手駒の真実 その4
しばらく侍女の言うことは鵜呑みにしない方が良さそうだ。
「な、何が造作もないよ……!」
「冒険者をやっていらしたなら、これくらいなんてことないでしょう?」
「ドブ浚い以来のキツさだって、胸を張って言えるわ!」
小声で叫びながら、腹ばいになってズリズリと前進する。目の前に張った蜘蛛の巣を手で払いのけながら、エルシアは小声で悪態を吐いた。
等間隔で設けられた送風孔から下を見下ろし、警邏の騎士の頭のてっぺんを見ては息を飲む。その繰り返しだ。きっと侍女服の前掛けは埃で真っ黒になっているに違いない。
前を行くヴァリーは慣れた様子でどんどん進んでいく。対するエルシアとロザリーヌはついて行くのがやっとだ。
「……胸が邪魔」
「ケンカ売ってますの? 買いますわよ?」
ロザリーヌと二人、小声で憎まれ口を叩きながらも、エルシアは両腕に力を込めて前を見据えた。進みづらくはあるが、警備の目をかいくぐるのもそう難しくはない。目指す場所はもうすぐそこ。
ずっと考えていたことがあった。
”六の塔”でその人と相対した時、果たして自分は何を思うのだろうか、と。
ケトを守ること。それはエルシアにとって、何よりも優先すべきことだ。
けれど、この場所に来たからこそ生まれた想いもある。真っ直ぐ見つめてしまわないように、自分を誤魔化し続けてきたけれど。
王女と言う存在に対しても、いつまでも逃げていてはいけないのだから。
「きっと、立ち向かわなくてはいけないわね……」
通風孔の跳ね上げ扉の一つ。そこで侍女が止まった。
「ロザリーヌ様、お願いできますか?」
「もちろん。そのために来たんですもの。ヴァリー、そのまま降りて大丈夫ですわよ」
「承知しました」
埃を巻き上げて、侍女が廊下へ飛び降りる。続いてエルシア、ロザリーヌの順で続いた。
本来であれば、こんな場所にいるはずもない第二王女を見とがめなくてはいけないはずの警備。目の前に降りてきたいかにも怪しい侍女服たちを見ても、彼は驚き一つ見せず、それどころかこちらに声を掛けてきた。
「大丈夫ですか、お嬢」
「ええ、問題ないわ」
「次の交代は夜明けです。それまでは問題ないかと」
「本当に、助かるわ」
「お嬢もどうかお気をつけて」
槍を捧げ持つ騎士。ロザリーヌが柔らかく笑うと、彼はにこりと笑い返してくれた。どことなく嬉しそうに言葉を交わす騎士の顔を見て、なるほど、とエルシアは嘆息する。
「彼は?」
「クシデンタの南に小さな農村があるのだけれど、そこの出身でね。本来は当家の私兵と言う立ち位置なのだけれど、昨年から王都に徴用されちゃって。……お母様の畑も手伝いたいのでしょうに、悪いことをしたわ」
「……」
問いかけると、ロザリーヌは微笑んでからどんな人だか教えてくれた。
「……良い領主様だわ」
「エルシア? 何か言いまして?」
「ううん、何でもない」
振り返ったロザリーヌに首を振って見せる。
統べる民のことを知ろうとし、少しでも手を差し伸べられないか考え続ける貴族令嬢。
その努力の方向が正しいかどうかは別としても、自らの信じる道をひた走る彼女が、エルシアの目には好ましく映る。
何よりも彼女は自らの力量を弁え、適切に運用していた。扱いきれない力に振り回されるケトや、存在しない力を誇示せざるを得ないエルシアとは大違いだ。
その根幹にある思想。それを指す言葉を、エルシアは知っている。
「……”貴族の責務”」
ようやくぼんやりと理解できたような気がするそれを、周囲に聞こえないように小さく呟いた途端、令嬢が振り返った。
「このドアです。鍵は?」
「ええっと、コンラッドから鍵の束預かってるのよ」
「いいえ、エルシア様。鍵なら探すまでもありません」
そう言って歩み出た侍女に、エルシアは目を瞬かせる。
ポケットから流れるようにごつい鍵を取り出して錠を開けるヴァリー。思わずエルシアはため息を吐いてしまった。
「どこから仕入れてきたの」
「かつて何度も行き来した道です。……いやもう、リリエラ様は人遣いの荒い方でしたよ」
