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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第九章 少女は優しく抱き留める
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手駒の真実 その5

 まず、お伝えしておきます。


 これは贖罪です。


 龍神聖教会(ドラゴニア)の顔であったアキリーズ・フォッシャーが、己の愚かな行為によって全てを失い、全てを巻き込んだことに対する、老いぼれの懺悔です。

 あなたは嘆くでしょう。怒るでしょう。ですがどうか、早まったご判断だけはなさらないでください。確かに浮世を離れた儂ではありますが、かと言ってこれ以上の戦乱は望まないのです。


 前置きが長くなりましたな。


 エルシア殿下は、魔法を使えますかな?

 なるほど、ケト様が……。いえ、すみません。少し聞きたかっただけなのです。


 すべての発端は、その”魔法”にあるのですから。


 今でこそ、魔法は、龍が口から吐き出す光から発展したものと知られています。しかし、二十年前のそれは、ただの(まじな)いでしかありませんでした。


 ええそうです。我らが、と言うのもおかしいですが、龍神聖教会(ドラゴニア)の教皇が使う、ちょっとした奇跡があったのです。


 それは雨乞いの秘術。

 失敗することがほとんどの術ではありましたが、成功すれば皆に潤いを与えることができました。


 ……今でこそ、魔法と同じ原理を用いて、周囲の空気にある水を集め無理やり雲を作り出していたのだと分かります。仕組みも効率も考えないお(まじな)いですから、それは失敗も多い訳です。しかし、当時はただの奇跡でしかなかった。


 二十と数年前、それに目を付けた方がいらっしゃいました。

 はい。当時王太子であらせられたヴィガード様でございます。飢饉による犠牲を少しでも抑えたい。紛れもなくそれだけの為に、彼は私に協力してほしいと頭を下げられた。


 やがて、その力の源が水であり、龍のお力をお貸しいただいていることを知り、より効率的にお力を引き出す術を見つけられた。ヴィガード様はその新技術に”魔法”と言う名前を付けられました。


 十年前の大規模な虫害を最後に、例え雨の少ない年であっても、飢饉はなかったでしょう? それは正に魔法の恩恵です。魔法とは、それほどの力を秘めているものなのです。


 治水技術の劇的な発展しかり、油を必要としない灯りの開発しかり。そうそう、人の体が水に満ち満ちていたことを知り、医学も飛躍的に進歩しましたね。紙を作ることとも相性が良かった。本が気軽に読めるようになったのは良いことです。

 いただいた恩恵はあまりに大きい。


 もっとも、魔法にはまだ分からないことが山ほどある。

 力の引き出し方は分かっても、水を気体へと変える時に放出される熱が、一体どこから発しているのか分かりません。発動時の光が何によるものなのかすら、未だに判明していません。損失などと理論付けはしましたが、その中身は誰一人として理解できていません。

 時折、人には早すぎた力なのではと、恐ろしくなるほどです。


 失礼、話が逸れましたな。歳を取ると、思考に寄り道が多くなっていかんです。


 さて、魔法の発展は国に、我らに数多くの恩恵をもたらしました。かつては我が奇跡を享受できる方が増えたことに、ヴィガード様と手を取り合って喜んだものです。


 ですが、やがて少しずつヴィガード様の様子がおかしくなりました。


 積極的な軍事転用。あの方は魔法発動時に損失として発せられる光と熱を制御し、国の剣とするために研究を始めたのです。


 当然、儂は反対しました。この奇跡は民を守るものでこそあれ、傷つけるものであってはならないと。始めは年の功もあり、儂からの諫言(かんげん)も不承不承聞いていただけたのですが……。やがてヴィガード様は儂に無断で、開発を続けるようになりました。


 それから、魔法に多くの税をかけるようにもなりました。その結果、魔法は一部の有力な貴族が独占的に開発を行うようになった。

 今でも同じです。ほんの少し細工を施しただけの小瓶が、民の何日もの所得を吹き飛ばす。そうして得た権益を、一部の貴族たちが自らの懐に入れるようになるのも、まあ当然の話でしょう。


