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看板娘は少女を拾う  作者: 有坂加紙
第一章 看板娘は少女を拾う
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看板娘は少女を拾う その2

 その日の夜。


 ギルドの地下食堂で戦勝記念のどんちゃん騒ぎが行われている一方、エルシアは、所長室に向かっていた。

 ギルド長であるロンメルを筆頭に、主だった冒険者が軒を連ね、衛兵隊からは代表としてエドウィンが来ているはずだ。


 自然と歩みが重くなる。

 脳裏によぎるのは人ならざる力を持った少女のことだ。


 輝く光、弾ける魔物。危険極まりない力を持っていると分かってもなお、エルシアには、彼女自身がどこまでも普通の少女に映った。

 いつものぼんやりした表情。食事に目を輝かせた表情。家族の事を聞いた時のしょげかえった表情。記憶をたどってみるが、どれをとっても彼女は当たり前の感性を持っているように見える。

 

 力にしたって、彼女自身まるで理解が追いついていないようだった。力を得た経緯も、その使い方も、まるで分かっていない。きっと今回も、自分のしたことをほとんど自覚していないに違いない。


 ドアをノックして部屋に入ると、重苦しい空気が立ち込めていた。

 彼女は入口に近い端に佇んだ。

 ギルドの看板娘という立場であれば、むしろ打ち上げを盛り上げるべきなのだろう。だが、今回は彼女にも報告しなければいけないことがある。


 包帯でグルグル巻きのオドネルが、受付嬢にぼそりと聞いた。


「あの娘は?」

「眠ったわ。きっと疲れてたのよ」


 エルシアが口を(つぐ)むと、室内には沈黙が降りた。

 下の騒ぎが、かすかに二階まで響いていた。無言の空気を断ち切るように、「では、始めようかの」と、ロンメルが口火を切った。


「皆、まずは夜更けにも拘わらず集まってくれたことに感謝する。そして改めて礼を言わせてくれ。本当によくやってくれた」


 いえいえどうも、なんてそんな野暮(やぼ)な返しは誰もしなかった。そんな状況ではないことを誰もが感じ取っているのだ。


「目の前の危機は去ったが、町の被害は大きい。町の復旧も今年の徴税(ちょうぜい)も、一筋縄(ひとすじなわ)ではいくまい。当面は厳しい状況が続くじゃろう。集まってもらったのは他でもない、その対策を練らねばならん」


 そう。戦いに勝ったとはいえ、今回ブランカが得たものは何もない。

 むしろ沢山のものを失ったのだ。下で騒いでいる者たちも、明日からは現実と向き合わなければいけない。対策と今後の計画。戦勝の熱が冷める前に、急ぎ方針を決めておく必要があった。


「まずは、被害報告からだな」と声を挙げたのはオドネルだった。


「軽傷二十一名、重傷八名。あの規模の戦闘だ。数だけ見れば奇跡的な少なさだが、中には足を切り落とした者もいる。そして……」


 オドネルはしばし言い淀んだ。沈痛な表情を浮かべる。


「死者三名。カーネルが死んだ。衛兵隊ではマークとライルが」


 その場が静まり返った。

 エルシアは混戦の中でのカーネルのことを思い浮かべる。その瞬間を、彼女は見てしまったのだ。

 悲痛な叫び声。思わず振り返ったら、魔物の波のはるか向こうにオーガと対峙(たいじ)する姿が見えた。剣はとうに手元にはなく、目を覆いたくなるような形になり果てた右腕をかばっている彼は、ゴブリンの群れの下敷きになっていった。


「奴は奥さんを先に亡くしているから、家族は息子さん一人だ。明日ギルドマスターと俺で伝える」

「その後は? あの坊主、ジェスと言ったっけか。まだ十歳かそこらのはずだぜ」

「……十一だそうだ。残酷だが、孤児院に保護を頼むしかないだろう」


 ガルドスの質問にオドネルが答えると、あたりの空気は更に重くなる。その空気をエドウィンが引き継いだ。


「マークとライルについては、先程、俺たち衛兵隊の方から家族に伝えた。きちんと葬ってやったら、墓参りに行ってやってくれ。二人も浮かばれるだろうから」


 ちくしょう、と呟く誰かの声が聞こえた。オドネルが再度口を開く。


「そして、北側の畑が全滅した。穀物倉庫が二棟、家が少なくとも五棟潰れてひどい有様だ。幸い、住民と倉庫の中身は避難が間に合ったが、作り直すにはかなりの時間と金がかかる。今年の収穫は絶望的だと言っていい」