ふふ、と苦笑をこぼした侍女を見ないようにして、エルシアは胸の前で揺れる王印をそっと撫でた。
何の変哲もない小さな金属製のドア。この向こうが、目的地だ。
「先に行くわ」
「はい。……顔を覚えていらっしゃいますか?」
「ふふっ、私はかあさまの顔すら覚えてないのよ?」
「そうでした、愚問でしたね」
苦笑を交わしあい、エルシアはノブに手をかけた。ほんの小さな軋みをあげて開いた隙間に、彼女は素早く身を滑らせた。
―――
静かな部屋だった。
足の下には、粗末で薄い敷物。壁と合わせて酷く殺風景な印象を与える。隅にある暖炉が、寒々しい部屋に唯一の温かみを投げかけていた。
エルシアは視線を巡らせる。質素な丸机、それから小さい棚。あるものと言えばそれくらいだろうか。窓に設えられた嵌め殺しの鉄格子が、この場所の役割を物語っている。
その奥に、影が見えた。
「ほう、珍しい、お客人とは」
「おやキャラベル様。貴殿のお知り合いではないのですか?」
「私はてっきりアキリーズ殿の客人だと思ったのだが……」
そこにいるのは、二人の老人。
暖炉の傍に、木製の椅子が二脚。それぞれに腰かけた二人が、興味深そうに乱入したエルシアを見つめていた。
片方には見覚えがあるが、もう片方は分からない。恐らく、どちらも会ったことのある人のはずなのだが。
人生の黄昏を迎えた者達。
質素な服を身にまとい、月明かりに照らされながら粗末なブランケットをかけて暖を取るその姿は、老人たちの雰囲気に良く似合っているように思えた。
「しかしそうか。あの時は給仕の少年だったが、今宵は侍女の娘か。忍び込む手は昔から変わらないものだ。狙いはどちらだろう。まあ、もう片方も見逃してはくれそうにないがな」
伸ばした真っ白な顎鬚を撫でながら、片方の老人が笑う。
「いやあ、面白い。こっそり自分の牢を抜け出したときに限ってこれです」
もう一人の老人が、薄くなった頭髪をつるりと撫でる。
どうやら二人はエルシアのことを刺客か何かだと思いこんでいるようだった。ちょっとだけ可笑しくて、埃避けの布の下、エルシアはクスリと微笑む。
「エルシア様、エルシア様」
「ん? ああ、ごめん」
ふと気づいたら、エルシアが突っ立ったままのせいで、ロザリーヌとヴァリーが入ってこれないようだった。慌てて脇に避けるエルシアの向こうで、老人たちが「なんと! 三人もいるとは!」と静かに騒いでいた。
忍び込んだ部屋の中に、老人以外いないことを確認したのだろう。ヴァリーが小さく頷く。
エルシアが老人たちの前に歩み寄ると、彼らはそろって彼女に視線を向ける。その姿を見て、エルシアは不思議に思った。
こちらを刺客と思い込んでいる割には、妙に落ち着いた様子だ。せめて誰何の声くらいかけてもいいのではないだろうかと思う一方、エルシアには何となく、その理由が分かってしまった。
……ああ、彼らはもう諦めているのだ。生きることを。何かを為すことを。
だから助けを呼ばなければ騒ぎもしない。ただもたらされる死を、あるがまま受け止めるつもりなのだ。エルシアにその心はまだ共感できなくて、そんな自分に少し安心する。
老人の視線を受けながら、エルシアは口元を覆っていた布をゆっくりと外した。布の下に巻き込んでいた癖っ毛がするりと落ちて、肩の下に揺れる。
老人の片割れが、何かに気付いたように息を飲んでいた。
エルシアは、そのまま侍女服の裾を持ち上げる。腰を軽く落とし、小さく足を引いてカーテシー。静かな声で名乗りを上げた。
「夜分にお伺いした非礼、まずは心よりお詫び申し上げます」
「その声……、その髪……」
王女は小さく息を吸う。
「私は、リリエラ・アリアスティーネ・アイゼンベルグが娘、エルシア・アリアスティーネ・エスト・カーライルと申します。どうぞお見知りおきを」
「……なんと!」
先に反応した小柄な老人が、小さな目を丸く見開いていた。慌てた様子で腰を浮かせ、名乗りを上げる。