 儂は必死に訴えましたが、聞き入れられることもなく……。魔法開発のノウハウを得たあの方は、やがて口うるさい教会を目の敵にし始めました。教会に対する圧力は高まり、それに応じて教会内部からも王や国への反発が大きくなりました。


 困り果てた儂は、当時の国王陛下であらせられたキャラベル様に、王太子様の暴走を止めていただくようお願いいたしました。

 よりにもよって、絶対に巻き込んではいけない方を頼ってしまったのです。これが、何よりもの過ちでございます。


 元々キャラベル陛下は、儂が言わずとも、当時の宰相閣下、……先日亡くなられた宰相閣下のお父様、リリエラ様のお父上にも当たられる方ですが、彼と共にこの問題に対処するため奔走しておりました。ある種の強権によって、税の恩恵を受ける貴族たちを押さえ、魔法発展とその情報開示についての評議会を開こうとされていた。

 きっと陛下お一人だったら上手く行っていたのでしょう。そこに儂が横やりを入れてしまった。それがいけなかったのです。


 ”宗教国家ではないカーライル国王が、宗教家の諫言(かんげん)を聞き入れ、国の発展を阻もうとしている”


 ヴィガード様は、自らにも当てはまるそのお言葉を、実に巧みに使われました。

 事実などどうでも良い。ただ権益を剥奪されそうな貴族達を味方につけ、瞬く間に一大勢力を築き上げられた。


 陛下の尽力もむなしく、国は二つに割れました。言うなれば、魔法発展と権力維持の、ヴィガード殿下率いる急進派、既存権益の整理と再分配の、キャラベル陛下を支持する保守派。

 どちらが勝ったかは、言うまでもありません。


 キャラベル陛下は廃位させられ、王の座を息子に譲るまでに追いやられました。それから先”六の塔”に幽閉され今に至ります。


 そしてそれは、教会内も同じでした。

 あくまで穏便に話をつけようとした儂の姿勢に批判が集中し、武力を持って国を制すべきという、新興派閥が台頭したのです。

 教皇と言う立場こそ剥奪されませんでしたが、儂の話を聞く者ももはやおらず、カルディナーノと言う名の若者が、枢機卿という立場で実権を得ました。


 これが今の教会の原型になります。彼らはヴィガード現国王陛下の主張に真っ向から異議を唱え、場合によっては武力行使もいとわない、危険な集団になり果ててしまった。


 これが、今から二十年ほど前の出来事です。


―――


 ここからは、私が話そう。

 私と息子の不始末の話だ。先の王であるこのキャラベルに責がある。


 国と教会の対立が起こるまでの話は理解できただろう?

 ……何か言いたそうな顔だが、もう少し待て。まだ話は続くのだ。


 王位を継承し実権を得たヴィガードは、数度の”調査”という名目で、反対派の声を可能な限り抑え込んだ。つまるところ粛清だな。

 それでも、教会の存在までは潰せなかったらしい。何度か騎士団を送り込もうとしたが、私への反逆行為に対する反発のせいで、ある程度は動きが制限されていたようだ。実際に大規模な掃討が行われることはなかった。


 代わりにヴィガードが目を付けたのが、宰相家管轄の”影法師(シルエット)”だった。表向き騎士団を動かせないなら、裏で潰そうと言う魂胆だな。


 どちらかと言えば、かつて私の側についてくれていたアイゼンベルグ宰相家は、当時相当弱体化していた。”影法師(シルエット)”を寄越せという無茶な要求も、面と向かって跳ね除けられなかったらしい。

 とは言え、流石にそのままでは渡すまいと考えたのだろう。”影法師(シルエット)”を渡すことは、ヴィガードの独裁体制の確立を意味していたからな。当時の宰相、リリエラの父は数年の猶予を得るため、ヴィガードと一つの盟約を交わした。