「今年の納税が厳しくなりそうだな……」


 中年の冒険者が、ぼそりと呟いた。エドウィンは腕を組む。


「衛兵隊からは王都へ使者を送る。状況を伝えなきゃいけないからな」

「……うむ。(わし)も同行しよう。王都のギルド本部に、報告と対応の依頼。それから領主様に減税を頼んでくる。なに、アイゼンベルグ公爵様は国の宰相も務める程の聡明な方じゃ。きっと受け入れてくれるじゃろうて」


 このブランカも、大枠では貴族の所有する領地である。もっとも広大な領地の端にあるためか、目が届きにくい町ではあるが。

 何らかの問題が発生した場合、もちろん領主への報告義務があるのだ。領主であるアイゼンベルグ公爵はこのカーライル王国の宰相も務める人物で、非常に聡明で、民心に寄り添ってくれるお方であるとの評判だ。


「王都への報告はこれで良いとして、次は当面の復旧じゃな。こちらはどうかの」


 その問いにはガルドスが答えた。


「呼んできた隣町の衛兵たちが率先して手伝ってくれている。襲撃の援軍としては間に合わなかったが、こちらの人手は疲れ切ってしまっていて、今日はほぼ使い物にならないからな。取り急ぎの見張り番も彼らに頼んでいる」

「助かったのう。我々だけでは重労働じゃ。魔物の死体だけでも早く処理せんと、コボルトやガーゴイルが死体に寄って来たら手に負えん。まあ、大きな借りは作ったがの」


 そこでロンメルは一息ついて周りを見渡した。


「そして、皆、今回の報酬についてはしばらく待ってほしい。得られたものは少ないが、王都のギルドに掛け合ってみようと思う、額についてもギルド職員でこれから打ち合わせる。しばらく先になるかもしれんが、どうか時間をくれ」


 オドネルが口を開いた。冒険者たちを見渡す。


「おう、別にすぐ報酬よこせなんて言わねえよ。状況が厳しいことぐらい百も承知さ。町が助かっただけめっけもんだ。なあ、みんな」

 

 口々に同意する面々を見て、エルシアはほっと息を吐いた。急場の対応としては上々だ。

 これだけ力を尽くしたというのに、見返りが少なければ納得できない者も出てくるだろう。過去には似たような状況で報酬を渋ったとある領主が、民衆の暴動で処刑された、なんて例もあるくらいだ。

 状況に甘えてなあなあにするのは悪手でしかない。ロンメルが頭を下げていたのがエルシアには印象的だった。


「皆、助かる。すまぬが、もう少し耐えてくれ」


「さて」とオドネルが声を挙げた。


「次に移ろう。例のケトという娘についてだ」


 ついに来た。

 エルシアがこの場に呼ばれた理由だ。ひそひそと小声のやり取りが聞こえ、何人かの視線がエルシアに向く。どうにも居心地が悪い。


「……最初に聞いておきたいんだが、あれは、一体何だ?」


 オドネルが重々しく問いかける。エルシアに向けられたその言葉は、この場にいる全員の疑問を代弁していた。


「あの力はどう見ても異常だ。九歳だっけか? あんなチビがオーガを投げ飛ばす? 魔法を使う? ……どう考えても普通じゃない。エルシア、よくあの娘の面倒を見ていただろう。何か知らないか?」

「……ごめんなさい、分からないわ」


 エルシアにはそう答えることしかできない。そう、エルシアだってほとんど彼女のことを知らないのだ。先程の診療室での会話を思い出しながら、分かることを並べていく。


「さっき聞いてみたんだけれど、あの子自身も力のこと、分かっていなかった。でも、少なくとも昔からああだったわけじゃなさそう。何か切っ掛けがあるような言い方をしていたから」

