまえば、エルシアは何も言えない。
例え使う時が来ないとしても、その時自分が忘れ去られていたとしても。
母は娘を守る盾を作らずにはいられなかったのだろう。愚直なまでにケトを守ろうとし続けた今のエルシアには、その気持ちがよく分かるのだ。
もしかしたら。
母が自分に偽名を名乗らせなかったのもそのためだったのかな、なんて思う自分がいる。
もしも力が必要になった時に、迷わずその名前が使えるようにと。
かの悪名高い”女狐”の娘、エルシアで居られるようにと。
本当はどうなのかなんて、エルシアは知ることはないし、そのつもりもない。
けれども、エルシアは自分の名前を、少しだけ好きになれたような気がするのだ。
スコップを一刺し、もう一刺し。隣の令嬢と、ひたすら手を動かす。
「それにしても、ロジーは本当に手慣れているよね。流石にクシデンタの復興を手伝っていただけある」
せっかくエルシアが褒めたというのに、ロザリーヌは何故か口をへの字に曲げてしまった。
「あなたその話どこで聞いたの……。所詮、あの程度はポーズに過ぎないわ。こんな力のない腕で土を掘ったって、ロクに進むわけないじゃない……」
「お嬢、卑下しすぎです」
「黙りなさい、ローレン。領主の娘が、自ら民の間に分け入って汗を流す。それがポーズでなくて何だと言うの。騎士団を動かせなかったことに対する皆の不満。それを、領主一家だって尽くしてくれているのだって言い訳で誤魔化しているだけ。……根本的な解決策を作り出せない無能よ、私は」
令嬢の傍に控えるローレンが肩をすくめて微笑み、エルシアに何かアイコンタクトを寄越して来た。そんなものなくたって、エルシアは本音をこぼすのだが。
「……ロジーは立派だよね」
「? 何か言いまして?」
「それを自覚していること。自分のできること、できないことを良く知っていること。それでも、諦めずに動いてしまうこと。全部大事なこと」
エルシアはざくりと地面にスコップを差し込む。ロザリーヌが苦虫を噛み潰したような顔で、エルシアを横目で見ていた。
「耳に心地よい理想だって、自らの限界を超えて無理に進めようとすれば、必ず綻びが出る。ヴィガードしかり、カルディナーノしかり、私しかり」
「……それでも、理想なければ未来はありませんわ」
「そうだね、それも正しい」
理想。耳に心地よい響きだが、エルシアは知っている。
誰かの理想が、別の誰かの絶望になることだってあるのだと。
「そう、だからこそ、みんなで話をしなくちゃいけないんだ。みんなに助けを求めなきゃいけないんだ。そうでなければ、すべてが独りよがりで終わってしまう」
「……殿下?」
「分からなければ教えてくれる人がいる。一緒に考えてくれる人がいる」
ぐっと力を込めて、腰を入れて土を乗せたスコップを運ぶ。
「私は、自分という存在がどのようなものか考えることができる。そして、自分の役割に答えを出せる」
ロザリーヌが口をへの字にしていた。こいつはいきなり何を訳の分からないこと、なんて思っているに違いない。
「理想と現実。何処までできて、何処からができないのか。それを知った上で何を目指すのか。その相談が皆でできる国なら、少しは”より良い未来”を作れる。私はそう思う」
思い切り突き刺したスコップの先が何かに当たった。棺ではない、しかし何か固いものに。
それを確かめたエルシアは、上体を起こし、土で汚れた令嬢の顔を真っ直ぐに見据えた。
「ロザリーヌ・ロム・ロジーヌ様。以前、貴女がおっしゃった願いに、今答えてもいいかしら」
「え……?」
「”陛下とも、教会とも異なる立場で、開戦を阻止する。そのために宰相家と、第一王女と手を組んでほしい”」
令嬢がキョトンとしていたのもつかの間のこと、やがて彼女は顔を歪めて視線を落とす。
今や第一王女は厳重な監視下にあり、宰相家嫡子は城への登城自体認められていない。そのことを思いだしたのだろう。
「そんな、今更になって……」
「ええ、本当に今更。それに貴女の希望を丸々叶えられるとは言えない。……それでも、良いと言うのなら」
自らも泥に汚れた頬をこすって、エルシアは真っ直ぐにロザリーヌを見つめた。
「私を使って。この名ばかりの第二王女という存在を、骨の髄まで利用して頂戴」