 ……エルシア、その様子では何か気付いたようだな。辛いようであればここで聞くのを止めても良いのだが……。


 ……そうか、分かった。


 王家の抑止力となり、国の均衡を保つための集団。

 それは、王家の直系だからこそ、ヴィガード自身には渡せない。諸家からの反発を防ぐためにも裏をかこう。ヴィガードからの提案を、宰相は断れなかった。


――国王と宰相家一族との間に子を為し、その者に”影法師(シルエット)”を操らせる。


 それが盟約だった。当時、宰相の娘であり、側妃候補にすら上がっていなかったリリエラと言う娘が選ばれ、一人の子が生まれた。


 そう。それがエルシア、お前のことだ。


 ”忌み子”、などという呼び名は、当時の諸家を騙すための文言に過ぎない。一夜の過ちだなどと責める輩は、全く状況を理解していない。元を正せば、お前は国の裏側で教会を潰すべく、”影法師(シルエット)”を操るために生を受けたのだ。


 慰めにもならんだろうが、これだけは言わせてくれ。

 今のお前は全く別の道を歩んでいる。私がそのことに感謝しない日はないよ。役割などに縛られる人生は、酷く苦しいものだから。


 ……本来であれば隠されるべきお前の存在だが、生まれる前からその存在が露見することになる。


 それは紛れもなく宰相本人の手引きだ。エルシアが予定通り”影法師(シルエット)”を継いでしまえば独裁と暴走を止める術がなくなる。だからこそ意図的に娘の存在を周囲に感づかせ、”影法師(シルエット)”の実権が渡らないようにと考えたのだろう。


 お前は権力争いの被害者だ。そして、お前の人生は国によって潰されることになるはずだった。その存在が暴露されてしまえば、お前を計画通りに動かすこともできないからな。

 お前とリリエラは軟禁され続け、いつか火種になる前に、裏で殺されるのを待つ身となってしまった。


 リリエラは、そのことを誰よりも悩んでいた。


 考えに考えた末、リリエラは状況を利用し、娘を捨てるという決断をした。

 教会の襲撃という混乱を利用し、自ら囮になって注意を引き付ける間に、自領の中でも目の届きづらい田舎町へと向かわせたのだ。


 目論見は上手く言った。

 第二王女エルシアは、その存在を認知されながらも行方不明として扱われた。生きているのか、死んでいるのか。それを知る数少ない者は、皆口を噤んだのだ。


 これが、お前を捨てた者たちの真実だ。

 それが今から十三……、いや、もうすぐ十四年になろうとしているのか。エルシア、お前は随分大きくなってくれた。本当に嬉しいよ。全く時が経つのは早いものだな。


―――


 暖炉で薪がはぜた音を、エルシアは碌に聞いていなかった。


「……それ、だけ?」


 そんなことが、エルシアの生まれた理由なのか。

 ただの一時の時間稼ぎが。ただ主体性のない駒となることが。国を牛耳る者が権力争いを拗らせたことが。


 ずっと悩んで、ずっと苦しんで、悪夢に見て、何度も何度も絶望して。


 十年以上、知りたいと願い、知りたくないと怖がっていたこと。

 蓋を開けてみれば、本当に大した話ではない。


「本当に、たったそれだけの為に、かあさまは殺されたの……?」


 間違いなかった。

 自分の存在は、間違いなく国を傾けるためだけのものだ。


 後ろ暗い事情を一手に引き受け、国を欺き暗躍する、王の手駒。それがエルシア。


 話に出てきた宰相。エルシアにとって母方の祖父にあたるその人は、もうずっと前に死んだと聞いている。エルシアが顔も声も知らぬ、これからも知ることのない男。


「本当に、それだけの為に、私は産まれて、それで生きていちゃいけないの?」


 そして、全ての元凶となった悪魔の顔を、エルシアは知っている。


「……ヴィガード」


 自らに向けられた冷たい目線を思い出す。父と呼ぶなという拒絶の声が、耳の中で木霊する。

 ああ、あれは文字通りの意味だった。国王にとってエルシアとは、家族どころか、駒にすらなれないお荷物だったのだ。


 なんて愚かなのだろう。心のどこかで、少しでも期待を持っていた自分が馬鹿だった。


 あれが自分の父親だなんて、反吐が出る。

 それこそ、自分の中から、奴の血だけを抜き取ってしまいたい程に。


 国を憎んだことはある。貴族そのものを憎んだこともある。けれども、一人の人間をここまで憎むのは、生まれて初めてだ。


 知らなかった。

 自分の中に、これほどまでに凶悪な衝動が眠っていたなんて。


 殺してやりたい。いや、これまでの苦しみは、今抱えている苦しみは、そんなものでは癒せない。


 滅茶苦茶にして、地べたにはいつくばらせて、その後で殺してやりたい。あんな人間、それだけしてもお釣りが来るに違いない。自分だけじゃない、奴に狂わされた人間は一体いかほどいるのだろう。その人達の前で、これまでの罪を一つずつ数えてやろう。その度に体のどこかを切り落としてやりたい。

 そうだ、かあさまにも謝らせてやろう……! 母の墓の前に引きずり出して、懺悔させて……!