「まさか王女殿下自らいらっしゃるとは。儂はアキリーズ・フォッシャーと申す者です。見ての通りの罪人でございます」
「ご謙遜を。……以前夜会でお見かけした際は、ご挨拶もせず申し訳ありませんでした。不躾な振る舞い、どうぞご容赦を、教皇様」
「おやめください。今の儂は教皇を名乗れる立場にありません。龍神聖教会の鼻つまみ者です」
第二王女のお披露目の夜会で姿を見かけた小柄な老人。アルフレッドが”憐れな抜け殻”と称した、かつての教会の最高権威者がそこにいた。
互いに頭を下げた後、エルシアはもう一人の男に視線を移した。豊かな白髪に顎鬚。彼にも会ったことはあるはずだが、やはりエルシアには何も思い出せない。
それでも、自分と彼がどのような関係にあるか、エルシアは良く知っている。
「……まだお話もしていない内から、このようなことを申し上げるのは不行儀かもしれませんが……」
その皺だらけの目に、一瞬だけ激情をよぎらせた老人を見つめて、王女は口を開いた。
「”お爺様”とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「……この私を、そう呼んでくれるのだな」
苦笑を返答にすると、彼は感慨深げに言葉を発した。
「……随分と、大きくなった」
「はい」
「随分と、美しくなった。リリエラによく似ている」
「……ありがとうございます」
またこの感覚。向こうは自分を知っているのに、自分は向こうを知らない。それが少し、寂しい。
暫しの沈黙の後、老人は静かに名乗りを上げた。
「私はキャラベル・リズ・エスト・カーライル。そなたの祖父であり、ヴィガードの父に当たる。子に王位を譲った、先王の成れの果てだ」
「……お噂はかねがね」
「ということは、隣にいるのはヴァリーか?」
「はい。ご無沙汰しております」
顔に巻き付けた布を外し、ヴァリーが答える。その顔を見た先王は皺だらけの顔をほころばせた。
「随分老いたな」
「そのお言葉、そっくりそのままお返しいたします、先王陛下。……ご紹介します。こちらはロジーヌ家が嫡女、ロザリーヌ様でございます。ここに来るためにご協力いただきました」
「ロザリーヌ・ロム・ロジーヌと申します。エレオノーラ殿下より、幾度となくお話はお伺いしておりました。お会いできて光栄ですわ、先王陛下。そして教皇様」
深々と頭を下げた令嬢。そのカーテシーは、エルシアよりも板についている。
「よく来た。ロジーヌの娘よ。碌なもてなしもできず、情けない限りだ」
「いいえ、こちらこそ。先触れもなく忍び込むなど、貴族として恥じるべきことですので」
王の牢獄、”六の塔”。
そこでエルシアが見たのは、子に蹴落とされた先の王と、教会をかつて統べていた教皇の姿だった。
―――
先王キャラベルは、孫娘の服を見て呟く。
「しかし、随分な格好だな」
「ここまで来るのに苦労しましたから」
エルシアが答え、ヴァリーは嘆息する。
苦笑したヴァリーとエルシアを見据え、しかし、先王キャラベルは厳しく問いかけた。
「何故ここへ来た? よもや私の立場が分かっていない訳でもあるまい」
「……それは、現国王陛下ヴィガード様が、先王である貴方を蹴落として王位についたことを申されているのですか?」
「そうだ。かつて私はあれの力に屈した。それ以来ここで余生を過ごしているに過ぎぬ。それ自体に何か言うつもりはないが、今もなおヴィガードが私を警戒していることはよく知っておろう?」
「もちろんです。諸家の皆様は貴方の存在を決して口にしようとはしませんから」
エルシアがそう告げると、キャラベルは重々しく頷き、口調を和らげた。
「分かっているならすぐに帰りなさい。こんな場所で孫娘に会えるとは思っていなかったが、今更お前の重荷になりたいとは思わん」
「……意外です」
エルシアの呟きに、キャラベルは訝し気な表情を向けた。
「……?」
「貴方は、私を家族として見てくれるのですね」
一瞬目を見開いた老人だったが、彼はすぐに顔を俯けた。
