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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第九章 少女は優しく抱き留める
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背中を守ってくれる人 その2

 つまるところ、だ。


「悪い王さまと、悪い教会さんがいて、両方シアおねえちゃんを狙ってる」

「そう」

「どっちもシアおねえちゃんを使って、もう片っぽをやっつけちゃおうとしてる」

「そうそう」

「……わたしとおそろい!」

「そこで喜ぶのはどうなんだ……?」


 呆れ顔のガルドスは気にせず、ケトはふんすと拳を握りしめる。


 冗談はほどほどにしよう。頭の中を整理した方が良さそうだ。

 要は、エルシアを攫おうとする前に、教会の悪者をやっつけてしまえばいいのだ。なるほどなるほど。


「それがなんで、あんなに難しいお話になっちゃうの?」

「そりゃあれだ、今ケトは”悪者”って言い方をしたけれど、実際はちょっと違うからな」


 どういうことだろう、とケトは首を傾げる。

 テーブルの反対側で、アルフレッドとコンラッドが「泥沼につっこんだぞ」とコソコソ話をしていた。


「王さまにとっての”良いこと”と、教会にとっての”良いこと”。それが違うから、お互いケンカしちまう。お互い自分が正しくて、相手が間違ってると思うから、拗れちまうんだ。ま、この辺は難しいから、また今度な」


 うーんと唸りながら考えてみる。


「ええっと、何となく分かるよ?」

「……本当かぁ?」


 訝し気なガルドスの視線を感じながら、ケトは心当たりに触れてみた。


「わたしは今、シアおねえちゃんに会いたい。会えたら、それは”良いこと”。でもシアおねえちゃんにとっては、わたしが危ないことをするから”良くないこと”。だから、来ちゃダメってコンラッドに言った」

「……お、おお!」

「わたしが見た時と、シアおねえちゃんが見た時で、ちょっと違うんだ」

「うんうん、いい線いってるぞ、ケト」


 今回の、王さまと教会のことも、その違いが原因。きっとそういうことなのだろう。


「ミーシャが痩せたいって言いながら、パンをお代わりするみたいな」

「それはちょっと違う」


 一人で何度も頷いていると、アルフレッドとコンラッドが驚いたようにこちらを見ていることに気付いた。隣のガルドスがにやりと笑う。


「どうだ、うちのケトは賢いだろ」

「……ああ。その年でここまで考えられるなら上出来だ」

「ジェスとケンカした時からいっぱい考えたもん!」


 褒められたことが分かって、ケトは少しだけ胸を張った。

 今でも答えの分からない問題。そんなものはいくらだってある。


 初めてそれを意識したのは、自分と少年のこと。

 ジェスのお父さんを助けられなかった自分が、ジェスにずっと助けられている。何だか彼に申し訳ないのに、ジェスは笑ってケトを認めてくれる。

 きっと本当は申し訳なさなんて感じる必要はないのだろう。彼はもう、ケトを許してくれている。それでも、この胸の苦しさは、ケトにとって大切な証だ。


 やがて、姉の役に立てない自分を不甲斐なく想い。

 受け入れてくれた町を壊してしまった罪悪感に魘され。


 それでもケトは思うのだ。分からないからと言って、立ち止まりたくないと。答えがないからと言って、考えるのを止めちゃいけないと。


「善悪の定義はまたにしよう。話を進めさせてくれ」

「ああ。ケト、分からなくなったら遠慮なく言えよ?」

「うん、分かった」


 アルフレッドがコンラッドと視線を交わす。小さく頷いた彼は、自らの傍に置いてあった大きな木箱の蓋を開けた。


「誘拐阻止の際、恐らく戦闘は避けられん。その時の為に、お前たちにこれを渡しておく」

「なあに?」

「王城の倉庫から持ち出すのに苦労したが、役に立つものだ」


 アルフレッドが木箱から取り出したのは、一振りの剣だった。

 いや、それを剣と呼ぶのは、いささか語弊があるかもしれない。


「刃がないよ?」

「持ってみれば分かる。ああ、危ないから人のいる方には向けるなよ?」


 それを受け取ったケトは頭に疑問符を浮かべた。どうしてそんな折れた剣の柄を後生大事に出してくるんだろう。

 ひんやりとした金属でできた剣の柄。大きさはよく見かけるロングソードのものと同じくらいだが、持ち手が少し太い気がする。鍔の中央に刻まれていたはずの紋章が幾筋かの傷のせいで読み取れない以外は、いたって普通の柄に見えた。

 変わっているのは柄頭で、柄が空洞になっているくらいか。


「力を込めてみろ。収束と撃発だ」


 まるで魔法の鍛錬みたいなことを言う。ついさっきまで何度も繰り返していたことだ。ケトが言われるがまま、魔法を撃ち出すように、手に力を込めてみた途端。


「うひゃっ!」

「あ、おい!」


 一瞬で柄から真っ直ぐに刃が伸びた。その長さは尋常ではなく、瞬く間に天井を刺し貫いて止まる。持っている本人が一番驚き、屋敷の持ち主が二番目に驚いた。

 慌てて力を抜くと、剣はスルスルと縮み、ケトの身長くらいの長さに収まった。力の加減で伸び縮みして面白い。


「何だこれ、どうなっているんだ……!?」

「天井が……」


 ガルドスが驚き、アルフレッドが嘆く間、ケトは刃をじっと見つめた。

 うっすらと輝く刀身。両刃の剣の形に収まるのが不思議だ。空気の擦れるような音が少しうるさいが、力の込め方からして、これはきっと。


「魔法の剣!」

「ああ。研究中の物を持ち出して来た。コンラッド、これは何型だ?」

「試作二型です。一型は剣の形に収まりませんでしたから」


 コンラッドが笑う。


「ケト嬢の力では、どれほどの業物(わざもの)であっても戦闘には耐えられません。消耗品として剣を複数持って行くのも厳しいですし。という訳で、折れない剣を引っ張り出してきました。本来なら軽すぎて叩き切るような使い方には不向きなのですが、ケト嬢の力であれば全く問題ないでしょう」