「エルシア様」


 決して大きな声ではなかった。

 それでも、エルシアは頭から冷や水をかけられた気分になった。つかの間浮かんだ思考の空白。ビクリと肩を震わせて、視線を向ける。


 侍女が隣で、ただ真っ直ぐにエルシアを見つめていた。


「ヴァリー……」


 ああ、そうか。ヴァリーは、皆はこれを怖がっていたんだ。

 こんな怒りに飲まれたら、自分は間違いなく理性を失う。

 誇張でもなんでもなく、エルシアは一国の王に対して、そして自らの父親に対して、殺意を剥き出しにしていた。

 そして、エルシアにはその復讐を為すという選択肢だってあるのだ。教会を利用し、国に反旗を翻すという手が。それを為した時には、自分は間違いなく”傾国”になってしまう選択が。


 怒りに飲まれそうなとき、泣きそうなとき。ケンカしてしまいそうなときにどうするか。エルシアは育ての親に教えてもらった方法を試す。


 お腹の底から、深呼吸。

 吸って、吐いて。吸って、吐いて。


 胸のつかえは取れないけれど、すくなくとも(はらわた)が煮えくり返るのが、少しは収まったような気がした。


「……大丈夫。ありがとね」

「いえ」


 ヴァリーに向かって無理やり微笑んで見せると、彼女は切なげに笑い返してくれた。その気持ちが少しだけ分かって、エルシアはもう少しばかり心を鎮めることができる。


「……取り乱しました。すみません」

「中々に、血気に逸るお孫さんの様ですな。ですが客観視できる聡明さもお持ちだ」

「こうしていると、自分の歳を実感するよ。もはや怒りも浮かばぬ自分が恨めしい」

「……いいから、続きを」


 前言撤回。イライラしている。

 だが、目の前の老人たちは、エルシアのそんな気持ちを分かった上でおどけているのだと、何となく感じ取ることができた。その証拠に、再び合わせた視線には、遊びの色が一切見られない。

 先王が口を開く。


「エルシアが行方不明となったことで、状況は膠着した。ヴィガードは有効な手を失い、教会は力を溜めこむことに注力し続けた。小規模な衝突こそあれど、逆に言うと大事には至らなかったことになる。そのまま月日は流れに流れた、それこそ十年以上もの間な。そして、昨年のことだ」


 教皇が後を引き継ぐ。


「枢機卿が、本格的に動き始めたのです。彼らに足りないのは力。兵の数です。国を相手にするには少なすぎる力を、枢軸卿カルディナーノは外に求めました」

「……どういうこと?」


 ”外”の意味が分からず、聞き返すエルシア。

 だが、そこで老人二人は更に言い淀んだ。暖炉の傍は暖かいはずなのに、思わずフルリと身を震わせる。

 キャラベルが、重々しく呟いた。


「スタンピード」

「……!」

「ブランカにいたのであれば、身をもって知っていると思うが……。彼らはスタンピードを人為的に起こす(すべ)を編み出した。術と言っても大したものではない。魔物が襲うきっかけを作り出すだけだ」


 脳裏に蘇る、春先の悪夢。


 自分達を苦しめた絶望。破壊され尽くした畑や倉庫。父親を失った少年の悲痛な叫び。大男が身を挺し、少女が訳も分からず力を振るう様子。

 退けたとしても、厳しい状況は続く。呆然と崩れた倉庫を見つめる人。ひたすら町を戻そうとする人たち。


 旅の途中で見つけた、魔物に襲われたろくでなしの男。持っていた地図には、隣町へと続く印の数々、袋の中の、痛めつけられた魔物の子。


 廃墟となった少女の故郷。泣きながら墓を作る妹。魘されるケト。


 頭がガンガンする。信じたくない。まさか、そんなことの為に……?