「え……?」
「策がある。何もかもを滅茶苦茶にして、混乱に叩き落とす策が」
「な、何をいきなり……?」
「全てすっきりさせた後なら、今よりも素直にものを言える国になるはずよ。その手伝いを、貴女に頼みたい」
勝気な目を少しずつ大きくしていく令嬢。その口から漏れた「エルシア……?」という囁きに向かって、王女はふわりと微笑んで見せた。
「どうか、私を助けていただけませんか?」
ロザリーヌが、従者と顔を見合わせる。
考え込みはじめた彼女から視線を外し、エルシアは穴の底に手を伸ばした。
「……あった」
手を泥まみれにしながら、手に掴んだ感触を確かめる。ズシリとした重量を感じながら、両手で掴んだそれを一気に引き上げた。
ヴァリーがすかさず寄って来る。
「エルシア様」
「うん」
厳重に包まれていた封を乱暴に開ける。
ぎっしりと詰め込まれた中身を侍女と二人覗き込めば、思わず笑ってしまうしかない。
「……いやもう。ホントとんでもない人よね、かあさまは」
「流石に不謹慎だと、お叱りしなければなりません」
「自分の骨の上に、財宝埋めてはいけませんって?」
「はい。もっと他に場所はなかったんですかって」
小袋の中は、黄金の輝きに満ちている。
ぎっしりと金貨が詰まった袋を手に、エルシアはヴァリーと気の抜けた顔を見合わせる。
何だか台無しだ。一応それなり以上の感慨を持っていた場所なのに。
まさか金貨の上で、再会の挨拶をしたり、へたり込んで泣いたり、少女に抱きしめられたりしていたとは。
けれど、今の自分には確かに必要な力だ。
「……ありがたく使わせてもらうね、かあさま」
チャリ、と小さな音を響かせて、泥だらけの顔をほころばせていると。
「エルシア、いえ……エルシア殿下」
かけられた声に、王女はゆっくりと振り返る。
令嬢がまっすぐにこちらを見ていた。従者もまた、彼女の後ろに控えて真剣な面持ちをしている。
「……そのお話、詳しくお聞かせいただけますか?」
「ええ、喜んで」
どこまでも誠実なその瞳に答えるように、エルシアも誠意を込めて背筋を伸ばした。
―――
事実上の軟禁状態とは言え、カーライル王国第一王女エレオノーラは、表向き静養を取っているに過ぎない。
それはすなわち、検閲こそ入れど、手紙そのものは届くことを意味している。この日も例外ではなく、呑気な書状がづらづらと届いていた。
「まったく、嫌になりますわ……」
この状況下で茶会の誘いなど、頭に花畑でも湧いているのではないだろうか。
令嬢たちの中で、自分たちが人質であると気付いている者が果たしてどれほどいるのか。諸家に対して、教会に与すればどうなるかという見せしめになり得ると言うのに。
もちろん、それを見越した人間もまた、エレオノーラに茶会の書状を送る。
水面下で協力を申し出ようと言うのか、はたまた王家の動向を聞き取ろうと言うのか。
結果的にエレオノーラへの書状は増える一方だ。机の上に放り出したまま手つかずの紙の束を眺めて、エレオノーラはため息を一つ。右手に持った紙をひらひらと振った。
「でも、そのお陰でやり取りができるのだから、感謝しなくてはいけないのでしょうね」
「はい。私も苦労した甲斐があったと言うものです」
「……まさか、貴方が来てくれるとは思わなかった」
エレオノーラにつけられた監視は非常に厳しい。
数多くの手紙に紛れ込ませて、アルフレッドと手紙のやり取りをすること数回。警備シフトと、国王の動向を注視しながらも、ようやく、監視の目を盗んで”影法師”を呼び込むことに成功していた。
そして、忍び込んできたのは隠密だけではない。ロザリーヌは、黒ローブの隣に立つ栗色の目をした青年を見つめた。
「寂しかったですか?」
「……当たり前でしょう。私をこんな風に放っておいて……」
「申し訳ありません。遅くなりました」
フラフラと歩み寄ると、アルフレッドは優しく抱き留めてくれた。
久しく叶わなかった恋人同士の逢瀬。それはエレオノーラの心を緩ませて、口の端から弱音を漏らす。
「陛下を、止められなかった」
「私もです。何もできずに……」
騎士のように筋肉質ではないが、それでも自分とは違う力強い体つきに、ほうと安堵の吐息が漏れる。長引く軟禁生活にそれなりに堪えている自分を自覚した。
