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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第九章 少女は優しく抱き留める
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苦労人、苦労する その5

 最近のブランカは、どこか元気がない。


 かつては人々が行きかう表通りだった場所は、今や疲れ切った顔しか見ることができない。

 あちらこちらにうず高く積まれた瓦礫の山。もはや薪の代わりにすらなりそうにない瓦礫を抱えて、誰もが途方に暮れている。


 季節は真冬。当たり前のように雪が降り、当たり前のようにどんどん積もる。

 道の雪かきだけでも面倒だと言うのに、崩れ落ちた建物にも、抉れた地面にも雪は積もるから始末に負えない。


 あっという間に真っ白になった町並みで、それでも彼らは片付けるしかないのだ。


「……いつになったら終わるんだろうなあ、これ」

「年寄りには堪えるねえ……」


 愚痴を言うものはまだマシな方だ。寒い中での作業に、体調を崩す者が出始めている。じわりじわりと、町は絶望に侵食されつつあった。


「こんなに重てえ物、どうやって動かせって言うんだよ……」

「これは無理だ。人を集めないと」

「……ケトちゃんが居てくれたらねえ」


 八百屋のマチルダの婆さんが、ひいひい言いながらこぼした言葉に、殺気立った視線が向けられる。


「婆さん、冗談でもそんなこと言うのはやめろ」

「はん。冗談で言えるものかい」

「分かってんのか? あのガキさえ居なけりゃ、そもそも家も壊されなかったんだぞ……!」

「そうだ! あんな化け物がいたから、苦労する羽目になってんだろうが!」


 あちらこちらで怒号を上げる者の姿が見える。中には老女に掴みかからんばかりの者もいたが、当のマチルダは素知らぬ顔で続けた。


「そうは言ってもねえ……。きっとあの子ならそんな(はり)、チョイチョイっと持ち上げちゃうだろうさ。春先にどれだけ助けてもらったと思ってるんだい」

「黙れ婆さん、我慢ならねえぞ」

「おい、止めろって」

「邪魔するな、オドネル! お前の家だって壊されてんだぞ!? 苦労しているのは一緒じゃねえか!」


 拳を握りしめて老女の前に出た若者を、冒険者が取り押さえる。彼らを胡乱な視線で見据えながら、なおも老女はため息を吐いた。


「そもそもあの子が居なけりゃ、春先の襲撃の時点でこうなっていたんじゃないのかい」

「それとこれとは別だ!」

「別なもんかい。大体、あの子がどれだけ怖がりか知っているだろう? いつだって誰かの後にくっついていたじゃないか」


 時に孤児院の子供たちに。時に冒険者の大男に。そして何より、彼女の姉に。ちょこちょこついて町を駆け回る小さな女の子の姿を、この町の皆で見守って来たのだ。


「やっと十になったばかりの女の子を、寄ってたかって虐めたりして。情けないとは思わないのかい」

「ざっけんじゃねえ……!」

「ああくそ、暴れるなって! おいナッシュ、手を貸せ!」

「はあ……。またかよ……」


 婆さんの言うことは確かに正論だった。

 しかし、だからと言って納得できる訳がない。生活の基盤を壊された者が抱えた怒りや嘆きは、綺麗事で済ませられるものではない。


 誰もが分かっているのだ。あの少女は悪くないと。

 しかし、彼女が犯した罪は、あまりに大きすぎた。


―――


 そんな町を駆け抜ける子供たちがいた。

 大人たちの間をすり抜け、瓦礫の山を回り込む。大人たちが見ていない間に小さな木材の切れ端をちょろまかすのも、もう手慣れたものだ。


「重っ!」

「ジェス静かに! 見つかったらどうするの」

「んなこた分かってるって」

「……これも持ってこ」


 サニーが叱り、ジェスが言い返す。ティナがちゃっかり小さな布きれを仕舞い込んでいるのもいつものこと。


 彼らはしっかりとした足取りで、雪の積もる裏通りに駆けこんでいく。

 目的地なんて決まっている。そう、今日も今日とて、子供達はあの場所に向かうのだ。


 いつも出入りしていた表玄関は無視。向かいのパン屋はその扉を閉めたままだ。

 人気のない脇道に入れば、そこにはまばらな足跡しか残っていない。

 小さな足跡を刻み付けて進むと、裏口のドアが彼らを出迎えてくれるのはいつも通り。けれど、粗末な扉の上から木の板が釘で打ち付けられているのを見れば、誰もが踵を返すことだろう。


 そう。三人の子供たちを除いては。


「サニー。くぎ抜きはどこだ?」

「ほい。支えてるからやっちゃって」

「了解」


 受け取ったくぎ抜きをジェスが振るう。板二枚分、計八本のくぎを手柄際よく外し、サニーとティナが扉をゆっくりと倒した。

 ひしゃげてちぎれた蝶番。最早扉としての役割を果たせなくなったドアを注意深く壁に立てかけ、彼らは暗い建物の中へ入っていく。


「そんじゃ、今日もやりますか!」

「はいはい」

「おー!」


―――


「ひい、さっむ!」

「さむい……」


 建物の中は、外と変わらず酷く寒い。悲鳴を押さえたサニーの横で、ティナが白い息を吐いて手をこすり合わせていた。


 いくら教会の本隊が撤退したとはいえ、町をうろつけばそれらしき影を見かけることもある。半数以上が何らかの被害を負った町の衛兵や冒険者では、追い払うことすら難しい。 


 院長が子供たちだけでの外出を禁じたのも無理はない。そんな中でこっそり抜け出しているのだ。あまり長居はできない。


「よし、ティナは水汲んできて床拭いて。ジェスは穴塞いで。あたしは壊れたテーブルをばらすから」

「分かった」

「うす。さっそく……」


 各々が頷いた時、どこかでカタリと音が鳴った。

 ジェスは慌てて部屋の隅っこに寄って、後ろにサニーとティナを庇った。響く足音の方を向いて、棒切れを手に階段を睨みつけた。


「ガキども、やってるみたいだな。……って」


 警戒を露わにした少年たち。だが、上がって来た男の顔を見て、ほっと息を吐く。


「何だ、随分なお出迎えだな」

「あ、来た」


 ジェスの後ろからティナが顔を出し、サニーも気が抜けたようにジェスの後ろから抜け出す。少年は肩の力を抜きつつも、悪態を吐くのだった。


「また来たのかよ。人攫い」

「だからその呼び方はやめろって、坊主」


 ランベールが笑いながら、ゆっくりと肩に担いだ木材を下ろす。彼は辺りを見渡してから言った。


「今から始めるところか。俺も混ぜてくれ」


 壁のあちこちに空いた大穴。片隅に山と積まれた机と椅子の残骸。窓にへばりついたガラスはあちこちが割れて、鋭い破片を見せている。その上から打ち付けられた板切れの隙間から、かすかな外の光が漏れ出ていた。飛び散った血こそ拭き取ったものの、床はもう埃まみれだ。


 人が消え、温かみの失われたギルドの残骸。

 打ち捨てられた建物の中で、三人の子供たちと一人の大人はにやりと笑みを交わす。


「相変わらず、諦めが悪いな。言い出しっぺさんは」


 ランベールがからかいながらも、粗末な外套を脱いで腕をまくる。ジェスはボソッと答えた。


「……あいつが帰って来た時、こんなんじゃ泣いちゃうだろ。せめてここだけでも、元通りにしてやらなきゃ」

「あの子泣き虫だからねー」

「ねー」


 元人攫いはしばらく目を瞬かせた後、「違いない」と何故か嬉しそうに笑った。

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