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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第九章 少女は優しく抱き留める
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苦労人、苦労する その2

 王都の地下には複雑な通路が張り巡らされている。


 それこそ数百年前の建国戦争の直後には存在していたという地下通路。

 主要な箇所こそ改修を重ねているものの、少し場所を外せばあちこちがボロボロだ。中には崩落し、跡形もなくなっている箇所もある。


 さらに構造を複雑にしているのが、近年の魔法都市化事業の一環として作られた、新水路の存在だ。魔法に欠かせない水を供給するため、国王ヴィガードが打ち出した公共事業はおよそ十年という歳月をかけて、城の周囲を中心に水路を張り巡らせた。

 もちろん警備も万全で、主要な施設には完全武装の騎士が常駐している。その上巡回する警邏(けいら)もいるとあっては、潜み住みつくことは可能であっても、気を抜いたら最後、牢獄入りを果たすのがここの決まり。


 それでも、抜け道は色々とあるものだ。


 王都カルネリアの西側、大河から繋がる引き込み口で立ち呆けていた騎士の一人キャバリエは、その晩酷い眠気をこらえていた。

 最近の夜は良く冷えるわ、身に着けたプレートメイルが重く肩にめり込むわで、任務とは言え、愚痴の一つも漏れそうだった。


 そもそもこの引き込み口には二分隊が配備されている。一人や二人、欠伸の一つしても仕方ないと言うものだ。

 最近子供の夜泣きが酷い上、嫁が管理する財布のひもが厳しくなった。今月の小遣いも期待できそうにないとなると、自然とやる気も下がるものだ。


 ゆるゆると首を横に振ったキャバリエは、副長につつかれて我に返った。

 夜闇の向こうに人影が三つ。護岸工事の結果、だだっ広く見通しの良くなった川岸を、ゆったりとした歩調で歩いているのが分かった。


 先頭の男の顔が分かるようになった頃を見計らって、キャバリエは「止まれ」と鋭い声を掛ける。先程まで杖の代わりにしていた槍をぴたりと向けた。


「何者だ、ここは立ち入り禁止だぞ」

「おお、すまんすまん」


 先頭の男は頭をかきながら、腰につけている剣を外してからヒョコヒョコと近づいてくる。その仕草が妙に手慣れているのを見て、キャバリエはおやと首を傾げた。


「何者だと聞いている」

「いやあこの時期は寒くてかなわん。参ったね」

「答えろ」

「お察しの通り、しがないコソ泥よ」


 コソ泥とやらは全部で三人。一人は旅人風の格好、連れの一人は簡素な普段着だ。殿(しんがり)の一人は冒険者がよく着ているハードレザーを纏い、麻布でぐるぐる巻きにした大包みを重そうに下ろしていた。


「隊長さん、最近は調子はどうだい」

「……見ない顔だが、よく俺が隊長だと分かったな」

「へへっ。この仕事は人を見る目がないとやっていけねえんですわ」


 コソ泥を自称する男は、その手に持った小袋をキャバリエの手に押し付けてきた。鼻を鳴らしながら受け取ると、副長に放り投げる。部下が中に詰まった金貨を確認している間、コソ泥はキャバリエに背を向け、図々しく焚火に手をかざしていた。


「旦那も大変ですなあ。こんなに冷えるのに……」

「まあな、給金には見合わんよ」


 地面に置かれた大袋がもぞもぞと動くのを見ながら、ふとキャバリエは最近降りて来た命令を思い出した。


「子供を攫ったのか、下種(げす)め」

「保護した、と言っていただかなきゃあ困りますぜ」

「悪いが中を見せてもらおうか」

「おんや、珍しい」


 荷物を気にするなんて、ここの警邏(けいら)は律儀ですなあ。そう言って、コソ泥は笑う。最低限の責務だと、キャバリエは返した。


「……ついこの間、銀の髪の娘を確保しろと、上から命が降りてな。皆血眼(ちまなこ)になって探しているんだ。お前も見つけたら言えよ」

「ほう……!」


 余計なことを言っただろうか。いや、今回の命令は一気に広範囲に広まったもの。気にする必要もない。


「旦那、その話詳しく聞かせては貰えねえですかい?」

「言った通りだ。それ以上でも、それ以下でもない」

「なるほどなるほど」


 僚友が金貨を数え終わったようだった。彼が頷くのを確認しつつ、コソ泥に目線を戻す。彼の目がきらりと光ったような気がしたので、キャバリエは槍の穂先でつついてやった。


「いてて、止めてくださいって」

「……何を考えている」

「そうですねえ」


 水路の入口を固める兵士が横に除けたのを見届けてから、ちらりと大袋に目線をやったコソ泥が嫌な笑いを浮かべた。


「旦那、髪の色を銀に染める薬とか、知りませんかねえ?」

「貴様、ロクな死に方しないな……」

「へへっ、旦那もね!」


 キャバリエはため息を吐いた。銀の髪でなければ中身など見る必要もなかった。


「行っちまえ、悪党」

「恩に着ますぜ、旦那!」


―――


「何? あんたらもお尋ね者なの? 人攫いなの?」

「黙れ。さっさと足を動かせ」

「へいへーい」


 先導するコンラッドは、いとも簡単に川の引き込み口から地下水路へと侵入してみせた。驚いたのはその侵入方法で、ガルドスは”影法師(シルエット)”渾身の演技に心底度肝を抜かれたものだ。