 教皇が言葉を引き継いだ。


「魔物に町を襲わせ、破壊させる。当然生き残った者たちは、生活に困窮することでしょう。そこに救いの手を差し伸べる。彼らにとっては正に救世主のように見えるはずです」


 ギリと、エルシアの奥歯が鳴った。


「暫く経ってようやく立ち直った頃に、そんな彼らから、どうしてもと頼みごとをされたら、どう思いますか? 義に厚い者達なら、多少のことはやってのけると思いませんか?」


 クシデンタの”金札”。ランベールはまさしくそういう人間だった。コンラッドはそういう人間が王都を闊歩していると言っていた。


「そうして先導すれば、義勇軍の完成です。練度はなくとも、数の力は大きい。北からの義勇軍に加えて、南からの教会の本隊。王都を両面からの攻撃にさらすことだってできる」

「そんな馬鹿げた目論見なんか……。あの国王が対策を取らないはずが……!」


 現国王は相当の切れ者だ。そんな穴だらけの計画、許すはずがない。

 いや、本当にそうだろうか?

 

 考える。そう、何度も言うが、国王は相当の切れ者なのだ。

 しかし彼は、スタンピードに対して何か手立てを打っただろうか。むしろ、南の動乱を理由に、要請を無視していたのではないか?


「その様子では、気付いたようだな」


 キャラベルが頷いた。


「ヴィガードはもちろん気付いている。その上で、あえて放置しているのだ」

「……」

「もしも教会の信徒や義勇軍が襲って来れば、龍神聖教会(ドラゴニア)を叩きのめすこれ以上ない口実になるからな」

「……切っ掛けが切っ掛けだけに、ヴィガードが自ら仕掛ければ、一部の有力貴族が猛反発しかねません。あくまで先手は教会に仕掛けさせる必要があるのです。もちろん枢機卿カルディナーノもそれを分かっていますから、ありったけの兵を集める余裕があるのです」


 教会が欲するのは兵力。国王が欲するのは口実。どちらも表向きは平穏を装いつつ、ほくそ笑むのは同じだ。

 そして次の手札はもう切られている。ブランカへの直接的な襲撃。これこそ、国王の口実になり得る。そしてそのことを、教会も認識しているはずだ。


「……ヴィガードが言ったの。建国記念日の式典に、教会を招集すると。先日の襲撃と、昨今の疑惑を問いただす、来なければ相応の回答と見なす。それはつまり……」

「そんなことが……!」


 教皇はどうやら知らなかったようだ。「道理で儂を慌てて”六の塔”に突っ込むはずだ」と、小さな呟きを発した。


 本当に、何たる茶番だろう。

 互いが互いの思惑を察知しておきながら、自らに少しでも有利な状況を作り出そうと化かし合う。巻き込まれる方はたまったものではない。


 ケトが狙われたのも納得だ。

 あの力は隠しきれるものではない。どこかから耳に入った噂程度であっても、多少の犠牲覚悟で手に入れるには十分すぎる力だ。


「本当に、救いようがない……」


 国王も、教会も。腐り切っているのはどちらも同じだ。


 エルシアが生まれたことも、母に捨てられたことも。

 スタンピードも、ケトが狙われていることも。

 看板娘が少女と共にいられないことだって。


 全部全部、発端はそれだ。


 そして、エルシアはその状況の一部となっていると言うのに、どこにも入り込む隙間がない。ただの駒として産み落とされた力のない娘に、果たして何ができると言うのだ。


 沈痛な面持ちで、小さな部屋を見回す。侍女と令嬢が隣で俯いていた。

 ようやく理解したところで何もできない王女は、絶望に片足を突っ込もうとしていた。


「建国式典は、十日後……」


 それが、限界点。この国に戦乱がもたらされる日。

 もっとも、それが百日であっても、千日であっても。定められた方向に進みつつある世界に対して、ただの手駒にできることなど何一つない。その事実をこれでもかと痛感しながら。


 自らの限界を認識しつつある第二王女は、掠れた声で呻くことしかできなかった。

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