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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第九章 少女は優しく抱き留める
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たすけて その4

 予想通り、エルシアは泣き腫らした目をして帰って来た。


 扉の左右を陣取る”近衛”から戸惑った視線を浴びながら、エルシアは音を立ててドアを閉めた。


 部屋に佇んでいたヴァリーは、ゆっくりと頭を下げる。


「お帰りなさいませ。エルシア様」


 窓から差し込む傾きはじめた日が、エルシアを柔らかく照らしていた。

 真っ赤に腫れた目を、顔を彩る涙の後を、恥ずかしそうな、それでいてすっきりした仏頂面を、露わにさせる。


「……恨むわよ、ヴァリーも、コンラッドも」

「何をでしょうか?」

「知ってたでしょ。ケトとガルがやろうとしてたこと」


 ああ、やはりこの娘は聡い。

 屋根裏から音もなく飛び降りたコンラッドと共に、ヴァリーは再度認識を新たにする。


 確かに、彼らに助言したのはヴァリーだ。

 王都の裏で賊の侵入を阻止した二人から、王城潜入を強行すると”影法師(シルエット)”経由で報告を受けたその時。既にエルシアの八方塞がりで凝り固まった思考を間近で見ていた侍女は、急いで伝えたのだ。


 エルシアは意固地になっていると。

 ただ話しただけでは、逆に説得されて終わりだと分かり切っていた。だから本当に救いたいなら、まずはその頑固な性根をコテンパンに叩きのめしてやれと言ったのだ。

 ついでに宰相家の伝手を使って、墓で一人佇む第二王女への監視を一時的に緩めさせたのも、ヴァリーの功績だ。


 助言を受けた少女と大男が、果たしてどのような手を使ったのかは分からない。

 けれども、エルシアの顔を見れば、結果がどうなったのかなんて分かり切っていて。


「申し訳ありません」

「そんな良い笑顔で言わないでよ。ちょっとコンラッド、何笑ってるの」


 なんだか悔しそうにため息を吐いたエルシアが、ズズっと鼻をすすった。


「私、本当に幸せ者だ……」


 目を閉じて、ゆっくりと深呼吸。

 それは彼女が落ち着きたい時にする仕草だと、もうヴァリーだって知っている。


 そして、再び開かれた目には思慮深い意思の光が宿っていることも、もう疑わなかった。


「動くわ」

「はい」


 王印を手に取って、王女は口を開いた。


「これからアルフレッドに手紙を書く。コンラッド、急いで渡しに行ってもらえる? 帰りには、王都と地下水路の精密な地図と、私のギルドカードを持って来て頂戴。カードはブランカから着てきた、制服のポケットに入っているから」

「承知いたしました」

「ヴァリー、エレオノーラに連絡とりたい。どうすればいい?」

「屋根裏伝いに行くしかないでしょう。警備は厳しいですが”影法師(シルエット)”は数回成功させているようです」

「分かった。こっちは方法を考えなきゃね。あと、ロジーにももう一度動いてもらわなくちゃ。しばらくあの人の予定押さえておいて」

「はい」


 矢継ぎ早に下される指示。迷いを欠片も見せないその言葉に、侍女と隠密は、間髪入れずに頷いた。


「明朝、もう一度陛下に会います」

「それは……」

「その前に、最低限の準備が必要なの。本格的に動けるのはその後よ」


 紺の手袋を乱暴に外し、ハイヒールを放り投げ、裸足になった王女が言う。


「よし、後は水浴びてしゃっきりするわ。ヴァリー、湯あみの準備をお願い。着替えは侍女服で」

「抜け出されるのですか?」

「協力をお願いしたい人がいる。アルフレッドにはその人を紹介してもらいたいのよ。それでもって今晩中に話をつけるわ。あ、そうだ。コンラッド、せっかくだから私のショートソードも一緒に持って来て」


 ドレスを脱ごうと悪戦苦闘し出した王女に、コンラッドは苦笑を漏らし、ヴァリーは思わず問いかけてしまった。


「策が、あったのですか?」

「そりゃ、ずっと色々考えてたわよ」


 いけしゃあしゃあと、開き直った王女が言う。


「要は、人を傷つける教会と国を専有する国王、その両方をやっつけてしまえば良い。ついでに私はここから抜け出す。あの子の隣に帰らないとね」


 口で言うのは簡単。具体的な行動に落とし込む難しさを、エルシアは嫌という程知っている。


「もちろんそれだけで国ひとつを滅茶苦茶にする訳にはいかないわ。その後のことを考え、道筋をつけなくては」


 だからこそ、エルシアは諦めていたのだ。


「私にはずっと、その道筋に自信がなかった。私がもたらす混乱を受け入れる勇気がなかったの。でもね」


 大きく息を吸い込んで、エルシアは口を開いた。


「もう、私は迷わない」


 エルシアも、夢見てしまったから。救いようのない世界で、その先の幸せを願ってしまったから。


 先程まで浮かべていた涙のせいか、あふれ出る感情のせいか。


 看板娘は、きらめく光を目にたたえ、宣言する。


「私は貴女を守り抜く」


 そこで彼女は言葉を探す素振りこそ見せたものの。


「いやもう、だってさあ。私、あの子の隣に居たいんだもの、しょうがないじゃん!」


 結局、なんとも締まりのない顔をして、胸を張ったのであった。

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