苦労人、苦労する その4
”影法師”と言う組織を維持するには、かなりの労力が必要だ。
住む場所や普段の生活など、平時には制約付きでの自由が認められている”影法師”。しかし、いざ任務と言う状況で、集まる場所に事欠くのでは話にならない。
その上、それなり以上に個々人の能力も求められるのだ。鍛錬をする場所も必須である。
それらの問題を、宰相家は地下水路を活用することで解決していた。一か所を除いていずれの抜け道も崩落したトンネル。その一部をくりぬくことで、練兵場としたのだ。
くりぬいたと言っても、天然の洞窟を流用したものだから、地面はロクに整えられていないし、あちこちに起伏や岩が転がっている、起伏の激しい広場だ。
もちろん、彼らの訓練は非常に厳しい。故あってスカウトされた若者は、そこで何から何まで叩き直されることになる。
その天然の練兵場に、新入りが二人、入っていた。
「右だ! 違う、よく見ろ! ……おい、誰が魔法を止めていいと言った!」
「うううーー」
一人はまだ年端もいかない子供だ。旅人が好む丈夫な生地の外套を着込み、フードを目深に被っているせいで、少年か少女か、遠目からではいまいち判断がしにくい。
彼女の片手には、刃を潰した長剣。十歳という年齢の割に体が小さい少女は、身長の八割ほどあるロングソードを持て余しているようだった。もう片手には小さな魔法陣が展開を続けており、その手元から放たれる薄ぼんやりとした光が、穴倉を朧げに照らし出す。
「馬鹿者、なんて打ち込み方だ! 剣を駄目にする気か!?」
半ば無理やり振るった剣が、いとも簡単に受け流される。単純な力技なら、少女の腕力に勝てる者などいないはずなのに。
すぐに飛びのくと、カウンターの一撃が体のすぐ傍を通り抜けて行った。距離を取りながら危ない所だったと思わず息を飲んだ瞬間、頭の中に火花が散った。
「いったあ……!」
岩に打ち付けたせいで、ズキズキする後頭部を押さえる。拍子に魔法への集中が途切れ、涙に滲む暗闇に、相手の追撃が映った。
「安易に翼など使うからそうなる!」
「ひいっ!」
龍の目で剣の軌道を視て、ロングソードで受け止める。次の瞬間、思い切り握っていたはずの剣がはるか遠くに吹っ飛んでいった。
「うう……」
「……これは随分と鍛えがいがありそうだな」
涙目のケトの前で、教官が笑った。
―――
ガルドスは更に悲惨だった。
「お前はそれでも”銀札”か! ガキのチャンバラの方がまだマシだぞ!」
「うらあああっ!」
「遅い! 避けてどうする! 貴様が止めなかったら誰が止めるんだ、言ってみろ!」
「ちっくしょう! 俺は盾なんか使ったことないんだよ!」
彼の手には大きな盾が握られていた。いわゆるヒーターシールドと呼ばれる形のそれは、王国騎士団の正式採用品だ。
半身を隠せるほどの大型の鉄盾だから、重量もそれにふさわしいものになっている。力が自慢のガルドスですら、振り回すのにてんてこ舞いだ。
「病み上がりに滅茶苦茶言いやがるっ!」
「泣き言垂れる暇があるなら体を動かせ! いつまで籠っているつもりだ!」
「こなくそおおおッ!」
半ば自棄になって、反対の手を振り回す。使い慣れたロングソードも包帯を巻いた片手で持つと酷く重い。防御から攻撃への切り替えが思うようにいかず、ガルドスは唸る。
へなへなの剣筋がいとも簡単に弾かれ、慌ててかざした盾越しに刺突の衝撃が体を揺らした。
「”白猫”を守るのは誰だ!?」
「うがあああ! 俺だよ! 俺しかいねえよ!」
「ならもっと腰を入れないか! そんなことで守れると思っているのか!?」
彼が慣れない盾に悪戦苦闘しているのにはもちろん理由がある。
広場の反対側で、転がったり飛び上ったりと多彩な機動を見せる少女を意識の端に留めて、ガルドスは歯ぎしりした。
最早、ケトを戦わせない、という選択肢は彼らに残されていなかった。いつ襲われるか分からない少女は、自らの力を磨く必要がある。
それも、悠長なことを言っていられないのも事実。
本来であれば数年かけて習得すべき技術でも、ケトにとっては明日にでも必要になる護身術だ。とは言えいかに詰め込んだとしても、短期間で使いこなせるほど甘くない。
だからこその、守り手だ。敵の攻撃を防ぎきり、少女が力を振るうチャンスを作り出すための前衛。彼女の動きを最も良く知るガルドスが選ばれるのも当然と言うものだ。
今相手にしているのは三人。
後衛の魔法を受け止め、前衛の剣を受け流す。すかさず乱入してきた短剣使いの攻撃は非常に読みにくい。二撃を受け止め、もう一撃を盾の端で滑らせ、バックステップ。飛んできた光弾を何とか弾いた。
ちなみにこの間、右手の剣は一切振るえていない。完全にジリ貧であった。
「ちっくしょう! 恨むぞコンラッド!」
何が”白猫”の守り手だ。上手いこと乗せやがって。
大男には未だに使いこなせていない魔法。その鍛錬の時間を削ってでも、盾くらいは使えるようにならなくてはいけない。
向こうで悪戦苦闘しているであろう少女は大丈夫だろうか。
ほんの少し気を逸らしたガルドスの頭に、罰として剣の腹が落ちてきた。