「……私は王女殿下に何か言える立場ではない。だが、この部屋で絵本を読んでいた孫娘のことはよく覚えている、リリエラの腕に抱かれたお前をよく知っている。だからこそ、己のせいでお前を窮地に追いやりたくないのだ」
「……」
それは、エルシアがケトに対して抱く感情とよく似ている。先王の言葉に返すように、エルシアは呟いた。
「お爺様、教皇様。私が危険を侵してここに来たのは、教えていただきたいことがあったからです」
「教えていただきたいこと?」
「はい。お二人に会うことがどれほど危険か、私とて分からぬ訳ではありません。ですがそれを理解した上で、聞かねばならぬことがあるのです」
カラカラに乾いた唇。自分が酷く緊張していることに、エルシアは気づく。
「ご存知だとは思いますが、今この国は、内戦に向かって走り続けています。陛下に反対した者の中には謹慎処分を受けた者もいる」
「……」
先王が口を閉じる。
「対する教会は私を旗頭に据えようとしている。私を王として擁立し、傀儡にするつもりでしょう」
「……」
教皇が俯く。
「既に状況は八方塞がりで、私とて無関係ではいられません。しかしながら私には、根本的なことは隠されたままなのです」
いくら考え直しても、エルシアには状況が複雑すぎて分からない。
「事の発端は何ですか? 現陛下と教会の間に、一体何があったのです」
そう。エルシアにはそれが分からない。
国と教会が敵対していることは百も承知。互いが戦争に向かわせていることはひしひしと感じるのに、その理由が分からない。
それを誰に聞いても皆、口を噤むのだ。エレオノーラにそれとなく聞いてみても、あのヴァリーに聞いても、頑なに教えてくれないのだ。ロザリーヌも教えてくれようとはしなかったが、ヴァリー同様手を貸してくれたところを見るに、何か思うことがあるのだろう。
「……なるほど。聞いてはいけないことになっているのか」
「まあ、そうでしょうなあ。胸を張って話せることでもありませんし……」
顔を見合わせた先王と教皇は、エルシアを見据えた。
「エルシア」
「はい」
「聞いて、何とする」
「え?」
キャラベルは嘆息して問いかける。
「皆が伝えないのも頷ける話ではあるのだ。聞けばそなたは必ず怒るだろう」
「かつて教会にいた人間が言うのもなんですが、あなた様に教会に組みされては困るのです。今のあれは、信仰を失ったただの武装勢力でしかありませんから」
教皇アキリーズが引き継いで、エルシアを見据えた。
知って何とする。なるほど、この二人もやはり、エルシアを状況の一部として考えている。エルシアの影響力を正しく認識しているのだ。
だが、この問いにどう答えるか、エルシアはもう決めていた。
「分かりません」
「ほう……?」
「分かる訳がないのです。私が影響を及ぼしていることは紛れもない事実。それなのに、皆怖がって教えないなどおかしいと、私は言っているのです」
深呼吸を一つ。王女はまっすぐに全てを知る者達を見つめた。
「ですが、会ったばかりの私を信用できないことも理解できます。だから私が何を想い、何を望んでいるのか伝えます。その上で判断していただきたいのです」
皺の奥に隠された二対の瞳を見据えて、彼女は息を吸う。
そのまま真摯な表情で、口を開いた。
―――
王女としての自覚。
エルシアに足りていないものだ。そしてエルシアが持ってはいけないものだ。
それを得てしまった時点で、”ケトの為に身を捨てるシアおねえちゃん”が、死んでしまうような気がするから。
たとえケトを最優先するとしても、何かとケトを天秤にかけてしまう。それ自体が怖かった。エルシアが嫌う、国や教会と同じになってしまう気がした。
だからエルシアは、王都に来た後もどこまでも我儘な田舎娘を貫き通した。周囲の人間に呆れられながらも、貴族の責務から目を逸らし、愚直にシアおねえちゃんであり続けた。
それが揺らいだのは、ロザリーヌとかいう高慢ちきな令嬢に会った時から。
――スタンピードの被害を受けたと主張する前に、王女としてのあなたにしかできないことがあったのではなくて!?