「切っ掛けがどうこうじゃねえ。あんな馬鹿力が出せるなんて異常だって話さ。あいつ自身、なんかの化け物なんじゃないか? なら、これから俺たちは、その化け物をどう付き合っていけば良い?」


 低い声がロジャーの口から響いた。混乱する状況で、少女をどう理解すればいいか掴みかねている、そんな声色だった。


「……俺たちはその化け物かもしれない女の子に救われた。あの子がいなければ俺たちは今頃そろってゴブリンの腹の中だ。多少疑うのは仕方ないにしても、だ。少なくとも感謝はすべきだと思うがな」


 どう返すかエルシアが悩んでいると、ガルドスが反応を返してくれていた。ちらりとこちらを見やった視線は、言いたいことを言えとエルシアを勇気づけてくれる。

 普段は散々からかってくる癖に、こういう時だけ察しが良いのが恨めしい。


「確かに力はおかしいかもしれないけれど、あの子自身は普通の女の子よ」


 少女のしょんぼりした顔を思い出す。そこには並外れた能力とは無縁な、寂しそうな子供が浮かべる表情があった。


「マーサさんの定食がおいしいって目を輝かせてた。お母さんが迎えに来なかったって落ち込んでいた。この一か月傍で見てきたけれど、ケトちゃんは一人じゃ満足にお金の勘定もできない女の子でしかないわ」


 ロンメルを視線を向ける。彼はこの話題に入ってから一度も口を開いていなかった。彼に語り掛けるつもりで「お願いがあるの」と続ける。


「ケトちゃんのこと、しばらく私に任せて欲しい」

「それはダメだ。もし暴れ出したらどうするつもりだ?」


 オドネルの問いに、答えはすんなり出た。


「大丈夫。理由もなしに、あの子が暴れることはないわ。この一か月見てきたけれど、あの子の感性はごく普通だと、保証できる」


「だがよ……」というナッシュの声にかぶせるように、「それにね」と続けた。


「あの子、両親のことを覚えていたわ。出来れば、ケトを両親の元に連れて行ってあげたいの」

「両親?」


 もしかしたら、ケトの両親は血も涙もない人間で、幼い娘を置き去りにしただけなのかもしれない。だが、何か理由があって迎えに来られなかったなら、もう一度探して会わせてあげたい。


 エルシアには、あの子が放っておけなかった。圧倒的な力を持っていても、後ろを気にする余裕も技能もない子供。フォークを使いこなせても、食堂の注文すら戸惑っているあの子のことを。

 あれだけの力を示した直後に、誰にも頼れず一人で生きていくのは危うすぎる。そのことを、エルシアもよく理解しているのだ。


「ケトちゃんは、しばらく私が責任をもって面倒を見るわ」


 ロンメルが顔を上げた。その顔を見てエルシアは口を引き結ぶ。

 その瞳には、いつも浮かべる祖父のような暖かさがない。化け物かもしれない子を引き取ることに対して、心配以上の感情をにじませ、その上で本当に良いんだなと、念を押すような視線がそこにはあった。


 その真意に気付くのはきっとエルシアだけだろう。だから彼女も精一杯の誠意を込めて、ギルドマスターを見返した。

 

 やがてロンメルは息をつくと、やれやれと首を横に振った。


「良いじゃろう。確かにあの娘がこれまで問題を起こしたことはない。エルシア、まずはお前さんに任せよう」

「……ありがとう」

「いいのかよ、爺さん!」


 常連さんが声を上げるが、ロンメルは頷いた。


「あれでもブランカの救世主じゃ。皆も下手に敵視せんように。これはギルドマスターとしての命令じゃ。それからエルシア」

「はい」

「お前さんもまだまだ若い。分からんことも多いじゃろうから、相談を欠かさずにな。後はまあ、好きにやってみなさい」

「マジで気をつけろよ。あの娘が暴れたらすぐ言えよ?」


 ふっと柔らかくなった雰囲気に、エルシアも息を吐いた。


「……ありがとう」

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