「もう、打つ手がないわ。この国は、戦争へ進むの」
「はい。既に開戦はすぐそこです」
「陛下は勝つでしょうね。そしてさらに力を強める」
「……」
教会すら、ヴィガードの手の上で踊らされているのだ。
彼らは自らの力で権利を得ようとするだろう。ようやく開戦準備を整えた彼らは、幾重も罠を張られた王都に飛び込んでくるのだ。
教会の切り札である、北の民の反乱。それすらも考慮に入れ、あえて泳がせた上で。
状況は完全に国王ヴィガードの制御下にある。
「勝ったら、この国はどうなるのかしらね」
「外洋進出によって、国が飛躍的に発展するでしょう。何しろ海には無尽蔵に水があるのです。他国に決して負けることのない、最強の艦隊が出来上がる」
「魔導艦隊構想……。更に国は発展し、そして戦火は広がるわ。確かに民の暮らしは良くなるかもしれない。けれど同時に打ち捨てられる民も増える。ブランカや、クシデンタのように……」
「それが良いことだとは私にも思えませんよ……。ですがいずれにせよ、陛下の独裁であるという点には変わりありませんね」
そして後継問題も、国王は既に手を打っている。
影の薄い第一王子ルイス。あれは”そうあるように”、教育されたのだ。全ては国王の遺志を継ぐ傀儡となるために。
国王はどこまでも狡猾だ。その強権を持って、より強固な権勢を築こうとしている。
「ロジーにも、謝らなくては。私、何一つできなかったと……」
こうなった以上、生き延びるために、国王に媚びを売る必要があるだろう。
例えどれほど嫌悪感があろうと、もはやエレオノーラとて安全ではないのだ。毒殺された宰相のように粛清の対象となることや、第二王女のように完全に手駒とされる事態は防がねばならない。
そこまで考えたエレオノーラは、ようやくアルフレッドの雰囲気がおかしいことに気付いた。
「……何がおかしいの?」
どうして彼は微笑んでいるのだろう。彼も、彼の家もまた、危機に瀕していることは確かなのに。
「申し訳ありません。弱気なエレナも素敵だと思って」
「なっ……!」
こんな時になんて口説き方をするのだ。思わず睨みつけたエレオノーラだったが、次の言葉で目を見開くことになった。
「策があります」
「……え?」
「従妹殿、……いいえ、今はエルシア殿下と呼ぶべきですね。彼女が動き出しました」
その声に、かりそめの思考が戻って来た。半ば投げやりにエレオノーラが呟く。
「あれに何ができると言うの。……陛下はあれを殺す気なのに、それすら気付かぬ娘が……」
「エルシア殿下は、もうご存知ですよ。立ち向かうために、策を打たれています」
「……ちょっと待って頂戴。もしかして……」
「はい。私がこうしてあなたの元に来たのは、他でもありません。エレナにもご助力をいただきたいのです」
恋人の服を掴む第一王女の手に力が入った。その口元からギリと奥歯を噛みしめる音が鳴る。
「まさかあなた、協力すると言うの……?」
「はい。既に”影法師”の指揮権をエルシア殿下に」
目を見開く。宰相家にとって、最強にして最後の剣。それを渡したと言うのだ。
「う、嘘でしょう!? あなた、全権を渡したと言うの!?」
「いいえ、貸しただけです。ご心配なさらず」
貴公子が微笑む。
「一昨日、”影法師”の指揮権を、リリエラ様の娘に期限付きで全権貸与しました。もちろん実際の運用は、当家、と言いますか私が引き続き担っておりますが」
ようやくエレオノーラは気付く。
正に今、状況は大きな変化点を迎えていることに。
式典まで五日、もはや何をしたところで間に合わないはずのタイミングで。
「無理よ、一体何をする気? 上手く行くはずがない……!」
「ええ、あれ一人ではどうにもなりません。……ですが、今のあれには、賭けてみても良いと思うのです」
彼の言葉が、第一王女には信じられなかった。
あの現実主義者である恋人が、”傾国”の無力さを誰よりも知る男が、こともあろうか手を貸そうと言うのだ。
「ふ、ふざけないで、あれに巻き込まれるのはごめんよ」
「エルシア殿下から、エレナに伝言を承っています」
「なんですって?」
「”私を、骨の髄まで利用しなさい。そして少しでも良い方に導いて”と」