あの悲鳴は、エルシアの根底を揺さぶった。
苦しむ民の元に駆け付け、必死になって奮闘した令嬢。普段から民に分け入り、孤児院にも顔を出し、畑を見て。破壊されつくした町を救おうと、スコップを引っ提げて飛び出して。
あれこそまさに、貴族の理想的な姿勢ではないだろうか。化粧で飾られた顔をくしゃくしゃに歪め、涙をこらえていたロザリーヌは、まさに”貴族の義務”を体現していた。
その姿は、自分にも何かできることがあったのではないか。エルシアが思わずそう考えてしまうほどに。
もちろん、エルシアの立場は非常に特殊だ。叶うならば身分を明かすべきではなかったと、今でも思っている。
けれども、王女であるからには、今からでも何かできるのではないか。そう思ってしまう自分がどこかにいるのも、やはり事実なのだ。
何たるお笑い草だろう。大切な妹一人守れない人間が、一体どうして国のことを考えられようか。
だが、ケトの存在が戦争の一部として組み込まれつつある今、ブランカの民が苦しむ姿を目の当たりにしている今、王女としてのエルシアがどこかで焦っていることのも、また事実だった。
ケトと出会ってからの一年弱。一人の少女との思い出を語りながら、エルシアは思う。
全く、ロザリーヌの言う通りだ。
こんなことで悩んでしまう自分は、名実共に王女に相応しくない。
―――
「だからこそ、私は問題の大本を知りたい。知って、自分なりにできることを探したい。ケトを守るために、そして、私が”傾国”にならぬために」
部屋に沈黙が降りた。
言い切ってから、エルシアは思う。
やはり口に出すのは大切だ。最近のごちゃごちゃになった頭がほぐれていくようだ。
考えてみれば、ブランカではみんな自分の話を聞いてくれていたっけ。
例えば先生には本音を、ミーシャにはよくお風呂で愚痴を。ガルドスには事あるごとに説明と言う名の相談をしていた。
やはり自分は幸せ者だ。恵まれた環境で育った自分を再認識するエルシアに、祖父キャラベルは静かに頷いた。
「……ヴァリー、今の話をどこまで信じれば良いだろう?」
「何と言いますか、感無量です。これ程苦しい状況で、そんな風に思っていらっしゃったなんて……」
「答えになっていないわよ、ヴァリー……」
思わず突っ込んだエルシアは、老人達の嘆息で視線を戻した。
「今の言葉で様子は分かったさ。……アキリーズ殿、よろしいかな」
「儂にも異論はありませぬ。どうせ隠し切れぬものでもありませんしな」
教皇が頷いて、椅子にもたれた。
「儂から先に話しましょう。お三方ともどうぞお掛けになってください。長い話になりますから」
「……はい」
部屋の隅に置かれていた質素な木組みの椅子に腰かけながら、母もかつてここに座ったのだろうかと、エルシアはそんなことを考えてしまった。




