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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第二章 看板娘は旅をする
14/173

繕いものは真夜中に その1

本話より、毎日一話ずつの更新とさせていただきます。

引き続きお楽しみいただけたら幸いです。


2019/9/17 追記

扉絵を掲載しました(作:香音様)

挿絵(By みてみん)



 とりあえず、とエルシアは言った。


「その服を何とかしないとね」

「おようふく?」


 ケトの手を引きながら大通りを歩く。あばら家から持ち出してきた少女の荷物は、元々少女が持っていたカバンと合わせて、エルシアの肩に掛けられていた。


「いくらなんでもその服はボロすぎるもの」

「うーん……」


 ケトは自分の服を見下ろした。自覚はあるのだろうか。裾がそんなに破けたワンピースなど、中々お目にかからないはずだが。


「本当なら、私の昔の服が家にあるからそれを繕えば良いんだけどね。今日着るには間に合わないから、一着だけ買っていきましょう」


 ケトが着ていたワンピースは、もはやボロ布の塊だった。

 裾も袖もほつれにほつれ、あちこちに穴が開いてしまっている。いくら何でもこれで過ごせというのは酷な話だ。

 

 エルシアのような庶民にとって、あまり服を買うという考えはない。基本的には布を買って、自分で作るものだ。

 特に孤児院出身の者だと、いかに生活を切り詰めるか四苦八苦するのだ。だから、出来合いの服などという贅沢品とはほとんど縁がなかった。


 しかし、この町にも出来合いの服がないわけではない。確か、エルシアがよく利用する、裏通りの道具屋でも取り扱っていると聞いたことがある。表通りの服飾店ならいくらでも選び放題なのだが、流石にエルシアにも縁のない世界だった。


 角を曲がると、馴染みの店主が店の外でくぎ抜きを振るっていた。壁に木の板が何枚も立てかけられているところを見ると、丁度店の復旧作業の途中のようだ。


「おう、エルシアちゃんじゃないか」

「こんにちは。作業中だった?」

「ああ。魔物達がいなくなったから、急いで店を開けないとな。そっちも昨日は大活躍だったって聞いたぞ。魔物どもを追い払ったんだってな」

「奇跡的に、なんとかなったってところよ」


 肩を落として答えるエルシアを眺めていた店主が、ふと隣のケトに目線を向けた。


「見かけない子を連れてるな。どうした、何か入り用か?」

「この子に服を買ってあげたくって。でも、流石に今日はお店やっていないみたいね……」


 店の親父はくぎ抜きを置くと、ケトと視線を合わせた。少女が「こんにちは」と挨拶をする。


「まあ、この有様だからな。みんな今日は休みにするんだろうよ。うちもまだ板を外している最中なんだけどな。もし良かったら寄ってくか?」

「いいの?」

「昨日は冒険者たちが体張ってくれたって聞いてるぜ? こんくらいならお安い御用さ」


 頭を下げつつ、店主に続いて店に入った。所狭し積まれた品物を見て呟く。


「相変わらず散らかってるわね」

「エルシアちゃん掃除してくれねえか?」

「そういう依頼はギルドへどうぞ。お代も一緒にね」


 普段は通路のはずの場所にまで小さな台車が置かれているのは、避難する際に無理やり店内に押し込んだからだろう。

 ケトは店内を興味深そうに見渡していた。ちょこちょこと近くの棚まで寄っていくと、羽ペンをまじまじと見つめている。


「売り物だから触っちゃダメよ」

「わかった」


 店の奥で、道具屋の親父が服を探す音が聞こえる。


「本当、元気そうで良かった。実はさ、今回は逃げた方がいいんじゃないかって噂があってな。ひょっとしたらもうおしまいかもしれないって、皆で怯えていたんだ」


 エルシアはため息をついた。服越しに、首から下げたお守りを触る。


「かなり危なかったのは本当よ。ギルドにも相当被害が出たし。しばらくは厳しくなりそう」


 ……この子がいなかったら、どうなってたことか。口には出さず嘆息する。

 羽ペンの隣のインク壺を見ていた少女は、エルシアの視線に気づくと、きょとんと首を傾げた。にこりと笑い掛けながら、エルシアは内心で危うさを感じていた。

 少女がどれだけのことをしたのか、きっと彼女自身が分かっていない。自分の力がどれほどのものか、その行動が何をもたらすのか。きっと一切考えず力をぶちまけたのだろう。それが、エルシアには酷く不安に思える。


「よっと。ああ、やっと見つけた。……服なんか誰も買いに来ないからよ。大分埋もれちまってた」


 店主の声で、エルシアは我に返った。

 彼が両手で広げた服に視線が吸い寄せられる。

 道具屋には似つかわしくない紺のワンピースだった。うるさくない程度にあちこちに白糸で刺繍がされている。

 相当な年季が入っているところを見ると、誰かのお古なのかもしれない。だが、どうみても庶民が買うにしては明らかに質が高かった。まごうことなき上物だ。


「どうしたのよ、こんな良い服。もしかして絹じゃない?」

「五、六年くらい前だったかな? 呉服屋の旦那から買い取ったんだ。呉服屋の奴は、元々旅人から買ったとか言ってたっけな。こんな上等な服、ほとんど見ることがないからって、(やっこ)さんも飛びついたらしい」

「この町じゃあ、需要ないでしょうに……」

「その通り。このド田舎で売れる訳がねえっていうんで、安く仕入れたんだよ。お古だから、ものの割には安値だ。エルシアちゃんでも十分手が出る値段だぜ」


 まるで良い処のお嬢様が着るような服に、エルシアは顔を(しか)めた。たかが服の一着どうという訳でもないが、いまいちこういった高級品には抵抗がある。


「私にも需要はないわね……。他の服ないの?」

「ないな! うちは道具屋であって服屋じゃねえんだ。大人用ならいくつかあるが、チビっこ向けは置いてない」


 その時、エルシアの隣から「ふおお……!」という声が聞こえた。声のした方へ視線を向けると、ケトが目を真ん丸にしてワンピースを見ている。

 何となく分かって来た。これは大分興味を引かれている時の顔だ。


「とってもきれい……!」

「そうだろう、そうだろう。嬢ちゃん、これはこの町に一着しかない貴重な服なんだ。今を逃すともう二度と手に入らないぞ?」

「ああもう、親父さんも(あお)らないでよ」


 露骨に(あお)り立てる店主に、エルシアは胡乱(うろん)な視線を向けた。


「ええっと、わたしのおかねでかえる?」

「うーん、ちょこっと厳しいかなあ。なんてったってこの服は上物だからなあ」

「そっかあ……」


 しょんぼりするケトと、額も言わずに、ニヤニヤ笑いながらエルシアに意味ありげな視線を送る店主。二人の視線にいたたまれなくなったエルシアは思わず呻いた。


「ちょっと、そんな顔しないでよ。ちゃんと買ってあげるってば!」


 結局エルシアは、その道具屋でワンピースと下着、靴下なんかを買うことになった。もちろん、かつてないほど真剣な面持ちで値切りに値切ったのだが。


 店を出れば、今度はなけなしの貯金を削ることになったエルシアの方がしょんぼりする番だった。だがそれも、新しい洋服の入った包みを両手にかかえて、どこか嬉しそうなケトを見れば、まあいっかと気を取りなおすのには十分だった。

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