”利用させてくれ”、ではなく、”利用してくれ”と言うのか? 巻き込もうとしておいてその言い方とは、一体何をしようと言うのか。
「……どういう意味?」
「まずは座りましょうか。長い話になるでしょうから」
「……」
エレオノーラが姿勢を正すと、アルフレッドは柔らかく笑う。
彼の語る言葉にはまるで悲壮感がないことに、エレオノーラは今更になって気付いていた。
―――
「……本気?」
自分の声が掠れるのが分かる。エルシアが考えたという策は、第一王女をして、言葉を失わせるほどの衝撃をもたらしていた。
「あれはやる気です」
「正気じゃない! 本当に国を傾ける気だわ! いえ、傾けるなんて生ぬるい、下手をすれば国を滅ぼしかねない!」
アルフレッドは答えない。
それこそが答え。エルシアは既に覚悟を決めているのだと、腹違いの姉は知る。
「そこに、エレオノーラ様のご助力を賜りたいのです」
「……だからこそ、利用しろ、と。あの子はそう言うの」
「はい。何なら彼女の存在を、骨の髄までしゃぶりつくせと」
「……正気じゃない。正気じゃないわ、あの子」
エレオノーラは視線を落とす。
自らの手が視界に入る。何となく見つめた、白魚のような手。そう言えば、以前見た妹の手は荒れていたなと、思い出す。
エルシアの計画を脳裏に反芻させてみる。
鍵となる少女の力がどの程度なのか、エレオノーラとて知らない訳ではない。
秋口に作成したと言う少女の報告書には、やたら年齢相応という表現が使われていたはずだ。彼女は十歳。ちっぽけな女の子に果たして何ができると言うのか。その他に集める援軍。これはどの程度の規模なのか。
エレオノーラにとっての問題は、むしろその先と言ってもいい。
国王一派と教会のはざまで揺れる第二王女。彼女がもたらすであろう混乱は果たしていかほどのものか。そして、その混乱をどう収束させるか。
一つでも抜ければ成功がない辺り、酷く厳しい戦いだ。
総じて考えてみれば。
「どう見ても、大博打じゃないの」
「ええ」
けれど、何故だろうか。
第二王女がその先に描く未来。それが、悪くないと思えてしまう。
「あの子、良い所取りだわ……」
「私もそう思いますよ」
アルフレッドが苦笑していた。目を合わせたら、何となく気持ちが分かってしまった。
「本当に、エルシアは馬鹿だわ。大馬鹿者」
「はい。否定のしようがありません」
「”少しでも良い方に”だっけ? まるで子供が描く絵空事じゃない」
「はい。本人から聞いたときは失笑が漏れましたよ」
一々大仰に頷くアルフレッド。手を貸すと言っておきながら、やはり彼も呆れずにはいられないのだ。
「……エルシアは今、何をしているの?」
「ロジーヌ嬢を説得中です。庭で」
しばし黙り込んで、唸ってしまう。
「……ロジーのことだもの、絶対に手を貸してしまうわ」
「はい」
ああ、本当に馬鹿な人たち。こんな賭けに手を貸すなんて。
「何故かしらね。とても馬鹿にしてやりたい気持ちで一杯なのだけれど……」
”より良い方へ”。
そうのたまうエルシアは、しかしその中身を一切口に出さなかったらしい。
思いついているはずの具体的な政策も、何なら一番に考えるべきブランカへの救済案ですら。全てを自分の胸にしまい込んでいるのだとか。
なるほど、と頷かざるを得ない。
彼女は自分の力と役割を正しく認識している。その行動を徹底させている。
「”より良い方へ”、なんて誰もが考えることよ。むしろ考えない愚か者なんかいない。それでも……」
一度も見たことがない、妹エルシアの笑顔。
自分の存在だけでも持て余しているはずの彼女は、さらに人ならざる力を持つ女の子を気にかけているそうだ。
「……もしもその二人が、心の底から笑える場所があるのなら、そこは今よりも”より良い国”になっていると、そう思えてしまうのよ……」
目を閉じて、己に問う。
王族の一人として、一人の娘として、そしてエルシアの姉として。それぞれの自分に問いかける。
それは間違いなくこの国の未来を決める決断になるはずだから。
やがて、第一王女エレオノーラ・マイロ・エスト・カーライルは静かに告げた。
「エルシアに伝えて頂戴」
「はい」
思う存分利用してやるから、覚悟なさいと。