「世の中にはこんなものがあるのかよ。まさか騎士団の剣が全部これだなんて言わねえよな……?」


 ガルドスが囁くように問いかけると、何故か青年と”影法師”は苦笑した。


「まさか。量産の目途すら立っていない欠陥品だ」

「どういうこと?」

「柄の中が空洞になっているだろう? 本来そこに専用の魔導瓶を嵌めこんで刃を生成させる仕組みなんだが、いかんせん効率が悪すぎる。普通に使えば三回振るった時点で水が切れる」


 ガルドスが露骨に呆れた顔をした。


「使い物にならねえ……」

「その通りだ。だがな……」


 みょんみょん剣を伸び縮みさせるケトを、アルフレッドは見つめた。


「ケト嬢の力なら、そんな心配もいらない。その無尽蔵とも言える力であれば、常時展開もできるだろう。そして魔力でできた刃は折れない。そもそも実体として刃が存在しているわけでもないからな。まあ、欠点と言えば、うるさい上に、微妙に光っているせいで隠密には向かないことくらいか」

「……これを、わたしに?」

「技術の結晶だ。大切に使え」


 剣を見つめた少女は、やがて神妙な面持ちで頷いた。


「ありがとう」


 小さく息を一つ吐く。

 こんなものを持ったところで、自分は自分。弱さは良く知っている。結局どれだけ強がったって、怖いものは怖いし、嫌なものは嫌なのだ。


 浮きたつ気持ちは脇に避け、落ち着いて、しっかりと見据えて。

 ケト・ハウゼンは、大人たちに教えを乞うた。


「教えて、シアおねえちゃんを救うための方法を」


―――


「具合はどうだ?」

「うん。きつくないよ」


 ベルトを調節していたごつい手が、ポンポンと頭を二回叩いて離れた。


 アルフレッドが用意してくれたのは、剣だけではなかった。

 腰に括り付ける丈夫なベルトに、小さなポーチ。中には薬や小さな水筒、更には懐中時計まで入っている。これさえあれば時間が正確に分かる優れものらしい。もっとも時計の読み方を知っているのはガルドスの方だが。

 ポーチの隙間に、”木札”のギルドカードを滑り込ませる。ソードベルトには試製魔導剣を、腰の後ろにはシアおねえちゃんの短剣を。履き慣れたブーツの紐を一人で結んで、最後に上から外套のフードを深々と被れば。


「準備できた!」


 振り向くと、後ろのガルドスがにやりと笑った。彼もまた、”影法師(シルエット)”の黒いローブを羽織ったところだ。


 その下に身に着けているのは、いつものハードレザー。装備をローブの下に隠す”影法師(シルエット)”とは違い、彼はベルトをローブの上から巻いていた。

 これまでと違うのは、剣とは反対側にくくりつけた不思議な形の小物入れだろうか。中には浄水が満たされた魔導瓶が何本も入っており、取り出しやすいような蓋が付いている。


 そして何より、彼が背負った大きな鉄盾。一見すると騎士団が使っているものに近い形をしているが、ひっくり返すとごちゃごちゃとした起動回路が張り巡らされている。

 瓶を嵌めこむくぼみに、取っ手につけられた引き金がなんとも特徴的だ。


 名称、試製魔導盾四型。つまるところは魔法の盾である。魔導瓶の水を用い、防御魔法を展開できる代物だ。

 魔法に造詣のない人間でも使えるようにと工夫されたそれは、鍛錬むなしく未だ魔法が使えないガルドスですら、引き金を引くだけで魔防壁を張れると言うのだから驚きだ。

 ただし、もちろん欠点もあるのは言うまでもない。


「重すぎだろ、これ!」

「我慢しろ。力自慢なんだろう? これくらい朝飯前のはずだ」

「いやいや、これはいくら何でも……!」

「やはり、正式採用には難あり、と」

「当たり前だ! こんなの持たされる騎士様が可哀想でならねえよ。仕方ない、慣れるまではケトの防御に専念するしかないぞ……」


 ケトは手を繋いだガルドスを見上げた。


「攻撃はまかせて!」

「おう、頼むぞホント」


 ガルドスはケトの手の中にある時計の針を覗き込んだ。背中の重みにうんうん唸りながら、コンラッドと目を合わせる。

 口ではぼやく彼だが、その目はどこまでも油断なく周囲を観察していることも、ケトはちゃんと知っている。


「行こう、ガルドス」


 おう、と答えた彼は、黒いローブの下でにやりと悪い笑みを浮かべた。


「さあて、反撃と行こうじゃないか、ケト!」

「うんっ!」

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