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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第八章 少女はもう、戻らない
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雨 その4

【お知らせ】9/23投稿分につきまして


いつもお読みいただきありがとうございます。

本日、本話「雨 その4」と「その5」、二話分を更新いたします。

次話「その5」は20:00投稿となりますので、閲覧順にはお気を付けください。

――ケトが力を持っていなければ、そこまで考えることもないんだけどね。でも、誰かに龍の力を持っているなんて知られてみなさい。色々な人間がこの子を狙うに決まっているわ。



 ケトの両親を探す旅の道中、エルシアから聞いた言葉だ。


 別に疑っていた訳ではなかった。

 それでも彼女がケトを語る時、いつも大げさだなと、そんなことを思っていたのも事実だった。


 気付くのが遅すぎた。完全に手遅れになってから思い知るなんて。

 せめてあの時、彼女と並び立ってさえいれば、もう少しやりようはあったのに。



「ミーシャ! エドウィンも!」

「ガルドスか! 良かった、ケトちゃんも無事だな!」

「そっちこそ! 怪我はないか?」

「いきなり白ローブの連中に襲われたけど、エドウィンに助けてもらって……!」

「時間が惜しい。エドウィン、状況分かるか?」

「ラッドさん? なんでここに……。いや、それどころじゃねえ。町の北半分はもう駄目だ。北も東も、門が墜ちちまってる! あいつらベイクとロディを殺しやがったんだ……! 西門の当番だったミゼルとも連絡が付かない!」

「それなら、今の鐘の音は南門か?」

「そうよ! あそこはまだ冒険者と衛兵のみんなで踏ん張ってる。でもこんな鐘の音じゃ、雨の音にかき消されちゃって町の人に危険を伝えられなくって。とにかく表通りから離れてもらうために手分けして知らせているの……!」



――現時点で、ケト・ハウゼンの能力について知っている者はごく一部に限られている。だが、ケト嬢の力を知れば、有力者どもが黙っていないだろう。その権力争いに巻き込まることを、エルシア嬢は危惧していた。この認識に間違いはないな?

――はい、おっしゃる通りです。



 今になって、思い知らされた。

 看板娘が恐れていたのが一体何だったのか。看板娘が一体何から少女を守ろうとしていたのか。



「……なら、南門から脱出するしかないな」

「ちょっとラッドさん、突破する気……!? そこら中に白ローブがうじゃうじゃいるのよ!」

「だが、このままでは囲まれて終わりだ」

「……奴らの狙いがケトちゃんだと言うのは本当なのか? 確かに衛兵隊には、ケトの名前は上がっていたよ。領主様から、有事の際の優先事項としてな。でもよ、たかが女の子一人にここまでやるのか……!?」

「……下手に口に出すなよ、エドウィン。町の人間に知られたら面倒なことになる」

「……正直言って、突き出した方がマシだと考える人間は多いはずだぞ? 冒険者や俺たち衛兵隊には、スタンピードや復興の時の恩がある。ケトの奴らの手に渡った時のヤバさだって分かってる。けどよ、それだっていつまで持つか。最悪町の人が敵に回ったって文句は言えない」



――だからこそ、しっかりアピールしなきゃね。ケトはこの町に対して敵対心を持っていない、むしろ積極的に協力してくれるんだってこと。



 スタンピードの復興に少女の力を使った時、彼女はそんなことを言っていた。あのお陰で、ブランカの冒険者や、町の人たちは人知を超える力を持つ少女の存在を受け入れ、見守ってきたのだ。



「今はとにかく脱出が先決だ。受け入れろ、迷えば捕らわれて終わりだ」

「ラッドさん! ……ちっくしょう!」

「くそっ、本当にそれしかないのかよ!」

「あいつらに渡すなんて絶対ダメ! とにかく今は逃げなきゃダメだよ……!」



――私はあの子を守り抜く。例え隣にいられなくても。



 それぞれの言葉を聞きながら、ガルドスは辺りを見渡す。

 看板娘が悪夢に見た光景が、今まさに彼の目の前に広がっていた。体が芯まで冷え切って、知らず小刻みに震えながら、混乱しきってもみくちゃになった感情を持て余す。


 どうしてこうなってしまったのだろう。看板娘だって、少女だって、ただ平穏な生活を送りたかっただけなのに。ただ、幸せになりたかっただけなのに。


 もう、戻れないのだ。

 ようやくそのことを理解した心が、軋んで捩れて悲鳴をあげた。


 それでも。


「怖い……」


 繋いだ手から伝わる少女の温もりが、ガルドスの心を揺さぶる。恐怖と、混乱と、怒りの渦巻く胸中に、ただ一つだけ残った小さな温もり。

 今にも消えてしまいそうな、それでもちゃんとそこにいてくれる、温もり。


「……辛かったんだな。シア」


 ようやく、あいつと同じ場所に立つことができた。

 ようやく、あいつと同じ目線でものを見ることができた。


 ただひたすらに奔走し続けた彼女は、もうここにはいない。

 彼女が守ろうとした日常は、完膚なきまでに破壊しつくされ、少女はあちこちから襲い掛かって来る恐怖に怯えていて。

 もう、手遅れも良いところだけれど。


 しがみつく少女を見下ろす。

 守ってやりたい。この震える小さな子を、この世の理不尽なこと全てから。


「行こう。ケト」


 小さな手をしっかりと握りなおす。

 負けるものか。この暖かさを、この柔らかさを消させやしない。


 彼女がそうし続けたように、今度は自分が守る番だ。



――あの子を、お願い。



 そうだろう、シア。


「先導する。離れるなよ」

「了解した」


 低い声で呟く”影法師(シルエット)”に短く答えて、ガルドスは剣を握る手に力を込めた。

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