「よく我慢したな、苦しくなかったか」

「これ嫌い。もう入りたくない……」


 麻の包みを注意深く下ろしたガルドスは、すぐに紐を解いてやった。

 すぐさま包みがごそごそと動き、ぴょこんとケトの顔が飛び出てくる。膨れた頬に乱れた髪を手櫛で整えてやると、少女はくすぐったそうに目を閉じた。


「ケト、重くなったよなあ……」

「……え?」

「誉め言葉だ、誉め言葉」


 大男が素直な感想を漏らしたせいか、少女が何とも言えない顔を見せていた。

 春先はエルシアの細腕ですら抱えられる程やせっぽちだったのに。でもまあ、十歳なんてそれこそ成長盛りだ。同じように見えて、少しずつ変わっていくのも当然なのかもしれない。


 その様子を眺めていたケルンが、心底うんざりした声で呟く。


「……この国の騎士団、終わってるな」

「終わっている騎士団のお陰で中に入れたんだ。良いとしようじゃないか」


 ガルドスが覆面代わりの布きれを外しながら笑う。ケトは先程まで自分が包まれていた大布を丁寧に畳んで、自分の荷物の中に突っ込んでいた。


「ここ暗いねー」

「おう、カンテラ出してくれ」


 河川からの水の引き込み口を警備していた沢山の騎士。それに気負いなくコンラッドが話しかけた時には、流石のガルドスも心臓が止まるかと思ったものだ。


「……袋の中身が”銀の髪の娘”だと知ったら、連中も通さなかったんだろうな」

「良くない傾向だ。いよいよ本格的に、エルシア様では抑えきれなくなってきたんだろう」


 ガルドスのぼやきにコンラッドが答える。その口調は先程とは似ても似つかないしっかりしたもの。「殿下のご指示通り、隠れ家に逃げ込んだらどうなっていたことか」と、彼は呟く。


 悪党の皮を被ったコンラッドが聞いたところによると、今騎士団は”銀の髪の少女”を探しているそうだ。包みの中身を確かめられなくて良かった、と胸を撫で下ろす。


「で、これからどうするんだ。このまま王城に突っ込むか」

「とつげき!」


 ガルドスの言葉につられてケトがふんすと息を吐くと、少女の持つカンテラの火が揺れに揺れた。酷く残念なものを見るような目でコンラッドに視線を向けられる。


「少しは頭を使え……。状況が分からない以上、動きようもないだろう。そもそも会ってどうする気だ」

「シアおねえちゃんを助ける!」


 間髪入れずに言い返すと、”影法師(シルエット)”は何とも言えない表情を浮かべた。「脳筋だ……」と呟くケルンは無視する。


「そもそも助ける方法がないし、仮に連れ出したら、それこそ俺たちはお尋ね者だ。国と教会に追われながら逃げ続けるなんて、それこそ不可能だぞ」

「……やっぱり、シアおねえちゃんもわたしも帰れない?」

「帰れるぞ。またブランカを戦場にしていいならな」


 コンラッドの回答は、分かっていてもケトに効く。一転してしょぼくれた顔をした少女の頭をガルドスがポンポンと叩いた。


「……いずれにしても、まずは情報収集だ。下手に動いて捕まったら元も子もない」

「とは言っても、いつまでもこんな穴倉にはいられないぞ。私はモグラじゃないんだ!」


 更に騒ぎ立てるケルンに、コンラッドはため息を吐いた。


「ついて行くと言い張ったのは貴様だぞ」

「あんたらがここまでやばい連中だとは思わなかったんだよ! クシデンタに帰る訳にもいかんし、教会の手先に戻るなんて、まっぴらごめんだ! でもそうすると、もう行く場所なんてないんだよお!」


 半泣きのケルン。その服の裾を、ケトはちょいちょいっと引っ張ってみた。


「ケルンさんも、帰れないの?」

「……家族は見張られてるはずなんだよ。のうのうと戻ったらきっとまた人攫いやらされるし、逃げ出したら家族も無事じゃすまないかも。どうすりゃいいんだ私は!」

「……ひでえやり口だな」

「ランベールが行方不明になってから、三か月くらいかな。あいつの家は見張られていたよ。どうせ私の家族や恋人も似たような状況だ。監視が解かれるまで、どこかに身を潜めなきゃいけないんだ」


 カンテラの火が彼の本音を透かして映す。龍の目で視なくたって、ケトには彼の気持ちがよく分かった。


「つらいね……」

「ケトちゃん、分かってくれるかい?」

「うん。わたしも同じだから……」


 優しいなあケトちゃんは、と騒ぎ始めた捕虜は放置して、複雑な水路を迷いなく進んでいくコンラッドにガルドスは声を掛ける。


「……どこに行くか決めているのか?」

「ちゃんと考えているさ」


 コンラッドは振り返って笑った。


「良く言うだろう? ”灯台下暗し”ってな」

「トーダイモトクラシー?」


 聞き慣れない言葉に後ろのケトが首を傾げると、「知らないのか……」とがっかりした顔をされたのが腑に落ちなかった。

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